昼下がりのガレージの中でタテうらと瀬津が手作りのレールに乗ったり、ボックスに乗ったりしてセクション攻略の練習をしていた。 椎野がいつになく、スケボーに乗って中に入ってきた。意味も無く加速して瀬津の前でパワースライド(板を進行方向に対して一気に垂直にしてスリップしながら停止する)で停止した。 「今日、女子が来るよ〜ん。」 「ライダーか。」タテうらが言った。 「何をモットーにしてんだか、よく分かんないけど、お前、チーム作りには貪欲だな。」瀬津が言った。 「うちに登録しても、その子のメリット無いだろ。」タテうらが言った。 「しっ、とにかくメンバーにしてあげるんだ。」 「お、お前、また私情挟んでるだろ、だろ。」瀬津が言った。 「前とは違うって。」 「私情ってのは。」タテうらが瀬津に聞いた。 「前に連れてきた子、実は椎野が以前に世話になった子だったんだ。」 「えっ、あの3日で辞めた子か。」 「瀬津君、堪忍だってば堪忍。ねっ、ねっ、勘弁してよ。ううう、堪忍してつかーさい。」 「世話ってのは。」 「野暮ですね、下の世話ですよ。」瀬津は椎野の股間を指差した。 「はしたない、なんてぇ、下品なぁ。」タテうらが冗談っぽく言った。 「あのですね、オーナーに対して失敬じゃないですかね!!」椎野が言った。 「怪我して入院したときのナースとか?」タテうらは椎野を無視して瀬津に聞いた。 「いいえ、、羽振りのいいとき、つぎこんだ風俗の方ですよ。」 「ほんとに100%、下だけの関係じゃねーか。おい、椎野、お前連れてくんの、毎回わけアリじゃねーか。」 「今度はわけありじゃねーし。」思わず、椎野はタテうらにも、ため口で返していた。 「おっ、でかくでたね、椎野君。今度はわけ無しなんだね、ほんとうに。」タテうらが椎野をたしなめた。 「信じられんね。」瀬津が言った。 「うるせー、君達のマネジメントしてんのは実質俺なんだよ。マネーだしてんのも大半俺なんですからね。」 「お前の夢に乗せられたんだよ。この頃じゃ、悪夢しか見させてくんないじゃないか。」タテうらが痛いところをグサリと突いた。 「じゃ、見ないで解雇するんですね。」動じない椎野を見て、2人は顔を見合わせた。 「いや、見る。」 「そろそろ、来ますよ。彼女、時間をきっちり守る人ですから。」 「失礼します。」 「ほらね。」椎野が腕時計を見ながら言った。 「えっ、かわいいじゃん。」タテうらが囁くような小声で言った。 「即オッケーだす。」瀬津が椎野の方を向いて彼らしからぬリアクションをした。 「だから、今度はちがうって言ったろうが〜。」椎野は得意満面であった。 彼女の名前は雅子といった。今時、聞かない古臭い名前だ。瀬津がロングボードに乗っている彼女の姿を見て「ビーナスの誕生」を髣髴とさせるといったことから愛称がビーニィになった。なんとも、中途半端で、やはり昔くさい、バービー人形のような感じの愛称だが、彼女含め、承認が得られた。
ほどなく、夜の帳が下りてきた。船の霧笛が聞こえてくる。椎野ら4人はガレージに集まっていた。 「今回のレースは市内を走る・・・・つうより、クルージングというか、ラリーだな。白鳥大橋を渡り、ループを下り、港の中を走ってゴールする。」椎野が言った。 「ゴールが埠頭?、あそこは凸凹がすごいぞ。ラストスパートかけたら振動でえらい目に合う。」瀬津が困惑したように言った。 「なんで、あんなところがゴールなんだ。」タテうらも苛立つように言った。 「見た目だろうな。絵になるって言うか。」 「でもなあ、50mm(ウィールの口径)前後じゃ、きついぞ。振動で体がもたんよ。」タテうらが言った。 「そう。だから、ウィールは大口径のソフトウィール限定。」 「ってこたぁ、ロンスケオンリーか?」