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作品名:YOKONORI RACER(ヨコノリ・レーサー) 作者:ふ〜・あー・ゆう

第11回   11
「あの〜、僕、巳喜男って名前なんで、ずぅっと前には仲間にミッキーって呼ばれてたんですよね。」
呼び名を提案したつもりの大宅だったが、椎野ら3人は彼に仲間がいたことに関心をもった。
「仲間がいたんだぁ。」椎野が言った。
「スケート・オタクの仲間とか・・・。」瀬津が続けて言った。
「オタク仲間ではありません。普通に楽しんでましたので。」
「普通っていうのが想像できないんだけど、みんなそれぞれに黙々と練習するって感じ?」瀬津が言った。
「普通に仲良く、技を見せ合いながら楽しんでましたよ。ただ、今は無関係です。私以外、皆スケボーのことしか頭に無い無能者ばかりだったので。」
「おい。さらっと、ひどいこと言うな、お前。」たてウラが言った。
「事実ですから。」
「一理あるが・・・。」スケート・バカを避け、仲間をもたず、1人孤高にチャレンジしてきた瀬津が言った。
「確かに身につまされるわな。」地元ではワルとも仲良く楽しんできたタテうらも同調した。当時の仲間でいっぱしになっているのは、やはり少ないと感じている。
「昔の仲間のことはどうでもいいんです。とにかく、僕をオタクと呼ばないでください。」
「わかってるよ。オオタク君。」椎野が言った。
「いいえ、さっき言ったの聞いてなかったんですか。僕は巳喜男だから、みんなにミッキーって呼ばれていたって。」
「だから・・・・。」瀬津が言った。
「どうしてほしいのかな。」タテうらが続いた。
「なので、ミッキーと呼んで欲しいです。」
「ミッキー?!」椎野が聞き返した。
「はい。」
「ミッキーって呼べっての・・・。」タテうらが言った。
「そうです。」
「ミッキー・・・」瀬津が反芻した。
「いけませんか!!」
「いや、こだわらないけど。」椎野がたじろぎながら言った。
とは言え、正直、見るからにオタクな感じで風采の上がらない、小太りというよりは、はっきりと太っているこの男に、巷で「ミッキー」と声をかけるのは気が引ける。しかも、衆人監視の中でその男が振り向いて「椎野さん、こんにちわ。」などと言って近づいてくる光景を想像すると、多分、周囲の人々は俺のことを何か意味不明なアングラ世界の似非芸術家とかみたいな怪しい仲間の1人であるように思うのではないだろうか。それは何となく困る。よくわからないのだが、そうなったら、俺は日本社会から放置・投棄・無視・黙殺・抹殺されてしまうのではないだろうか、そんな風に見ない方がいいよ的、見ちゃ駄目よ的対象の人間と思われてしまうのは、人として何となく取り返しがつかないような、世の中と切り離されてしまうような・・・、いや!いや!!しかし、この男はそれらを差し引いてもあまりある逸材に違いは無いのだ、全ては、チームの為なのだ。



椎野は人知れず、苦悶した末、愛称ミッキーを承認した。
「じゃ、ミッキー、次回のレースのベストアイテムはどうなるんだ。」椎野はむさ苦しい完璧なおたくの風体の大宅にすぐさま、注文を出した。
ミッキーは、安普請のパソコンで高度なデータ処理を行い、あっという間に分析結果を示した。
「説明します。これまで、このチームは当面の大会のことだけを考え、年間・期間トータルでの資金の収支やメンタル面・フィジィカル面での継続的なケアはほとんど考えてきていませんでした。そこで、私のプランとしては・・・・・。」パソコンを使うミッキーは、水を得た魚のごとく、立て板に水でみんなを説得し始めた。コースの細部まで考慮し、各パーツの特性も盛り込んだその内容に一同は納得せざるを得なかった。特に、瀬津はその物理的根拠を列挙した内容に感心し、すっかり魅了されてしまった。椎野の言うことにほとんど納得しない瀬津だが、ミッキーの説得力には舌を巻くばかりだった。
「わかったっしょ、多少、経験者の方が事務方でも話が見えるってわけよ。」椎野は自分は人をみる目があるのだということを自慢げに言い放った。
「なるほど賞金のおこぼれ目あてじゃねーってのはわっかりました。失礼しました。」タテうらは頭を掻きながらミッキーに軽く会釈した。
「信頼したかね。わっはっはっは。」椎野は得意満面であった。

