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作品名:ボイジャー 作者:ふ〜・あー・ゆう

第22回   22
「ところで、ソゴルは来てないのか。」
「凍っちまったよ。」一瞬うつむくアレスを横目で見ながらミムが小声で伝えた。
「・・・そうか・・・。あ、俺、変だろ、驚かなくて・・・。」
「技官のことがあってからか・・・。」
「確かにそれはある・・・・、でも、それだけでないような気もしてる。あちこちのブロックで死を見すぎた。死に対して鈍感になってる・・・。」
「俺も同じさ。」ミムがつぶやいた。
「そうかな。クースのことではそんなに冷めちゃいなかったぜ。」
「わかったよ!!もう!そうだよ・・・俺の生き抜く気力はクースのおかげだ。」
ヒュー。マルケスが口笛を吹いた。アレスもミムの顔をまじまじと見ていた。
「びっくりだな。お前がそんなにあっさり感情を見せるなんてな。」
「俺はなんとしても生き残るんだ。クースのために。」
「お前だけじゃないよ。俺達もクースのおかげで死なずにすんでる。俺達も彼女のためにがんばるさ。」アレスが元気を取り戻して言った。
「別にお前の邪魔はしないから安心しろよ。」マルケスが付け加えた。そして、パックを手にしながら質問した。
「ところでこれは新型のヒートパックなのか。クースはすごいな。」
「いいや、超旧式パックさ。説明してなかったな。」アレスが言った。
「このパックは俺達の命綱なんだ。これからはお前にも必要だろ。」ミムはマルケスに数個のパックを手渡した。
「行くんだな、中心部に。」マルケスはパックを両手で大事そうに持ちながら、ミムの眼を見た。
「そうだ、過去へ進むんだ。そこで氷河期をやり直す。お前もそのつもりだったろ。」ミムの言葉にマルケスは当然だというようにうなづいた。
「この船は同心円に増殖してきているようだから、中心部に最も旧い初期のシステムがあって、そこに全てのブロックの元になる情報がストックされているはずなんだ。それ自体は書庫のようなものになっていて今は稼動はしていないと思うけど、後発の新型パネルコンピュータによってハード部分も含めて常に強化・バックアップされてきていると思う。それをベースにして船も俺達も進化してきている。そうなってなけりゃ、船の基本構造も無いようなもんだし、それじゃ何千年も航海できないし。」アレスは詳しく解説した。
「つまり、そこに行けばデータの間違いが修正できるかもしれないんだな。最深部の祖先のコンピュータ内情報の修正がうまくいけば、表層部の子孫パネルは現在の誤りに気づくというわけだ。時間的に過去に戻ってやりなおす感じだな。」マルケスが改めて納得した。
「でも、最深部の低温化は予測不能だ。このローテクのヒートパックはまだパネルに察知されてないが、ブロック内の滞在が長引くほど認識される可能性は高くなるんだ。だから、計画は通路で綿密に立てる。それも時間はかけられない。こうしてる間にも低温化は進んでいる。もちろん、ブロック内での行動も俺達の秘密がパネルに認識されないよう、迅速にすることだ。」ミムが付け加えた。時折、ドロドロしたものの流れる音を感じていたが、それは誰にも伝えなかった。
クースはまだぐっすり眠っていた。

ヒートパックには長期間稼動可能なバッテリーが組み込まれていたが、その他にも空間に存在する微小なマイクロ波を増幅して併用する仕組みがあり、ゲート滞在時以外はスイッチを小まめに切って使用すれば、その寿命は半永久的なものであった。しかし、深層ブロックの低温化はかなり深刻で、ヒートパックの発する磁界に少しでも隙間があるとそこから凍りつく危険があった。それで、より多くのヒートパックを着用して行動しなくてはならなかった。もちろん、一つでもはずれれば命の保障は無い。その部位の深部から急速に凍結していくことになる。その場から動けなくなれば、パネルによる認識は時間の問題だ。だが、ミムには、絶望と裏腹の希望があった。これまでのブロックは全てを凍りつかせるほどにパネルの音が微弱であったが完全に停止することは無かっ
た。それは命の存在を感じている間、パネルが完全に停止するということはないということである。つまり、ミム達の存在を抹消するまでパネルは消え入りそうになりながらも生き続けているということである。自分達が生きている限り、パネルが眠りに着くことは無いんだ・・・。それが、ミムの絶望的な希望であった。
「私達みたいな探索者は他にもいるのかしら。」通路を歩きながらクースがつぶやいた。
「いると思うよ。でも、水平方向のはるか遠くだとしたら、移動装置が利かないから1年や2年じゃ会えないだろうな。」アレスがいつもの調子で答えた。
