スノボシーズンが続く中、スケボーレースの情報が舞い込んできた。 「タテうらさんが勝手にナイト・レースに出るみたいだ。」 「いいじゃんか、いつもチーム椎野でエントリーするこた無いよ。」 「でも、ちよっと気がかりな点があるんだ・・・。」 「実力あるんだし、たまにはいいんじゃないの。お前、タテさんがチームを止めるか心配なんだろ。有力なスポンサーがつけば、いずれチームをぬけていくお方でしょう。それはせん無いことです。」 「違うんだ。あの人にはプロ時代の知り合いがいて、元のスポンサーの人間らしいんだけど、その人が現在のクロスレースに反対していて、対立する主催者に嫌がらせって言うか、巧妙な詐欺行為、乗っ取り行為にあってるらしくて。」 「なんで、そこまでわかるんだよ。」 「雑誌ネタ・ネットネタとタテさんのケータイの盗み聞きなんだけど・・・。」 「お前、ひょっとしてレース用の通信マイク、オンにして壁のフックにかけといたんじゃ・・・。」椎野が言った。 「いつものタテうらさんぽくなかったんで、つい・・・。」 「あのね、通信機は盗聴目的に使うなとアレほど・・・・。」 「でもな、出来心というか、心配でさ・・・。」 「最初の動機は純粋でも、そのうち歯止めが利かなくなるんだよねぇ、凡人の場合・・・。」 「椎野、お前は凡人じゃねーってのかよ。」 「まあ、まあ、瀬津君。今回は例外といたしましょう。続きを話してくださいな。」 「うーん・・・。で、その相手に一泡吹かせるためにエントリーしたみたいなんだ。」 「一泡吹かせる・・・。んじゃ、もしかしてナイト・レースってのは正規のじゃなくて日本じゃ解禁されてない賭博レースってことか。」 「その主催者がタテさんの友達を潰そうとしてるみたいなんだ。」 「そこで、正規より高額の賞金をもぎとって恩人に返そうってわけ・・・。いいんじゃないの、勝てば恩返し。負けても登録料がパーになるだけだし。」 「ところが、そうはいかないんだ。賭博レースは俗に闇レースといわれて、選手の素性が分からないだけじゃなく、その後の選手の行方が分からなくなってることもあるらしいんだ。だいたいレース自体も選手名簿も事前・事後にわたって公開されてなくて、アマチュア主催のシークレット・レース同様に口コミだけで開催されてる。お抱え選手が負けても首位の連中が買収されて順位が入れ替えられたり、かかわったスケーターがその後に消息不明になっていたり、レース中に再起不能にされたり・・。」 「そんなおっそろしいことが、この法治国家たる日本国内で行われてるってーのか。うそっぽいなぁ。せーぜー、賭けた金を内輪で回してる程度なんじゃないの。」 「俺だって、実態はよく知らないよ。タテうらさんも最初はレースでの報復は避けてた感じだったんだけど、思い知らせるには乗り込んでくしかないって考え始めたらしくてレースの情報を色々と集めてたみたいなんだ。」 「それらを総合すると、今言ってたような裏世界のレースってことになんのか。それ知った上でレースに出るってのか。タテさんに限って、そんな無用心な。」 「俺、止めるべきだったかな。エントリーするなって。」 椎野はしばらく考えていた。 「止めても無駄かぁ・・・。タテさん、他人のために事業ポシャるぐらい純粋な人だから。」 「やっぱ、椎野もそう思うか。だよな、今は恩人を守ることしか考えて無いんだ。」 「ここは、人生の先輩たるジージにも相談してみようぜ。」 それから4日が経った。タテうらは一度も姿を見せず、郷里に帰っているという連絡だけがあった。ジージは、ありったけの情報を集めてきてくれたが、瀬津たちが調べたことに少し新しい情報が見つかった程度であった。 「やはり、闇レースはギャラリーと選手と主催者で秘密裏に行われているようです。実際に関わってみないと実態は見えてこないようですね。」ジージは書類を手にして言った。 「とは言え、この年ですから、今さら危ないことには正直、関わりたくありませんがね。」 「とりあえず、資料を見せてください。」瀬津がジージから書類を受け取った。資料にはおよそ以下のようなことがまとめられていた。
『闇レースは表向きナイト・レースとして開催され、内容はダウン・ヒル(下り坂)のスケートクロス(接触プレーありのレース)がメインである。ほとんどが例外なく出来レースで、スター選手を守るために新参者やライバル選手を試合中に再起不能にも出来る。表裏両面での事業拡大をもくろむシンジケートの資金源。つまり、市場そのもの。無法カジノ、薬物の取引場所、闇の人脈作りの場。』 瀬津は思った。タテうらさんは勝って、相手の資金の流れを止めようとしている。でも、そんなの無理なんだ。相手はそんな一筋縄な相手じゃない。主催者に消されることだってありうる。ドラマみたいにそう単純でもないと思うけれど、黒幕が胴元がかなりやばい感じだ。 「瀬津、なんか言うことある・・・。」 「いや、俺達に何か出来るんだろうか。」 「だろ、会場じゃ薬物の取引も横行してるようだしな。」 ジージが話し始めた。 「これまでのケースから警察は薬物の取引ルートをほぼ把握してるはずなんですよ。それで一応、とかげの尻尾きり程度の逮捕をメディアで公開してるんです。主婦や学生にも蔓延とか、どうでもよい者のみを摘発して捜査はきちんとしてますよと取りあえずアピールしておるわけです。実際は有力者にも蔓延している事実を隠す為の煙幕的な表層のみの捜査なのです。事実、地方の弁護士会の会長クラスが捕まりましたね。