やがて、大会の日がやってきた。 「ああ、彼女ひときわ目を惹くな。」瀬津が言った。 「イケメンも多いな。俺達と違うタイプのダンディなのもいる。」タテうらが言った。 「けど、どいつもこいつもエレガントさは無いぞ。女性ライダーも結構いるが、どれも縄文原人系か狐目サイボーグ系で彼女の足元にも及ばんわ。」言うに事かいて失礼極まる椎野の発言であった。 「なるほど、エレガント&スタイリッシュ。ともにスタート前にポイント稼げるな。」瀬津は勝利を確信した。 ゴールでもないのに紙ふぶきが舞い、くす玉が開いた。まるで、パレードが始まったようにスタートピストルが鳴った。全てがCM用の演出だった。タキシードやタンクトップ姿やメイド?姿など、それぞれにドレスアップしたライダー達が一斉に笑顔でスタートした。周囲には多くのカメラマンがいるからだ。とにかく、レース中はファッションモデルになりきるしかない。見ようによってはスケボー版のコスプレ大会にも見えるが、それほどバリエーションは無く、執事とメイド、花嫁と花婿が一斉に街を飛び出してきたという感じであった。 チーム椎野は、ファッション・造型・ア−トについては不得意分野ゆえ、アイビーだの、アールデコだの、相当的外れに考えた末、動きやすさも考慮して、フィフティーズのロックン・ローラースタイル風というか、ローラー・ガール風というか、それでいてスカートは風になびくように少し長めにした新しい感じ?のコスチュームをビーニィに着用させた。ヘアースタイルもフィフティーズな感じに左右を横まきカールにした。 ライダー達は、街中をスタイリッシュに走り抜けた。多くの者は上半身の動きやポーズで自己表現をしている。上級者は板の上を歩きながらウォーキング系のトリックをアレンジした動きでアピールしていた。だが、ビーニィのチャーミングさからすれば見劣りする。ビルの谷間を走るビーニィのスカートのすそは華麗にエレガントになびいていた。開発進行中の椎野特性ベアリングは平地で一蹴り100mをたたき出すようになっていた。ビーニィは、大きな貝殻に見まがうロングスケートボードの上でロングドレスを着たビーナスのように美しく疾走した。軽くスラロームして周囲のライダーを器用に避けながらも流れるようにスイスイと進み、トップに躍り出た。1人、風を切りながらも優雅に滑るビーニィの姿は現代のビーナス・街中のエンジェルであった。 「ビーニィは、まっことビーナス。わがチームの勝利の女神なり。」椎野がギャラリーのいる歩道上をビーニイを追いかけて小走りしながら、うわ言のようにつぶやいた。椎野たち3人は勝利を確信して、ほくそえんでいた。 やがて、道は、白鳥大橋に向かって上り坂になった。ここでも、涼しい顔でエレガント&スタイリッシュにプッシュすることが要求される。ビーニィのデッキは椎野のベアリングのおかげで蛇行しながらではあるが、一蹴り30mは進んだ。ただ、一回ごとに片足で確実にキープしておかないとデッキ(板)だけ転がり落ちていってしまうので登り切るまでは気が抜けない。ビーニィはプッシュによる疲れを見せぬようにしてループ橋になっている橋の入り口部分を登っていた。ギャラリーやサポートメンバーは橋上では観戦することができない。ギャラリーが観戦できるのは街中の一部と橋上への登り道・下り道部分だけである。そこ以外は全て主催企業のCM撮影ポイントになっていてエキストラが必要なポイント以外、ギャラリーは立ち入れなかった。ここまで、椎野たちはビーニィを追いかけながら音声通信と手指を使ったサインでサポートしてきた。ビーニィもサポートのがんばりに応える様に美しく疾走した。しかし、やがて、小柄なビーニィは後続集団に抜かれ、引き離されていくようになった。 「くそう、この登りじゃ、大柄な原人達の体力には打つ手がねーな。」椎野がぼやいた。 「おい、モデル並みにスタイルがよけりゃ、大柄なのはプラスポイントになるんだぞ。」タテうらが言った。 「なに、諦めモードになってんの!この場合、ビーニィの体力をどう温存するか考えて早めに指示出すのが俺達サポートの最優先課題だろ!!」瀬津が言った。 「それは既に考えてあるよ。戦闘モードをね。でも、今、発動すべきかどうか。」椎野がもったいぶって言った。 