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作品名:ボイジャー 作者:ふ〜・あー・ゆう

第8回   8
 風のない夜、街は深閑としていた。水気のあるものの表面はほとんどが凍りついていた。
 一方で凍りつかない地中ではミムたちが埋め込んだ新種のコケが少しずつ繁茂していた。

 ミムはベッドの上でまどろみかけていた。
またか・・・。
ミムは心の中でつぶやいた。この頃はひんぱんに音が聞こえてくる。しかも、以前より、強くなってきているようなのだ。彼の意識は拡散した後に一点に集中した。鼓膜ではなく、体のどこからか音が聞こえてくる。流れの様でもあり、揺らぎの様でもあり、今の自分には形容しにくいその音。
「どうしたの。」
意識がさらに沈潜しようとしたそのとき、クースの声で引き戻された。彼女は少し前から一緒に部屋にいた。低温期が始まって以来、忙しかった科学局での資料整理がいつもより早く済んだので久しぶりに会えたのだった。
「前から気づいてたけど、この頃、特にひどいみたいね。」
ミムは天井の星空を見つめていた。
「横になるなり、一瞬でブラックアウトよ。検査は受けてみたの。」
「どこも異常は無いんだ。ミュータント化の兆しということでもない。」
「でも、歴史上、氷河期が近づくと温暖期よりはるかに変異するケースが多いらしいわよ。」資料整理専門の彼女はそうした知識を度々、仕入れてきていた。時折、秘密事項になりかけの最先端の噂話なども話してくれたりした。実際はふと警戒心の緩んだ正規の局員らが口にしているつぶやきなどを脚色してミムに伝えているのだ。そのことは、ミムも薄々感じてはいる。
「このブロックに侵入者があったそうよ。」
「・・・、マルケスもそんなこと言ってたな。」
「えーっそれじゃ、みんな知ってるの。つまらない。」
「あり得ないだろ。」
「多分ね。でも、放出ハッチが開きかけたらしいのよ。一週間前の話らしいんだけど。」
「それもありえないな。ハッチが開いたという記録は閉鎖政策後、一度も無いらしいから。」
「数百年ぶりに低温期に入ったんでミュータントが増えて。」
「・・・壁抜け出来るような奴が入ってきたって言うのかい。ミュータント化は自然環境への適応が要因だから壁を通り抜けたいという思いや意思では変異できないよ。」
「ふーん。」
「それに、変異できたのなら、わざわざ移動してくる必要も無い。適応できたわけだから。」
「ただの噂話か思い過ごしなのかな。みんな不安だからそんなこといっちゃうのかなぁ。」
「大丈夫。俺達が地道にがんばっているから食料の心配は無いよ。」
「でも、食料局ではあなたたち職員に荒地を耕させてるって。しかも、原始的な方法で。」
「これも適応の手段だよ。機械の性能も落ちるんだ、氷河期は。」
「どうして。」
「実は、冷えているのは大気だけじゃないんだ。物質の分子の振動数そのものが緩やかになってきてるんだ。」
「それじゃ、私達の体の分子も?」
「・・・」ミムは眼をつむり、だまって聞いていた。
「私達もいずれ凍ってしまうわ。」
ミムは自身も不思議な思いをもちながら言った。
「その点は問題ないみたいなんだよ。生命体の分子振動の低下は確認されてないんだ。とは言え、野生動物は適応できず滅ぶ種もあるだろうけどね。」
「生きているものには影響が無いなんて、この船の能力は計り知れないわね。」
「だから、誰もシステムの判断に疑問をもつことは無い。歴史から見ても全ての判断が妥当なんだ。」
「ふ〜ん、今の私達があるのもパネルコンピューターのおかげなんだ。じゃぁ、今の低温期は未来のための最良の選択っていうことなのね。」
「だろうね。というか、システム関係の情報は君の方が詳しいんじゃないの。」ミムは意地悪っぽく言った。
「どうせ、私はただの資料整理ですから。それに、パネルのこと知ってる人なんていないでしょ。メンテナンスするのは地上の端末だけなんですから。」クースは少し機嫌をそこねた。食料局で正規に働くミムに、自分だけが知っていることを伝えたときの彼の表情や仕草をうかがうのが彼女の密かな楽しみでもあったからだ。ミムはいつも冷静でものごとに動じる姿はほとんど見られない。それでいて、温かさも感じられる存在であった。そんな彼が自分の知らない情報に出会うと一瞬、困惑したり、考え込んだりする。その一瞬が彼女にとって彼そのものを垣間見る瞬間であったのだ。


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