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作品名:ボイジャー 作者:ふ〜・あー・ゆう

第23回   23
第24ブロックは表層と最深部のほぼ中間点に位置する。そこが船の現在の中枢部になっていると言えた。氷河期の遂行は船のプログラムの最重要事項だからだ。4人は3日間、不眠不休で移動し続けた。第24ブロックの完全凍結は船全体の凍結を決定付けると考えたからだ。とにかく急ぐしかなかった。一つ手前のブロックに到達した。パネルは幽かに生きていた。この分だと、一段上の24ブロックの凍結はこれ以上には進んでいないはずだ。移動装置をセットしようとしたそのとき、クースが座り込んだ。ミムは、アレスとマルケスに先に行くように伝えた。二人は24ブロックのパネルに介入する方策を少しでも早く見つけるために先乗りすることに同意した。
「すまない。少し遅れていく。」
「ああ、それまでに介入の手はずを整えとくぜ。実際の介入には人手がいるかもしれないしな。」二人は移動装置を稼動した。
ミムとクースはゲートの入り口で二人きりになった。弱々しく吐くクースの息が白かった。
「疲れた・・・。」
「文句言わないっていったろ。もう、少しなんだ。」
「ここで待ってる。」
「馬鹿なこと言うな。何が起きるか分からないんだ!!」
「移動装置酔いが辛くて・・・。」
「次の通路で休もう。そこまで我慢してく・・・!!」
そのとき、ミムはクースのパックが地面に落ちているのを見た。
たちまち動かなくなるクース。
そんな!!。
パックを拾い上げてすぐさま、クースの体に押し当てる。体から全ての力が抜けて動かなくなるクース。直後にそのまま、固まっていくような感じがした。
「クース、ごめん!ごめんよ!!俺はまた勝手なことを君に押し付けていたのか。疲れきっている君に先に進むことばかりを・・・・・」嗚咽しそうになった。
本当に手遅れなのか。
「クース、たとえ凍り付いてしまっても君を残してここから先に進むことは俺には出来ない・・・。アレス・マルケスすまない。俺はここに残る・・・。」

ミムは心の言葉を吐露していた。

ややあって、彼は不意に我に返り、クースの体音を聞こうとした。だが、そうするまでも無く、クースの鼓動は自然に脈打っていた。冷静ならば、能力を使う以前に気づいていたはずだ。

「あ、熱いよ・・・。」クースの胸に耳を当て、抱きしめるようにしながらヒートパックを押し当てていたミムは、咄嗟にクースの顔を見た。
「クース!!」
「ごめんなさい、あのときの仕返し・・・。本当に具合が悪いのに全然、聞いてくれないから・・・。」
クースは背中からもう一つのパックを取り出した。
「これが稼動中。この辺りだと、まだ下のブロックほどパックは必要ないでしょ。」
確かにその通りだ。冷却は刻一刻進んできているが、船の中心部ほどではなかった。ミムは、クースの仕返しと言う言葉を思い出した。
「ひどいな、あのときの仕返しって何だよ!」
「私の家に戻ってきたときに倒れた振りしたでしょ。もうショックで。私はひどいって言ったけど、あなたも今同じこと言ったね。今のであいこ。」
「悪かったよ。あれは冗談が過ぎた。」
「ほんとにひどい冗談。でも安心した。もしものときにはあんなに悲しんでくれるってわかったから。」
「当たり前だろ」
「ミムはいざというときほど冷静だから、ちょっと試してみたかったの。」
「俺だってふつうに傷つくし、弱くもなるよ。」
「知ってるよ。でも、試してみたかったの。だって、世界はこのまま凍りついてしまうのかもしれないもの。そしたら、私達の時間ももう少ししかないんでしょ。」
「たとえ、少しだろうと、俺は・・・あきらめない・・・。生きてる限り。」

