曇天の下、選手達がスタート地点に集まってきた。 「本当に3人エントリーで元とれんだろうね。」スタートにつきながらも心配そうに椎野が言った。 ストリート・レースとは言え、どちらかというと田舎道での今大会は寂れた商店街を駆け抜ける町興しレースで、コースの難度も高くはなく、その分、激戦が予想された。 「ここまで来て、文句言っても仕方なかろ。」タテうらが椎野をたしなめた。 「とにかく、タテうらさんを先頭にして2人はスクリーンプレイで、後続を目隠ししてください。あわよくば、2人も上位入賞してください。」ミッキーの通信が入った。 「そう、うまくいくかよ。」椎野がつぶいた。 「このレースのコースは平均して狭いので追い抜くポイントはほぼ決まってます。お二人にはそのポイントで体を張ってもらいます。」 「体を張る?」椎野が聞き返した。 「ナイス・アイ、ディ〜ア。」瀬津が意を得たりという感じで答えた。 「何、通じ合ってんだよ。わからんよ、俺は。」椎野が瀬津に言った。 「まんまだろ。通せんぼだよ。」 「その通りです。全コースを通して道幅が狭いのでスクリーンプレイ+タックルという感じです。もちろん、プレッシャーをかけるだけですよ。」ミッキーが送信してきた。 「当ったり前だ。大昔のローラーゲームでもあるまいし、接触プレーは原則禁止だ!つーか、なぜ、オーナーの俺がこんな危ないことをだね・・・、」
ピィーッ。 予算が無いのか、普通のホイッスルが鳴った。 反射的に三人はスタートした。 最初の段差を3人そろって飛び越えた。チームとしての結束力も高まりつつある。見事にタテうらを押し出し、2人はスクリーンプレイに入った。左右に蛇行しながらカーブの向こうに消えていくタテうらを覆い隠した。ここまでは3人がトップだが、後続は2人にぴったりとついている。タテうら1人が抜きん出て先頭を行くように仕掛けたのは後続がトップを追うレース展開にさせないためである。これはミッキーに寄れば、心理作戦なのだということであった。後続はすでに見えなくなっているタテうらよりも目の前の2人に挑んでくるので、そうした連中といかにも張り合っているかのように滑走し、その間に脳裏からタテうらの存在をかき消すというのであった。後続は自然と2人の速度に応じた仕掛け方になってくるので、自身のトップスピートが曖昧になってくるらしい。案の定、10分ほど張り合うと後続の選手は2人をターゲットにしてきた。抜き去ろうとすれば、強引に抜きされるものを、2人の速度に近づけた競り合いに終始し始めたのである。もちろん、プロが参加していれば、こんなお粗末なレース展開は無い。主催者とコースの規模、賞金額などから、今回のレースを見送る選手は少なからずおり、プロは別の大会に流れる・・・、ミッキーはそこまで読んで、この大会へのエントリーを勧めていたのである。 「テイク・オーバー・ゾーンは何箇所だったっけ?」瀬津がミッキーに聞いた。 「比較的多いですよ。5箇所はあります。でも、ゾーンの長さも50mだから後続との衝突はそう多くは無いでしょう。」 「だらだらと長く滑り続けるレースになるな・・・。」瀬津が言った。 「登録料が安い分、エントリーも増やせますし、この街は細長い地形なんで変化の無い道が延々と続きます。持久力勝負ですね。」 「ストリート・レースっぽくねーな。しかも、狭い・・・。」椎野が言った。 「ゾーンが見えてきたぞ。」瀬津が言った。 「カーブになってるでしょ。インコースとってくださいね。」 「50mのゾーンってカーブに設けられてんのか。」椎野が言った。 「足で走るのとは違いますから直線に設定されているとは限らないですよ。」 「そんなもんか?」椎野が怪訝に言ってきた。 「んじゃ、コーナートップになるわけね。この曲がった狭い道で。」瀬津が少しあきれたように言った。 「だから、インコースなんだね。後続は加速しずらいですね。立ちふさがれている感じだ。」ミッキーの後からジージの声が聞こえた。 「おい、強引に頭、突っ込んでくるのがいるけど、どうすんだ。」 「相手のゼッケン見えますか、椎野さん。」 「37だ。」 「バトンタッチ組ですね。行かせてOKです。素通りする私達よりは速度が落ちます。」 「ミッキー、デッキすれすれで、くっついてくるのがいるんだけど。25番・・・。」 「それは素通り組ですね。でも、それも行かせていいです。」 「どっちにしても抜かれろってことかよ。」 「ええ、その選手はダッシュ力だけで持久力が無いんです。先は長いですから。」 「おい、先は長いって、それじゃ、俺達だってバテるぞ。3人一遍じゃなく、リレーにした方がよかったんじゃねーの。」椎野が言った。 「タテうらさんとの距離を広げさせる作戦ですから、リレーでは選手が足りません。」 「あのな、それが同時スタートの理由か。」 「だから、これまでの練習でいつもより走りこんでもらいましたし、昨日は8時に就寝してもらったんです。」 「寝れば、体力が限界まで、もつってわけじゃねーし。寝る前に栄養剤って言いながらよこした、アレ。眠剤だったんだろ。」 「どおりで、みなさん、早々に眠たくなったわけですな。」ジージの声が聞こえた。 「わけですなって、俺たちは馬鹿か。」 「つべこべ言わず、走ろうぜ。」タテうらの声が聞こえてきた。 「ところで、先に行った選手は見えてますか。」 「見えてるよ。」瀬津が答えた。 「先に行かせても、決して見失わないようにしてください。次のテークオーバーゾーンか追い抜きポイントでこちらも強引に仕掛けます。それが今回のレースの最重要ポイントです。やはり、お二人にも入賞していただきたいですからね。それと、万一、タテうらさんに追いつきそうな選手がいたときは反則ぎりぎりでプレッシャーをかけてください。そこで相手が減速したら再び、スクリーンプレイでタテうらさんを先に行かせます。」 「ダーティーだな。」タテうらがつぶやいた。 「勝つ為、お金のためですから・・・。世の中、完璧にきれいなお金なんて、ほとんどありませんからね。」 やがて、雲は消え、日が差してきた。 かつては炭鉱でにぎわった細長い街をレーサー達はひた走った。 レースの結果はタテうらが1位。瀬津が鼻の差で3位。椎野はバテてしまい、等賞外であった。それでも、1位の賞金はぼちぼちで、チームとしてはわずかながらも黒字になるレースであった。 メンバーはすっかりミッキーを信頼するようになった。 続く数回の小規模な大会においても大宅の適切な采配は冴え、チームの財政を少しずつ潤し、その信頼をより高めていった。ただ、レースはどれも椎野が提示した複数の中から選択されたものだった。椎野は参加レースの最終選択までの全てをミッキーに一任しようと考えるようになった。
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