本来なら、ばれるはずのないこと。今回は関係者の口止めが後手に回ったんで、捜査怠慢のバッシングを受けないタイミングで逮捕したんだと思われます。最近の口封じは金で解決するとか、お店を提供するとか、スポンサーになるとか、一蓮托生の関係にしちゃうんですね。荒っぽいことはリスクが高いから、そうそうしないんじゃないかと思います。行方不明者についても海外で暮らせるだけの資金をもらったのかも知れないし。とは言え、昔ながらの荒っぽい目に合ってる人も中にはいるかも知れませんが・・・。」 「ますます考えがまとまりません。僕達はどうしたら・・・。」 「ジージになんか考えがあるみたいだけど。」 「ええ、少し。でも、もう少し時間をもらえませんか。レースは再来週でしたよね。ギャラリーや選手の大まかな身元のチェックもあるでしょうから、延期はあっても早まることは無いでしょうし・・・。」 「お願いします。」
タテうらはその後もチームのガレージに現れることはなかった。おそらく椎野たちに迷惑をかけまいとしているのだ。このレースで裏社会に目をつけられれば、どんな報復があるやも知れないのだから。
4日後、ジージが例のごとく、書類を抱えてやってきた。 「先日も言いましたが、これは到底、私達のかかわれる相手ではありませんよ。ですが、警察に頼めるものでもありません。と言いますか、警察に頼んでも無駄かもしれません。」 「・・・・・・。」二人は黙っていた。 「資料の内容のおおよそをこの書類にまとめてみました。元になった資料はこのかばんの中に入っています。まずは目を通していただきたい。」 かばんごと受け取った二人は30分ほどの間、黙々とジージの持ってきた書類や資料を読んでいた。 やがて、ため息をついて顔を上げた。 「ここで、覚悟を決めるしかありませんね。」瀬津が口を開いた。 「タテうらさんを探し出して強引に諦めさせるか。あるいは俺たちがゴールまで、そして、ゴール後もタテうらさんを守りきるか。」椎野がこれまでになく険しい表情になった。 「そうですね。警察が有力者によって丸め込まれる可能性はゼロではありません。」 「でも、探し出すのは、もう無理でしょ。レースの日までほとんど時間が無いし、バイト先でも消息はわからなかったし。」 「じゃ、レースに出るか、見捨てるかしか選択の余地はねーな。」 「答えは決まってんだろ、椎野。」 「ということは、エントリーすると言うことですな・・・。」 「おい、ジージは抜けてくれよ。ジージの役割はここまでだ。俺たちの無鉄砲な計画にかかわることないからな。」 「何を言ってるんですか。これでも高校を出てから10年間は警察に勤務していたんですよ。あの制服に憧れてね。」 「ジージが警官ですか?」 「10年間ってのは?処分喰らったとか。」 「ひどいことを言いますね。徹底した縦割り社会の警察組織になじめなかったんですよ。結局、家内の親が経営していた町工場を継いだんです。ま、婿養子ってわけですがね。」ジージはこの場の緊張感をほぐすような感じで言った。 椎野と瀬津は顔を見合わせた。 確かに、御年になってもなお自分らのような若蔵とともにヨコノリを愛し続けるジージのフリーダムな感覚は、警察と言う縦割り組織の中でガリガリと削られて、やがてその息苦しさに耐えられなくなっていったというのは想像に難くない。 「ですから、情報収集と潜入捜査は得意なんですよ。」ジージが冗談ぽく続けた。 「でも、かなりやばいですよ。家族だって・・・。」 「正直、始めはお断りしようと思ってましたがね。でも、若い頃を思い出しまして・・・・。それに幸い、エントリーは偽名もOKで、マークされない限り、素性はわかりません。実際、警察が動き出したときに本名がばれてはまずいので偽名でのエントリーが100%のようです。しかも、スタンバイのときから、安全用のフルフェイスヘルメットをしてますから互いの顔も分かりません。なにせ秘密カジノみたいなもんですからね。ギャラリー含め、素性を明かしている人は先ずいないでしょう。」 「そこまで、調べたんですか。ほんと、ジージの仕事はこれだけで十分なんですよ。」瀬津が念押しした。椎野は黙っている。 「いえ、私もそれなりに腹をくくってきているんです。他にも手を打ちましたし・・・。」 「手を打った・・・。」 「まぁ、棚からぼた餅というか、それは後ほど。」 「わかりました。俺たち、ジージもタテさんも全力で守りますよ。バイトもしばらく休みもらっときます。」黙っていた椎野が話し出した。 「実は俺、タテうらさんをコースの途中で逃がそうと思ってたんですけど可能性はありますかね。」 「それはタテうらさんが承知しないでしょう。結局、ゴールで何とかしなきゃならんでしょうね。それに、スタートからフルフェイスヘルメットを被っていて、しかもナイト・レースですから本人を見つけ出すのが第一の課題になります。作戦の舞台をゴールまで含めて考えれば、見つけやすくなります。」 「なるほど。このレースでは1位が最初から決まっている。でも、2位以下にもそれなりの賞金が出る。だから、わざわざ身を危うくする高額賞金の1位狙いに出るものはいない。ただし、中にはその暗黙のルールを知らずにエントリーしてマジにレースして焼きを入れられるのもいる。それがタテうらさん・・・。だから、ゴールまでの間に普段は起こらない1位争いが起きる。主催者側も色々な手を打ってくる。そこで、タテうらさんを見つけ出してゴールとほぼ同時に脱出する。」 「さすがは、瀬津君ですな。ほぼ、そういう筋書きですよ。でも、そううまくいくか私も見当はつきません。少なくとも、身元のわかるものは身につけず、万が一のときは朝まで山に潜むか、捕まっても口を割らないと言うことですかね・・・。あばらの何本かはやられてしまうかもしれませんがね・・・。」 命がけになるな・・・・。ヨコノリが消費されつくすってのはこういうことなのか・・・、金になるなら、どんなレースも開催される・・・、そうでないと思っていること自体、きれいごとなのか・・・。椎野は自問自答していた。
