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作品名:ボイジャー 作者:ふ〜・あー・ゆう

第21回   21
「わかったよ、ミム・・・。お前はいつも冷静だな。」
「これを見てくれ。」ミムはテントの中で見つけた物をアレスに見せた。
「シールド発生シートじゃないか。」
「そうだ。テントの中にあった。」
「そう言えば、クースはどうしたんだ。一緒じゃないのか。」
「だから聞いてるんだよ。手がかりにならないかってな。」
「なんだって!クースまでどうにかなったのか!!」アレスはミュータントの方を見た。
「!・・・まさか、こいつらが食っちまっ・・・・!!」
ミムがアレスの胸倉を掴んだ。
「一人の人間を跡形も無くか?!」アレスは、ふだん、見たことの無いミムの形相に改めて切迫したものを感じた。
「すまん。俺達みんな、もうだめになるんだろうと思ってしまって。ごめんよ、ミム。」
「・・・よく・・・見てくれよ・・・。」ミムはアレスに掴みかかったまま、シートを目の前に突きつけた。
「これは・・・。」
「やはり、お前もそう思うんだな。」
「俺達のブロックの食料局認識記号が刻まれてる。外部に出たのは多分、俺達しかいない。ソゴルは下のブロック・・・・、俺達はここにいる。クースと技官は局が違う・・・。」
「・・・これはマルケスのだな。マルケスは上にいる・・・。」ミムがつぶやくように言った。