人影の全く無いブロックでアレスとマルケスは星空を見上げながら二人を待っていた。
「ここが、氷河期操作の大元だ。しかも、俺達は相当の時間留まらねばならないだろう。ヒートパックが認識されるのはまちがいない。」アレスが淡々と言った。
ミムもパネルが全力で自分達の認識を始めているのを感じていた。電子の流れが予想以上に激しく聞こえている。同時にドロドロした何かの流れも感じていた。
「通信操作が可能かは未知数なんだが、パネルの心臓部は空にあるようなんだ。空に裂け目があるはずだ。そこがパネルへの入り口だ。普段の俺達は考えることもしなかったが、この時期だけ認識可能なハッチが存在しているようなんだ。地上端末への接続でわかったことだ。ブロックの人々が消滅したんでセキュリティが解除されて普段取れない情報が端末から取れるようになったようだ。」アレスが言った。
「その裂け目に強い電磁波を送ってアクセスしてみるんだな。」ミムが言った。
「それがだめだったら、天に昇るしかないな。どうやってたどり着こうかな・・・。」マルケスが冗談っぽく言った。しかし、そうなることもないわけではない。
「とにかく、星の動きを見てくれ。どこかで裂け目があって、一瞬、途切れるはずだ。氷河期ゲートに突然、ハッチが現れたように・・・。」アレスが言った。
2時間近くが経っていた。全天をくまなく見るのは大変なことだ。いつ、凍りつくか分からぬ不安を抱えたまま、星空を眺め続けるのは想像以上に心身を疲労させた。ミムも音を聞こうとしていたが、音は全天一帯から聞こえ、的を絞れなかった。
そのとき、マルケスが叫んだ。
「あそこだ。」マルケスは空の一点を指差しながら走り出した。
空の一点で星の一つが消えていた。あそこに継ぎ目がハッチが現れているんだ。ミムは船内ブロックに珍しく土の地面がある雪原の果て、西の空の地平線近くにその継ぎ目を確認した。疲労と緊張からの解放感はマルケスの正常な判断力を鈍らせていた。彼が走る足音は、周辺の凍った建物や木々を振動させた。
振動が続けば、それらは崩壊してミムたちを襲う。塊であろうが砂塵であろうが、その重量は人間にとって強大なものだ。ひとたまりも無い。
「待て!走るな!マルケス!!」アレスが追いかけた。そのとき、建物の上層部から氷塊が落ちてきた。砕けた大きな破片は二人を下敷きにした。
「マルケス!アレス!」ミムは叫んだ。クースは座り込んでしまった。
ミムは塊を押し退けようとしたが、ぴくりともしなかった。二人の下半身は氷塊の下にすっかり隠れていた。
「ごめん・・・。」衝撃でパックの全てがはずれたマルケスはアレスやミムを一瞥した後、天を仰いで絶命した。
「ミム、今すぐ発信ボタンを押してくれ。俺が考えていた全てのプログラムが自動的に実行される・・・早く・・・・。」アレスが息も絶え絶えに言った。
ミムはクースの傍らにあるコンピュータにそっと駆け寄り、ボタンを押した。
ハッチ周辺の星が様々な色で目まぐるしく発光し始めた。アレスのプログラムはパネル内に間違いなく届いている。ミムはそう確信して二人を助け出す方途を考えた。周囲を見渡すと、古代から放置されていたような3台のパワーショベルを発見した。3台はそれぞれにアームをもたげ、天を仰いでいた。パネルの混乱により、星々は消え、夕日がそれらの雪原の雄姿を逆光で照らしていた。ミムはショベルカーに駆け寄り、ケータイパックを車体に貼り付け、稼動させた。この振動が二次災害を呼ぶ可能性はある。しかし、このままではアレスも見殺しにしてしまう。低速で氷塊に近づき、ショベル部分をそっと差し入れる。しかし、氷塊は持ち上がらない。
「行け・・・・行ってくれ・・・。アクセスの勝負時間は30分なんだ。それ以上は直接の介入しかないんだ・・。」
「直接?!」
「これを使え・・・小型照明弾に端子をくくりつけてパネルに打ち込むんだ。振動で倒壊する危険はあっても・・・・このままじゃ、明日の無い俺達だ・・・・やるしかない・・・。」
