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作品名:YOKONORI RACER(ヨコノリ・レーサー) 作者:ふ〜・あー・ゆう

第8回   8
 午前8時。レースの日は快晴だった。スタートは街中の公園。ジージがロンスケに乗り、タテうらがショートでスタンバイしていた。どちらかが優勝もしくは入賞しないと椎野の蓄えは一気に底を尽く。何としても負けられないレースであるが、当のタテうらとジージは下見と称して前日に先乗りし、南国リゾートを満喫していたので、もうどうでもよいという気持ちが少なからずあった。なにしろ、気温は既に25度を越えていて、これから走る気にならんのは当然で、しかも2人は目的をほとんど果たした気分になっているから、100%のやる気は起きない。となると、冗談じゃないとなるのは椎野である。汗水たらして稼いだ大枚が水の泡である。ピットで待機しながら通信装置の点検に余念が無い。
「現在、気温25度。直線コース上の日陰を選んで滑ること。よろしい!!」
「そんなぁ、当たり前のぉ、ことぉ、言わんでもぉ、いいよぉ。もっとぉ、役立つぅ、アドバイスはぁ、ないんかぁ〜。」やる気の無いタテうらの返事が返ってきた。
「タテさん、本気出してよ!!俺、必死に稼いだんすから。」
「ダイジョブ、ダイジョブゥー」
「わたしもだいじょぶよ。ダイジョブ、ダイジョブー」ジージも答えてきた。
「あれほど言ったのに朝まで飲んだんか。2人とも酒、抜けて無いでしょ!!」
「勝負は博打の一天地六。任せとけ。」タテうらなりに気を引き締めた返答が帰ってきた。
「タテさん、冗談無しですからね。」
「椎野、じたばたしてもしょうがないぞ。そろそろ、スタートだから小言は止めろよ。」レンタルの原付バイクでコース外を併走する瀬津から無線が入った。
「壱文も出さずに偉そうに言うな。これがじたばたせずにおられるかい。」
「任せろっつってんらろ。」ろれつの回らぬタテうらの声が割り込んだ。
そのとき、スタートの電子ホイッスルが鳴った。

「おっと、あぶねーなぁ。」
「タテうらさん、どうしたんですか。」瀬津が言った。
「みんな、俺にぶつかってくんだよ。スタートしたのか、これ。」
「おんどりゃー!早くスタートせんかい!!」椎野が切れた。
登録料の破格の高さにもかかわらず、選手は50人ほどいた。スタートと共に選手は一斉にプッシュ(片足で地面を蹴って進む)を始めた。中にはランニングプッシュ(片手に板をスタンバイして走りながら飛び乗る)する者もいた。両足を地面につけてよいのはスタート時と加速時のランニングプッシュ(片手で板を引きずりながら走り、手を離した瞬間に板に飛び乗る加速方法)の際だけである。バイクの後部席に乗ったレース中継のカメラマンとフィルマー(撮影者)用のウィール(タイヤ)を装着したスケートボードに乗っている撮影スタッフが器用に選手の姿を追っていた。
「ジージは順調にスタートしてるぞ。お前のベアリングのおかげで現在、トップを独走中だ。2位以下をぐんぐん離してる。」世津の言葉に椎野はひとまず安堵した。
「どっちかが勝ってくれりゃいい。ジージ、あんただけが頼りです。」
アスファルト舗装の園内通路を抜けて、選手達は国道に向かった。ギャラリーは沿道で声援を送っていた。炎天下の為、このあたりのギャラリーはそう多くは無い。選手達は早々に汗だくになっていた。国道に出て、ひた走る選手達を強い日差しが照りつけた。
「次の分岐点で迂回路と路地組みが分かれます。」瀬津が二人に伝えた。双方のコースの状況は椎野と世津が伝える手はずだ。

タテうらはビジネス街へ、ジージは郊外へ向かった。
ビジネス街は大企業は少なく、地場の中小企業関係のビルが所狭しと並んでいた。どのビルも背はそれほど高くなく、タイルのはげ落ちなど、未修繕の痕が見られた。街は大会の会場となることで、いくらか活性化を期待していた。ジージは高速道路の真下を一直線に走っていた。高架の日陰のおかげでこのあたりのギャラリーは多かった。ただし、選手達は斜めに差し込む陽光をまともに受け、高架の影の及ばない道を滑っているので涼しさは微塵も無かった。一瞬見えるギャラリーの涼しそうな顔が恨めしく思えた。
ジージは速度を落とし、先頭集団の最後尾でゆっくりとプッシュしている。体力が落ちたのではなく、他の選手の体力の様子見をしているのである。椎野の特性ベアリングのおかげで、せわしなくプッシュせずとも距離・スピードを稼げるのでジージの疲労度は他の選手に比べ、無いに等しかった。しかも、ジージは暑さには強い方で、その体力も趣味のフルマラソンに耐えうるものであったから、鬼に金棒であった。ただ、エントリーの中では最高齢ということで油断はできなかった。やがて、ジージたちは高速道路のインターチェンジの真下にさしかかった。日陰の部分が多くなり、選手達はこぞって、そのライン取りを始めた。だが、そこでまた、デッドヒートが発生。さらに汗をかくという悪循環となっていった。ジージはその隙に最短のライン取りをし、一気にトップに躍り出た。
「ジージ、その調子です。後続はけっこうバテ気味です。」瀬津が言った。