闇レースは主催者のもつ山間の建設資材工場周辺からスタートする。周囲にはレール・ボックス・バンクのセクションがあり、全て通過する必要がある。ラストはレースのメインコースである山の道路を下る。山間部の工場なので工員は泊り込みで仕事をしている。したがって、深夜の道路はごくたまにドリフト族が来る程度で闇レースにはもってこいの場所なのである。道路は場所により、かなりの傾斜があり、相当の加速が予想される。街路灯3本おきに小型暗視カメラが着いていて、ゴールのギャラリーへの実況がなされる。もちろん、主催者の許可を得て、ルート上のポイントでの観覧も可能だ。 レーサーのヘルメットはフルフェイスでないと転倒時の危険性が非常に高い。しかも、タックル等の接触プレーがOKなのでリタイアする者も多数出る。闇の客はそんな光景に刺激を求めてやってくる。選手は技術が無くとも度胸と体格のよさで圧勝が可能であり、加えて2位以下でもそれなりに高額の賞金が手に入るので参加希望者が後を絶たない。この格闘技のような興味本位のレースを表立って批判していたのがタテうらの恩人なのである。その恩人は一般人には架空のレース程度の認識しかなかったこのレースの存在を顕在化させ、レースの正常化、つまりスケートクロスを本来の形に戻すべきだと訴えたのである。しかし、有力者も絡む裏社会のドル箱レースである。恩人はやがて全ての取引を断たれ風評により貶められ精神的に追い詰められていった。タテうらはそのことへの報復としてレースに臨もうとしている。自分がこのレースでフェアに勝利して、恩人を日干しにしようとしている主催者とその男に陰から資金を提供しているスポンサーに手を引いてもらうのが狙いだ。しかし、スポンサー含め主催者側のレースへの動機はタテうらのそれとあまりにもかけ離れている。正攻法のタテうらの主張など届きようも無い。そもそも、正常化することに意味は無いのである。レースは客への余興に過ぎないのだ。内状の告発など無意味かつ、もってのほかの行為なのだ。
「エントリーするぞ。」椎野がケータイを打ち始めた。 「ジージ、ほんとにすみません。」瀬津が頭を下げた。 「仲間じゃないですか。私とて若いあなた達を戦場に刈りだすようなことは非常に心苦しいです。」 「エントリーはあっという間だな。向こうについてから色々とチェックされるのかもな。でも、所詮、選手は消耗品として扱われるだけだから、入念と言うことも無いだろう。」ケータイを閉じた椎野が高をくくった。 「いいえ、潜入捜査のようなことに関しては案外ナーバスだと思いますよ。でも、警察関係の動きは内通者が情報を流しているでしょうから、逆に言えば、私達の潔白はすぐに証明されるでしょうね。」 「警察とは無関係ってことで潔白ってのもなんか変だぁね。」 「ジージ一流のウィットネス会話だろ、この鈍感。」 「鈍感言うな!!」椎野は話に聞いていた裏社会の恐怖が生々しいものになってきたがゆえ、その切迫感・緊張感に耐え難いものを感じていた。 「ところで、瀬津さんにお願いがあります。通信機の周波数は逐一、変調するように改造してもらえますか。」 「傍受されない為ですね。一応、できますが。」 「さっすがー、理系エリート!!」静かなガレージに素っ頓狂で甲高い声が響いた。余計な一言で自身を鼓舞する椎野であった。
レースの日は朝から曇っていた。青みがかった、それでいてまるで偏光フィルターを通して見たような深みのあるグレーの色を基調とした空が一面に広がっていた。いずれ雨が降るだろう。しかし、少々の雨ならレースは決行される。タテうらがリタイアすることは無い。レースではスリップしたり、転倒したりということが頻繁に起きるだろう。 「今夜、決行ですね。」 「それにしてもこの天気じゃなぁ。」 「逆に人が寄り付かなくていいみたいだよ。主催者は。」 「私達にも都合がいいですよ。何かと見えにくくなりますからね。」 「なるほど、見つかりにくくなるわけだ。」
時計が午後10時を回った。3人はタクシーで工場に着いた。運転手は椎野たちが闇レースの選手であることに気づいていたようだったがそもそもレースそのものに、興味が無いようだった。それでも、大口の客を乗せたことで気分は良かったようだった。降車時の「ありがとうございます。」の声が高らかだった。この工場の近くに鉄道は無く、バスも朝夕に一便ずつしかこない。大方の選手は夕方から今までここで時間を潰していたのだろう。空には星一つ見えない。雨がしとしとと降り続いていた。スケートボードにとって水は大敵だ。板は湿気を吸い、ベアリング(タイヤの回転部分)も錆付いてしまう。しかし、気にする選手はいない。賞金目当ての俄かスケーターが多いからだ。3人はばらばらに会場に入った。やがて、レース開始10分前になった。ヘルメットを被りスタート地点で待機した。 「ああ、このロンスケ(ロングスケートボード。