夕方、椎野らは部屋にこもり、今日のレースの反省と翌日のレースの打ち合わせをしていた。 「さっきも話したが、ショーンに何かねらいがあれば、明日の大会に出る可能性は高いぞ。」 「海外でもあちこちで招待されてる選手ですからね。二日も日本にいられるとは思えませんが・・・。」ジージはゆっくりと答えた。 「もし、エントリーしてるなら、競うべき相手はあいつ以外だな。作戦も先行逃げ切り。後半追い上げでは今日のように最後にしてやられる。」 「確かにね。何としても先頭集団にしがみついてかないと・・・・。」 「ジージ、ブラウンのエントリーはまだわかんないの。」 「まだ、最終段階のリストが出てないのでなんともねぇ。」 「久々の大きな大会でテンション上がってたんだけどなぁ。国際大会といっても日本独自のイベントなのにねぇ、なんで、わざわざブラウンがきたんだろね。」椎野が伸びをしながら言った。宿泊代がただということで全く切迫感が無い。 「海外の大会はなかったんですかねぇ。」 「そんなこたない。稼ぎ時だ。」タテうらが瀬津に答えた。 「うわさですと、純粋に楽しみたかったからということだそうですよ。それじゃ、私、掲示板見てきますわ。」ジージが部屋を出て行った。 「楽しみたいってか。俺達をコケにしてか。それは結構なこったな。」 「賞金目当てのあたしらビンボーレーサーにとっちゃ死活問題だってのにねー。」椎野が半分本気で言った。 ほどなくして、ジージが戻ってきた。 「ショーンはいますが、大会には出ませんよ。」 「審査員でもするのか。」 「とりあえず、ホッとしたね。」 「審査員じゃありません。途中で抜けるようです。」 「抜ける?」 「どうやらオープニングセレモニーをすることになっていて、そこでまた、デモをするみたいですよ。エキシビションの続きですね。」 「なるほど。俺たちへの景気付けってわけかね。まっ、いいや。作戦を立てよう。」 「はい。」ジージは続けた。 「明日のレースは自然のままの雪上になります。入賞は15位まで可能ですが、10位以内になれば今日の成績に関係なく入賞できます。個人参加の扱いですから、私らとしては近道をするなら林間を、そうでなければ回り道をと言うことになります。ただ、林間で埋もれてしまったり、たち木にぶつかれば、勝機は無いでしょう。みんなレベルが高いですから。」 「それでも、俺たち3人は林間を行くんだ。トップ集団についていく為にな。」 「そうですね。私の行く回り道はパウダーの平原のような感じで滑りやすいですが、その分、差がつかないでしょう。急斜面では先行選手の雪煙で減速させられる可能性も大です。」 「ジージは毎回、陽動作戦要員ですみません。」 「いいですよ。楽しいですから。」 「頼みます。スタートから爆走してくれると、回り道でも加速次第で勝機ありと考える選手が増えると思うんで。」 「林間の方が混み合うとライン取りが厳しくなりますから・・・。」 「ショーンが出ないから、回り道ねらいが案外増えるかもね。」 「そのとおり。」 「俺たちはとにかく林間をちょこまかと滑る。マッシュルーム(灌木や切り株の上に積もった雪の塊)なんかを飛んでクリアして少しでも前に出るんだ。」 「コース上の倒木なんかもいちいち避けないでスライド(表面を擦る)して可能な限り、直線で下る。」 「とにかく、スタートのある頂上から危険区域に出ないようにして麓のゴールに早く着くんだ。」 「ただ、一箇所、人工的なアイテムが必要になる。ここだ。」タテうらが地図の等高線を指差した。頂(いただき)を別にした二つの等高線の間(はざま)。 「ここは、谷間だ。それほど大げさなもんじゃなく、やや大きな沢と考えていいが、ここではより高い位置へ飛び移る必要がある。」 「飛んだときの勢いで対岸を登ることになるんですね。」 「加速が足りなければ、対岸についてもバックしてしまってリタイアだ。」 「キッカー(ジャンプ台になる起伏)を使うんですね。」 「そうだ。自分達で小山を作って対岸へ飛び出す。」 「ナチュラル(自然)キッカーはないんですか。」 「一つだけあるらしいが、多くの選手がそこに集中する。今回のルールでは先乗りしてレース前にキッカーをこさえてもよいことになっている。」 「他のチームはどう考えてんだろ。」 「キッカーは自分たち専用にはならない。