二人は上方の各ブロックを探査した。何らかの理由でマルケスがクースを連れて行ったとしたら二人分のセンサー反応が見られるはずだ。マルケスは付近のブロックか通路に滞在している。仮にブロック内を移動しても移動装置が稼動しないブロックだから、この1時間以内での移動距離は限られる。センサー反応域を越えていることは無い。
空腹のミュータントが蠢くブロックではセンサー反応は無かった。半年ほど前、ミムはこの深度まで来ながらも、周辺ブロックの実態をつぶさに見るようなことはなかった。戻ることを決めてからはどのブロックにも立ち寄らなかったからだ。ゲート付近に人影は見当たらなかったが、アレスの指し示す方を見ると、空腹で体力を失ったミュータント達が屯していた。ミムは、思わず彼らに駆け寄り、少ない食料を渡した。自分達以外の生きている人間を見るのがしばらくぶりだったからであろう。彼らにも生き抜いてほしいと言う思いがあった。
彼らは自制が利く状態で薄い服装であること以外は話し方も行動も通常の人間と何一つ変わらなかった。彼らはミムたちに礼を言った後、空腹からであろうか、ゆっくりと緩慢な動きで互いに食糧を分け合っていた。彼らは本来なら生き残るはずなんだと思った。
アレスとミムは左方のブロックへ探索に向かった。そのとき、後方から数名の力ない悲鳴が聞こえた。彼らのブロックで何か悲劇的なことが起きているのか・・。しかし、今は戻る余裕は無い。二人は振り返らずに目標のブロックに向かった。テントを設置した通路から1階層上のブロックで未探索なのはそのブロックだけである。さらに上の階層に行ったということも考えられなくは無いが、そんな上からクースを連れに来たとは考えられない。
ミムはゲート内に入るとすぐにセンサー反応を見た。予想通り、二人分の反応があった。よかった。クースはマルケスと一緒にいる。
移動装置は使えないので、徒歩で二人のいるポイントに向かう。
そこは都市の終端となる場所で、古代の神殿のようなクースの好きそうなモニュメントがいくつかあった。ミムはそのモニュメントになんとなく親近感を覚えた。その傍らには夥しい球形住居群の廃墟があった。二人はこのどこかにいる。センサー反応の範囲を絞り込む。二人の居場所は容易に分かった。とある住居の一つに二人はいた。マルケスは作業ズボンに上半身裸で膝を抱えたまま仮眠を摂っており、クースは住居内にわざわざ設置したテントの中で周囲を携帯パックに囲まれて、ぐっすりと眠っていた。マルケスがクースを連れ出した理由は定かではないが、この様子を見れば、そっとしておいてよいことはわかる。
「食糧以外、持ち物は無いみたいだよ。これじゃ、あちこち行けないな。」アレスが小声で言った。
「俺達を待つことにかけていたんだな。ここで、じっと待っていたんだ。」ミムはマルケスの寝顔を見て言った。そして、アレスに目配せをした。二人は住居の外に出た。
「でも、マルケスは自分の体の秘密が知りたかったんだ。なぜ、ミュータントのブロックでなく、こんな寂しいブロックに一人でいたんだ。」アレスが凍った階段に腰掛けて言った。
ミムはその階段になぜか懐かしさを感じていた。船内ではあまり見かけない段差のある構造物・・・。あのモニュメントといい、この階段といい、なぜ、こんなに懐かしいのだろう・・。ミムは住居の壁に寄りかかりながら自らの問いに答えようとしていた。背中に着けたパックが壁の一部分もほんのりと温かくしてくれた。
「ミム、俺の言ったこと、聞いてたか。」
ミムは、アレスの声にはっとした。
「・・・さっきの悲鳴が多分、その理由だろう。ここ以外は危険・・・。実際は本人に聞かなきゃ分からないけど、クースをテントから連れ出したのも、そういうことと関連があると思う。」
アレスにそう答えながらも、ミムはこのブロックに或る思いを抱いていた。やはり、あのモニュメントは妙に印象に残っている・・・。古代趣味のクースの影響といったものではない。俺は、私は、いつもあれを見上げていた・・・。それに、今、アレスの座っている階段。この階段にもなんとなく見覚えがある。あのときは一段ずつ上がるのがやっとだった・・・。
船内の高所との移動はほとんどがスロープだ。それも浮上式パネルに乗って移動するための磁力装置の基盤が埋め込んであって、角度も急だ。もちろん、人が徒歩で利用できるものではない。だが、この場所は、緩やかなスロープで済む高低差にわざわざ段差をつけて人が歩いて利用できる状態にしてある・・・。これらのものに対する自分の思いの奥底にあるのは、旧式ブロックの特徴への感慨や驚きというものではない。
デジャブだ・・・。このブロックの風景は見たことがある・・・。
しかも比較的はっきりと浮かぶのは、全てが横向きになっているイメージだ。まるで寝そべって見ていたような風景、自分の眼に横向きに映っている世界・・・。小さな手が見えている。それは自分の手だ。懐かしさに包まれ、不思議な安堵感からうっすらと涙が滲んできた。自分の足元をチラッと一瞬見ている・・・。今の世界ではほとんど見られないクラシックな服装だ。小さなスカートのすそが冷たい風に幽かに揺れていた・・・。少女の自分は親を知らぬままに育っていた。その点は今もあのときも同じだ。それでもあの時の自分は多くの温かい人たちに囲まれて幸せだった。幸せなまま、眠るように数年の生涯を閉じた・・・。何とも言えない清々しさ・爽やかさ、ほのかな感動、それらが綯い交ぜになった思い・・・。
・・・実は来たときから気づいていた、俺はかつてここにいたんだ・・・、そして今戻ってきた。
過去の自分が見ていた風景。俺は、私は、この辺りで倒れていたんだ。横になりながら見えていたもの・・・・それが、あのモニュメントとこの階段・・・。あの時と違うのは、ここのパネルの機能がほぼ停止していること・・・あのときパネルは心臓の鼓動のように稼動し続けていた・・・。