ダウンヒル用。大きくて安定感がある。価格も高い)、もうアウトだな・・・。」椎野が投げやりに呟いた。 「タテうらさんと板とどっちが大事なんだよ。」瀬津が通信してきた。 「いや、ちよっと呟いただけだってば。聞き逃せよ。」 ジージが二人に首を振って合図した。 「怪しまれます。」 係員がやってきた。 「今日のレースではアイテムの通過が無くなりました。レースはダウン・ヒルのみです。」 「なるほど。この雨では、アール(カーブするように角度のついた壁面)は昇れないし、工場敷地内でリタイアが多く出てしまっては、メインの坂道での選手が激減して客の楽しみが減ってしまいますからね。それに滑ることしか出来ない私にとっても、これは好都合ですよ。」ジージが小声で二人に伝えた。 「確かにロンスケだとほとんど飛べねーからどうしたもんかとは思ってたよ。加速してノーズ(前)上げてレールの端に板の腹を引っ掛けてその勢いで乗っかるしかねーかなとか、あとは、のたくたと行くんだな、なんてね。」
そのとき、スタートランプが光った。ホイッスルなど音声の信号は無い。この光で一斉にスタートする。工場を出て、道路に向かう。ふと、選手達の足が止まる。 「想像はしてたが、これほどのダウンヒルとは・・・。」坂の傾斜を見て、瀬津が呟いた。昼間のタクシーの通り道とは違う運搬車専用の連絡路だ。道幅は国道並みで速度は出しやすそうだ。 「ゴールまで、さほどかからないかもな。」 「レースは闇パーティーのオープニングセレモニーみたいなものですから、それなりに盛大に盛り上げてさっさと終わらせるつもりなんですよ。」 「ここで人脈を広げるのが大半の客達のねらいってわけですね。」 「それにしても見込み違いでしたよ。この先の坂も勾配がきつくて正直、私にとっては厳しいですなぁ。」 「とにかく俺たちは行く。ジージは無理しないでくれよ。下手に加速すると必ず転倒する。」 「当然です。私は参謀ですから、作戦の完遂まで無謀なことはしません。」 「安心しました。じゃ、通信連絡、よろしく頼みます。」 3人はそれぞれの速度で滑り降りて行った。周囲は素人が多いということが一目でわかった。デッキ(板)上でふらついて安定感が無く、接触してくるときもプロレスラー並みに腕を振り回してくる。それで、バランスを大きく崩して転倒する。だが、体が動く限り、転倒してもリタイアにはならずレースへの復帰は可能である。中には、肩口を突き出して理想的なアタックをしてくるものたちもいるが、それも寸前で交わしてやると勢いあまってコース外へ消えていく。 濡れた路上で微妙にスリップしながら瀬津と椎野は加速を続けていた。 「隣の奴がまたぶっ転んだぞ。これからどうする。」 「同じことになりゃ、僕たちだって病院行きだよ。とにかく自分が制御可能な速度の範囲内で上位集団に入る。そうすれば、タテうらさんの目星がつく。」 「にしても、濡れた路面はスリップして予想以上に振られるな。雪の上を夏タイヤで走ってるみたいだぜ。」 「なのに、このスピードだからね。」 「この勾配だとレースはほんとにあっという間に終わるな。」 「わかっています。こちらもあっという間に片をつけるんですよ。」ジージの声が聞こえた。 「あっという間?どうやって。」 「作戦、詳しく教えてください。」 「実は助っ人をお願いしてたんですよ。なかなか多忙な方で返事が今晩だったものですからお二人にはお知らせしてなかったんですが。」 「多忙な方?」 「やつらに目をつけられないように会場から脱出します。その助っ人はミッキーさんです。」 「ミッキー!?」 「あのオタクが、ミッキーが来てるのか。」 「彼は今、為替や証券の仕事をしてるんですが、商売敵にITマネー亡者の鼻持ちならんのがいて、その人がギャラリーで来てるそうです。それでスキャンダルがらみで、今のうちに潰しておきたいらしいんです。」 「敵の芽を小さいうちに摘んでおくというわけですね。」 「それで、俺達に便乗ってわけ。それが、例の棚ぼたの中身?!」 「大丈夫なんですか?」 「彼はギャラリーに紛れて、その男を隠し撮りしているんです。『汚れたITの申し子』と称してメディアに売れこめそうな証拠写真を何枚も。もちろん、見つかれば顧客に迷惑をかけられた主催者側の報復は必至です。それで、連中や警察にカメラの中身を押さえられる前に我々と一緒にレースに紛れて脱出したいというわけです。」 「なんちゅう、虫のいい。」 「いえいえ、一応、椎野さんへの罪滅ぼしもあるといってました。ウィンド・サーフィンの時の。」 「いちおう・・・。だろうね、今回、助けるのはタテうらさんで俺じゃないからね。」 「で、ミッキーとはどこで接触するんですか。」 「この次のカーブを過ぎたところです。ターゲットがそこに見に来ているらしいです。」 「なるほど。一番エキサイティングなポイントらしいからギャラリーは多いだろうな。」 ギャラリーの人の層は様々だ。若いの、老いたの、小さいの、大きいの、きちんとしてるの、だらしないの・・・。当のミッキーは冬だというのにシャツに短パンと言う姿で潜入していた。目立ち過ぎだ。特注のライダースーツは近くの茂みに隠してある。暗闇でも分かるよう、手元のスイッチでシグナルが点滅するようになっている。ミッキーはターゲットの撮影完了後、先頭集団が通過するときの観衆の盛り上がりに紛れて、山頂よりの茂みの方に行き、着替えて隠れていた。 椎野たち三人はカーブの手前に差しかかった。 「ここでミッキーとどうするんだ。」 「フルフェイスのヘルメットをしてますから、お互いの顔も分からないし、コースの途中で紛れ込んだのがいてもわかりゃしませんよね。そこで、私とミッキーさんが入れ替わるんです。」 「体格違いすぎですよ。」 「そこは、この際、やむを得ません。」 「そここそ、やむを得るんじゃないのか、ばれるぞ。」 「主催者は選手のチェックより、顧客のチェックがメインです。勝者が決まっている出来レースですから、我々はただの見世物。おまけに、周囲は暗いし、たぶん、分かりません。」 「多分って言ってもね。」 「この場合、絶対にって言って欲しいです。」