他人の作ったキッカーも利用オッケーだ。雪面は使われるほどに荒れていく。」 「つまり、早めの使用が有利。したがって、ショートカットで林間を通過することで選べるキッカーがよりどりみどりになるというわけだ。」 「もう、既に数チームが山に行ってポイントを打ってきてあるらしいです。」 「朝一で作りに行くつもりだな。」 「じゃ、俺たちは朝一に場所取り。」 「場所取り?みんなのように場所取りは今日しておいたほうがいいんじゃないか。明日で間に合うかな。」 「仮に作らなくても、早めに到達できれば、人様のを拝借できるんだから、問題ないっしょ。」 「でも、気持ち的に何だかね・・・。」 「地図を見なよ。沢の幅がこれだけ広いから作る場所には困らんよ。」 「でも、飛び移りに有利な場所とかあるんじゃないの。」 「そんときはより大きなのを作りゃいい。どうせ、みんな人力なんだから、大きさにそんなに差は出ないだろ。」 「地図上でも特に有利そうなポイントは無いな。」 「決まり、じゃ早朝に場所とって、キッカー作り。」
翌朝、ブラウンは何度も宙を舞っていた。椎野たちはボーっとして、それを見ていた。天気が良く、レース中にも気温は上がりそうだった。 「眠い・・・・。」 「けっこう、疲れたし・・・。」 「みんな張り切ってでかいの作ろうとしてたからな。」 「そんでも、人並みのは出来たからよしとして。」 「キッカーは全部で4基だな。案外、他人任せっちゅうか・・・。人のキッカー使う気やな。」 「俺たちも人のこと、言えんぞ。あんないい加減なキッカーすぐにポシャるから、他のキッカー使うことになるかも知れん。」 「それにしても、かっこいいな、ブラウン。」 ショーン・ブラウンはトリックを連発していた。これみよがしで嫌味な感じにも思ったが、その表情に4人は純粋なものを感じていた。純粋にスノーボードを楽しんでいる。それは、自分達へのメッセージのようにも思えた。 ショーンのエキシビションが続く中、選手達はショーンの方を振り返りながら名残惜しそうにゲレンデを離れ、スタート地点へ移動を始めた。1時間ほどが過ぎた。ショーンは既にゲレンデを後にしていた。
「全係員が配置についたようです。」スタートのジージから通信が入った。ジージは回り道よりのスタート地点にいる。 「随分、かかりましたね。待ちくたびれました。」林間よりのスタートにいる瀬津が答えた。 「ショーンのエキシビションの最中に配置につくはずだったでしょ。テンションもたないよ。」椎野がぼやいた。 「どちらよりのスタート地点から出るのかを事前に知らせてない選手が何人かいたようで経路上の係員の配置が遅れたようですよ。」 「レースの安全上、人数の多い経路に多くの係員を配置する必要があるからな。途中でのコース変更は可能だが、万が一の場合に当初の対応が問われるようなことになるのを避けるためだな。」 「そうですね。お互い300メートルは離れてますからライン取りも様々でしょうね。それでも、ジージの滑りが目立てば、こちらからそちらに流れていく選手は少なからずいるでしょうね。」ジージとタテうらの話を聞いていた瀬津が期待を込めて言った。 「ありがとう。そうなれば、私も嬉しいですよ。」 「さて、行くぜ。」タテうらはショーンのように雪とスノボを精一杯楽しもうと考えていた。
スタートの合図が鳴り響いた。ジージはより傾斜の急な斜面に突っ込んでいった。アルペン用ボードは限りなく加速し、雪煙を上げた。ジージの姿は全く見えないが、その雪煙の軌跡を見ていた数人の林間よりの選手は徐々にコースを変えていった。前方の林間をえっちらおっちら、とょこまかと滑っている選手達よりも雪原の傾斜を滑り降りるほうがはるかに速く見えたからである。ジージと同じスタート地点にいた回り道選びの選手達もほぼジージと並走していた。 「案外、こっちもいけますよ。」ジージの声が聞こえた。 「こっちはあちこちで難儀しているのがいます。俺たちも作戦通りの直線的なライン取りは難しいですね。」チームの先頭をいくタテうらが答えた。 ジージは二箇所ある林間コースの一つめの迂回を終了した。 「ジージにかけた方が、よくないすか。」 「無理だ。ジージには沢を越えるほどのエアはできない。しかも、後半はコブ斜面だ。若い選手が追いついてくる。」 「僕たちもあっちを滑ったほうが良いかも。」 