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作品名:YOKONORI RACER(ヨコノリ・レーサー) 作者:ふ〜・あー・ゆう

第3回   3
椎野は双眼鏡でサーキットを見渡していた。スタンドと反対側のコース上にはブルーシートを被ったセクションが一つ置いてあった。どのチームも双眼鏡でそのセクションを見つめていた。スタンバイしてあるデッキ(板)やウィール(タイヤ)のサイズ、トラック(台車部分)の特性などでセクション攻略に有利なチョイスがなされているか、選手の資質もさることながら、そうしたセクションのタイプの予想が当たるか・外れるかで勝負が決まることも少なからずあったのである。
ほどなく作業員達が現れ、シートをはずし始めた。サーキットのスタンドと反対側のコース上には、道路幅の半分ほどの何の変哲も無い、しかし高さが1.2メートルほどあるコンクリートのブロックが現れた。
「なんだ、ありゃ〜。」
他のチーム関係者からも同様の嘆息が漏れた。それは奥行きも1.2メートルほどで幅は3メートル近くある直方体のコンクリートの塀のようなものであった。オーリー(ジャンプ)で越えるには高さを出すべく、かなりのテクニックがいる。基本ルールはレーサーのデッキ(板)がそのブロック(塊)の置いてあるスペースを通過すること、つまり、飛び乗って滑りながら越えるか、一気に飛び越えるか、ブロックの左右いずれかの側面や上部の角をデッキの裏面・トラック(台車状の部分)・ウィール(タイヤ)のいずれかを接触させる(擦る)形で通過するということであった。

「チーム椎野」は登録料と賞金額から一人のエントリーに絞っていた。登録はチームであっても個人毎の登録料が要求された。もともと、個人の技能が評価されるタイプのスポーツであり、替えメンバーが多いチームも秀でた個人も同等に競うイベントゆえ、登録は個人単位なのだ。会場で知り合った個人がレース本番でタッグを組んで蛇行しながら後続を押さえて仲間を入賞させ、賞金の山分けと言うのもざらであった。一応、結束の固い「チーム椎野」は登録料が嵩むのを避けるため、タテうらを仮登録でエントリーしていた。しかし、考えた末にレース直前になって、頭脳明晰で学生時代バスケットボール選手だった瀬津をエントリーすることにした。実際は椎野の思いつきでの采配なのだが、観念した世津も跳躍力には自信があったので板自体の高さは出しにくいもののオーリーしやすくテクニカルな滑りに適している板の反りがほとんどないフラットプレスのデッキを選択していた。というか、彼はそんな板しか持っていなかったのだ。「チーム椎野」はチーム専用モデルの板などは持っていない。個人が所有する板を使うしかないのである。瀬津は取り回しも楽だろうとキッズ向けに近い短いサイズのデッキをスタンバイしていた。
「この板、キックが弱いのはいいとして、なんか小さい感じがするんだが・・・。」
「みなまで言うな。瀬津にも考えがあるんだろ。」タテうらが瀬津をフォローした。しかし、実際のところ、瀬津はさんざん考えたあげく、標準サイズの普通のセクションを想定して、板を選択していたのだ。あんなでかい障害物では取り回しも、へったくれも無い。小さくて反りが緩い板では、ジャンプ力も半減する。それでも普通の高さのボックス(セクションの種類の一つ)なら、瀬津のジャンプ力が半減しても問題はなかった。瀬津は、全てが裏目に出たと思っていた。闘わずして負けが見えていることに気づいていた・・・・が、口には出せず、「これには策があるんだ。」と思わず言ってしまったのだ。

「あのサイズでもアメリカの選手なら、けっこうクリアしてくるんだろうねぇ。」ジージは双眼鏡を覗き続けながら暢気に言った。
「見た目、華やかな外国勢だけに飛ばせて、うちらはどうでもいいっちゅう考えなんじゃないのかね。」タテうらが言った。
「でも、一流どころはいないでしょ。」椎野が小声で言った。
「いやぁ、そうは言っても本場での落ちこぼれはそれなりに能力も高いんじゃないのかね。」ジージが言った。
「少なくとも外国チームは賞金稼ぎにメンバーを入れ替えながら長期滞在してるチームだから、国内戦での勝負慣れはしてると思うよ。」
「とにかく・・・スタンバイする・・・。リタイアしても恨まないでくれよ。」瀬津がうな垂れて、椎野に言った。
「恨む・・・と言いたいところだが今度ばかりはそうも言えんな・・・。」いつもは無茶を強要する椎野もコンクリート塊にしか見えないボックスを見て人が変わったような口調であった。