「どんな対策考えたんだか知らねーけど、今、発動しないと巻き返しは難しいぞ。」タテうらが言った。 「あのですね、今回のレースはエレガントな走行スタイル重視でゴールの順位は参考程度になってんですけど。」 「でも、人に埋もれて滑走しても目立たないだろ。」瀬津が言った。 「なるほど。一理ありますな。」椎野は小型マイクに向かった。 「ビーニィ、聞こえる。ほんとは下りポイントで移行しようと思ってたんだけどね。そっちの方が状況厳しくなると思ってたから。でも、今から例のモードに移行して!!」ビーニィはすぐさま腰に手を回し、ロングドレスをくるりと取り外した。ドレスは一枚の生地になった。椎野は小走りしながら歩道から手を伸ばした。 ビーニィは一瞥してドレスを椎野に投げ渡した。それも華麗にマタドールのように。そして、走りながらカールした左右の髪を解き始めた。くるんとしていたカールはイミテーションで、中心に差してあった筒を抜き取ると、元のストレートヘアーに戻った。ビーニィが投げ渡したそれを椎野は被っていたキャップで器用にキャッチし回収した。ビーニィはすぐさま、髪を後に束ねてポニーテールにし、一発屋の歌手ビーナスのボーカルのような出で立ちになり、一気に加速し始めた。 「何だい、あれ。お前の趣味じゃねーの。」タテうらが言った。 「それだけじゃないです。戦闘モードだからです。」 「それだけって、やっぱ、そうなのか。俺は動きやすいコスチュームになったんだと思ったんだけど。」瀬津が言った。 「その通りだよ。だから、それだけじゃないと。」 「それだけじゃなくても、それってのがある以上、それねらいの部分もあったってことだろ。」 「でも、それだけじゃなく、それ以上の工夫を盛り込んだんだよ。」 「でも、それもあったったてことだろ。」 「おい、2人とも、それのことはそれぐらいにしろ。それより、ビーニィの滑走状況に集中しろよな。」 「タテうらさんこそ、それが多いんすけど・・・。」椎野が口をすぼめて言った。 ビーニィの後続の中には、通常サイズのスケボーでエントリーした者もいた。初めのうちは華麗にチクタク(スケボーの先端・ノーズを左右に振りながら、遠心力を利用して進んでいく技法)をしていたが、やがて、必死の形相でプッシュ(片足で地面を蹴って進む)を始めた。板が短いということは、それだけ一振り・一蹴りで進める距離も短いということになる。したがって、長い上り坂では体力の消耗が著しいのである。その時、ビーニィの装着したイヤホンに椎野からの通信が入ってきた。イヤホンタイプの通信機はこの大会のために椎野が新調した物である。 「もうすぐ橋の上に出るから前にいる男どもが登りでへたってるうちに加速して再度トップをねらってね。それから、いずれヘリが上空から降下してきてビーニィたちを撮りはじめるから、それまでに一人抜き出ること。そうすれば、当然ポイントアップだし、そのカットはCMでもメインで使われるはずだから。それと滑りはセンターライン部分をコーンに見立てて優雅にスラロームできれば言うことなしで〜す。」 「椎野、いつものサポートとなんか違うな。はっきり違うな。」瀬津が言った。 「声の調子からして・・・な。」タテうらも言った。 椎野は聞こえない振りをして坂を下り、ビーニイの疾走する橋の下に向かった。2人もあわてて後についていった。 ビーニィは広い橋の上の路面を優雅にスラロームした。上空からはヘリが近づいてきた。ビーニィは先頭集団から一人抜け、颯爽と疾走していた。 「これは上空から見ても絵になるな。」瀬津が呟いた。 「スラロームの美しさでもポイントゲットだぜ。」椎野がガッツポーズをした。 ヘリは、橋梁部分に風の影響が及ばぬ高さで水平飛行になり、やがて、橋の真横の高さまで降下するとビーニイと並走して飛行し始めた。 「ヘリが真横に着いたね。後続は近づいてきてる?」椎野が橋の下から尋ねてきた。 「けっこう、来てます。」 「んじゃ、そいつら先に行かせていいからね。」 「どうしてですか。」 「僕の特性ベアリングは回転が続いて熱を持つほどに軽やかに回るんだ。オイルも特注を充填してあるから、プッシュ無しでも、チクタクと同じ要領でスラロームの遠心力のみで充分走るんだ。