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作品名:YOKONORI RACER(ヨコノリ・レーサー) 作者:ふ〜・あー・ゆう

第2回   2
レースの日は快晴だった。
サーキット・コースの路面は照り返しが強かったが、さすがに普段カーレースに使われているだけあって、熱による歪みなどは見当たらない。かなり気持ちよく滑ることの出来る路面である。
一般のサーキットコースでのスケートボードレースということで、物珍しさもあり、客の入りは比較的多かった。ピクニック気分で「レース場ってこんなもんなんだぁ。」という感じで来ている客が大半であった。スタート直後だけ盛り上がり飽きたらどんどん帰っていく、そんな客ばかりだ。レースの終盤には関係者以外いなくなっているかもしれない。それでも、入場料は戴く訳だから主催者側としては何の問題も無い。外国人レーサーも一流と思しき選手は見当たらず、皆、日本でなら容易く小遣い稼ぎができるだろうと高をくくったような感じの面々であった。したがって、招待選手という者もいないわけで、そのために客入りを気にするという必要もないし、余計な経費もかからないのだから、主催者側にはイージーなイベントをこなすような感覚しかない。それでも、上り坂のヨコノリ・レースを開催した企業ということで一定の宣伝効果はあると踏んでいるのである。

一方で、選手達はこのチープな大会で少しでも名を売ろう、少しでもうまい物を食おうと思っているから、切実である。万一、怪我でもすれば、エントリー料、遠征費含め、トリプルパンチである。気楽な主催者とは対照的にこちらは必死である。タテうらはピットから双眼鏡でサーキットを見回していた。椎野もスタンドから同様にサーキットを見回していた。二人の情報は携帯で取り交わされ、同様にスタンドにいるジージの判断なども得ながら、瀬津のヘルメットに装着したトムキャット型通信機に送信される。
「瀬津、イヤホンの調子はいいか。」
「椎野か、よく聞こえてるよ。けど、どうしてレース直前で俺とタテうらさんが代わるんだよ。」
「今回のレースはセクションの想像がつかない。俺やタテうらさんはノーマルなセクションしか思いつかんかったし、何だか頭を使うんじゃないかってことだったんで、それならお前だって、俺が決めたんだよ。タテうらさんも納得済みだ。」
「お前はアホか。俺はセクションの想定・分析は出来ても、クリアする実力はタテうらさんの方がはるかに上なんだぞ。本来なら俺はサポート側だろ。」
「これでいいのだ。オーナーの言うことを聞かんか。」
「偽オーナーめが。」
「何か言ったか。」
「いいや!でも、タテうらさんがサポートなんて、気ぃ、遣っちゃうんだよ!!」瀬津は小声で言った。これまで難題は全てタテうらがクリアしてきた。なぜ、ここで椎野の思いつきに従わねばならんのかと瀬津は立腹していた。しかも、ピットでのサポートがタテうらなだけにプレッシャーも感じていた。せめて、ピットが椎野なら、文句も言いやすいし、もう少しフラットな気持ちでスタートできるのにと思っていた。瀬津はプレッシャーに弱いタイプのスケーターであった。
「力抜いて行ってきな。負けても俺は何も言わんから。ま、椎野は愚痴るだろうが。」タテうらが微笑みながら瀬津に言った。瀬津はマイクのスイッチを切った。
「ありがとうございます!でも、椎野の愚痴、聞かなくていいようにがんばってきますから。」瀬津も笑顔で答えた。その時、イヤホンからピーピーというコールサインがけたたましく鳴った。
「うるさいよ!!」瀬津はマイクのスイッチをオンにした。
「おい、勝手にマイク切るな。この通信セットそろえるのにいくらかかったと思ってんだよ。勝つ為にそろえたんだからな。元を取って来いよ。」椎野が嫌味な檄を飛ばしてきた。
「はい、はい。」瀬津はいい加減に応えた。
個人参加のスケーター以外は、どのチームでも標準装備している通信装置の価値について今更、力説されても返答に困る。確かに高価なものだし、瀬津もそこそこ役立つと思っている。でも、ジージなんかは装置のメンテナンス等で経費が嵩むので、事前の打ち合わせをしっかりしておけば、あとは選手に任せて、当日のリアルタイムのやり取りはいらないとも言っていた。ただし自身がアナログ人間でケータイも持ち歩かないからそう言っている節もあった。まあ、この話題はレース直前に考えてもどうしようもないので、瀬津はスタートまでの間、コースのイメトレを繰り返すことにした。気持ちはいい感じに落ち着いてき。そこにまた、椎野から無線が入った。
「デッキ(板)やトラック(台車部分)の調子はちゃんと見てもらったのか。」
「タテうらさんがばっちりだって言ってたよ。」ほんと、うるさいな、なら、お前が出ろと言いたい世津だが、職探し中の身分で、好きなことをさせてもらっている恩義の故、その言葉を飲み込んだ。
椎野は連日のバイトでチームの資金を賄ってくれている。小言は言うが、なんだかんだ言いながらもチームやメンバーのためにがんばってくれている。だから、多少のワンマンオーナーぶりもみんな大目に見ている。個人競技の選手にありがちな我がままや連帯感の希薄さ・マイペースさ。そんな、ともすれば、簡単にバラバラになりそうな希薄な関係にあるメンバー達をチーム作りに対する偏執狂的な情熱でまとめ上げている椎野にみんな内心、感謝していた。彼のおかげで仲間達とレースを楽しめている。