「ふうん。」
「でも、中心部に近づけば出会えるかもな。互いの水平方向の距離はどんどん近づいてくるからな。」ミムが言ったその時、マルケスが立ち止まって前方を指差した。
「全くその通りだな。見ろよ。」通路の分岐点付近に夥しい遺骸があった。それらは見た目、ミム達と変わりないが、ほとんどがミュータントであるらしく体温維持装置の類は身につけていなかった。
「考えることはみんな同じだったわけだ。水平方向の移動には時間がかかるし凍結の危険が大きいからな。」マルケスが遺骸を見ながら言った。
「初期コンピュータに介入しようと中心部に向かってきたんだな。しかし、力尽きたと言うことか。」アレスが言った。
「私達も同じことになるの・・・。」
「大丈夫。パネルはこの装置の仕組みにまだ気づいてない。」ミムが言った。
「クースの装置は俺達だけじゃなく、人類全体の切り札かもな。」アレスが言った。
「俺達が絶滅を阻止できたらな。」マルケスが付け加えた。
「ここだ。」ミムがゲートを覗いてみんなに伝えた。
「ここが最深部ブロック・・・・」クースがつぶやいた。
「空も無い。ただの宇宙船の天井だ。移動装置も稼動しない。ただし、ゲートの数は相当数ある。ここが中心部だ。」推測される船の構造からして間違いないと確信をもってミムは言った。
「入るぞ。」
「待て、ミム。俺が先頭で行く。お前はクースをしっかり守れよ。」アレスが言った。
「そうだ。クースは俺達の守り神だ。パックの修理ができるのはクースだけだからな。しっかり守れよ。」マルケスもアレスに同調した。
二人が先頭になってゲートに入っていった。ミムはクースのパック装着の状態を再確認し二人に続いてゲート内に入って行った。ブロックは小さな町ほどの大きさしかなく、半日ほどで中心部に辿り着いた。ここからが時間との勝負である。アレスのコンピュータ解析により、このブロックはかなり昔から人が住んでいた形跡が無く、情報の蓄積と管理のみに特化された建物が散在していることがわかった。アレスのコンピュータは電磁波を発信し、眠っているコンピュータから情報収集することができる。したがって、建物に入らずとも、およその情報を取得することが出来、起動停止から経過した時間もわかるのである。前回の起動の記録がかなり古いということが、人々がここを離れて久しいということを物語っているのである。
やがて、とある円柱状の建物の前でアレスが立ち止まった。
「ここの情報は外からとれない。何も読み取れないんだ。簡単にアクセスできないようになってるみたいだ。」
「ここに最古の情報が眠っていると言うことか。」ミムが言った。
「いや、常に更新されていたならば、そうとも限らない。とにかく中へ入らなきゃ。」アレスが言った。
ミムは意識を拡散した。妙だ。音がしない。他のブロックの音が微弱だったのは分かる。全てを凍りつかせながらも俺達を探していたからだ。俺達が生きている限り、俺達と同じ、誰かが生き残っている限り、パネルは完全に消え入ることは無い。しかし、ここは何だ。もう用済みのブロックということなのか。それとも、俺達が生き残っていても何も変えることは出来ないと判断したのか。それとも、俺達にシステム再起動による再生を委ねているのか・・・・。さらに意識を沈潜させる。電子の流れる気配が感じられない一方で、ドロドロとしたものがやや離れたところにとどまっている気配を感じた。得体の知れぬものが俺達を観察しているのか・・・。
「やっぱり入り口は凍り付いてるぜ。」マルケスが言った。
「俺以外は通路に戻って待っててくれ。みんな一緒に凍ることは無い。」アレスが予備のヒートパックを入り口のセキュリティロックの辺りに押し当てながら言った。
「パックの秘密をパネルに気づかれたら全員ここで砂になっちまうからか。それは承知の上だ。」マルケスが言った。
「大丈夫。俺達はここにいる。パネルは何も出来ないよ。」クースはミムの方をじっと見ていた。
「ミム、はっきり言うけど、お前のその根拠の無い自信ってどっから来てんだ。」マルケスが苦笑しながら言った。
「ま、お前の勘には恐れ入ることが多かったから文句は言わんけど。」
その間、アレスは時間を惜しむようにコンピュータの介入によるロック解除の操作を続けていた。
やがて、ロックは解除され、パックによって温められた扉はマルケスによってこじあけられた。アレスはすぐさま、奥に入り、中央コンピュータの起動を始めた。実際、中央のシステムが完全に停止していたのは予想外のことであった。ここから全ての情報の核となる最低限の情報のやり取りや指示が出されていたのではないかと考えていたからだ。アレスは自身のコンピュータを中央コンピュータに接続した。ほどなく、データが解析された。