ミッキーの指定してきたポイントでは先頭集団が次々と通り過ぎる中、監視メンバーはたくさんのギャラリーの中に埋もれてしまって職務を果たせない状況にあった。ミッキーの予想通りである。 ミッキーは入れ替わりのタイミング・場所についてどのポイントで実行するにしろ、タイミングはギャラリーの移動時であり、その場所は全体の移動方向の反対側でと提案していた。ジージは打ち合わせどおりに動いた。 コースを外れ、茂みに消えたジージはすぐにミッキーとコンタクトできた。フルフェイスヘルメットを渡すと彼から観戦許可証を受け取って人ごみに紛れていった。2分と経たないうちにミッキーが椎野らの待つコースに姿を現した。 「やっぱり見た目が全然違う。」 二人は怪しまれぬよう、初級者が濡れた路面に難儀するがごとく、超低速走行をした。ここから、ジージとの交信はできない。 ボディスーツを裏返したジージは軽装のアートディレクター風な出で立ちになった。ギャラリーはカジュアルだったり、スーツだったりで、ジージはあっという間に目立たなくなった。 「ミッキー、ケータイカメラはしまったか。」 「当然です。」 「瀬津、このあと、どうするんだ。」 「ジージがミッキーに伝えてあるはずだよ。」 「このレースはクロスなんですから、しかも闇の・・・。」ミッキーは話題を無視して唐突につぶやくと一気に加速し前方の選手に肉迫していった。 「胴元のお抱え選手の目星はつきました。あの3人です。3位まで独占とは許せんでしょう、椎野さん、瀬津さん。」 「まさか、体当たりするのか。」 「クロスですから。」 「出てきていきなり過激過ぎだ。」 「無茶はよせ。」 「あそこの暗視カメラを過ぎたら当たるんです。次のカメラまでは間がありますから。お二人は僕との車間は十分開けといてください。つまり、あそこのカメラに僕が映ってしばらくしたら、瀬津さん、また、しばらくして、椎野さんていう感じで、都合、5分はカメラに選手が実況されてるように。」 「その間にやつらを片付けるのか。」 「レース中のタテうらさんを守るにはそれが手っ取り早いでしょ。」 言うが早いか、ミッキーは前の2人にタックルとラリアートを食らわして三つ巴に転倒した。ミッキーに乗っかられた2人は悶絶した。他の選手は、クロスの事故程度に思って、ラッキーとばかりに素通りした。ミッキーは2人がクッションになったので、少しして起き上がった。次のカメラに悶絶した二人が映らないのを監視メンバーが不審に思う前にタテうらに追いつかねばならない。椎野と瀬津がゆっくり下降することで数台のカメラには常に選手が映っている状態になり、監視メンバーは異常に気づかなかった。 「あと、5分ぐらいで一位の選手がゴールするな。それがタテうらさんだとすると、なんとしても間に合わないと。」 「やつらの回し者のやばい選手はあと1人いるんだな。」 「3人でガードすれば、近づけないでしょう。ゴールと共に倒れこんだりすれば、見分けはつかなくなりますし。それに・・・・、」ミッキーが続けた。 「僕は選手じゃなかったから、ケータイ持ってんですよ。そろそろ110番します。闇レースしてますって。そのドサクサで逃げる。地元警察としてもあまりに遅い初動ではまずいから、我々がゴールする頃には現場に着く。胴元は配当も賞金もやり取りできない状態になるから、客の方は見限り始めるし、選手たちもぶー垂れる。それだけで、タテうらさんも一矢報いることにはなるでしょう。」ミッキーはジージから事情を聞き、彼なりに義憤は感じていたのだ。 警察も正直、目をつぶる闇レース。たわいない珍走団のドリフトレース程度に扱ってひと足遅く出動。もぬけの殻に近い会場の後始末をするのみ。暴走族の集会後の後始末みたいなもので残党の雑魚のみをパクる。雑魚を連行して帰還、調書のみとって釈放だ。ジージは黒の薄いボディ・スーツという軽装だったが、たいていの選手は黒のスーツだ。がさ入れで闇に紛れる為だ。
その頃、タテうらは目前の選手に驚愕を覚えていた。闇レースにすごい奴が現れてる。俺達とレベルが違う。こんな闇の、しかもアマチュアの覇者を争うような大会に一流のプロは間違っても来ないはずだ。彼らは、別な大会で十分に稼いでる。ブームの下支えなんてする必要も無い。でも、あの滑りはどこかで見たことがある。フォームの素晴らしさ。加速のタイミングの上手さ。彼にそっくりだ・・・。いや、ありえねー。
