20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:YOKONORI RACER(ヨコノリ・レーサー) 作者:ふ〜・あー・ゆう

第1回   1
夜の街の静寂の中、滝の流れ落ちるような独特な轟音とともに複数の影が走り抜けていった。無数のハードウィール(硬質タイヤ)はアスファルトのわずかな凸凹をとらえ、細かく振動し、大音響をがなり立てている。だが、人気の無いオフィス街で彼らスケーター(スケートボーダー)を咎める者はいなかった。

ここは、とある地方都市。近くの港に点在する工場群の広大な敷地には、15階建てビルほどの大きさをした巨大なボイラー様の建物が林立していた。傍には、ほぼ24時間、煙を吐き続けている先の鋭利な感じの銀色の塔。それらの内部には鉄が溶ける熱が満ちていた。区画を隔てた円柱状の平たい巨大タンクの群れには所々に照明が取り付けられ、不思議なオブジェの佇まいをしていた。タンクには、今しも、港のパイプラインから流し込まれてくる原油が備蓄されていた。船から降ろされたコンテナの群れが鈍く輝いていた。その向こうには、きれいに並べられたまるでミニカーのような夥しい数の車たち。夜の港は人知れず賑やかだ。

そんな喧騒から、やや離れてオフィスビルの立ち並ぶ中心街がある。地方都市ということだけではなかろうが、今は人影も無く、ひっそりしている。先ほどのスケーターたちの轟音もはるか遠ざかっていた。

彼らはこの街で出会った。

スポンサーも特定の練習場も持たない彼らは、街の中で次のレースに向けた特訓を繰り返していた。彼らは原則、一度使った場所は二度と使わない。
その滑走音も弾いたテールが地面を打つ音も、レースに興味の無い人々にとっては、ただの騒音でしかない。通行する人や車にとっては、目障りで危険な暴走行為にしか映らない。だから、スケートボード等は法律上、公道を走ってはいけないことになっている。無論、こうしたことのみが滑走禁止の理由ではないが・・・。ならば、わざわざ公道を走らずとも、広い公園でも練習場にして滑ればよいではないかということになるが、スケートレース自体はサーキットやストリートで開催されるのである。スポンサー付きのチームは、公道滑走の許可を得たりサーキットを借用したりで堂々と練習している。しかし、寄せ集めの貧乏チームはゲリラ的に練習するしかないのである。しかも、そのせっかくの練習が公道走行中に厄介なことになれば、結果としてレースの成績も散々なものになりやすい。したがって、同じ場所を滑って一般大衆にマークされるよりは、周囲に気を配り、用心深く、控え目に練習する方がよほど実りが多いはずである・・・と、彼らは一応、信じていた。そうでも思わないとレースを続けていくモチベーションも続かない。一握りのスポンサー付きの連中を羨んだところで全く同じまねは出来ないのだ。ただ、少しでも同じまねをして、しかも、余計な厄介を抱えないで、日々、練習を積み上げていく。これが自称貧乏アスリート達の日課であった。

そんな寄せ集めチームの典型である「チーム椎野」のメンバーは、曜日・時間帯の人や車の往来状況・巡回状況を入念に調べ、他者との遭遇の一番少ないコース・時間帯を設定して、日夜涙ぐましい練習に励んでいる。先だっての街中での轟音はもちろん彼らのものである。

彼らは、数年前までそれぞれの生き方をしてきていた。
実現しない夢を追い求めたり、リタイア後に何の目的も無く過ごしていたり、スポンサーからポイ捨てされてピザ屋でアルバイトを続けていたり。

出会いのきっかけは、エックスゲーム(米国のバイク・スケボー・インライン等のアクションスポーツの大会)のローラースポーツ屋外版が企画され、さらにウィンタースポーツのボードクロスも取り入れて通年型イベントとした新しい試みが軌道に乗ってきたということだった。
それまで屋内や限られたスペースで行われていたローラースポーツのトリックの大会は、夏の街中(ストリート)でサーキットレースの様に生まれ変わり、冬のスノーボードクロスもモーグルのようにトリックと複合した形のレースになり、さらにはゲレンデコースのみならずバックカントリー(ゲレンデ以外の場所)でも開催されるようになっていったのである。初期の頃は異種格闘技のごとく、インラインvsスケボー、スキーvsスノボという大会もあったが、今は分離して大会が行われている。
サーキットやラリーの形式を採用したレースへの参加は、チームでもシングルでも自由だったので技術・体力に自信があれば、賞金を独り占めすることも出来た。仲間を集め、ピットやテークオーバーゾーンでリレーして無難に地道に勝ち上がっていく者たちもいた。エントリーは戦績・資格等関係が無いので飛び入りの二冠、三冠王なんてのも稀に現れた。
一部マニアの嗜好として始まったそのゲームは、人気を順調に拡大。やがてカーレース同様に大きな資本に支えられるようになってきた。端的に言えば、主催者にとって、より少ない資本で、よりエキサイティングできるスポーツとして注目されていったのである。だが、選手はその分だけデンジャラスでハードなレースに臨むことになっていった。しかも、練習費用に比して高いとは言えない賞金獲得を目指すため、生活は次第にワーキングプアーなものになっていった。にもかかわらず、ゲームが廃れないでいられるのはレーサー達それぞれの思いによるものが大きかった。仕事をリタイヤして初めてその楽しさを知ってしまったり、レースの刺激の虜、即ちヨコノリ・ジャンキーになってしまっていたり、仲間達とのつながりで辞められなくなっていたり、・・・・・・、そんな連中が集まってレースを盛り上げていったのである。