タテうらが言った。 「そうとも言えない。下りではフットストップ(片足を地面につけて止まる)が禁止だから。」 「どういうこと。」瀬津が聞いた。 「今回の優勝ポイントはスタイリッシュ&エレガント。」 「ワイルド&クレージーの間違いだろ。」タテうらが言った。 「まだ、気づかんのですか。うちらだけじゃワイルド&クレージーしかなかろうもん。ビーニィを引き入れたのはスタイリッシュ&エレガントのゆえなりですよ。」 「今回のレースに向けてってことかい。それじゃ随分、前から考えてたんだ。次々と女の子、連れてきてたもんな。」 「イエ〜ス、左様です。」椎野は得意気に言った。 「案外、策士だな。」タテうらが感心して言った。 「でさ、チームからのエントリーは1人限定なんだよ。ロンスケ専門のジージも出たがってたんだけど、今回抜けてもらったんだ。」 「ジージは承諾したのか。」瀬津が聞いた。 「だって、スタイリッシュ&エレガントだぞ。作業着で練習してるジージはちょっと無理っぽい。もし、出るなら、チームじゃなく個人でってお願いしたんだ。」 「ふ〜ん。なんか気の毒だったな。」タテうらが言った。 「今度ばかりは已むを得んですよ。しかも、空撮があるんです。橋の上を走るとき。」 「もしかして、何かのメーカーの宣伝? イメージビデオの撮影?」瀬津が言った。 「どうやらね。静音重視で停止もパワースライド(板を進行方向に垂直にしてスリップしながら急停止する)か、テールストップ(後足で板の後端であるテールを踏みつけてテールと地面との摩擦で止まる)。見た目の美しさと静かさで勝負が決まるわけ。」 「それって、スケボーのレースになるのかよ?」タテうらが言った。 「またしても、スポンサーはヨコノリと関係なし。ヨコノリメーカーはマニアに支えられてはいるけど企業としての規模はぼちぼちだから、大きなイベントとなると、一手に引き受けるのはやはりグループ企業も有する大手なのよ。なんでも、大会のカットバックを自社の宣伝CMに使いたいらしいよ。」椎野が答えた。 「規定回数を超えてフットストップを使ったら即失格だと。」大会要綱を見ていたタテうらが言った。だが、テールストップ(後足で板の後端であるテールを踏みつけてテールと地面との摩擦で止まる)の多用はデッキ(板)の寿命を縮める。 「テールが擦り減るぅ〜。」瀬津が声を上げた 「それより、ロンスケでのテールストップってのは馬鹿げてる。板がもったいないというより、長い分、ノーズは重く感じるし下り坂じゃ、不可能に近いぞ。」タテうらが言った。 「じゃ、パワスラのみか。」椎野が言った。 「それも停止減速するのに相手が傍にいると難しいぞ。横にした幅の分はスペースを確保してないとな。」タテうらが言った。 「スラローム走行が得意だと有利かもね。」瀬津が言った。 「あの私のデッキ、1メートルぐらいあるので、トリックとか無理なんですけど。」ビーニィが言った。 「そう、ロンスケだからね。」瀬津が答えた。 「ロンスケ? スケボーじゃないの。」 「いや、長めだってこと。」 「止まるときはどうしてるのかな。」椎野が聞いた。 「キュッて、横向きにして。」 「やっぱりパワスラ(パワースライド)だね。」 「スラロームは。」瀬津が聞いた。 「よくやってました。板がくねくね動くので。」 「なるほど、ロンスケはトラックのゴムが柔らかいからスラロームしやすいかもね。」 「それじゃ、今から特訓ね。」 「唯一の紅一点なんだから、無理させないでよ。」椎野が言った。 4人は街中の練習ポイントに向かった。夜が更けていった。
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