「ジージは俺たちよりもかなり速いぞ。高速ターンではチーム一だからな。他の選手でもそうそう追いつけねーだろう。」 「でも、これチョッカる(直滑降)のはかなりやばいよ。」 「行くしか無いだろ。」瀬津が思い切ってノーズ(先端)を下方に向けた。マッシュ(切り株、潅木上に積もった雪)に飛び乗り、倒木の上をスライドして直下に滑り降りていった。 「元プロスケーターの名が泣くな。」スノボでは瀬津に敵わないタテうらも覚悟を決めて突っ込んだ。 「もう!!3人分の治療費は払えんからね!!」椎野もやけくそで突っ込んで行った。 瀬津の作ってくれたラインを2人は滑り降りていった。後続もほぼ同じラインを降りてくる。傾斜が急なので落ちてくるといった方がよいかもしれない。転倒した選手はそのまま転がり落ちて樹木にぶつかり動かなくなる。衝撃が半端ではないのだ。レスキューが来るのも時間がかかる。運良く木を避けられても雪深く埋まり身動きできなくなっている。逆さに埋もれたものは苦しくてもがいている。 「いいのかな。ああいうのほっといて。」椎野が呟いた 「主催者の責任だ。そのために係員が大勢いるんだろ。」 「ジージが見えてきました。」瀬津は雪の重みで下方に向かって弓状に曲がっている細めの幹の上に滑り登り、その頂点付近でジャンプして樹林を抜けた。タテうらもそれに続いた。椎野は幹の終端まで山状に滑り、そのまま、樹林を抜けた。そこには雪原が広がっていた。ジージが右方から雪煙を上げて滑ってきた。 瀬津たちは、そのまま直進し、ジージとすれ違った。ジージは真剣で通信の余裕は無かった。 「俺たちはこのまま、直進して二つ目の林を突っ切ります。」タテうらはジージに伝えた。3人と十字にクロスする形ですれ違ったジージは振り向かぬまま、少しだけ手を振ったように見えた。ジージの前には1人の選手が見えていた。3人の前方にも既に林間滑走に入っている選手が数人見えていた。 「ショーンはいないが、どっちにしても厳しいレースだな。」 「なんとかジージの弟さんに土産もってきたいですね。」 「その前に治療代かかるんじゃねーの。」椎野の表情が少しこわばっていた。 3人は平原での加速を生かしたまま、減速せずに急斜面の森林に突っ込んでいった。クイックな板さばきで樹木を避けながら前方の選手を猛追した。一つ目の樹林でコースのおよその状況を確認できた3人はそれぞれのラインを滑り降りていた。瀬津は障害物を擦ったり、飛び越えたりしながらほぼ直進で下降していった。タテうらはジャンプすることを避けながらも、木々の間を器用にライン取りして、より最短となるコースを滑り降りていった。椎野は後続に抜かれたが、その選手にぴったりとくっついて降りていった。 その頃、ジージはキッカーに辿り着いていた。 「既に、2名が谷をクリアしていきました。気温が上がってきてます。雪渓の雪が緩んできたら、レースはそこで終了です。それまでに飛んだものしか、後半のコースを滑ることは出来ません。雪崩の危険性があるので強制リタイアになります。」 「キッカーのコンディションは?」タテうらがジージに尋ねた。 ジージはオペラグラスでキッカー表面を確認しながら言った。 「二人ほぼ同時に飛んでいきましたから、使われた二基は予想以上に荒れて凹凸が出来ています。にわか作りだからこんなものでしょう。私達の作った物も含めて残りのキッカーは表面が解けてきています。シャーベット状になってきているので減速する可能性があります。」 「ってことは、クリアできるほどは、ぶっ飛べないかもしれないってこと・・・。」 「少しでも速く着いて思い切り加速して飛び出せってことでしょ。」 「5人が通過しました。キッカー表面が解けて斜めになってきているようで1人の選手は、斜めにかしがって飛んできました。おかげで着地を失敗して谷に転がって生きましたよ。もう1人も到達できず、リタイアです。」 「リタイアか。すると、これまでの選手が順調にゴールすれば、チャンスは残り5人に入るってことだな。」 「前方に二人います。」 「とにかく、減速しないことだ。コースどりを誤るな。」 木々が後へともうスピードで流れていく。しかし、次の瞬間には、もう木々が目の前に立ちふさがる。一瞬にして、かわして再び滑り降りていく。この繰り返しが続く。