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作品名:YOKONORI RACER(ヨコノリ・レーサー) 作者:ふ〜・あー・ゆう

第10回   10
その日はとても蒸し暑かった。タテうらと瀬津はいつものガレージの中でじっとりと流れる汗をぬぐいながら椎野が来るのを待っていた。時計は間も無く、14時になろうとしていた。初めは他愛も無い会話をしていた2人だったが、時間が経つに連れ、言葉少なになっていった。会話が途切れて、小一時間ほどが過ぎていた。
「・・・椎野、遅いっすね・・・。」
「・・・いつものことだろ・・・。」
「・・・暑くないっすか・・・。」
「・・・質問の意味がわからん・・・。」
「・・・当たり前っすね、暑いっすね・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

互いに意識が朦朧としてきた頃、強い日差しを背に椎野がガレージに入ってきた。二人はうつろな目をゆっくりと上げた。

「うちらのチームに期限付きで入りたいって奴が来たんだよ!!」
椎野が場にそぐわない爽やかさで言った。
そこには、むさ苦しい小太りのおたく系の若者が突っ立っていた。
「新戦力の大宅(おおたく)君だ。」
「・・・・・・期限付きって?・・・・・・。」瀬津が弱々しい声で聞いた。
「職が決まるまでだよ。少々、借金もあるみたいなんだけど。」
「・・・・・・おいおい、椎野くん・・・・・・。君、負債者やニート救済のボランティアでチームやってんの・・・・・・。」タテうらが自分を棚に上げ、力無く、しかし、ぞんざいに言った。そのタテうらの言葉に瀬津がスローながらも敏感に反応した。
「・・・タテうらさん、あのですね・・・、こう見えても・・・・僕は一応、・・・必死に就活してんですけど・・・・・・。」
「・・・・・・確かに・・・俺も・・・サポートが激減してて・・・・基本、無職の負債者みたいなもんだから・・・・・、偉そうには言えねーんだけど・・・・でも、こいつに横のりが出来んのかい?・・・・・・」タテうらが新人に気遣い小声で聞いた。しかし、弱々しい上に小声なものだから、その声は椎野には届かなかった。
「何だい、2人とも元気ないねぇ。せっかく新人が来てるってのにぃ。」
「・・・ここにゃ、水道も無いんだよ・・・。」瀬津が言った。
「・・・・ペットボトルも4本、空にした・・・。」タテうらが、しみだらけのソファに座りながら、事務机の上を指差した。
「・・・・・この意味、わかるよね・・・。」瀬津が念押しした。
「2人は清涼飲料水が大好きだって言うんだろ。」
「・・・・・・・。」たてウラは沈黙した。
「来るの遅い・・・。」瀬津がぽつりと言った。
「仕方なかろ、彼との顔合わせもしてたんだから。」
「・・・もう、わかった。とにかく、こいつ、ヨコノリは出来んの?・・・・。」タテうらが少し大きな声で言った。
「本人曰く、スケボー経験はあるみたいなんだよね。」椎野は続けた。
「ここ、暑くない?公園の日陰に行って話そう。」
「・・・最初から、そうしてくれ・・・・、ケータイに変更連絡入れてくれりゃいいんだから・・・。」瀬津が言った。
椎野は瀬津の言葉に気づかぬまま、暑いなー、暑いなーと口走りながら、そそくさと外に出て行った。小太りの男も彼の後に続いた。4人は公園の木陰のベンチに腰掛けたり芝に座ったりして、話の続きを始めた。タテうらと瀬津も、ようやく目の焦点が合ってきて、新人の風体をよりはっきりと認識できるようになっていた。
「スケボー経験があるにしても大会レベルでは使えんのかよ。」タテうらが椎野に聞いた。
「仕事はそっちじゃなく、主にレース用アイテムの分析とライバルチームの作戦予想および会計業務。つまり参謀補佐兼事務職として連れてきたわけ。」椎野が言った。
「お前、会計補佐とか参謀補佐とか通信補佐とか、補佐役ばっかり募るよねぇ。」タテうらが言った。ちなみに、会計補佐はジージ、参謀補佐はたてウラ、通信補佐は瀬津ということになっているが、実質、この3人が実務をこなしている。椎野は自らをオーナーと称し、やたら口を出す資金調達役になっている。
「じゃ、オタク君はパソコンデータ処理のエキスパートなわけ?」瀬津が椎野に聞いた。
「僕は、オオタクです。」若者はぼそりと言った。
「あっ、しゃべれんだ。」タテうらが言った。
「まあ、パソコンにはかなり精通してるみたいなんで、これでジージの負担も減るし、何よりヨコノリ経験者だしね。アイテム分析の信頼度は高いと思うんだ。」
「でも、こいつ、借金がどーとか。」
「タテやんだって借金抱えてるでしょ。うちらみたいなビギナーズ・ラックだけの弱小マイナーチームに来てくれるだけでありがたいんですよ。」
「でも、もってる板もかなり旧いしな・・・、しかもエレメンタルとかプレシャスとかジョーイとか初心者っぽくないか。経験者というからにはそれなりの・・・。」タテうらは大宅の持参したアイテムを眺めながら言った。
「チーム椎野は楽しく勝とうがモットーなんだろ。自己破産者を助けるボランティアじゃないよね。」
「いちいち、うるせーなー。オオタク君、瀬津君にスケボーの腕前、ちょっと見せてやって。」
「はい。」男は小声で言ってから、軽くプッシュしていきなりインポッシブル(空中でフリップ系の錐揉み回転と縦回転・横回転を複合させて板を回すおよそ不可能な技)をメイクした。
「あ・・・・・、案外うめーじゃん。おたく君。」タテうらが小声で呻いた。2人は唖然として大宅の方を見ていた。
「おおたくです。」
「おたく君、ひょっとして僕よりはるかに凄くない?」瀬津が言った。
「おおたくです。」
「ほかになんかできる。」
「いえ、今ちょっと、股間がバキッとなって、足もいっちゃいました・・・・。」
大宅は淡々とした調子で答えた。感心していた瀬津とタテうらの大宅への期待は一瞬でしぼんだ。
「昔はスリムな体型だったらしいよ、おたく君。」椎野が言った。
「おおたくです。」
「あっ椎野も間違えた。やっぱ、椎野もおたくと思ってたんじゃないか。」
「おおたくですってば。」

“ なんということであろう。職が無く、練習も続けられず、時が過ぎ、この若者の過去の精悍さは見る影もなくなったということなのだろうか。 ”
今、ここにはいないが、後日、ジージは彼のことを日記にそう記していた。


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