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作品名:YOKONORI RACER(ヨコノリ・レーサー) 作者:ふ〜・あー・ゆう

第5回   5
 ボックスを通過後、瀬津は前にいた二人を抜き、トップに出ていた。次のジャンプで後ろの二人が抜け道に気づいたとしても、もう問題はないと判断したからだ。よほど、スキルの高いチームが低車高のコンプリート(すぐ滑走できるスケボー)かフラットなデッキと交換しない限り、順位は揺るがないであろう。
ピットまでもう少しの位置を1人抜きん出て走っていた。
トップを走る瀬津から椎野に連絡が入った。内容は連絡というより、会話に近く、少し余裕が出てきたようだ。
「双眼鏡があんだから最初から隅々をよく見といてくれよな。結局俺だけの判断じゃねえか。サポートの意味ねぇ。」
「ああいう芸当や瞬間的な賢い判断はお前しかできねーよ。お前をエントリーした時点でサポート正解っつうこっちゃ。」椎野は能天気に言った。
「あのなぁ・・・。じゃ、も一度言うけど、ピットで低車高コンプリートの準備してるチームはほんとに無いのか。足の速い奴なら巻き返されるからな。」
「了解、了解。」椎野はまたしても能天気に答えた。

瀬津に外国勢が迫ってくる。瀬津との差を出来る限り縮めた上でピットインしようとしているようだ。今頃、彼らは息を切らしながらレシーバでピットに連絡をとっているだろう。低車高のコンプリート(走れる状態の板)は無いかと。
「絶対無いんだよな。あいつらには。」瀬津がさらに確認してきた。
二つ隣のピットがあわただしい。人の出入りが激しくなり、今しがた、デッキを持って走りこんできた者も見えた。
「椎野くん、あれって平らに見えるんだけど。」二つ隣のピットを指差してジージが言った。
椎野が見ると、そのピットにはフラットデッキのコンプリートがスタンバイされていた。こんな短時間で調達したのか。黒船恐るべし。
「でも、今更、換えてどうすんだ。ただのタイムロスじゃんか。最後の一周にかけるのかよ。」椎野はつぶやいた。
「椎野!今、フラットがどうのって聞こえたんだけど!!」瀬津が聞いてきた。
「あっごめん。4番ピットにフラット系のデッキあるわ。つーか、今来た。でも、お前とは半周近く差があるし、ピットインすればさらに差が広がるから、気にせんでいいよ。」
「お、おい。だから、隅々チェックしてくれって、早めに情報くれって、頼んだのに。4番って日本人チームだったか?」メンバー1、完璧主義な瀬津が飽きれた感じで聞いてきた。
「これだけ差がついてりゃ大丈夫だっての。怖いのはアメリカとフランスの飛び越え野郎だ。でも、疲れてきてるんでアメリカはピットで交替しそうだがな。」
「外人チームはテークオーバーゾーンもピットもほとんどロスしないから聞いてんだ!4番は日本人なのかってな!!」
「違うけど、大丈夫だって。」椎野がめんどくさそうに言った。
「違う!椎野、いい加減にしろよ!!」
「お前、気が小さいから黙っててやったんだ!ほんとは、お前の後ろにいるフランス人チームのピットだよ。つまり、優勝争いはオーリー(ジャンプ)越え専門のアメリカ選手とオーリー止めてフラットデッキにチェンジするフランス選手、そしてお前だよ。」
「フランス選手はプッシュ(片足蹴りによる加速)の鉄人と言われてるようだよ。疲れ知らずらしい・・・。」椎野の後ろからジージの声が聞こえた。
「ジージ、声がでかい。」椎野が小声でジージをたしなめた。
しかし、既に丸聞こえであった。瀬津の体の血が頭に逆流した。体の力が抜ける感じがした。優勝間違い無しの気分が暗転した。ナーバスな瀬津の弱点が現れてきた。
「全部、言っちゃ〜、あの兄さん、プレッシャーでヘロヘロになるんじゃないのかい。彼、思いつめるタイプでしょ。」ジージが言った。
「だけど、情報全部くれって言うし。」椎野が少しふてくされて言った。
「瀬津、聞いてるか。フラット系デッキと言っても、それほどフラットなわけじゃない。車高を極端に下げるには、お前みたいな子供向けの平たい板しかない。しかも、トンネル高が15cmぐらいというのは目測だ。正確なデータは参加チームの手元には無いんだから連中が引っかかる可能性は0では無いんだ。」タテうらが説得した。
「わかりました。タテうらさん、このまま、行きます。やっぱ、タテうらさんのアドバイス、最高っす。」
「なんじゃ、差別やんか。」椎野がまたふてくされた。
「高さの出しにくい小さい板が怪我の功名になったわけだね。」ジージが言った。

