天高く馬肥ゆる秋も深まりつつ、椎野は今日もコンビニでがんばっている。いつもの配送屋の青年が来た。今日はてきぱきとしていない。伝票を確認する女の子の傍で何か言っている。 「俺、明日から配送先変わるんだ。」 「そう。」 「ここ近くてよかったんだ。」 「そう。」 「発注してくれる物もほとんど把握したところだったのになぁ。」 「そうね。うちの注文する物はほとんど覚えてるよね。」 「だろ、なのに、せっかく覚えたのに明日から変わっちゃうんだよ。」 「そうかぁ、ふ〜ん。」
明らかに青年は女の子を意識している。 なんで気づいてやらんの、え〜ほんと〜、うそ〜だとか4半世紀ほど旧い反応だが、せめて、そんぐらいの受け答えしてやれ、かわいそうに。全く鈍感な女め。と思いながら椎野は2人の様子を見ていた。 なんて、冷たい女だ、なんて鈍感な女だ、仮に男に興味が無くてもそれなりの応対は出来るだろ。そんなことを思っていた。
椎野はその働きぶりからオーナーの信頼が厚く、今やコンビニの店長をしている。
「君、ちょっと。」椎野はバイトの女の子を近くに呼んだ。 「店長さん、なんですか。」 「なあ、あいつ次の店に行くのに、もたついてるだろ。明日から配送先も変わるってさ。少しは気づいてやって相手してやんなよ。」 「余計なお世話です!そんなのわかってます!!興味ないから受け流してるんです。私がわざとああしてるの、店長も気づいてなかったんですか。男ってほんと、鈍感ですね。あの人も気づかないんですよ。下手に優しいこというと、勘違いされたり、誤解されたり、ストーカーまがいの目に合うんです!!」 「あっそうなの・・・・。」
配送の男は店の奥の方で検品途中の品物を見ている振りをしながら、レジカウンターの辺りで、やり取りしている椎野と女の子の様子をじっと見ていてた。じとぅっと見ていた。ただし、何を話しているかは聞こえていない。
・・・・なるほど、鈍感なのは男の方なわけね。 早く気づけよって応対をしてるのに全く気づかんわけね。あっ俺に関心なかったんだ、眼中に無かったんだと気づいて傷ついても、なお、潔くかっこよく「それじゃ。」ぐらいで、とっとと、この場を去るべきなんだな。 なるほどねぇ、男が悪いんだなぁ、頭がなぁ、悪いんだなぁ。早く気づけよ、ぶざまだなぁ、かっこわるいなぁ。あの男〜。
と、心の中で人のことをさんざん侮蔑・罵倒しておきながら、椎野も過去を振り返りつつ、自身のお付き合いが長続きしないわけをしみじみと思い返していたのだった。
女の子は何をか考えている椎野の顔を不思議そうに見つめていた。その女の子の顔を配送の男が時折、鋭い視線で見つめていた。
だが、待てよ、俺もあの男と同じようなことを、勘違いの極みをしていたのでは・・・、いや、俺は、あやつほど無様ではなかったはず。そうでなければ、あの男は自分に似ているということになる。 椎野は一転、そんなもの、認めはせん!認めたくないわ!!なんと忌々しい、忌まわしい男よ。えい、うっとおしい、バイトの邪魔だ、仕事の邪魔だ、チームの資金づくりの障害だ。この鈍感男めが、早く立ち去れ、今すぐ、とっとと、この場を去れ、となった。
「あんた、早く次の店に行きなさい。」椎野はやんわりと青年に言った。 「そうかぁ。そうだったんだぁ。」青年は女の子が店長にすがる目をしていると勘違いし、さらに椎野のもってまわった言い方に人を慇懃に蔑むニュアンスを感じ、「そうかぁ。そうだったんだぁ。」を繰り返しながら店を出て行った。
「そうかぁ。そうだったんだぁ。」
ん〜、なんか変だったな、あの男。なんか恨めしそうな目をしてたなぁ、あの男。椎野の脳裏にあの男の言葉が去来していた。
