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作品名:YOKONORI RACER(ヨコノリ・レーサー) 作者:ふ〜・あー・ゆう

第6回   6
「あん時のあいつの号泣には参ったな。」
「ぼくも何がなんだか・・・。」
「あのおかげで会場スタッフも引き揚げが少し遅れたんだ。」
「タテうらさん、椎野はチームづくりにこだわってるみたいだって、前に言ってましたよね。」
「単にあいつの性格なのかも知らんけどね。」
「ふ〜ん、それにしても、この暑い日に昼間は飛び入りで道路工事に行って、夜はコンビニで夜勤までしてチーム切り盛りするあいつの動機って気になりますね。」
「お前、そのへん、聞いたこと無いのかい。同い年なんだし。」
「ぼくがチームに入ったのはタテうらさんがいたからなんで、あいつと込み入った話はしたことないですよ。だいたいブームで増えたスケボーチームって、相手の素性とかほとんど聞かないじゃないですか。地元メンバー中心のなかよしチームと違って。」
「まあな。俺もちょっと興味があって入っただけのチームだからな・・・・・。」

2人がぼんやりとシャッター越しの風景を見ていると、ジージがガレージに入ってきた。
日は西に傾きかけていた。外の通りはオレンジに染まっている。
「次のレースはストリートらしいね。」無造作に配置された事務机の上にファイルケースを置きながら、ジージが言った。
「椎野から連絡が入ったんですか。」瀬津が言った。
「夜勤までに打ち合わせたいとか言ってたんでね。」
「僕らには夕方って言ってたんですけどね。」
「この暑さで倒れちまってるのかもな。俺もピザ屋の厨房にいたら、たまんなくて早上りしちまったよ。」タテうらが言った。
「僕は今んとこ、就職先回りばっかなんで気持ちめげますが体的には楽さしてもらってんで、椎野の遅刻、咎められる立場には無いんですけど・・・・でも、あいつ、毎回アバウトなんで、待ってる間、暇な時間が、さらに暇になって、なんかボーっとしてる時間が長くなって・・・駄目になっていきそうで・・・。」
「瀬津、お前、面接で何かあったろ。うわ言みたいになってるぞ。」
「いえ、ジージの顔見たら、ほっとしちゃって、普段思ってることとか、本音が・・・。」
「お前なぁ、俺の前で緊張すんの、そろそろ止めろよな。俺にも本音や愚痴言っていいんだぞ。」
「いや、はあ・・・。」
「俺も今はプロでは無いし、お前と同じチームメイトなんだからな。」
「恐れ入ります。」
「あのなぁ。」
「なるほど。ところでこの前のレースはほんとにすごかったねぇ。今日もじいちゃんの趣味の話で孫に自慢してやったんだよ。」ジージはいつものように勝手に納得して自分の話題を振ってきた。
「僕の話をしたんですか。」
「ああ、知り合いにすごいのがいるってね。もちろん、タテうらさんのこともよく話してるよ。」
タテうらはジージに軽く頭を下げてから世津の方を見て言った。
「確かにあの土壇場で自己流トリックをメイクするとはさすがだったよな。」
瀬津は尊敬するタテうらにほめられて、照れ笑いをしながら、頭をかいた。
「なんで、急にあんなんできたんじゃろね。」ジージが言った。
「椎野から賞金も何もいらないって言われて開き直れたんですよ。フランスチームにも一泡吹かせてやりたかったし。とにかくリタイアしても問題ないんだって思ったら、一つ試してみるかなってね。トリックのイメージはあったけど、体がついてけるかは全く考えてなかったです。」
「180(ワンエイティー。飛んでから板と一緒に自分も180度回転して向きを変える。)も、怪しいお前があんな無茶するとは予想して無かったよ。」
「そうですな。あんな複合技、私にゃ夢また夢のトリックですよ。じゃ、椎野君が来る前に少し打ち合わせときましょうか。」ジージは机の上のファイルケースから資料を取り出して話し始めた。
「次のレースは『シティ・レース』というネーミングで各地で開催されているものです。自治体と組んで、比較的しっかりした運営をしています。場所はちょっと遠いんですけどね。とにかく南の方の街です。南国リゾートですね。走路はストリートで、今時分ですとアスファルトの照り返しも強く暑さは過酷だと思います。灼熱に照り返す街という感じですかね。建物の密集しているかなり入り組んだコースを走ることになりそうですね。」
「シティレースはセクションの攻略はもとより、コースを効率的に駆け抜ける知力と体力がものを言うんだよねぇ・・・。」椎野がガレージに入ってきながら話に加わってきた。
「いつもより、時間通りじゃん。」疲れが見える椎野の姿を見て瀬津なりに気を遣って言った。
「俺はいつも時間に忠実ですが、何か?」椎野は瀬津をからかうように言った。
「お疲れさん。」タテうらが椎野に言った。