椎野は先行者を盾にして粘っこくついていった。瀬津は小さな雪の塊からエアをした際に前方の幹に板をかすり、やや減速してしまった。タテうらは前方の選手に追いつき、樹林を抜けていった。しばらくして、キッカーが見えてきた。 「対岸の雪渓が崩れ始めました。リタイア強制は時間の問題です。」ジージの連絡が入った。 「キッカーもどんどんひどくなってきています。これだけの距離を飛ぶにはもう限界かと・・・。」 「ジージ、わかったよ。多分、俺の先にいるあいつもクリアできんだろう・・・。」 そう言いつつも、タテうらはさらに加速を始めた。前方の選手は気づいて必至に滑走し、キッカーに登っていった。 「見えましたか。」 「ああ、見えたよ。どのキッカーも先が削れて角度が足りなくなってきてる。脱落者続出だな。」タテうらは対岸の雪渓を転がり落ちる選手を見ながら減速し始めた。 「ジージ、キッカーについて何か規定はあるか。」 「いえ、ジャンプ台は自由に設置することとしかありませんね。」 「わかった。」タテうらは続けた。 「瀬津、椎野聞こえるか。」 「二人とも、林は抜けました。そっちに向かってます。」 「リタイアですか、やっぱり。」椎野はやや戦意喪失気味だった。 「まだ10位以内のチャンスがある。とにかく向こう岸に辿り着けば、入賞は間違い無い。」 「そうですけどね。多分、もうクリアできる選手はいないんだし、リタイア強制になれば、そこを越えた選手は自動的に入賞でしょうね。」椎野は投げやりに言った。 「お前を飛ばすのは無理かも知れんが、軽めの瀬津なら何とかなりそうだ。」 「どういうことっすか。」 「椎野、お前は今から蛇行して後続を押さえてくれ。」 「またっすか。」 「適材適所だよ。」 「瀬津、お前はとにかく加速して来い。俺を見つければ、答えが分かる。」 「瀬津、なんか知らんけど、タテうらさんとこ、行ってね。ダイエットの間に合わなかった俺はお払い箱みたいやしぃ・・・。」 「タテうらさん、どうするんですか。」 「今は言えねーな。お前にためらわれちゃ、時間が無いからな。」 「瀬津、言われたとおりにしろよ。俺だって、連中をいつまでせき止められるか、わかんねーからな。」 「タテうらさん、それはちょっと無茶な・・・。」ジージの声が聞こえた。 「あいつなら出来るよ。ただ、優柔不断なところが出なきゃいいが。」 「でも、怪我しますよ。」 「怪我だって?タテうらさん!賞金もらっても治療費で消えるんじゃ、洒落になんないっすからね!!」二人のやり取りを聞いていた椎野があわてた。 「ブラウン、見てて久々に燃えてきたんだよ。俺に任せろ、椎野。」 瀬津は沈黙していた。タテうらのまな板の上の鯉になると覚悟を決めた。 タテうらさんはどんな策を用意しているのか。しかも、気温の上昇から見て、レースの打ち切りは間近だ。自分で判断している余裕はない。 やがて、キッカーが見えてきた。 「瀬津、見えるか。すでに、どのキッカーも似たようなもんだ。どれで飛んでもクリアできる可能性は四分六分だ。」 「四分六分?成功率四割ってことですね。」 「俺たちの作ったキッカーにまっすぐ来い。減速するなよ。トップスピードでテイクオフ(離陸)しねーと失敗する。」 「えっ、でも、なんかキッカーの上に障害物が見えますよ。進入禁止になったんじゃないんですか。」 「よく見ろよ。」 「上向きのボックスかな。いや、レールかな。随分細いですね。あれにピンポイントで昇れってことですか。」 「そうだ。それをカタパルト(射出台)にして飛んでくんだよ。」 「なるほど。」 瀬津は重心を前足よりにして加速を続けた。すぐさま、キッカーが迫ってきた。 「!!」瀬津は息を飲んだ。 「タテうらさん!!」 タテうらはキッカーの先端で瀬津の進行方向に対して垂直に寝転がり自分の足にはめたスノーボードを瀬津の進行方向に合わせて斜めにし、ジャンプ台のようにして、その到達を待っていた。 「俺の上をすべろ!!俺の板をジャンプ台にしてテイクオフするんだ。どのキッカーを飛んでも他のチーム同様、着地側の雪渓の下に落ちてくだけだ。対岸も解け始めてる。時間がねー。」 「この速度で40cmもない板の幅を狙えって無理ですよ。下手するとタテさんを轢いてしまう。」 「そのまま加速し続けろ!そうすりゃ通過は一瞬だ。」 