ミッキーはまたもや前方の選手に肉迫していった。椎野と瀬津がそれに続いた。選手は追い抜かれまいと蛇行し始めた。二人は体よく男の前に出て、ブラインド走行を始めた。カメラからは男の姿が見えにくくなった。 「うるさいハエですね。」ミッキーは減速して仕込みの選手の後ろに回りこみ、思い切り押し出した。先行の瀬津・椎野がすかさず、男を避けた。バランスを崩した男は転げて体を路面にしこたま打ち付けてもんどりうった。三人は涼しい顔で通り過ぎた。遠くからサイレンが聞こえる。 「早すぎますね。これはまずい。」 「まずい?」 「そうです。みんなパクられます。選手も客も主催者も。選手以外は金持ち連中ですからすぐ釈放でしょうが。」 「前方に選手がいます。」 「仕込みの選手は片付けたし、タテうらさんに間違いないな。」 「警察の到着前にゴールさせましょう。」 3人は地面を蹴り加速した。ゴールが目前になった。思ったより人だかりは無かった。ゴール前を広く開けてくれているように見えた。ゴールと共に三人は暗がりに向かってタテウラを押し出し、その上に負いかぶさった。だれが1位かわからなくなった。主催者は仕込みがしくじった場合、ゴール直後の1位の選手の耳元で買収をもちかける。そうすることで、表彰では1位が入れ替わるのだ。したがって、1位のタテウラの隠滅は買収工作の隙も与えなかった。椎野がタテウラの耳元で囁く。 「助けに来たよ。」 「重い、重すぎる・・・。圧死する。」 「どさくさで逃げてください。このレースをメチャクチャにしてやりましたから。」 監視メンバーがあわただしい。レース結果をギャラリーに知らせる必要がある。とりあえずトップが自分達の仕込みか否かを確認したいようだ。 「ばかやろう、俺の前にとんでもなく早い奴がいたんだよ。そいつがゴールしてすぐいなくなったんで血相かいてんだよ。」 既に1位がいたのだ。通りで人だかりが無かったわけだ。タテうらはチューブから搾り出されるようにしながら、三人の下からぬけだした。 「1位がいたって?おとり捜査ですかね。警察の動きも早かったし。」 「そいつの顔を見たから血相を欠いたんだよ。」 「そいつの顔?」 「遠目ではあったが間違いない。あの顔は・・・。」 「サイレンが近い!とっとと、逃げよう!!」 「えー、あいつが捕まっちまったら、全くくたびれもうけじゃないですかぁー。あいつがうまく逃げてくれないとこの写真、意味ないじゃないですかぁー。」ミッキーが駄々をこねた。 「そんなこと言ってる場合じゃねー。やつらのとりまき潰したのは俺たちなんだ。顔見られたらただじゃすまねーぞ。」 「警察に捕まったらヘルメットをはずされますからね。すぐに釈放されるんでしょうが、やつらに顔を見られますからね。」 「おい、あいつらが俺達の方に来るぞ。」4、5人の男達がこちらに勢いよく駆け寄ってくる。万事休す。一人でも捕まれば、芋づる式だ。 「三人がスクラップにされているのに気づいたんだ!!」椎野たちはダッシュして暗がりに転がり込み息を潜めた。足早になった三人はしかし、突然に踵を返した。パトカーの一団が到着したのだ。会場は騒然となった。主催者はギャラリーの御大を目こぼしさせてもらえるよう、パトカーに走り寄った。その間に数人の男達がコース付近のチェックを始めた。有力な人物を秘密の逃走経路へ誘導するためである。警察としては表立って逃げていく手合いを見逃すことはできない。今回も、あらかじめ主催者にも連絡が入っていたようで大方の有力者は既に逃走していた。ミッキーのターゲットもいち早く退散していたようだった。しかし、今回は事前に連絡のあった時刻より到着が早かった。中堅どころを匿う時間が著しく足りなかった。 「やつらは手出しできねーよ。警察も俺たちを捕まえない。1位の男は俺の思ったとおりだ。警察と一緒にいる。」 「でも、警察の一部はやつらとつながってるんじゃ。」 「逃げなきゃ、やつらへ引き渡されるよ。」 「あれを見てみな。」タテうらが警官の傍らで現場の説明をしている外国人を指差した。 「ブラウン!!」 「どうして彼が!!」 「おとり捜査に一役買ったってことだ。」 「このレースを潰す為にですか。」 「多分な。」 「でも、俺たちが捕まらない理由がわからねーよ。」 「ブラウンの出した条件だろ。選手にはお咎めなし。」 「逃げた金持ち連中もお咎め無しなのかな。」 「まあ、逃げ遅れた連中のみの現行犯逮捕だろうな。」 「やっぱ、汚ねー。」 「それが警察と折り合いをつけたぎりぎりの線ってとこだろ。中には選手に化けた売人がいる可能性もあるだろうが顔を隠してまでレースに出るやつらを晒し者にはしないこと。その代わり、金持ち連中が逃げることにはタッチしない。それが条件だったってことだろうな。」 「それにしても、ブラウンは何を考えてるんだろう。この前のレースといい、今回のきわどい振る舞いといい・・・。」 そのとき、瀬津が人ごみの向こうを見た。 「おい、ジージが手を振ってるぞ。」 「えっ、まずいぞ!ジージはギャラリーになってるから捕まっちまう!!」 「よく見ろよ。」タテうらが椎野を諭すように言った。 ジージは仕込みの選手からヘルメットを手に入れ、裏返したスーツを元に戻し、選手の出で立ちで4人を待っていた。椎野たちは騒然とした会場を後にした。ジージが見つけ出した山道の金持ち専用逃走経路にはキーが刺さったままの軽四輪駆動車が数台残っていた。 「狭い山道ですね。沢なんかに落ちないでくださいよ。」一番場所をとるミッキーが言った。 「とは言っても定員オーバーですからね。」 「オフロードに慣れてるのはジージしかいねーんだから、黙って任せなよ。」タテうらがたしなめた。 定員オーバーの軽四輪ジープは凸凹の山道をひた走った。 「ショーンの飛び入りが会ったのもグッドタイミングでしたがとにかくこれでやつらに一泡吹かせられましたね。」 