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作品名:YOKONORI RACER(ヨコノリ・レーサー) 作者:ふ〜・あー・ゆう

第20回   パシュート・・・A
瀬津は激怒した。かの邪知傍若のオーナー椎野を諫め正さねばと思った。
「ふざけんな!じゃんけんで公平に決めろ!!」

それから2週間が経った。
椎野・瀬津・タテうらの三人は大雪山系旭日岳のふもとにいた。
日は既に山際に差し掛かり、辺りは薄暗くなってきていたが天気はよく、明日の雪は望むべくも無いという感じだった。だが、山の頂にほんの薄化粧程度に雪が積もっていた。同じ頃に旅館に着いた参加選手には決死の表情の者がいたり、物見遊山という感じですっかり弛緩した表情の者がいたり、やたらテンションが高く開き直っているような者もいた。
「必死な顔してんのは有り金はたいて来たからなんだろうな。」椎野が言った。
「いや、弛緩してんのも開き直ってんのも余裕の無さが透けてる。俺達もあいつらも同じ穴のむじなだ。みんな同じ境遇だよ。」タテうらが言った。
「何としても3位以内にはいらなにゃ。」椎野が呟いた。
瀬津は旅館の中を見回し、館内施設配置図に見入っていた。
「へー、なかなかいい旅館だな。」
「瀬津、物見遊山じゃねーからな。」椎野が念押しした。
「でも、その腹ひっこめるための足慣らし程度で来たんだろ。」
「お前がそんなこっちゃ、勝てる勝負も勝てんわ。浮かれてんじゃねーよ。」
「小さい男だな。俺、ジージの土産でも見てくるからね。ほんじゃ。」瀬津は売店の奥に入っていった。

椎野はコンビニで買った3冊のマンガ本を読みふけっていた。時計は午後11時を回っていた。
「確かに、この程度の雪で滑るってのはありえねーな。」頭の後ろに手を回し横になったタテうらが、ポツリとつぶやいた。
椎野は漫画を閉じて手元ライトをコンソールにしまった。
それから、ハンドルにもたれて真っ暗な外の様子を見ながら怒りを吐露した。
「ありえねー。なぜ、オーナーの俺が車中泊なんだ。」
「ぼやくな、お前が勝手にエントリー決めたんだろ。」後部席で横になっているタテうらが言った。
「狭いし、男所帯で超むさ苦しいし。初日は風呂無しだし。ジャンケンごときで俺を邪慳にしやがって、瀬津の野郎。」
3人が乗ってきた車は殊の外、小さかった。スノボはルーフキャリアで運んできたが盗難に会うと困るので瀬津が旅館に預けてくれた。車内のラゲッジスペースも狭く、ブーツ・ウェア・寝袋を積んだら、隙間に着替えを突っ込む程度のスペースしかなかった。当然、シートもフルフラットにはならない。フルフラットでないと眠れないというタテうらの要望で椎野は前部座席で、タテうらは後部座席で寝ると言うことになった。
「ま、明日、朝一でレースってことはねーだろうが、一週間粘ることになるかも知れんし、とにかく寝るぞ。」
「タテうらさん、なんでそんなうずくまったような格好で寝られんの。」
後部座席で膝を折り、小さくなりながら横になっているタテうらを見ながら椎野が言った。
「省スペースになれてんだよ。お前みたいな腹してちゃ息苦しかろうがな。」
「腹のことは言わんでください。でも、やっぱ変ですよ。そんな膝抱えて横になって眠れるなんて。」
「あっ、そ。ま、あきらめろっての・・・。」寝つきのいいタテうらは言うなり、早々に寝息を立て始めた。
「ぐぐぐっぐほ。」椎野は精一杯倒した助手席に横になりながら歯軋りした。椎野のリクライニングは後部座席のタテうらの足と交差する形になっている。タテうらの足は後部座席の座面と助手席背面との間にあるということだ。したがって、椎野が助手席にもたれたまま、右を見るとタテうらの幸せそうな寝顔が視界に入ってくるのである。
「タテうらさん・・・、なんか悟っちゃってるし、怒りのぶつけどころねーし、眠れんし・・・。」
悲しそうに呟いた椎野ではあったが、やがて、タテうらの寝息につられてほどなく眠りについたのだった。

翌日は予想通りの快晴。特にすることも無いので部屋で優雅にごろごろしていた椎野を連れ出して3人で付近を散策したり、筋トレ・ストレッチをしたり、あとはそれぞれに昼寝をしたりなどして時間をつぶした。
「やーっと、日が暮れてくれたぁ。」椎野が車内で呟いた。夏場なら、もう少し外にいてもよいだろう。厚着をしたり寝袋に包まっていれば暖房がいるほどではない。しかし、初冬のしかも山沿いであるから屋外にいるのはちょっと厳しい。
二人は車内で夕食を摂っていた。
「明日も晴れだったら夜はそこらのレストランにでも行って食うかな。」タテうらが言った。
「タテうらさん、早く温泉行こうよ。」コンビニ弁当を食べ終えた椎野が開口一番に言った。椎野は楽しみにしていた温泉に入りたくてしようがなかった。
その頃、瀬津は部屋食をお楽しみ中で、しかも2食付きという、ここ数年来、味わっていないリッチな気分を満喫していた。
椎野はケータイで瀬津に連絡を取り、旅館の温泉で合流する旨を伝えた。
暗がりに山の頂が見えていた。辺りは深閑とした感じだが、かけ流しの湯の注がれる音が間断なく続いていた。露天風呂の湯加減は熱すぎず温すぎず、椎野にとって申し分の無いものであった。
「いやぁ、タテうらさん、すみません。僕だけ、いい思いして。」
「かまわねぇよ。公平に決めたんだし。」
「俺はかまうぞ。この湯浴みだけでも贅沢だっちゅうに。飯もさぞ、うまかろう。眠りも深かろう。」露天風呂の岩にもたれながら椎野がぼやいた。
「椎野、ここでレースの打ち合わせをしとくんだろ。」
「ですよね。日中でもいいけど、こういうとこでリラックスして打ち合わせた方が。」
「心からリラックスできねんだよ。これからあそこに戻るとなると、ね。」椎野が嫌味っぽく言った。
「椎野はそこで少しのんびりしてな、俺と瀬津で打ち合わせとくからさ。」タテうらが言った。
「そうですか。じゃ、遠慮なく。」椎野は岩の向こうにそろりと泳いでいった。
「当然ですが、レース中の風きり役の入れ替えの条件やタイミングがポイントですね。」
「他の選手に聞こえないように打ち合わせないとな。」
「壁に耳有り、障子に目有り、ですね・・・。」


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