ミムは無重力の中を疾走した。跳躍距離を最大限に伸ばそうと、もがく様に疾駆した。 倒れていたのは、二体のミュータントだった。ゲートの傍に座り込んでいた者と同じく体表が赤くなり溶解しかけていた。環境耐性アップのために遺伝子操作されたクローンだ。クースによると彼らの2世代以上前の情報ははっきりしないらしい。
ミムはテントの中を覗いた。クースは居なかった。
どういうことだ!!
クースは二人に驚いて逃げ出したのか。 だが、逃げるなら俺のいる下方に来るはずだ。
ミムはこういう時こそ、冷静にならねばと自分に言い聞かせた。とにかく、クローンはその場で倒れている。クースが傷ついた形跡やテント内が荒らされた様子は無いようだ。外に出て、さらにミュータントの状況を調べた。飢餓状態にあり、脳が自壊しているようだった。 凍りついたブロックから実験ミュータントがさまよい出てきているのか。感染によって脳による自制が利かず、食糧を求めてうろついている。やがて、体温上昇と空腹で力尽き、果てる。 クースなら彼らに栄養補給チューブを差し出すだろう・・・いや、彼らは既に壊れているから意思が通じないか・・・それともウィルスの感染を恐れてテントから這いずり出てしまったのだろうか・・・。
ミムはテントの中に入り、もう一度、隅々をチェックした。 「これは・・・。」ミムはテントと同系色の薄い円形シートを見つけた。手の平大のそれはシールド発生装置だった。稼動すれば全身を薄い膜で保護してくれる。 「これは、もう使えなくなっている。どうしてこんな物が・・・」 その時、携帯センサーが反応した。発信音からしてまだ距離は遠い。アレス達が下方ブロックから引き返して来たのかも知れない。ミムは1時間ほど前にアレスたちと交わした会話を思い出していた。
「ミムの思ったとおり、下は寒そうなんで最初は層を並行に探索していたんだ。ところが、アレスの放射線焼けがひどくなって下方に向かうことにしたんだ。」ソゴルはアレスの方をちらと見てから続けて言った。 「マルケスが下方にいると考えたのは勘だよ。実際は、下層の方が少しは放射線が弱いかなと思ったのさ。それとパネルへの介入さ。アレスはそっちの方がほんとの目的だったんだよな。」 「まあね。俺も一応はコンピュータ技師だしね。考えたことはミムと同じだよ。」アレスはミムの方を見た。 「そしたら、お前のイニシャルを見つけたんで、この先、戻るか進むか迷ってたんだ。でも、戻ったところで事態は変わらないだろ。だから、俺は進むことにした。それでいいんだよな、ソゴル。」 「ん、ああ・・・」 「じゃ、二人ともマルケスの足取りはわからないんだな。」ミムは二人に言った。 「いや、つかめてるよ。ある程度ね。」アレスがゆっくりと言った。 「教えてくれ!」 「あいつも考えは俺達と似たり寄ったりだな。中心部に行けば自分の体の謎が解けると思ったんだろう。」 「だろう・・・と言うのは?」 「俺達の向かったブロックであいつと一緒だった技官を見つけたのさ。もう息はしてなかったけどね。」 「彼には気の毒だが光消去前に間に合ってよかったよ。」 「ブロック住民の大半は消去されたらしく、外部から来た彼の消去には少し時間がかかっていたみたいだ。」 「パネルが消去対象として認識するのに時間がかかっていたんだろう。それが幸いした。」 「彼はメッセージチップを持ってたのさ。マルケスは旧式パネルの人物等認識機能の遅延に期待したんだと思う。それで全てがわかったんだよ。」
・・・・3ヶ月ほど前、アレスとソゴルは中心部に向かっていた。アレスの目的は初期コンピュータへの介入。ソゴルの目的は父の悲劇を繰り返さぬためにマルケスを発見し、その体質のデータを入手することであった。彼らは、表層から40層ほどの深部にたどり着いたとき、ミムの発光イニシャルを見つけた。ミムは星空の調査も含めて一つの層に一週間ほど滞在していたが帰路はどこにも立ち寄らず帰還したので1年で戻ってこられた。だが、後発のアレス達はイニシャルの発見後も付近に滞在し、さらに中心部に向かおうと考えていたのである。
「このブロックにマルケスはいなかったよ。」クースの携帯パックをしっかりと体に着けたアレスが言った。 「技官は凍りついたまま、ゲートの側の階段に座り込んでた。彼は怪我をしてたらしいよ。たいした怪我ではなかったようだけど。」パックをぶらさげるように無造作に携帯しているソゴルが言った。パックは体に接している限り、効力を発揮している。 「話したいだろ。」アレスが指でつまんだメッセージチップをミムに渡した。 「通路なら通常の機械も正常に作動する。これを持って行きなよ。」アレスは読取機の端末をミムに渡した。 「いいのか。」 「俺にはパネル介入に用意したのがある。必要なときにはそれに細工してチップでも何でも読み取るさ。」 「ありがとう。後からクースと行く。」