日曜日の昼下がり、ジージはガレージ内のパソコンを立ち上げると、大会関係のホームページを閲覧していた。一通り、椎野が目を通しているが、他にもメールで案内が来ていることもある。大会参加の細かな留意点をチェックするのもジージの役割だった。また、街を歩きながら、ネット公開されない大会についての情報を集めるのもジージの担当であった。そうした巷の情報はスケーターの集まる公園などを散歩しながら小耳に挟んでおき、後ほどに電話確認などをするのである。ジージは、みんなが来るまでの間、ソファにもたれてガレージのシャッターの向こうに見える通りの風景をぼんやり眺めていた。やがて、ジージはまどろんだ。小一時間ほど、経った頃、1人の若者がガレージに入ってきた。ぼんやり目覚めたジージはたいてい自分の次にやってくるのは瀬津だなと思い、そのまま横になっていた。男はパソコンの前に座るとすごい勢いでキーボードをたたき始めた。・・・・瀬津君、パソコンは得意だったけど、今日は一段と熱が入ってるな・・・・、そんなことを思いながら薄目を開けた。
誰!?・・・・この後姿、見覚えが無い・・・、ジージはむっくり起き上がった。
「君は?」
「・・・・・・」カチカチカチカチカチカチ・・・・・。
「あの、新人の方かな。」
「はい、ミッキーです。」男は後ろを振り向きもせず、大量のデータを入力していた。カチカチカチカチカチカチ・・・・・。
「すごいね。」
「デイトレードに比べれば、気楽なもんです。」カチカチカチカチカチカチ・・・・・。
「そっち方面の仕事してるのかい。」
「能力生かせるとこ、少ないんで就活中なんです。」カチカチカチカチカチカチ・・・・・。
「瀬津君と同じか・・・。」
「僕は仕事、選ぶ方ですが・・・・。」カチカチカチカチカチカチ・・・・・。
「すごいね。」
「3社内定しましたが、全部蹴りました。役不足で。」カチカチカチカチカチカチ・・・・・。
「すごいね。」
「もう少しでみなさん、そろいますね。間に合わせます。」カチカチカチカチカチカチ・・・・・。
「すごいね。でも、そんなすごい人が何故、うちへ。」
「いつでも辞められるチームだからです。」カチカチカチカチカチカチ・・・・・。
「ドライに言うねえ。」
「はい。曖昧は苦手なので。」カチカチカチカチカチカチ・・・・・。
「すごいね。」
「・・・・・」ジージの語彙の少なさにミッキーも言葉少なになっていった。

通りの外灯の明かりがガレージの入り口を白く照らしていた。
「この次の大会は出ない方がよいです。出る意味がありません。大会のレベルと登録料、対抗馬になってきそうなチームや個人のデータ、チーム椎野所有の限られたアイテムと所属選手との相性から予想したレース進行、および当日までの体調とメンタル面の変動を考慮して、入賞確率を考えた場合、仮に2人が入賞しても、これまでの支出のトータルでの沈み分は解消できません。むしろ、次の次の大会に向けた体調の調整とメンテナンスの面に支出した方がチームとしての損失は減ります。つまり、利益が若干勝ります。その大会では3位入賞でも充分に元は取れます。」
「確かに登録料も安いけど、賞金もかなり安いぞ。」
「なるほど。登録料が安いからリスクも低い。ローリスク・ローリターンでもノーリターンよりはましだし、数回の大会でのトータルとして見れば若干の利益が認めらるわけだ。」真っ先に瀬津が納得した。
「ローリー、ローリーって何だ。登録料が高くて賞金が安いのは常のことだし、大会に出なきゃチームの意味なんてねーし、そもそも俺がお前雇ったんだし、実戦で新べアリングの耐久性調べたいし・・・・。」椎野はミッキーの方を見ずにぶつぶつ言っている。
「私は賛成です。」
「俺もだ。」ジージとタテうらも賛成した。
「あっ・・・あ、当たり前でしょ。次は出ないで、次の次に備えるに決まってるでしょ。」椎野があわてて言った。
「ちなみに、その大会では椎野さんも出た方がいいです。賞金額の上位独占で、前回の支出超過分を取り返せます。全員の入賞確率は80%ですから失敗しても70%前後の確率で誰かが入賞して、支出超過分の一部は補えます。一時期に何勝かしていてもトータルで負け越しているのでは無意味ですから。それと、レースによってエントリーの人数は変わります。その意味ぐらいは皆さん、わかりますよね。」
「すごいね。もう、わしの出る幕はありませんな。ロングの練習に励まんと居場所がなくなりそうですわ。」ジージが笑いながらこぼした。
ミッキーの講釈は椎野が夜勤に出る時間まで続いた。タテうらは途中でいなくなり、ジージは居眠りをしていた。椎野も仮眠をとろうとしていたが、内容承認の際に度々、指名されるので緊張を解く暇がなかった。瀬津はただ一人、最後まで真剣に拝聴していた。


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