タテうらは林立する雑居ビルの群れの中を走っていた。マンホール上は若干、ブレーキがかかり減速しやすいので、その都度、オーリー(ジャンプ)で飛び越えていた。
「えらく狭い路地だぞ。セクション(競技にかかわる障害物など)になるのはどこだ。」
「その先の雑居ビルの隙間。隣のビルとの仕切りに低い塀があって、その上を滑ることになってる。」椎野がタテうらに答えた。
「フィフティ(直進状態)のグラインド(台車の中央部分で擦りながら進む)で通過しろってことだな。」
「隙間が広ければ、バックスライド(板を横向きにして自身は正面を向く形で板の裏面を擦りながら進む)での通過も可能だろうけど、摩擦が大きいと思うんで、速度に乗ってやりやすいトリックで通過してください。」
「了解」
ほどなく、セクション近辺に到達したタテうらは先頭集団に追いつき、スラロームで巧みに追い抜きながら、3位の選手の真横に並んだ。直後に一気に加速、180(飛んで半回転)をしながら、その選手の前にテールを回しこみ、強引に3位を奪い取った。
「カッコつけてる場合ですか。スノーボードクロスと同じに普通にノーズ(先端)差し込んで抜けばいいでしょ。」椎野が言った。
「スケボーは美学なんだよ。」
タテうらは加速しながらボードスライド(板を進行方向に対し、垂直にして板の裏面の中央部を擦って進む)でセクションに挑んだ。案の定、ワックスが剥げ、狭い隙間ゆえに左右の壁にノーズやテール(両サイドの先端)が少し引っ掛かり、減速してきた。
「タテさん!3位の癖に、かっこ悪い映像流れてるってば!そこは無難にフィフティ(ヨコノリのままで直進)のグラインド(台車中央部分で擦る)でしょ!!」
「いちいち、うっせーな、スケボーは美学なんだよ!これで最後まで、きっちり擦ってやる!!」
「後がもう来てるってば!!」
「もうか!!」
とっさにジャンプしてフィフティ(板を横向きにした通常のライディングスタイルで擦る)に架け替えたタテうらは間一髪で後続との接触を免れ、再び、通りに出た。

ジージは迂回路を爆走していた。ガードレールの支柱がすごい速さで後に流れていく。先導のバイクもけっこう速度を上げている。カメラマンがジージの顔をアップで写しながら感心している。最高齢がトップをキープしていることに驚いているようだ。
「ジージはどんな感じだ。」椎野が瀬津に聞いた。
「転倒するとか全く考えて無い感じだ。どんどん加速してる。独走状態だよ。」
ジージは椎野のベアリングで猛加速を続けている。
「オッケー、バッチリ。」
「でも、連絡が無いんで少し体力が落ちてきてるかも。」
「聞こえてるよ・・・。」
「!。ジージ。」
「確かに話すのは少し辛い感じになってきたんで、これからは聞いてるからアドバイスよろしくね。それじゃ。」
「了解。」
「負けらんねーな。転倒するほどの速度か・・・。」タテうらの呟きが聞こえてきた。
目の前の段差をクリアし、ステアー(階段)を飛び、競り合う2位の選手を追い越す為、狭い道に入ってからライン取りを換えて真横に並び、背もたれの無いベンチや急ブレーキのかかる植樹の土面を一気に飛び越え、荷の積み下ろしをする為の路肩に張り出したコンクリート床をスライド(板を横向きにし自身は正面を向いて板の端を擦りながら進む)でクリアして、2位の選手の眼前にタテうらは飛び降りた。接戦でやや疲労気味だった2位の選手は一瞬、集中が途切れ、回避するよりもブレーキをかけてしまい、あっさりタテうらにラインを譲ってしまった。
「これで、追い抜き用のセクションは終わりか。」タテうらが椎野に聞いた。
「ええ。」
「じゃ、ピットを過ぎるまで後続に抜かれることは無いな。」
「ですね。」
「あとは例のアレか。」
「うん。」
「椎野、言葉がすくねーな。」
「だって、ジージが1位で、タテさんが2位で。」椎野は既にうるうるきていた。
「またかよ。しっかりしろ。まだ号泣すんなよ。」
「らいじょふ、らいじょふ。」
「だいじょぶじゃねーじゃんか。」瀬津の声が聞こえた。椎野は感極まり、ほぼ通信不能に陥っていた。
「タテうらさん!もうすぐ例のやつですから!!」
「いよいよ、お出ましか。」
「傾斜はほんの少しですが少々長いんで・・・。迂回すりゃかんけーないけど・・・。」
「ここからでも迂回できんのか。」
「でも、かなり遠回りになるんで、これまで稼いだ距離が無駄になります。」
「なるほど、ロンスケエントリーのポイントがわかってきたぜ。」
「さすが、タテうらさん。」
「ロンスケでの作戦は高速滑走での迂回コース攻略のみだ。」
「ですね。ところで、レール直前のステア(階段)の両端に下りのスロープがあるんで、そこで加速してイン(セクションに入ること)してください。主催者もそれを計算してコースを設定しています。」
「了解。」
ほどなく、登りのハンドレール(手すり)が見えてきた。
「フラット(平地)からの加速でもいけそうだが、先頭で行くなら下りスロープ(坂道・勾配)から一気だな。トップスピードのまま、抜けてやる。」
登り階段のハンドレールは落ちたり登りきれなければ失格である。直前の下りスロープで最大限に加速してクリアするのがベストなのである。スライド(板の部分で擦る)での通過は、さっきのセクションでワックスが剥がれきているので適当ではない。タテうらはフィフティ(直進)のグラインド(台車部分の中央で擦る)でクリアすることに決めた。
一気にスロープを滑り降り、レールに飛び乗った。
トップの選手の姿はまだ見えなかった。クリアしたのか、リタイアしたのかはわからない。
加速の勢いであっという間にレール終端に到達したタテうらはまるでカタパルトから打ち出されたように宙に舞った。


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