「ああ、頼むよ。僕らはクースのおかげで分子振動パックを携帯できたからなんとか生きてられる。」 「超古代文明の電子レンジがシステムに影響されないのを見つけたのはすごいよ。」アレスとソゴルが探索に出発した頃を思い出すように言った。 「それも、時間の問題だ。俺が思うに、船の意思は人類の絶滅だと思う。」ミムがつぶやくように言った。 「お前もそう思うのか。」アレスが言った。 「今、システムは俺達の生存している条件を猛スピードで計算しているってことだな。」ミムの言う時間の問題についてアレスは的確に察していた。 「多分。」 「ということは、この船が出来たときにはパネルに古代の道具のデータが入ってなかったということなんだな。」ソゴルが言った。 「そうさ。完璧と思われていたパネルにも、不足している情報があったということだよ。今期の氷河期の目的完遂においては欠陥があったということさ。そこに介入の余地がある・・・あくまで勘だけどね。」アレスが言った。 「今は、パネルがクースの装置の情報を見つけ出せないことを祈るだけだな。」ミムが言った。
ミムは二人と分かれて、ゲート傍の通路に出た。 メッセージチップには、マルケスの記憶がインプットされている。 ミムは装置に映るマルケスと対話を始めた。 「技官はなぜ凍ったんだ。」 「出血のせいだと思う。低温耐性を保つのに必要な一定量のウィルスが体外に出てしまったんだと思う。」 「だけど、傷は小さいと。」 「たぶん、全身がウィルスに乗っ取られるぐらいの濃度が必要だったんだと思う。彼はたちまち凍り始めたよ。ちょっとしたひっかき傷だったんだけど。俺達は特殊なウィルスに感染して、たまたま体質が合致して低温耐性が高まったらしいんだ。この辺りの防疫官がそう言ってたよ。低温化が顕著になってからそういうのを何人か見たってね。感染経路は不明だってさ。でも、ミムはもう気づいてるだろ。」 「ゲートの噴出孔だな。」 「その通り。氷河期にしか現れない。」 「彼はなぜ、あんな人目のつくような所にもたれていたんだ。言葉は悪いが晒し者の様だったぞ。配慮してやら無かったのか。」 「意識がなくなる前に自分自身がメッセンジャーになるからと言ってゲートに向かって進みだしたんだ。分子分解の光は中心部から拡散してきているから少しでもゲートよりなら自分の体はしばらくの間、目印になっていられると言って・・・・・。俺との同行で体の謎が解けたって感謝してくれたよ。でも、本当はまだ生きたかったと思う。俺は止血してやれなかった。それほどでもないと思ってたんだ。だから、俺はなんとしても中心部に行って、この氷河期を止めたい。できなければ、パネルをぶち壊す。そう思った・・・。でも、それじゃ全てが終わっちまうよな。それに体がもう耐えられそうに無い。だから、俺はこの辺りのブロックでお前達を待つことにするよ。パネルの介入にはアレスの力が要るよな。ミムの冷静な判断も、ソゴルの船の構造についての知識も・・・。とにかくお前たちに期待してるよ・・・。」
ふと、我に返ると、人影がはっきりと見えてきた。近づいてくるセンサー反応の主は、やはりアレスだった。ソゴルはいなかった。さらに先へ進むと言っていたが何があったのだろう。
アレスはミムの顔を見るなり、まくし立てた。 「二つ奥のブロックでソゴルの携帯パックがゲートフックに引っ掛かった! この辺りの極低温ブロックじゃ、一瞬で体内が凍りつく。 空からは幾筋もの白光があちこちから降り注いでた!! 俺はソゴルに『動くな!止まれ!!』って言ったんだよ。なのに、あいつ、普段の顔で『えっ。』と聞き返してきたまま、動かなくなっちまったんだ。」 「ソゴルが?!」 「あいつ、何も気づかないで、いつもの調子で、そのまま進もうとしたんだ。そんとき、あいつの体からパックが外れて、瞬間に眼を見開いて、そしたら、あいつの体内から凍りつく音がして、まぶたが半開きになって!黒目がそのまま凍りついて!!」 「落ち着くんだ!アレス!!遅かれ早かれ、俺達もそうなるかも知れない!!・・・・、問題は全てのブロックの生存率が0になりそうだってことだ。全てが終わってしまいそうだってことだ。俺達はその原因を見極めなくちゃならない。可能な限り、阻止しなきゃならないんだ。」 アレスは悲しみと恐怖の入り交じった眼でミムを見た。への字に閉じた口元には悔しさも滲んでいた。
どんよりと厚い雲に覆われたような深閑としたブロックの中でソゴルは一人、微動だにせず佇んでいた。はるか遠くに見えていた一筋の光が消えた瞬間、ゲート近くのソゴルの上に降り注いできた。ソゴルは光と共に粉塵となって舞い上がった。彼もまた、父と同様にして闇へと還っていった。ここは、まさに人類終末のブロックであった。
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