「曲がった木とか擦りまくってワックスだってはげてきてるし板に乗った瞬間、抵抗がかかりますよ!!おまけに僕の体重とこの速度が合わさったエネルギーがタテさんの胴体にかかります!!二人とも雪渓に転げ落ちます!!」 「俺の板のワックスはたっぷり塗ってあっから問題ねー!!お前が来なきゃ他のチームに飛ばせるぞ!!」 「そんな無茶苦茶な!」 「わかったら、しっかりピンポイントで俺の板を狙って来い!!減速するなよ!!」 椎野の軌道が左右に微妙に振れ始めた。タテうらが言っていたように瀬津の弱さが見え始めた。だが、加速は順調だった。瀬津に追いつきつつある椎野とキッカーそばにいるジージは二人を静観した。 瀬津がキッカーの真下に来た。 「考えるなー!!まっすぐ来い!!」 瀬津は一瞬、たじろいだが、そのままカタパルトにまっすぐ進入できるように軌道修正した。 タテうらの板の表面が滑ろうと滑るまいと危険性は等しくあった。滑りがよすぎれば板状で瀬津の板が微妙に横滑りして、とんでもない方向にぶっ飛んでいく。逆にすべりにくければ、共に抵抗がかかり、雪渓に向かって転がり落ちていく。 どうなってもしらねーぞ。うおー。瀬津は心の中で叫んだ。ほぼ同時に瀬津のボードのノーズ(先端)がタテうらの板に触れた。タテうらの足が耐えられず、少し沈み込んだ。そのとき、瀬津の板が横滑りを始めた。このままでは飛び出す方向がずれてしまう。瀬津は反射的に軌道修正し、軽くオーリー(板を弓状にしならせテールの反動でジャンプすること)をした。その反動でタテうらは雪渓に転がり落ちた。瀬津は宙高く遠くの空へ打ち出されていた。 「瀬津ー!グッド・ラーック!!」タテうらは転がり落ちながらながら叫んでいた。全ては一瞬だった。タテうらは右ひざを損傷していた。
ひょっとしたら一人ぐらい抜かせるかもしれない!瀬津は振り向かず、コブ(凸凹の起伏)のあるコースへ突き進んでいった。その姿はアマチュアではなく、完全にプロのレーサーだった。 結果は5位だったが、まずまずの成果である。4人は部屋で祝杯を上げながら、語らっていた。 「全く、怪我はいかんですよ、怪我は!!医療費だって嵩むし、楽しく怪我無くが、うちらのモットーなんすからね!!」椎野は少し涙ぐんでいた。 「ショーン見てたら、血が騒いじまったんだよ、すまん。」 「いいえ、多分、ショーン・ブラウンさんのおかげでチーム椎野の本当の力が出せたんですよ。」 「眠っていた力が引き出されたみたいな感じですか。本気の力というか・・・。」瀬津はジージの言葉に問いかけながらも自身の滑りを振り返って納得した。 「でも、やっぱ謎だね。あの超一流がエキジビションのためだけに来てたなんてさ。」 「いや、実はな、俺の知り合いの情報によると国際スノーボード協会とスケートボード協会の依頼で各国ローカル主催の国際大会を精力的に回ってるらしいぜ。」 「私も小耳に挟んだのですが、そもそも協会の依頼ではなく、ショーンさん自身が働きかけたらしいということです。」 「なんすか、公儀隠密ですか。各国の大会のモニターをしてお偉いさんに何か報告してんですかね。」椎野が矢継ぎ早に言った。 「ありうるな。人気の無い大会をばっさりとか吸収合併とか、清算してくとか、整理するとか。」 「大きなお世話ですよ。みんな、なけなしのお金でもって、チープでも楽しく愉快な大会運営にがんばってるのに。」 「それは資金繰りしてる俺の台詞だろ。」椎野が瀬津をたしなめた。 「いや、ヨコノリブームをさらに盛り上げようってことで人寄せパンだとして回ってるということもある。」 「その必要は無いでしょ。俺達と同じに、好きなことして名を上げたい、美味いもん腹いっぱい食いたいと言う馬鹿やろうはごっちゃりいるんだから、パンダなんていらないよ。」 「だが、そん中で成功するのは1パーセント足らずだ。ヨコノリが末永く愛されるかは、そのライダー達にかかっている。」 「その中の1人だったのがタテさんなわけでしょ。」 「・・・・、プロの俺たちに喝を入れに来たのかもな。ぬるま湯でいい気になるなと、もっと真剣に楽しめと・・・。」 「なーんか、まじになっちゃいましたね。とにかく飲みましょー。かんぱーい。」 椎野の音頭で夜は更けていった。
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