瀬津がピット前を通過した。外人選手二人は、ほぼ同時にピットインした。アメリカ選手はメンバーチェンジして、ほとんどロス無く飛び出してきた。やはりボックスはオーリー越えするようだ。キックの強いデッキを順調に加速してついてくる。フランスチームは選手を換えず、フラット系デッキのコンプリート(滑走可能なスケボー)に乗り換えた。こちらもコース隅にスタンバイしてあったデッキに乗り換えただけなのでピットの側で新しいデッキに飛び乗ってすぐに猛加速し始めた。車高を低くする為、小さいウィール(タイヤ)を着けているから、プッシュ(片足蹴りでの加速)も慌しい。二人の選手は瀬津を猛追した。他の選手は既にリタイアしていたり、一周以上の差がついてただ流して走ったりしていた。その選手達も2周目のボックスをトリックで通過するだけの体力が残っていなかったり、ボックスに弾き返された他の選手のデッキが体に当たったりして、一人また一人とリタイアしていった。やがて、サーキットに残ったのは3人の選手だけとなった。3人はボックスを前に横並びとなった。オーリー越えのアメリカ選手が中央をねらってきた。瀬津は左の隙間を目掛けて加速した。すると、フランス選手も左をねらってきた。こいつ、どういうつもりだ。スピードじゃなく、力づくで俺を潰しに来てるのか。
「フランス選手は何しようとしてんだ。瀬津のラインに強引に入ってきたぞ。反則じゃないのか。」椎野が声を上げた。
「ルールにはライン取りの規定は無い。しかも、アクシデントは自分もちだ。」タテうらが淡々と言った。
「ピットからの指示だね。瀬津君の気弱さを見抜いてプレッシャーをかけに行ってるんだよ。」ジージが真剣な顔で言った。
「ひどいレースだ。客がこういうことにエキサイトするのをねらってんのか。」椎野が吐き捨てるように言った。
「その証拠に客があまり帰ってねーよ。」タテうらが言った。
「あんた達、瀬津君ばかり見とったから気づかなんだろうけど、客はラインどりで争ったまま、ボックスに激突する選手なんか見て、けっこう盛り上がってたんだよね。」ジージがぽつりと言った。
「優勝争いでも、それが見たいってことか。俺の大事なチームのメンバーに大怪我させる気か。」椎野がいらだって言った。
「主催者側は人気が上がりゃ、それでいいんだよ。」タテうらがそっけなく言った。
「お坊ちゃんタイプの瀬津君がこんなダーティーな場面に耐えられるかねぇ。」ジージが言った。
「フランスは瀬津にさらにプレッシャーかけていくぞ。」タテうらが言った。

