猛プッシュ(地面を蹴って加速する)して外国勢に追いついた瀬津がためらいなくジャンプした。瀬津は板と分離してブロック上を飛んでいた。板は一瞬にして見えなくなっていた。その跳躍力でブロックを軽く飛び越えると再び、瀬津は滑走し始めていた。 「何があったんだ!」タテうらが叫んだ。 「デッキ(板)は地面を滑ってたみたいだなぁ。」ジージが双眼鏡を覗きながら言った。 「じゃ、失格だろ。アイテム(スケボー本体=コンプリート)はコンクリートの置いてあるスペースを通過しなきゃならない。コンクリートの側面に触れ続けるか、そのスペースの内側、つまりコンクリート上を通過しなきゃなんないんだから。」椎野がいらだって言った。 「にしちゃ、失格のランプも点いてないぞ。」タテうらが言った。 「驚いたろ・・・。」瀬津から通信が入った。落ち着いた声だった。 「お前一体!?」椎野が言った。 「月の裏側だよ。」瀬津が応えた。 「月?そりゃ、お前が行きたかったところだろ。」 「例えだよ。」 「つまり、こっからはよく見えないってことか。」タテうらが言った。 「そうです。次、よく見ててください。」タテうらはスタンドの端まで走っていった。そこから双眼鏡を覗いた。 「それと、椎野。他のチームのピットにフラットなタイプの板があるかチェックしてくれ。」 「なぜだ。」 「たまには理由聞かずに素早く情報くれよ。」 椎野はトップ集団と共に滑走してきた。スタンド前を通過するときには親指を立てて見せてきた。そのまま、瀬津は通過した。あわてて、ピットインする外国選手もいた。通信でメンテナンスの準備は完了しているのだろうが、板を換えるのか、選手交替をするのか、いずれにせよ、タイムロスにはなる。 「気づいたチームがピットインしたな。でも一周近いハンデはつけとくから何とかなると思うよ。」瀬津が言った。 「あの選手はオーリー越えできたのに、なぜピットインしたんだ。」椎野が言った。 「失敗ぎりぎりでクリアしてたってことだろ。安全策をとるんだよ。俺みたいに・・・、ま、絶対安全とはいえないけどね。」 「もったいぶるなぁ。」 「説明すると長くなんだよ。とにかくよく見てろよ。焦ってる連中はほとんど気づいてないし、気づいても低車高のコンプリート(すぐ乗れる状態のスケボー)がなけりゃ、俺の真似は出来ないんだ。」 瀬津はぐんぐん加速してボックスに向かった。 「あれは・・・、この緊張感の中でよく気づいたな。さすが、視力ナンバー1か。」スタンドの端からボックスの下部を確かめたタテうらがため息を漏らした。 「椎野、瀬津の言うとおり、他のチームのフラット系デッキの有無を早めにチェックするんだ。」 「タテうらさん、仕掛けが分かったのかい。」 「説明するから聞きながらピット内をチェックしてくれ。これは主催者側の仕掛けた抜け道だ。」 「了解。ジージも頼む。」 「はいよ。」 タテうらは説明を始めた。 「スタートの位置からでは気づかなかったが、あのブロックの下部は橋げた状になっている。つまり、トンネルがあるんだ。全く、スケボー・トリックの発想じゃねーがな。で、橋げた部分の空間の高さは15センチほどだ。瀬津もよく判断したもんだ。目測違いで数センチ高ければデッキは弾き返されてたからな。トンネルの幅も30pは無い。かなり正確に侵入する必要がある。」 その頃、サーキットの瀬津はコーナーを過ぎ、先頭を競い合う2人の外人選手に追いついていた。しかし、わざと減速し、トップには出ない。自分の通過方法を二人に気づかせないためだ。実際、サポートの椎野達ですら、その方法をすぐには確認できなかったのだ。残る1周で気づかれても勝算はまだあると瀬津は考えていた。 トップ争いの外人二人は小競り合いを止め、オーリー(ジャンプ)体制に入った。深く沈みこんだ姿勢の二人。それを尻目に、瀬津はほとんど伸びきった姿勢のまま、ボックスに向かっていった。 瞬間、瀬津はブロックを飛び越え、ほぼ同時にブロックの下部から飛び出したデッキにタイミングよく着地した。 「さすが、瀬津!!」椎野が手をたたいた。 「確かにスタンドの中央からじゃ見えてなかったな。」タテうらが言った。 「しかし、うまいタイミングで乗るなぁ。」ジージが感心して言った。 「ところで、フラット系デッキのチェックはどうなってる。」タテうらが言った。 「さっき、ピットインしたのはウィール(タイヤ)のパンク(割れ)だよ。フラットへの交換じゃない。他のピットにフラット系のデッキも見当たらない。」椎野が答えた。 「フラット系は見当たらないんだね。」瀬津が確認してきた。 「一応。」 「一応って・・・。」椎野の答えに瀬津が少しあきれ気味に答えた。 「トンネルは全部で3つある。」タテうらが椎野に伝えてきた。 「ということは、一遍に3人しか通れない。瀬津が加速し続けるわけだ。」椎野が答えた。 「他のチームが気づく前に上位の3人に入っておこうってわけだ。」ジージが言った。 「周囲のレーサーの板はオーリー狙いでキック(板の前後の反り)がきつい。デッキの最高位の部分の地上高は15センチを越えている。だから、トンネル通過は出来ない。だが、フラットな板をスタンバイしてるチームがピットインしてデッキ(板)をチェンジした場合、スキルの高い外国チームが瀬津に追いついてくることは考えられる。」タテうらが言った。 「そういうことです!」瀬津が大声で答えてきた。 「あと、1周だ。何とかなるだろ。」椎野が言った。 「簡単に言うな。他のチームにフラットデッキがスタンバイされてないことに期待してるだけだよ。あとは逃げ切り。」瀬津が答えてきた。
|
|