「不安が当たってしまったよ。このコンピュータの記憶装置の中は空だ。」
「空、空っぽってことか?!」マルケスが声を上げた。
「書庫にすらなってなかったということ?」クースがアレスに聞いた。
「そう・・・。だから、外から情報が取れなかった。セキュリティがかかってたんじゃなく、ただの空っぽだったから何の情報も取り出せなかったということさ・・・。」アレスが落胆して言った。
「旧式を強化するより新しい強固なハードに全情報を移し変えるほうが合理的だと後世代コンピュータが判断したってことか・・・。」マルケスが言った。
「中心部が空洞になってるってことは、全ての情報が拡散して保存されてきているかも知れないってことだな。」ミムが言った。
「垂直方向に調べて、時間的に・・・時期的に・・・いつからパネルが誤ったのかを見つけて修復をかけようとした俺達の行動は全て水の泡なのか・・・。」マルケスが言った。
「じゃあ、水平方向に空間的に調べていくしかないの・・・。」クースが呻く様に言った。
「そんなの途方も無い!全区画のパネルをチェックするなんて無理だ!俺達の寿命の方が尽きちまうよ!!」マルケスが苛立って言った。
「ちょっと待ってくれ。拡散された情報とそのルートを追跡して調べられるかも知れない。もし、わかれば氷河期データのあるブロックに向かえばいい。」
アレスが通電装置をパネルにつなぎ、逆探知の容量で中心部に接するブロックのデータベースを探った。最外周ブロックのパネルの情報を採るのは防御体制も想像以上で不可能に近いが中心に近い旧い世代のそれはこんな小型装置でも読み取り可能なのだ。しかし、手元の小型モニターシートには何も映らなかった。
「セキュリティを突破できないのか。」マルケスが言った。
「違うよ。この辺のブロックのスパコンの能力はこいつの比じゃない。」アレスが言った。
「比じゃないって?」クースがきょとんとして聞いた。
「何世代も未来型のこいつの方がずっと優れてるってこと。」
「でも、反応が無いのは低温化の影響じゃないか。」マルケスが言った。
「ミムに言われたとおり、マイクロ波発生チップを着けてあるよ。」
ミムは薄ぺらいモニターシートの音を聞き取ろうとしてみた。流れる河の音。脈打つ血液の流れのような音。電子の流れる音。この装置は生きている。
「もう少し続けてみてくれ。何か分かるかもしれない。」ミムが言った。
「こんなことになっても根拠の無い自信かよ。」マルケスが呻くように言った。
アレスはミムの言うことに従った。ミムの勘は当たる。アレスはそう思っていた。やがて、アレスが話し出した。
「どうやら、隣接ブロックの情報もさらに後世代にバックアップされてるようだ。」
「近くのブロックにはストックされていないってことか。」マルケスが言った。
「たった3世代でもたいした数のブロックになる。歩き回ってのチェックは難しいぞ。なんとか、ここからチェックできないか。」ミムが言った。
「やってみる。」
アレスはしばらく格闘していた。操作に集中するアレスや状況をほぼ把握しているミムとは対照的にマルケスとクースはパックが読み取られることへの恐怖をひたひたと感じ始めていた。
「なんだか冷えてきたような気がするぞ。」マルケスが言った。
「言われてみればそうかもね。でも、パックは温かいみたいだけど・・・。」クースも不安げに言った。
そのとき、アレスが歓喜の声を上げた。
「見つけたぞ!少し離れたブロック群にバックアップがある。これから1ブロックずつ、基本データを見ていく!!」
基本データは予想通り、ジャンルごとにそれぞれのブロックのハードに保存されていた。そのブロック数は108。後世代コンピュータは、人類および人類にかかわる基本データをこれら108のブロックの壁面パネル全てにアクセスすることで得ていたのである。
「氷河期プログラムらしいデータがあったぞ!第24ブロックだ!!それ以上はそこに行かないとわからない。」
「やったな、アレス!そこに行こう!!」マルケスが言った。
ミムはそのとき、先ほど来、自分達を遠巻きに見ているかのように感じていたドロリとした存在が一瞬にして流れ去ったような気配を感じた。はるか遠く表層部に向かって・・・。だが、その感覚を電子の流れる気配と同様に現実と結び付けて考えられるほどに確実な感覚なのかはまだ自信がもてなかった。
「24ブロックか・・・。行きとは別ルートで上に向かうことになるな。」ミムは言った。


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