それに、女子のプッシュの多用は見栄えが悪いと思うし、多分、減点されるから。で、後続はどんな様子?」 「みんな必死にプッシュしてる。」 「やっぱりね。そいつらは君を抜かしても減点される。中には美しいプッシュの選手もいるだろうけど、君の言うとおり必死なだけなら、1位でゴールしてもポイントが削られて、入賞はできないよ。」 「でも、このままでいいいんですか?!」 「問題は下りだよ。そのベアリング転がりすぎるからパワスラでの減速がかなり必要なんだ。しかも、ウィールは静かで粘つくソフトの大口径だから、体重の軽い女子だと踏ん張るの、かなりきついと思う。平地や登りでは有利だったけど。」 「じゃぁ、下りに入る頃にまた、連絡くださいね。」ビーニィからの連絡がしばらく途切れた。 「椎野、下りの策はほんとに考えてあんのか。」瀬津が言った。 「だよな。回るベアリングはいいとして、お前から制動面の対策ってのは聞いたこと無いしな。」タテうらが言った。 「あのね、野郎をエントリーさせたなら、そういう無責任というか、いい加減というか、放置して人任せ・選手任せってのはありましょうが、今回は女子ですからね。」 「開き直ったな。」 「おっ、コールランプが点滅してるぞ。」 「うぇっ、いつの間にか、消音ボタンが押ささってるべや!!」椎野はあわてて音声ボリュームを上げた。 「どうするの!どうするのってば!どんどんスピード出る!もう、降りたい!!」ビーニィは既に下りポイントに入っていた。 「落ち着いて!パワスラをギルランデ(同一方向への連続カーブ)の要領で使って!!右へ行きながら連続3回以上のパワスラで減速。同じく、次は左へ向かいながらパワスラ連続でギルランデ。」 「ギルランデ?」 「あの、とにかく、パワスラを多用して・・・。」椎野は必至に伝えた。やがて、ビーニイは椎野の指示通りの滑走状態に入った。 「見ろ、彼女、デッキ上で軽く飛んで瞬間にレール(縁)蹴って横向きにしてるぞ。」 「平地なら体重かけたままでも何とかいけるけど、彼女、ウェイトも軽いし、下りじゃ、あれぐらいして、瞬間的に制動かけないと、ぐんぐん加速しちまうからな。」タテうらが言った。 「でも、危険だよ。着地の瞬間にバランス崩したら前方に転倒する。」瀬津が言った。 「今のところは後傾でふんばれてるがな。」 「聞こえるかい。もう少しで平地が近い。傾斜もゆるくなる。それまでがんばって。」椎野が激励した。 瀬津とタテうらが椎野の通信に耳をそばだてた。 ややあって、椎野が呟いた。 「返事が無い・・・。息遣いも荒い・・・。」 「彼女、相当きつそうだな。」瀬津が言った。 「・・・・・・」椎野は黙ったままだった。 「おい、沈黙して、なに聞き入ってんだ。指示してやれよ。」タテうらが言った。 「・・・・・、!、お前、息遣いから変なこと想像してんな。」瀬津が言った。 「まっ、まさか。そ、そんな場合では・・・。」にやけた顔を無理やり真顔に戻しながら、椎野が言った。 「おいっ、見ろよ。ジージが後続集団でがんばってるぞ。」タテうらが言った。 「ジージはエントリーでマイナスポイント。見た目、エレガント、スタイリッシュって感じは無いもん。」椎野が言った。 「違うんだよ。ジージ、内緒でスタンバイして着替えたんだよ。スーツ着て滑ってんの。」瀬津が言った。 「なにぃっ」 「老紳士の出で立ちだ。」 ジージはスーツの下に薄型のニーパッド・エルボーパッド、皮手袋と見まがうようなリストガードを装着していた。それが、滑りを自信のあるものにしていた。他の選手は、かさ張るのを恐れて通常レースで必須のそれらを着用していなかった。頭が小さくスタイルのよいジージはロマンスグレーの星という感じであった。だてにかぶっている中折れハットも決まっていた。 「登りはどうしてたんだ。汗でワイシャツも何もぐっしょりなはずだろ。」 「ところが、ジージ、元々発汗が少ない上に、のんびり登ってきたから余裕なのさね。」 「連絡は取れるか。」 「いや、通信関係は彼女一人に絞ったんで・・・・。」 「まさか、ジージ、俺達のこと、見返すために彼女を抜かす気か。」
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