夏の日差しが弱まり、少し涼しい風が吹く夕暮れ時、チーム椎野のメンバーは小さなレンタルガレージに集まっていた。
「今回のはサーキットレースなんだぁ。当日に知らされるセクション(通常路面以外の滑走可能な物・場所、ボックス・レール等の障害物)があるみたいだけど。」大手企業の技術部門をドロップアウトしてきた瀬津(せづ)が言った。瀬津は月に行くのが夢だった。大学では航空力学を専攻し、物理の原理を生かして浮遊感を味わえるスケボーは密かな趣味だった。だが会社に内緒で参加した大会で大怪我をし、担当のプレゼンを延期したことで社内にいづらくなり、この道を選んだ。
「日本のレースだと賞金は雀の涙ほどだろ。不況プラスマイナースポーツのゆえに。」練習が本格的に始まるとバイトが難しくなる椎野が言った。椎野は指先が繊細で板やウィール、滑走面の微妙な変化を手触りなどで的確に判断できた。しかし、その才能を生かす方途を知らず、今に至っている。地道に生きるのは嫌いだ、一攫千金だと言いながら、実は地道にアルバイトをし、チームの資金をしっかり貯め込んでいる。実質、チームのスポンサー役である。チーム名の由来もそこにある。チーム作りに対して並々ならぬ情熱をもっている。
「主催企業は、賞金と宣伝費と会場リース料を負担してもプラスアルファが残るように考えるから、セクション(障害物)は資金をかけず、それでいて難度のあるものを設置するんだろうな。」元スポーツショップの店員でスポンサー付のスノーボード選手だったタテうらが言った。彼は1年前、スポンサーを後ろ楯に独立して店をもった。しかし、人と接するのが実は苦手でおまけに経営能力も不足していた。結果、店をたたみ、スポンサーにも見離されて借金を返す為にこの世界に身を投じている。当時のスポンサーの関係者が密かに援助してくれているという話も聞くが定かではない。今はピザ屋のアルバイトでその日暮らしの生活をしている。
「ただでさえ、日本の横乗り系スポーツの賞金は破格に安いのに、セクション(障害物)の難度まで上げたら、エントリーは極端に減るんじゃないかねぇ。そしたら、レース自体、盛り上がらないし、協賛者も減るだろうし、当然、選手の登録料も当てに出来なくなるし。と考えると、主催企業としては謎のセクション(障害物)の制作料と運営経費を秤にかけてプラスアルファを生み出すためにもセクション(通常路面以外の滑走可能な物・場所、ボックス・レール等の障害物)はそんなに凝ったものにしないんじゃなかろうかね。」中小企業を退職し、それなりにつましく悠々自適だったジージが言った。ジージは、同年代がスキーの夏トレ(夏場のトレーニング)と称して勤しむインラインスケートに飽きて、ロンスケ(ロングスケートボード)を始めた。孫の影響もあり、ほどなくスノボ、スケボーにも挑戦。なんとなく乗れてしまったことで大会出場を考えるようになり、その足場としてチーム椎野に参加している。だが、実際は練習参加要員兼チーム経理担当である。
「なるほど、賞金が安い分、セクション(障害物)の質も難易度も下げて、エントリーのお得感というか、『あなたにも優勝のチャンスが!!』みたいな感じでアピールしてくるだろうってぇわけね。」椎野が言った。
「でも、みんながクリアできちゃうんなら、やっぱ盛り上がんないんじゃないの。一応、国外からもエントリーがあるみたいだし。」瀬津が言った。
「逆に誰もクリアできないってのも盛り上がんないしな。まさか、ただの大石をごろんとおいてあるような、そこまでの手抜きと言うかスケボートリックを無視したようなものは設置しないだろうなぁ。」タテうらが言った。彼は主催企業の大会担当者のほとんどがスケボー素人であることに懸念を抱いていた。
「ジブ(レール型障害物・箱型障害物)にしろ、バンク(傾斜した路面)にしろ、瞬時に判断してクリアするタイプのセクションになるだろう。うちらに苦手な頭を使うタイプのセクションかも知れんなぁ。」ジージの言葉に椎野とタテうらが苦笑した。
「出るのは、やっぱ実力ナンバーワンのタテうらさんでしょう。」椎野が言った。
瀬津は元技術エリートのプライドからか謎のセクションの形状と攻略法を紙の上で考え続けていた。物体の移動や飛行については全て物理で考えられる。セクションの種類と形状を複数想定することで攻略は可能なはずだというのが彼の持論であった。
「でもなぁ、ブームに乗っただけで横乗りスポーツへの関心のほとんどない企業が主催だからなぁ。通常のトリック(飛ぶ、回す、擦る、ウィリー滑走する等々)の発想じゃクリアできない代物が出てくんだろうなぁ。」タテうらが天井を見て言った。
そもそも、彼らは賞金目あての素人の寄せ集め。元プロはいても、現役バリバリのプロを中心に構成したチームとは実力に雲泥の差があった。が、しかし、知略によって攻略できる要素が、素人の参入と興を高めるのに寄与していたのも事実だった。それは主催者側の意図でもある。しかも、主催者自体が素人でプロの意見を少し聞きかじっただけでレースを企画していたことがしばしばあったのだ。
「ブームっつっても、まだまだマニアックでケーブルや衛星でしか流れてないしね。地上波への道ははるかに遠いスポーツだよね。」紙面から顔を上げた瀬津がぶっきらぼうに言った。


次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 4847