「ああ、その件ですか。私もびっくりしましたよ。タテうらさんの前にゴールしてきたので。」 「大方、どこかで入れ替わったんだろうな。急にトップに出てきたからな。」 「僕たちのミッキーのようにですか。替え玉のレベル違いすぎですよね。」 「どうして私とショーンでレベルが違うんですか。彼はレース界のカリスマで私はIT業界のカリスマですよ。」 「はい、はい。」 「ショーンさんのゴールの時に会場関係者の話を小耳に挟んだんですが、FBIとレース協会の依頼でおとり捜査に協力したらしいですよ。」 「FBI ?!。たった一人で世界のレースを清浄化しようとでも思ってるのか。」 「ヨコノリ・レースを汚されるのが、がまんできなかったのかな・・・。」 「あの人は若いのに凄い人ですね。」ジージはハンドルを握りながら、会場で聞いた彼の噂を語り続けた。ジージの話から、ギャラリーや主催者メンバーの一部には本気でヨコノリを愛している者たちがいることもわかった。どうしてそんな人達がこのレースに染まってしまったのか・・・・・・。
ショーン・ブラウン、彼は自身のスポンサーと協力し、ブームで燃え尽きさせられるヨコノリ文化の衰退を阻止すべく活動を展開していた。 その折しも、FBIからの依頼があり、レースを食い物にする国外の蛆虫退治に協力していたのである。
「こんなレースが本当にあったなんてな。」 「ショーンは嘆いてるんだろうな・・・。」 それきり、みんな黙ってしまった。 言うべき言葉がなくなったのではない。 それぞれに彼への、ブラウンへの思い・ヨコノリへの思いをめぐらせていたのだった。
流行り廃りでヨコノリが衰退するのを本気で防ぎたかったブラウン。 金儲けのために大好きなヨコノリが消費されつくす、汚れる。それを防ぎたかったんだ。瀬津は後部座席で外の暗闇を見つめていた。
僕はジャスティスじゃない、ただ、楽しさを根絶やしにするやつらをのさばらせる訳には行かないんだ。そんなことも言っていたと言う。かっこよすぎる。椎野は瀬津とは反対側の窓から木々の隙間に時折灯る街の明かりを見ていた。眼下の街の明かりは次第に眩くなっていった。
とにかくスケールが違うアメリカの青年・・・。あの人にとってヨコノリは手段でなく目的。だからこそ、あえて熱病から冷めずにいる。クールだがホットな青年。これからもそうしてモチベーションを維持して、さらに先を行くパイオニアになっていくのでしょう。ジージは街の明かりを目指してハンドルを握っている。山道で車の揺れはひどいがとても穏やかな表情をしていた。
あいつは仲間にダサいといわれても100%の自信が無いときはヘルメットを被る。死にたくないから、必ず家族に会いたいからだ。夢を追い続けたいからだ。だから、・・・・愛するものがあるから・・・、愛するヨコノリ、愛する家族があるから、夢があるから・・・、あいつは強く、負けないんだ。 俺らにとって賞金はレースを続けるための一応の動機だ。あいつらにとってもそれは同じかもしれない。でも、それは彼らのステータスを、ポジションを維持していくための資金にもなる。日々のトレーニングだって、マネーは必要だ。ハングリーなままなら上れる階段はいずれ限られてくる。それが現実だ。 賞金は勝ち続けるためにあてがわれる金でもある・・・・。その上で自分の夢を追う。ファンたちの夢も背負っていくんだ。所詮、俺にゃ無理だ・・・。 俺はなんて半端なんだろうな。人間の幅が違う。彼らを追いかけているうちが幸せなんだよな。まっ、絶対に追いぬけっこ無いけど、万が一、億が一、追い抜いたとして、その先に何を求めるかも無いんだよな、俺には。 ショーンたちは何も無いところに必死で道を作ってくれている。誰に相談できるわけでもなく、孤独に打ち勝って、俺に、俺達に道を示してくれている。助手席のタテうらは前方をぼんやりと見つめていた。遠くに見えてくるはずの街明かりを探していたのかも知れない。
私達はぬるま湯の中で楽しみ続けたいだけなんですよ。しぶとく長く、できればしなやかに・・・。傲慢に謙虚に・・・。瀬津と椎野に挟まれて窮屈そうなミッキーは目を瞑り満足そうな表情だった。
俺達は温く行くべきなのかもな。ヨコノリを生活の糧にするんじゃなく、働きながら乗り続けるんだ。彼らのような特別な存在じゃなく大多数のみんなと同じにね・・・。椎野はちらちらと街明かりが見える度にそんなことを思っていた。
ジープは山道をひた走り、農道を通り、街に抜けた。 定員オーバーが目立たないよう痩身の瀬津がミッキーの背後に潜り込んでいた。 やがて、ジープは大型ショッピングモールの駐車場に着いた。そこの経営者は逃走したギャラリーの1人だ。5人はジープを駐車場に乗り捨てて解散した。
別れ際に椎野がみんなに声をかけた。 「じゃ、またガレージで。」 「いや、これが潮時かもな。」 タテうらが呟いた。
数日後、ミッキーの写真でライバルは見事に失脚した。体格のよさが目立っていたので主催者が報復として身元を探ることもあるだろうが、選手としてエントリーしたもの達のいずれともその体格は一致せず、大方のギャラリーには似た体格の者も多かったのであぶり出される心配はほとんど無かった。 彼らはいまだ探し続けているという噂も聞くがミッキーを始め、闇に紛れた4人の足取りは一向につかめなかったようだった。
あの夜以来、ガレージに来る者は椎野を除いてなかった。お互い連絡は取り合っていたが、それぞれに自分のことで忙しくなっていったようだった。 椎野はガレージのレンタルを解約した。