スタートの電子ホイッスルがなった。約30人いる選手達が一斉にスタートした。これから、サーキットを3周するのだ。選手達は巨大ボックスが視界の隅にあるうちはひたすら走り続けていた。しかし、どの選手も巨大ボックスに対する対応はできていないようだった。ボックスが近づいてくるにつれ速度調整の加減がまちまちになっていったからだ。かなり加速してみたり、減速してアイテムまでの距離をとろうとしたり、周囲の様子をうかがって減速し、先に越える選手の様子を見ることにしようとしていたり・・・。
「みんな、どうクリアするか迷ってるようだ。周囲のサポートはどんなアドバイスをしてるんだ。」少し息を切らした瀬津から通信が入った。
「選手と一緒だ。迷ってる。何度も相談している感じだ。」椎野が応えた。
「当然ながら大声で伝えているようなチームはこの辺りにはいねーよ。だから策の方までは分かんねーな。」タテうらが伝えた。
サーキット上には瀬津がひたすらプッシュ(地面を蹴って加速する)する姿が見えていた。互いに様子見をしているので速度は皆ほぼ同じだ。
「外国チームからはオーリー(ジャンプ)という言葉が漏れ聞こえてる。パワーで越えてこうってことのようだよ。」階下から戻ってきたジージが付け加えた。
「なるほど、外国勢は聞こえてもかまわないぐらい自信があるんだな。」瀬津から返答があった。
外国勢はコーナーにかかる頃から、より積極的に加速し始めた。
瀬津はこのフラットな板でオーリー(ジャンプ)し、不完全でもとりあえずブロックの上端に引っ掛けられたら前重心にしてノーズマニュアル(前輪走行)気味に滑走して通過するか、上部に触れた瞬間にタッチ・アンド・ゴー的に再度オーリー(ジャンプ)してボックスをクリアしようと考えていた。選択した板なら、そうしたテクニカルな対応に適しているし、それが最もスピードをロスしない方法であると考えていた。ただし、あくまで板がブロックの角にでも引っかかればという前提だ。しかし、ボックスの高さは日本人の考える通常の高さを越えている。スタート直前にしてリタイアの可能性が出てきてしまったのだ。瀬津は走りながら考えた。カーブ(ブロック塊)の側面上部をノーズプレス(板の先端裏面をブロックの縁に擦りつけて横向きになる)で通過するのも選択肢だ。ただ、これも高さが無ければ半分落ちかかった状態にしかならない。ブロック終端まで擦りきれずに落下する。あるいは、高速でブロック側面にウィール(タイヤ)を当て、下半身を真横にし、上体を起した状態でボウル(窪んだプール状の滑走場)の側面を滑るときのように通過する、スノボのハーフパイプの壁を登るのではなく水平に滑り続ける感じ、港の防波堤の横面を水平に滑る感じである。しかし、地面に対して垂直な壁の側面を終端まで滑り続けるのは至難の業である。壁に接地した瞬間、ウィールの軌跡が放物線を描くかのように通過するしかないのだ。これが出来る選手は限られる。今回、エントリーした中にはそれほどの選手はいないであろう。

外人チームは真正面と側面のコースをとって走っている。身長を生かしてオーリー勝負、ノーズプレス勝負狙いだ。瀬津はまだ方法が決まらない。瀬津は自分に言い聞かせた。俺は跳躍力には自信がある。先端でもブロックに乗れさえすれば問題無い。・・・・・でも、後部を引き上げられなかったら、板はブロックの縁に当たって弾き返されて、自分だけがブロック上に乗ってしまうことになる。そして、リタイア・・・。
考えているうちに、ブロックはどんどんと近づいてきていた。全く素人のスポンサーが考えそうなことだ、俺達に曲芸をさせたいんだ。瀬津はだんだん腹が立ってきた。
そのときだった。
「あ!あれ!!」不意に彼は叫んでしまった。
「どうした!」椎野が聞き返した。
「説明してらんない。とにかく見ててくれ。やってみる。」瀬津の視力はメンバー1よい。宇宙飛行士を夢見たときから視力には気をつけてきた。
瀬津はぐんぐん加速し始めた。様子見の後続連中をどんどん引き離していった。後続連中は外国勢同様にオーリー越えするつもりなのかと内心、驚きと嘲笑を交えながら、速度を変えずに滑走し、瀬津の行動を静観し続けた。
「大丈夫か、瀬津!激突する気か!」椎野が言った。
「見ててくれって言ったろ!黙って見ててくれ!!」瀬津が大声で言った。


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