「確信がもてたよ。絶望的な確信だ。」ミムはぽつりと言った。
「なんだって。」
「システムは間違いを犯している・・・。この氷河期は終わらない。せっかく生き返った都市も永遠に氷漬けになるんだ。いや、ここだけじゃない。全てが凍る。全てのパネルシステムは停止する・・・。」ミムは、これまで思っていたことが現実になることを認めざるを得なかった。
「・・・そんなことか。俺もそう思ってたよ、ただ確信とまでは。」アレスがあっさりと答えてきた。「でも、お前がそこまで言うなら、ほぼ間違いないだろ。お前の判断はコンピュータよりも的確だからな。」アレスは苦笑していた。
「俺達にどこまで出来るかはわからない。ただ、氷河期も眠るはずの無いパネルシステムが停止するということは、船内の生命はジ・エンドということだ。それに抗うのが生きてる俺達の務めなんだと思う。」
そのとき、二人は傍らに人型のものを見た。とっさに身構えてしまった。とは言っても、丸腰の二人だ。相手を睨みつけるのが精一杯だ。その表情はすぐさま、穏やかになった。
「遅いよ・・・、いつまで待たせるんだ・・・。」マルケスが少し笑みながら寝起きの表情で立っていた。
「俺は待ちくたびれてたんだ。」マルケスの目にうっすらと光るものがあった。笑んだ顔がくしゃくしゃになりかけていた。擬似空間の空が白み始めていた。
クースの造った携帯パックは完璧に二人の体を守っていた。ミムはマルケスにも携帯パックを渡した。彼は部分的に寒さを感じるようになってきていた。冷え込む部分に時折、パックを押し当てていた。
「俺は化け物になるのかと思ってさまよった。化け物になるなら死んだ方がましだからな。でも、低温は俺を倒さなかった。技官の奴は凍っちまったが、俺は生き延びろということなんだろう。俺の体質が完璧に一致したのさ、ウイルスと。あのウィルスはパネルの仕掛けた氷河期対応用のウィルスだ。最適者との感染で最大の効力を発揮するらしい。つまり、化け物なんかにゃなら無い。体質との合致がねらいさ。」
「どうして。ここに留まったんだ。」ミムが聞いた。
「簡単なことだよ。腹が減った。動いたらまずい。そして、本当に動けなくなった。空腹でな。それに、完全に凍った世界じゃ俺も生き延びられない。それで・・・。」
「クースをなぜここに連れて・・・。」ミムはマルケスの言葉を遮って聞いた。
「おい、ミムらしくないな。これから、それを話そうってのに。」
「ミムはクースのことが一番大切なんだよ。俺もさっき、洒落になんないこと言って、胸倉掴まれたよ。」
「ミムがそんなことを。」マルケスが驚くように言った。
「余計なこと言うな。」ミムが冷たい空気を吐き出しながら言った。
「へぇ、冷静さがとりえのミムがとはねぇ。」
ミムはそっぽを向いた。
「まあ、順番に話させてくれ。」マルケスの言葉にアレスがうなづいた。
「中心部へ近づくほど特異体質が多かった。体表が冷えても内部が温かいんだ。ただ・・・。彼らは実験体だった。」
「どういうことだ。」アレスが聞き返した。
「クローンだ。俺は自分の変化の原因を知りたかったから、こっそり彼らの汗を採って体液をセンサー比較したんだ。そしたら、デオキシリボ核酸の個体識別反応が俺達とは異なっていたんだ。先代の遺伝子がどの系統のものなのか、短期間の組み換えがなされていたようではっきりしなかった。俺達の遺伝子には祖先の代からパネルが管理しやすいように識別符号が組み込まれているが、彼らにはそれが無かった。ウィルスに故意に感染することとパネルの個体管理システムから抜け出ることで生き残ろうと考えていたようだ。」
「パネル管理からの解放か。今、俺達がやろうとしている生き残り策と似てるな。パネルから逃れるか、パネルそのものに介入するか。いずれも相手にするのはパネルだ。」アレスが言った。
「そうだな。でも、疑問もあるよ。パネルが管理するウィルスは識別符号の無いものには感染しないんじゃないかってこと。」マルケスが言った。彼はパネルが理想とする体質の合致を手に入れたのだと思っている。だから、自分は生き残っていられるのだ、そう思いたかった。
「確かにな。そうでなけりゃ、パネル管理に不都合な個体が生き残ることになるからな。でも、彼らはウィルスそのものに手を加えたんだろう。憶測だけどな。」アレスがマルケスに答えた。
「・・・そうだよな、ただ不思議なことは他にもあるんだ。」
ミムもマルケスの方を見た。
「実は、この辺りの通常タイプの人間も数世代前の遺伝子情報がはっきりしない。クローン的な要素が目立つんだ。」
マルケスの話を聞いて、しばらく考えてから、ミムが話し出した。
「船の深部ほど惑星出発時の温室育ちの遺伝子を受け継ぐ人種が多かったんだろう。つまり、宇宙環境に対して耐性の弱い人間が多かった。だから、耐性の強いクローンと共存する。そういう選択をしたんだと思う。クローン人種も通常の人種も、互いにその違いに気づかぬまま、混血を繰り返してハイブリッド化していくんだ・・・・。」
「つまり、種の生き残りをクローンとの共存にかけたということか。」マルケスが言った。
「そっちの方がパネルへの介入より現実的で賢い選択とも言えるな。」アレスが言った。
「どうして。」
「パネルは俺達を把握している。おかげで激烈な宇宙環境から守ってくれたり、人口増加と共に新ブロックを造ってくれたりした。そのパネルに介入するのは本当は利口な方法じゃない、ということさ。」アレスが言った。
「俺達の祖先はこんな仕組みまで造って、何のために宇宙へ出たんだろう。」マルケスがつぶやいた。
「今、そんなこと考えてる余裕は無いぞ。パネルは低温化による絶滅を効率的に行うことに識別符号を利用してる。何らかの要因でスイッチが切り替わったんだ。俺達はとにかくそれを突き止める。そうすりゃ、マルケスの答えも見えてくるんじゃないか。」アレスが言った。
「最初は俺達を守るためで凍らせる為じゃなかった。でも、予定が変わって凍らせる対象にスイッチされたってことだな・・・。」マルケスが言った。

