そんな折、一部の者たちの間に侵入者の噂が流れた。 好奇心旺盛なマルケスが普段と変わらぬ調子で言った。 「他のブロックからの侵入者があったって話だな。」 「馬鹿な!ゲートを開けないブロックに入ろうとすると接合部のハッチから外へ放出されるって話だぞ。」生産技師のソゴルが言った。彼が今、手にしているのテクノロジーのいらない鍬一本であった。
「友好関係の無いブロックとの行き来は禁止されているからな。」ミムが淡々と言った。 「お前、どこで聞いたんだぁ。」アレスが小馬鹿にしたように言った。 「詳しくはわからないよ。また聞きなんだ。」アレスの口調を気にかけずにマルケスは答えた。 「軽々しく言うなよ。他のブロックとかかわるような話題は極力控えるのがここのマナー、いやルールだろ。」 アレスは、これまでの歴史的成果を顧みないような内容を話題にするマルケスをたしなめた。 「ああ。」 アレスの言葉に、少し軽率だったなと感じたマルケスは、ブロック局員として噂話ぐらいで住民を不安にさせてはいけないと改めて思った。しかし、言い知れぬ思いは消えなかった。
特に、定めがあるわけではないが住民によい影響を与えない情報は極力控えるというのが、このブロックの住民の暗黙の了解になっていたのだ。 アレスは続けた。 「他のブロックの影響が無かったからこそ、俺達のブロックは代々、安泰だったんだぞ。」 「ここ以外に興味があるのか。」ソゴルが訊いた。 「興味?ああ・・・。」マルケスの様子が少し変わった。 「お前、やばいな。何考えてるんだ。」アレスが訝しげに言った。 「それに侵入者のことが本当だったら紛争のネタにもなりかねないんだぞ。」アレスは言った。 「万一、そいつが本当なら諜報活動や扇動活動の可能性があるし、中央局まで影響を与えればゲートの開放もありうる。それがかなわなければ最悪、侵略や戦争の手引きをすることだってある。歴史の教科書の知識だけどね。」ソゴルが滔々と言った。 「でも、お前達は疑問は無いのか。自分達は外のことは情報でしか知らない。」マルケスはだんだんと真剣になってきた。 マルケスの普段あまり見せない姿に対し、仲間はなだめるような調子で言った。 「情報で充分だよ。」 「情報が本当とは限らないだろ!」 「よしなよ。ここにいれば他よりは、ましに生活していける。」 「なぜ、ましだとわかるんだ。」アレスやソゴルの言葉にマルケスは反駁した。 「お前、このブロックにそんなに不満があるのか。」ソゴルが続けた。 「いや、そうじゃない。」 「なら、情報を信じてりゃいい。他のブロックのことをどうしても知りたい理由は無いんだろ。」マルケスの迷いを見てソゴルは続けた。 「第一、侵入者が何のためにここへ来るんだ。そいつのブロックがまともじやないからだろ。それに、はるか遠くのブロックでは互いに交流があるのをお前も知ってるだろ。」 「ああ。」 「このブロックではそういう情報もちゃんと教えてくれている。その上で閉鎖政策を採っているのは、隣接ブロックからの悪影響を防ぐ為だ。」 「よい結果になるなら閉鎖はとっくに解いてるさ。」アレスがたしなめるように言った。 それでも、マルケスは自分自身で確かめてみたかった。隣のブロックがどうなっているのか。どんなものなのか。情報どおりの町並みなのか。情報どおりの機械任せの低迷したブロックなのか。気力の無い住民が多いのか・・・・。確かめてどうこうと言うことではないのだが、ただ確かめてみたかった。 「俺は侵入者の情報を確かめてみたいんだ・・・。」 「仮に、万に一つ、侵入できていたとしても、一般住民のお前が知っているという時点で、ばればれのことなんだから、とっくにトップセキュリティに処分されているだろ。情報も表には出ない。」ソゴルが言った。 「だよな。おかげで、俺達は安心して暮らせるってわけだ。」アレスが納得するように言った。 「もう、こんな馬鹿な話は、よそう。お前は低温化への不安で少しおかしくなってるんだよ。」ソゴルが話を打ち切るように言った。 「不安なんてのはもともと漠然としてるもんなんだ。お前が感じてるのは情報だけの世界に対する漠然とした不安ってやつだよ。そもそも不安なんてものはどこへ行っても消えてなくなることはない。」話をじっと聞いていたミムがつぶやくように言った。 「急に荒地を耕せなんて指示が来たもんだから、疑心暗鬼になってんだよ。」アレスが言った。 「それに、気にするなら例のウィルスのことを気にしたほうがいいぜ。」 「新種のウィルスのことか。」マルケスは再び不安げになった。 「その情報もちゃんと聞いてるだろ。」 「ああ。」 「ほら、見ろ。だから。お前の返事はさっきから“ああ”ばかりだ。」 「結局、意味の無い不安を俺達にぶつけてるだけじゃないか。」 「ウィルスだって、今のところ、無害で、しかもゲート付近にしか存在しないって話じゃないか。」 「しかも、ゲートの監視や防疫は中央局員がしっかりやってくれてる。だからこそ、ウィルスの発見もできたんだ。まだ何か不安があるか、マルケス。」 「・・・。」 「多分、ここは一番安心だよ。」土くれに腰を下ろしていたミムが静かに言った。 それから、彼は周囲に気づかれぬよう、休んでいる振りをして意識を拡散させた。音は一定の周期で聞こえている。前の時と同じだ。生まれる前から聞こえていた音。小さい頃は足音のように感じていたが、今は流れのようにも聞こえている。その意味がわかりかけてきているのかも知れない。 しかも、今聞こえてきている音と記憶していた音には若干の違和があるということをミムは感じ始めていた。
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