シティレースのコースは運搬されたセクション(通常路面以外の滑走可能な物・場所、ボックス・レール等の障害物)の設けられたレース用のコースではない。既存の都市空間を利用し、滑走用にあつらえていない路面・場所等を走行するので攻略にはそれなりのテクニックがいる。
一方で、公道を思い切り走りぬける爽快感・ダウンヒル等での疾走感・路地やステアー(階段)でトリックをメイクしたときの達成感が味わえるので選手のテンションは上がる。結果、レースもよりエキサイティングになるので観客も盛り上がる。ゴールまでのコースは自由なので滑走アイテムの選択も様々である。迂回路利用も視野に入れ、スピード重視で大口径ウィール(タイヤ)が装着でき、速度と安定感のあるロンスケ(ロングスケートボード)でエントリーしたり、登りギャップ(段差・路肩等)の攻略時、まず前輪を上げて乗っかり、そのまま進んで後輪を上げる2段階式のマニュアル(前輪走行等)的なトリックでクリアするといったロンスケよりも、最短距離でゴールする為にハンドレール(手すり)やステアー(階段)をオーリー(ジャンプ)ですっ飛んでクリアしていく為に通常サイズのスケボーにしたり、双方のよさを実現すべく安定感には課題があるが、ショートデッキ(短板)に大口径ウィールの取り付け可能なハイトラック(車高の高い台車部)を装着してオフロードレーサー的アイテムにチューンナップして挑んだり・・・。


「どうもです。ほんじゃ、すぐ本題に入りましょう。今回のレースの課題は長距離をどうクリアするかということと登り形状のセクションをどう素早くクリアするかってことです。」
「登りのセクション?」
「ジージ、まだ言ってなかったの。」
「私もちょっと前に来たばかりだからね。」
「オッケー、オーライ。じゃ、俺から話すわ。」
「今回のストリートなんだけど、長距離で勝負すんならロンスケ(ロングスケートボード。通常より、30cmほど長く、飛ぶようなトリックはほとんど不可能だがウィールが大きいので距離のある走行に向いている。)なんだけど、ショートカット(近道)で行くんなら通常サイズがいいんだよね。でも、そっちには登りセクションがある。」
「登り・・・、プッシュ(片足で地面を蹴って進む)でクリアするのかい。」瀬津が椎野に聞いた。
「セクションって言ったろ。ただの上り坂じゃねーよ。ま、詳しくはあとで話すから。」
「セクションとは厄介だな。でも、ロンスケとスケボーの両方の長所を組み合わせたつもりでコンプリート(滑走可能に組み立てたスケボー)組んでもうまくいった試しは無いな。」タテうらが言った。
「その通り。オリジナルのコンプリートで挑戦して勝ったチームは未だかつて無い。」椎野が言い切った。
「だから、僕達が前人未到のそれを果たすっての。そんなオールラウンドなコンプリート(滑走可能に組み立てたスケボー)を組むのは土台無理。大型で軽量でアスファルトで弾いても問題なく反発する板でも開発しない限り。」椎野の言葉を予想して瀬津が畳み掛けるようにいった。
「みなまで言うな。俺もいいとこどりのコンプリートなんて考えて無いし、奇をてらうことも考えて無い。」椎野が言った。
「じゃ、チームから二人出るってことだな。ショートの選手とロングの選手と・・・。」タテうらが言った。
「とんでもない。そんな金は無いっすよ。」
「金は無いって、そのために昼夜無く働いてくれてんじゃないの。」瀬津が他力本願を承知で厚顔無恥な言葉を吐いた。
「登録料が馬鹿高いのよ。」
「高いってどれぐらいなんだ?」瀬津が言った。
「20万。」
「ありえねぇ・・・。」タテうらが呻いた。
「それって日本の大会じゃ、優勝賞金並みじゃん。」瀬津が言った。
「ヨコノリはいつからセレブのスポーツになったんだ。貧乏チームは門前払いってことか。」タテうらが吐き捨てるように言った。
「だから、エントリーは1人、厳守ね。」椎野が言った。
「主催者側はシングルでもチームでも参加OKだと言ってますが、コースの距離とセクションの内容を考えたら、にわかチームでも組んだ方が有利だと考える選手はいるでしょうね。ちなみに優勝賞金は100万です。」ジージが言った。
「それもまた夢のような話ですね。」瀬津が言った。
「エントリーの登録料で十分、出せる額だよ。」タテうらが投げやりに言った。
「椎野、俺達と一緒に組もうってチームか、シングル・レーサーの当ては無いのか。」瀬津が言った。
「無い。バイト続きでコネクション作る余裕なんてねーよ。」
「わかった。とりあえず、どんなセクションがあるんだ。」タテうらが言った。


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