レースと孤独にストイックに向き合ってきたタテうらは特にそう感じていた。タテうらはレース場で椎野と出会った。
借金返済のため、個人でエントリーしていた彼は、リレー形式で出場していたあるチームのアンカーだった椎野と最後の400mを競り合うことになった。椎野のウィールかベアリングには何らかの工夫があるらしく、その加速性能は高かった。テイクオーバゾーンで十分、差をつけたと思っていたタテうらはその追い上げに驚愕した。個人でエントリーした選手のデメリットは体力の消耗と情報の少なさであるが、メリットはリレーゾーンでのロスがないことである。バトンタッチの為の減速も急加速の負担も無く、そのまま、走り続ければいい。よって、元プロスケーターでもある自分が名も無い選手と接戦になることなど考えもしていなかったのだ。ところが、椎野はどんどん間を詰めてきた。そのアイテムの性能(板の特性やウィールの性能)もさることながら、その気迫にも少々、圧倒されていた。そして、ついに椎野はタテうらの横に並んだのである。自身の卓越したバランス感覚と滑走技術が、にわかアスリートの、ド素人のアイテムの性能と、単にがむしゃらなだけの気迫に打ち負かされるかもしれないという恐怖を感じた。こんな風にアイテムの性能と思い込みだけで自分の勝利を脅かすような素人連中が次々と出てきたとしたら、借金返済など夢のまた夢になってしまう。タテうらは焦った。
そのとき、ゴール直前にハンドレールが見えてきた。タテうらは速度を調整しながらジャストのタイミングでオーリー(ジャンプ)してアプローチ。余裕でクリアしてゴールした。一方、加速しすぎた椎野は板をウィリー気味にレールの端にぶち当ててしまい、板は真っ二つに折れて自身も転倒してしまった。

レース後、タテうらは選手達の控え室があるフロアーで椎野が仲間たちに責められているのを見た。
「お前さ、優勝確実とか入賞確実とか言ってたけど、いつも肝心なときに駄目ジャンか。」
「いつまでもお前につきあってらんないよ。俺、今度から個人でやるわ。」
「そうやな。その方が気楽やな。短い付き合いやったが、今度会うときはライバルっちゅうこっちゃ。ほな、さいなら。」
「待ってくれ。今度こそ、みんなで優勝しようぜ。」
「無理、無理。時間の無駄。才能無いのが何人集まっても1人の天才にゃかなわんのよ。」
「そうそう。椎野、そろそろ目、覚ませよ。じゃあな。」
「待ってくれ。次のレースできっと結果出すからさ。」
「お前、結局、わがままなんだよ。」
「頼むときだけ腰低くて、レースとなったら自分勝手で高飛車ジャンか。」
「だよな。俺がやるっつったのに、アンカーまかせろっつったのはお前だぞ。」
「頼む。また資金稼いでくるからさ。」
「金じゃ無いの。面倒なの。チーム組んでんのが!」
タテうらはチームでの参加にこだわる椎野が1人フロアーに取り残される光景の一部始終を見るとは無しに見てしまっていた。
次のレースでも、椎野は新しいメンバーを連れて、チームとして参加していた。しかし、椎野以外、ほとんどが経験ひと月足らずの初心者であり、結果は惨敗であった。椎野は彼らを育てていこうと考えていたようだが、このメンバーも「いい経験が出来た」「やっぱ無理だったしょ」「またがんばってな」などの言葉を残して、彼の元を去って行った。彼が何故、それほどまでにチームでのエントリーにこだわるのか、タテうらにはわからなかったが、自分と正反対の情熱でレースに臨む椎野に興味をもち、レース場の掲示板のメンバー募集を見たと言って彼のチームに入ってきたのだ。しばらくすると、タテうらがプロとして活躍していた時代を知っていた瀬津がチーム入りを希望して椎野を訪ねてきた。世津は引退していたものの憧れの選手の1人であったタテうらとチームを組めることに感激していた。
それだけに、今、ピットでスタートを待つ緊張もひとしおなわけである。憧れのタテうらがサポートとして自分を見てくれているからだ。その一方で、椎野とほぼ同じか、やや上程度の実力しか無い自分を、数々の難関を潜り抜けて来たタテうらを差し置いてエントリーさせた椎野の無神経さとタテうらに対する失礼極まる采配に、ええ加減にせえ、あほんだらと言いたい気分であった。が、やはり言わないことにした。椎野は大事なメンバーのまとめ役だから・・・。


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