椎野がマイクを両手で包むようにして口に近づけ、一気に言った。
「瀬津!うちらのチームのモットーは無理なく計画的に、怪我せず楽しく滑ろうだ!!相手にコース譲れ!!外人の無鉄砲に張り合うな!!」
「そんなモットー、初めて聞きましたなぁ。」ジージが小声で言った。
「サラ金のコピーじゃねーの。勝って金稼ごうってのはよく聞いたがな。それにしても瀬津は粘るな。相手を避けようが、体を張ろうが、どっちにしてもいい経験になるな。」タテうらが言った。
「賞金も通信機の元手もいらないから早くコースアウトしろ!頼む!!無事に戻ってくれ!!」
椎野の真剣さにジージとタテうらは黙った。
「わかった。無事に戻る・・・。」瀬津が静かに答えてきた。
真ん中を走っていたアメリカ選手は二人のデットヒートのとばっちりに巻き込まれまいと右へコース変更し、少し減速した。二人がボックスにぶち当たろうと、空中でもつれあおうと、影響を受けないコースに避難したのだ。彼は低い姿勢になりオーリーの体勢に入った。この間、地面を蹴るプッシュは出来ないから、結果として瀬津達が前に出てきた。瀬津はボックス直前までプッシュした。フランスも負けじと割り込んできた。
「やめろ!瀬津!!」椎野が声を上げた。
その瞬間、アメリカ選手は二人がボックスに激突する気なのかと思い、唖然としながらも後足を蹴り出すモーションに入った。
瀬津はすんでのところで前足を軸にして板を進行方向に対し垂直にしながら、パワースライド(横向きでの急停止)気味に減速し、後ろ向きでスリップしつつ、中央コース側にずれると、その瞬間にテール(後端)を蹴って、オーリーした。さらに自身も90度回転して、フェイキー(前後の足を入れ替えて通常の反対の向きになる)のヨコノリ体勢になり、ボックス上に着地。そのまま飛び降りながら90度回転し、レギュラー(通常の前後の足の位置)に戻して、再びコースを疾走した。アメリカ選手は瀬津が右方向へ吹っ飛んでくると思い、右寄りに飛んだため、着地が大きく右に膨らんだ分、瀬津に遅れをとってしまった。瀬津の減速とコースアウトをねらっていたフランス選手はトンネル狙いでボックスに飛び乗った後、バランスを崩して転げ落ちコース上にたたきつけられた。だが、かなりのタフガイのようで、すぐさま悔しそうに立ち上がると、デッキを探し始めた。デッキは残念ながらわずかに車高が高く、トンネルの縁に弾き返されてコース外に吹っ飛んでいた。
瀬津はそのまま、一気にゴールインした。
まさかの優勝。チームとしては3勝目だが、瀬津にとっては初めての優勝だった。鼻水をたらした椎野が駆け寄ってきた。目はなみだ目になっている。こわい・・・。
「いかったー。いかったよー、無事で何よりだよー。」椎野は瀬津が無事ゴールできたことに歓喜していた。スタンドには、既に客の姿はなかった。参加チームも引き上げていた。
とりあえずブームに乗って早期に名を売りたいと考える新興企業は、少ない支出でそれなりの宣伝効果がねらえるこの手の大会をよく開催する。その運営費用は賞金とセクション設営・会場借用費のみに運用されることがほとんどなので、優勝のセレモニーなどは元々セットされていない。メディアが入っても試合部分のみが公開となっていた。選手やチームは試合後、直接、運営事務局に行って、賞金を受け取ることになる。盛り上がるのは試合中のみなのである。したがって、瀬津の優勝を祝福するのはチームの3人と会場撤収に残っている大会関係者のみということになる。ところが、予想外の椎野の号泣に、タテうらもジージもあっけにとられ、祝福の言葉を言い出すタイミングを見つけられず、大会関係者と共にただパン・・・パン・・・パンと軽い拍手を送るのみであった。当の瀬津も何が起こったかわからず、優勝の余韻は感じながらも、ひたすら号泣する椎野に何を言ったらよいのやら迷った末にかけた言葉が「ただ今」であった。思いがけず、椎野の号泣を見守ることになってしまった3人は「どうしたものか・・・・」という面持ちで、ただただ立ち尽くしたのであった・・・。


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