春になり、久しぶりに瀬津から椎野に連絡が来た。 「俺、例の町工場で働くことになったよ。」 「以前に面接に行った工場か。」 「ああ、いつか大型衛星の技師になってみせるよ。」 「お前もレースをきっかけに少しは立直れたわけだな。俺のニート救済ボランティアはなかなか貢献したわけだ。」 「相変わらず、高飛車だな、オーナーさんは。」 椎野は苦笑した。 「そうだ。ひとり立ちできるぐらいになったらジージの工場の後継ぎにでもなったらどうだい。」 「前にちらっとそう考えてた時期もあるよ。でも、ヨコノリのつながりはそれとは別だな。」 「なるほど。俺もそう思うよ。ところで、今まで保留にしてたけど、チームは解散する。」 「そうだな。あのとき、タテさんが言ってたけど、俺たちも潮時ってことだな。」瀬津はあっさりと返答してきた。椎野もその答えを予想していたようだった。 「お互い、これからが大事だな。」 「お互い?!」 「いや、俺は相変わらずだよ。コンビニ店長でこれからもがんばる。」 「なるほど。で、タテさんから連絡はあるかい。」 「お前に言ってなかったけど、タテさん、あの後、すぐ俺の店を訪ねてきたんだ。ガレージだと言い出しにくいからってな。夜勤明けに訪ねてきたんだ。と言っても早朝だったよ。冬だったからまだ暗かったな。」 「タテさん、何て言ってたんだ。」
タテうらはレースの後、椎野と話す機会を見つけるため度々、コンビニ近くの深夜営業のファーストフード店に立ち寄っていた。 そして、その朝、タテうらは店を出た椎野に声をかけた。 「あの時はどうもな。」 「どうしたんすか。ガレージにも来ないし。つーか、あの日以来、誰も来ないんすけどね。」 「そうか・・・・・。じゃ、俺が一番最初だな。お前にあいさつすんのは・・・。」 「あいさつなんて、いいっすよ。」椎野はそういいながらも、あいさつの意味はほぼわかっていた。 「俺にゃ、お前達と違って『これから』ってのは、ほとんど無いんだろうが、この1年とりあえずおもしろかったよ。できれば、お前達との思い出のあるこの街にいたい。でもなぁ、寂れつつある街とは言えど、俺にはこのままこの街に住めるほどの稼ぎはないんだよね、ってか、やっぱ、ここにいるのはやばいからな。あいつらがあのまま手を引くとは限らんだろうし。どっか田舎に引っ込むか、街から街へ流れていくかだろう・・・。あのレースが俺の走り納めかもな。お前の顔もこれで見納めかもな。」 「何、かっこつけてんすか。滑り続けてれば、必ずまたどっかで会えますよ。タテさん、スキルめっちゃ高いんですから。」 「バカヤロ、今言ったろ。滑り納めかもなってな。このまま、滑ってたら、うますぎて目立っちまってもー、やつらに目、つけられっかもしれんだろが。」 「そんときゃ、また助けに行きますって。」 「お前こそ、何かっこつけてんだよ。これ以上、お前達に迷惑かけられねーよ。」タテうらは笑顔で礼を言うように言った。 「・・・・・、とにかく滑り続けていれば、必ずまたどっかで会えます。じゃ、また。」 「だから『また』はねーよ・・・。じゃ、さいなら!大怪我しないうちにやめられてよかったよ。いろんな奴とも出会えたしな。」
早朝に仕事に向かう車が数台、ファーストフード店に駐車していた。急ぎの朝食だ。タテうらの車はど真ん中のスペースに止まっていた。 所々に錆の浮いた2ドアの旧式の軽四輪は一際目立っていた。 タテうらは笑顔を浮かべ軽く手を振りながら、その場を走り去った。
窓の外には後ろに流れていく街路灯。ここは何度か練習した道・・・。もう、走ることは無いな・・・。
タテうらは街を出た・・・。
瀬津はタテうらへの憧れが薄れてきているのを感じていた。 「そうだったのかぁ・・・。」 「それと、『どんな出会いがあっても最後は自分自身だ。お前達も同じだよ。』って言ってたよ。」 「ふーん・・・・・・・・、で、ジージはどうしてるのかなぁ。」 「公園に行けば会えますって行ってたよ。」 「行ってないんだな。」 「なんとなくね。でも、今日あたり、行ってみるかな。」 「いいおじいちゃんしてるんだろな。」 「いや案外、孫ほったらかしでロンスケでも乗りまくってんじゃないか・・・。」 「なるほど。・・・・・・・しばらく忙しくなるんで今度はいつ連絡取れるかわかんないけど、それじゃ。」 「俺もだよ、これからまた忙しくなる・・・・・・・・。」
椎野はケータイを閉じた。爽やかな面持ちのまま、目頭がほんの少し熱くなるのを感じた。
俺は仲間たちに恩返しできたんだろうか。レースで1番になろうと決めた一番最初の仲間にはもう会えない・・・・。 あのとき、移動に使った車の不具合は俺のせいだった・・・・。峠越えで交換した冬タイヤのビスにひびが入っているのに気づけなかった。素人には見分けがつかないからと責められもしなかった・・・でも、俺が二人を死なせたんだ・・・。 せめて最高の仲間を創るのが恩返しだと思ってきた・・・。 ・・・・・・これだけがんばったんだから、少しは忘れてもいいだろ、お前達のこと・・・・。 これまで、いろんな仲間とここまでやってきた。 今は少し1人になりたいんだ・・・・・・。
チーム椎野はこの日、正式に解散した。
枯れ葉の舞い散る公園を椎野が1人、ゆっくりとスケボーで滑っていく。スローモーションのように・・・。
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