ミムは膝を抱えるように座りながら、組んだ手を口の辺りにもってきて少しいらいらしたような眼でマルケスを一瞥した。マルケスはミムの視線に気づいた。
「ごめん。話が長くなったな。ミムが知りたいのはクースのことだったな。」マルケスは白い息を吐きながら話し続けた。
「ミュータント実験はうまくいけば理想的な人類の誕生となる。交配によって心身ともに完成されたものも少なからずいたようだ。でも、中には失敗作も出てくる。体内の発熱作用のリミッターを人為的にはずすんだからな。まぁ、失敗自体は淘汰の一つの形だろうが、その後の彼らは過酷な状態に晒される。体温上昇で猛烈な渇きを感じた彼らは水と食糧を求めてさまよい出したんだ。しかも、脳中枢にも影響が出て人としての倫理や判断が徐々に低下し暴徒化していくんだ。あのブロックではそうした連中を拘束して管理していたようだが、それは失敗の兆候が明らかに現れてきた場合のみだった。表向き、人権擁護を重んじていたからだ。実際は実験体の変化の長期的観察と社会性崩壊の過程をデータ化するのがねらいだったようだ。結果、都市は治安が悪化し暴徒の溜まり場はスラムになっていった。政府機関はそのスラムそのものも観察対象としていたので特に対応策は練らずに漫然とデータ収集にのみ執心していた。その間に成功した実験体が暴徒達によって淘汰されていった。成功した適合タイプの人たちは理性的でコミュニティを大事にしていたけど、暴徒化した連中は本能的で弱者から奪い取ることに抵抗感が無かったんだ。為政者はだんだん無気力になっていった。それで、俺はあのブロックを出て、このブロックにいることにしたんだ。それでも、暴徒の何人かがこの辺りを徘徊してきたんで追い返したよ。」
「追い返した?」
マルケスは握りこぶしを見せた。
「ま、力ずくでね。誰でも痛いことは嫌いだからな。」
「なるほど。単純な反応だな。」アレスが言った。ミムは相変わらずだ。
「で、何度目かに奴らを追い返したとき、ゲート越しに連中の『テント、テント』とつぶやく声が聞こえたんで後を追ってみたのさ。ピンと来たんだ。誰かがこの辺りに探索に来ている。そしたら、案の定、通路に球形テントが見えた。」

マルケスはこのブロックからミュータント達を追ってきたのだ。

「テントにいるのが誰かは分からなかったよ。それで遠巻きにして見ていたんだ・・・・。」

中で眠っていたクースは不意にミュータントに襲われ動転した。ミュータントは水が欲しかったんだろうが、目的物を一心不乱に求めるのだから、彼女は悲鳴を上げる。そこにマルケスが駆けつけた。この二人のミュータントを追い返したところで仲間を連れて、またやってくるだろう。マルケスはクースを見るや、自分の証明になるものを咄嗟にテントに投げ込んだ。それが、シートだ。そのまま、マルケスはクースを連れて塒に戻ったのだ。それから、クースはマルケスの停泊しているブロックにずっと避難していたわけだ。末期的症状にあったミュータント達は水も食糧も無い通路であっけ無く絶命した。それを俺が発見したんだ。

そして、マルケスは、ここ以上の深部に自信の肉体が耐えられないと知り、俺やアレスたちの到着を待つことにしたんだ・・・。


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