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作品名:ボイジャー 作者:ふ〜・あー・ゆう

第3回   3
 この長期的なプログラムを実行する都市管理システムは一極集中型ではない。宇宙空間との境界線となる壁面そのものがパネル型コンピュータになっていて都市の拡大につれて表面積が増え、比例してコンピューターネットワークが拡大し、より複雑なプログラムが10年・100年・1000年単位で組み込まれていくのである。システムそのものが互いのパネルのもつ情報を交換し合い、データを処理していく。その過程で合理的判断のもとに新しいプログラムを自立的に形成していくという自己進化型コンピュータなのである。
 巨大な都市ブロックの塊はそれ自体が内部の人口を把握していた。人口がブロックの許容量を越えそうになると出生率・死亡率等々が計算され、必要に応じてデータが各ブロックの接合部に組み込まれた自動ファクトリーに送られた。データ受信したファクトリーは直ちに新たな壁面の生産・増殖を始め、新しいブロックを形成する。パネルコンピュータのシステムは、政治・経済・文化のほとんどを司る地上の端末コンピュータに指示することで、住民を新ブロックに定期的に移住させていたのである。
 また、一つの壁面パネルコンピュータはその能力の30パーセントを上限に作動していたので、センサーが異常を察知した場合、他のパネルの空き領域への組み換えが瞬時になされていた。30パーセントの能力と言っても、地球規模の惑星一つの環境・政治・経済のデータを全て管理できるものであったから、宇宙船全体から見た場合、住人たちは小さな宇宙の中で暮らしているようなものであった。都市ブロックの住人たちは、このコンピュータの合理的判断に対して、異を唱えることはなかった。システムの判断は妥当かつ必要なことであると感じていたし、限りなく拡大する居住ブロックの一壁面のパネルコンピュータを停止させても、先述のごとく代替プログラムがどこかの壁面に瞬時に形成されることを知っていたからである。さらには、万一の場合、必要なシステムまでも停止させてしまう恐れもあったからである。
 したがって、人工氷河期という自分たちにとって不都合なこの変化を停止させるようなことは歴史上、誰もしてこなかった。


人工の船内氷河期プログラム発動初期の課題は様々な形での食糧・栄養分の自給である。ミュータントの誕生も科学技術の開発もこれなくしては間に合わない。人々は過酷になりつつある環境の中で人口全てをカバーできるだけの食料自給システムを確立させていかなくてはならない。
「またか・・・。」彼は音≒気配に小さくつぶやいて、鍬を振る手を止めた。
「ミム・・・、さぼるなよ・・・。」隣で、マルケスがぽつりと言った。
 土はどんどん固くなってきていた。必死に耕さねば、荒地になってしまう。地表は刻一刻と変化していく。
「なぜ、こんな大昔のようなことをせにゃならんのだ。」ソゴルが苛立たしく言った。
「エネルギー供給量が急激に減ってきているんだ。農場の機能も低下しつつある。」マルケスが答えた。
「それにしても食料代わりのサプリメント製造ぐらいは。」マルケスの答えが不十分であるかのようにソゴルが言った。
「製造システム自体へのエネルギー供給がほぼ0なんだよ。仕方あるまい。」アレスがなげやりに言った。
「それじゃ、新しいエネルギー生産技術を開発すりゃいいだろ。俺達にこんなことさせる前にさ。」ソゴルが言った。
「その開発システム自体が低速化してるんだ。低温化の速さに対して対策が間に合わないんだよ。」ミムがゆっくりと言った。
「・・・」
 みんなは押し黙って作業を続けた。 それぞれの部署で伝わってくる情報はまちまちであった。変化への対応は、それなりに急ピッチでなされてはいるのだが、やや後手に回っているのである。それでも、住民がヒステリックにパニックを引き起こすというようなことが無かったのは、白か黒かが不決定な状態や一生涯同じことを繰り返し続けることに対して、耐え忍べる閉鎖型都市ブロック特有の住民性が残っていたからだ。
 ミム達は、ここ100年以上の間、他のブロックとの直接的な人の行き来の無かった閉鎖的な居住区に住んでいた。居住区と言っても、大きさは地球上の大型の島ほどの大きさがある。あえていうなら、一国をなすほどの大きさの島々、陸地と同サイズである。
 ミムの居住区の住民は近隣のブロックのように高度な機械文明にのみ頼るようなことはなく、住民自身が生活関連テクノロジーの維持・管理を微に入り、細に入り、行っていた。これにより、情報の誤りやテクノロジーの部分的欠陥による支障を被ることなく、順調に発展してきたのである。つまり、他ブロックとの交流が無かったことで、その繁栄がもたらされていたと言えるのである。
氷河期に入り、壁面パネルシステム下にある大小のシステムを住民自らが管理してこなかった近隣ブロックの環境は急速に後退していった。あわてて、調査を始めても、端末コンピュータシステム相互の情報交換のみで維持されてきた社会環境・自然環境等々の正常化は半世紀かかっても間に合うものではなかった。これも過去に繰り返されてきた淘汰の形の一つであった。
 ミム達にとって他のブロックの人間は未知の人たちであった。その未知の人たちの住む周辺居住区では低温期に向かう船内で食料の生産も蓄えも急速に減りつつあったのだ。こうした状況はかつてもあった。一方で、彼の住む居住区は生き残るはずであった。彼らは知らないのだが、これまでの氷河期を生き残ってきた住民の大半は高度な文明に頼り切っていなかった者たちなのである。いかに、システムの管理を徹底していても、全ての基盤となる環境そのものの大きな変化は住民の生活様式を根本から変えていく。変異した者達以外はそうした生活に適応してのみ、生き延びることができたのである。したがって、変異体ではないミムたちは今、食料になりうる新種のコケ類を繁茂させるべく凍りつかんとする荒地の土を必死に耕しているわけである。


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