「君、これでよかったんだよね。仕事にならんしね。」 「ありがとうございます。でも、店長、夜道は気をつけてくださいね。」 「どういうこと?」 「ほんと、鈍感ですね。」 「鈍感、鈍感て君、人を土管はどかんか、みたいな、いらんもんみたいな。これでも、オーナーさんの信頼厚くて、客にも受けがいいんだからね。」 と言いつつ、してみれば鈍感のゆえに、未来の無いチームに大いなる夢を抱いて懇切丁寧に面倒見てんのかも知れんわなぁ、性よのう。と嘆息をもらす椎野であった。
「つまり、あの人、勘違いして出ていったから気をつけてくださいねってことです。」 「なんで、なんで俺が。何を気ぃ〜、つけんの。」 「だから、あの人、店長と私が付き合ってると勘違いして・・・。」 「そんなまさか。なんでそんな勘違いすんだね。ふつうじゃないね。」 「そうですよ。普通じゃないから、受け流してたんですよ。」 「いや、普通に見えてたがね、彼。」 「端々に感じるんですよ。何度も来てたから。」 「あら、そうなの。で、俺は何を気をつければ・・・。」 「店長、いい加減にしてください。堂々巡りです。」 「ああ、つまり、彼は君と僕が付き合ってると勘違いしてたから、逆恨みで僕を刺したり蹴ったり殴ったりしに来るかもしれないということですね。」 「わかってるんじゃないですか。」 「わかってますとも。で、この際だから、聞くけれど、君の車の中にはずっとスケボーがあったよね。あんたはスケボーはするのかね。」 「店長もあの人と同じですか。人の車の中を毎日チェックしてたんですか。」 「いや、あわわ、そ、そんな、まさか。」 「じゃ、どうして。」
その時、客が1人、入ってきた。 「いらっしゃいませ〜」椎野の態度が営業用に変わった。 客はおもむろに弁当を選び、レジカウンターに持ってきた。 「あっこれ。温めますか。」 「いや、そのままでいい。」 「はい、380円になります。レシートいりますか。」 「いや。」 「ありがとうございましたー。」
店の前の通りに人影がほとんど無いのを確かめた椎野は、話の続きを始めた。 「チームもってんですよ、これでも。」 「チームってレーシングチームですか。」 「そうなんです。」 「なんか、うそっぽい・・・。」 「うそじゃねーよ!!」チームのことに触れた瞬間、椎野は激して素の面が出てしまった。 「あっ、あの、ほんとっぽいですね。信じます、店長・・・。」 「で、君は女の子達同士で滑ってるの。」椎野の態度が一瞬で元に戻った。 「いえ、彼氏との思い出というか。わたしの方がうまくなっちゃって。もう半年前のことですけど。」 「合格です!!うちのチームに入ってくれませんかね。」 「はぁ?」 「待遇はS待遇にしますから。バイトの待遇より、ランク上です。」 「店長、ほんとは何者ですか。」 「さっきも言ったでしょ。実は、ヨコノリチーム『椎野』のオーナーをしてましてね。」 「えっ、もしかして、最近、すごーく地味にすこーしずつ有名になってきているチーム椎野って店長の・・・・。」 「なんか微妙な認識してるね、君。実はうち、女性ライダーがいなくてね。ま、店の面接で君、採用したのは、もしスケボー経験者だったら、いつか、うちのチームにも協力してもらえんじゃないかなと思ってね。仕事の仕方見てりゃ、レースでの攻守のタイプも想像できるしね。」
椎野は尤もらしく、いい加減なことを言っていた。内心では、女性ライダーの存在はとにかくチームの宣伝になる。珍しさからスポンサーがつけば、金も入るし一挙両得だ。と思っていたのだ。椎野は今までにも何度か女性ライダーを連れてきている。しかし、すぐにいなくなってしまう。選手に感情移入しやすいのではないかとのメンバーからの指摘もある。だが、椎野にとって、チームには女性が必要とのポリシーもあり、このような勧誘も仕事やレースの合い間に地道に取り組んでいるのである。
「メンバー登録即オッケーだから。」椎野は店長口調から普段の口調に変わった。 女の子がかつて彼氏とスケボーにはまっていたという素性を知った椎野はその日以来、知らず知らずのうちに彼女に関心をもち始めていた。
・・・スケボーに乗れる彼女って今までいなかったなぁ・・・・。
|
|