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作品名:ボイジャー 作者:ふ〜・あー・ゆう

第4回   4
 ミムは、自分にだけ聞こえる音のことをみんなには話さなかった。鍬をゆっくり振り下ろしながら、ぼんやりした意識の中で一人、消去法的に思考していた。
 この音は、恒星風を受けて船が加速するときの振動・音とは違う・・・旧式ブロックが加速に耐え切れず離脱していくときの轟音、もちろん、それとも違う。新しいブロックを製造するときの音・・・ゲートは完全に気密されていて真空中の作業の音など聞こえてこない、しかも、人が携わる作業ではないからハッチの開閉音などではない。水の流れ、河の流れの音・・・、いや、河のほとりでも感じたことがある・・・。第一、これらの音が自分だけに聞こえているというのはおかしいし・・・。何かが近づいてくる音・・・足音・・・近づいてくる気配・・・、音・・・気配・・・。みんなと話しているときは気配のようだし、一人でいるときは音のようだし・・・、みんなの声が音を掻き消しているのだろうか・・・。
いま聞こえるこの音・気配・・・いつも聞こえているわけじゃない・・・。
・・・でも、小さい頃から・・・いや、もっと前から知っていたような気もする・・・初めて聞こえてきたとき不思議だと思っていなかった・・・そんな気がする・・・じゃ、いつ聞いたんだ・・・・・生まれる前?・・・そんなことは無いな・・・・。
・・・亜空間では、はっきり聞こえた・・・闇の中、意識が薄れて眠りそうになる。周りのみんなはずっと眠ってたって言ってたな。俺も少し眠ってた気がする。亜空間じゃ、眠ってんのか、起きてんのか、よくわからないし、人に聞いても互いの顔も見えないんだから実際、確かめようは無いけど、多分、まどろんでた時だよな・・・、あれが聞こえてきたのは・・・。
 ・・・河の流れのような音・・・一時もとどまることが無い・・・
 血液の流れ?・・・ 胎内の音・・・もっと前・・・闇・・・生の終わり?
 真っ暗闇に還る瞬間?。

 何、馬鹿なこと考えてるんだ。

 その瞬間、彼の脳裏にとぎれとぎれのイメージが過ぎった。

 凍りついた空、大地。
 
 薄れる意識の中・・・深閑とした世界にかすかに響いていた音・・・気配・・・。

 ミムは何かがわかったような気持ちになったが、妄想に過ぎないという思いの方が勝っていた。
 
 ・・・耳鳴りかもな。だとすれば、かなり重症だけど・・・、彼はふっと笑ってしまった。

 ミムに聞こえていた音。生まれてから度々聞こえてきていた音。亜空間航行中によみがえってきた音。それは、活発に情報を運ぶ電子の流れのような音。そんなものは現実の世界では聞くことはできない。もし、そんなことがあったら、物質からは電子が巡る一大騒音が常に鳴り響いていることになる。
 かつて、彼自身が聞いた音。それは、氷の世界から物質に還る瞬間だったからこそ、3次元とは異なる闇の世界に戻る瞬間だったからこそ、聞こえていたであろう音・・・。
 超高速航行時の亜空間も3次元とは異なる点で、闇の世界と同一の条件がそろい、ミムにかつて聞こえた音の記憶をより鮮明に呼び起こしたのかも知れない。
 彼の感じていた音・・・それは常人には聞こえない船内プログラム作動の音、メモリーの中を猛スピードで駆け巡る電子の音、自分を取り巻く元素分子の振動音・・・音と言うより気配のようなものであった。自身が、かつて闇に戻るときに聞いた音、不安を掻き立てる音・・・。 
 だが、今の彼には、それが何を意味するのか、全くわからなかった。今の音なのか、過去の記憶の中の音なのか、あるいはこれから先の未来の音なのか。光の世界の音なのか、闇の世界の音なのか。

 
 そんな折、一部の者たちの間に侵入者の噂が流れた。
 好奇心旺盛なマルケスが普段と変わらぬ調子で言った。
「他のブロックからの侵入者があったって話だな。」
「馬鹿な!ゲートを開けないブロックに入ろうとすると接合部のハッチから外へ放出されるって話だぞ。」生産技師のソゴルが言った。彼が今、手にしているのテクノロジーのいらない鍬一本であった。


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