「アレス!」
「早くクースのところへ行け・・・彼女は俺達の・・・切り札・・・。」
「しかし!!」
アレスは残る力を振り絞ってパックをはずし、ミムに渡そうとした。パックは力なくアレスの手から落ちた。ほどなく、アレスの体は凍りついていった。
「アレス!!」叫びながらも、ミムにはその場に立ち尽くす余裕は無かった。
すぐに座り込んでいるクースのところへ戻った。人も都市も凍りついた静寂の世界に二人の幽かな吐息が響いていた。
「とうとう二人きりになってしまったよ。」
「ミムがいるから平気。少し疲れただけ。」クースは立ち上がろうとした。
あと、5分で身体の低温化が解除されなければ、アレスの言ったように端末を撃ち込んで操作する。
それでもだめならパワーショベルで氷塊を積み上げてでも空に乗り込む・・・
それしかない・・・。
そのとき、体の芯が冷え込む感じがした。
ついに来た!
パネルがパックの秘密を解明したんだ!!
声が出ない。物凄い冷たさが体内に刺さりこんでいく。
クースを見た。口を微かに開きかけたまま、俺を見ている。眼から涙がこぼれている。手を握ってくる。不意に訪れた最後の瞬間。
凍りつくクースの体。
前方から光が迫ってきていた。
冷静なミムの感情が爆発する。大声で叫ぶが声は少ししか出ない。そのわずかな振動なのにもかかわらず、周囲の物体は崩れ落ち、砂塵と化す。
見つけだせ!見つけ出せ!!パネルの指令を遮断するんだ!!。俺達に届かなくするんだ。地面に臥して音を聞く。俺達に向かってくる電子の流れは、電磁波状のものはどの方向から来るんだ。シートで遮断できるかもしれない。クース、クース、起きてくれ。君のおかげでみんなはここまで来れたんだ。君は俺達の・・・。クースの胸に耳を当てる。クースの涙が凍って光っていた。パネルが間違いを犯しているのはなぜだ。フラッシュバック。空。光。音。天空より聞こえる音。消えつつはあるが、今までで一番大きく感じる。この空の裏側のパネルは稼動している。天空窓や投射空の管理は科学局の範疇だ。上にたどり着く方法なんて分からない。彼らなら何とかなったかも知れない。クースならヒントを与えてくれたかもしれない。でも遅かった。今の俺にはもう何もかも無理だ。クースが凍りついてしまい自分の不屈の気持ちも瞬時に瓦解してしまった。クース、頼む、起きてくれ。時の果てまでの航海を俺一人じゃ耐えられない。いや、・・・それも所詮、人の生きているときにしか存在しない意識、理念に過ぎないのか・・・・いや、それでは、宇宙には姿かたちは違うものの無数の命があると言うのに、俺の命が再び、この船に舞い戻ったのは、生きている意味は・・・何だったんだ。
このまま、空も停止し、俺は俺達は再び終わるのか。それはかまわない。この世界に独りになってしまうのはかまわない。死ぬときは一人だ。でも、でも、クースはクースはなぜ俺の眼の前で・・・、それが苦しい・・・。誰もこの哀しみを看取ってくれることは無い・・・それが苦しい。ミムは凍りつく体から力を振り絞ってクースを抱きしめた。。死は怖くない。別れるのが怖いんだ。
光が近づいてくる・・・。終わり・・・か、空め!・・・・、ミムはクースに覆いかぶさり光を遮ろうとした。目の前で砂になるクースを見るのは耐えられない。涙のまま、消えていくクースを送るのは切な過ぎる・・・。光は多分、まだ意識のある俺の体をすりぬけ、クースだけを消してしまう・・・そうか、俺のパックはまだ完全停止していない。クースのパックとの誤差があるんだ。パックを今すぐはずせばクースと共に粒子となって混ざり合い船を去ることが出来る。ミムはパックに手をかけた。・・・・、光が降り注いだ。


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