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作品名:ボイジャー 作者:ふ〜・あー・ゆう

第19回   19
「どうしたんだ!」ミムは声を上げた。
「ミム!!」咄嗟にクースに手を引かれて、ミムはブロックの外に出た。
通路の隔壁が降りてきた。ゲートが見えなくなった。

通路上方の小さな窓に巨大な影が見えた。
「なぜだ!どうしてだ!!」ミムが叫んだ。物凄い轟音と共にブロックが切り離され宇宙空間に放出されていった。

「今のブロックに重大な問題は無かった。1年前と変わらず、凍りかけていただけだ。武装の形跡も無く、大きな事故も悪性ウィルスが蔓延した状況も無かった。なのになぜだ。もし、あそこにアレス達がいたら!!」
クースはミムの手を握りしめたままだった。震えていて、声が出ない。

やがて、ミムは冷静さを取り戻した。
「・・・ありがとうクース。やっぱり君がいてくれてよかった。脱出するのがもう少し遅れてたら・・・・。」ミムは背筋に冷たいものを感じた。クースは震えながら、ミムを見つめていた。
そのとき、再び轟音が響いた。通路上方の窓を見た。斜め前方の空間に2、3のブロックが浮遊しているのが見えた。
「一体、どいうことなんだ!!」
「・・・い、今のブロックは放射線が強かったわ。」クースがやっとの思いで口を開いた。
「えっ。」
「たぶん、シールドがはずされていたのよ・・・。」クースは放射線で変色したガイガーシートを見せ、手袋をはずした。手が赤く腫れていた。
「放射線のせいか。」
「私、新しい世代の割に過敏症みたいなの。でも、それでおかしいなって思ったの。逃げなきゃって。」
「ほんとうに助かったよ。とりあえず、少しでも安全な所まで行こう。」
二人は分岐点まで戻った。

「ちょっと頭を整理させてくれ・・・。」ミムは考えるふりをしながら意識を解放した。音は物凄い勢いで自分達のブロックの方へ流れている。前方の数ブロックのデータがミム達のブロックのパネルへと避難している音だろう。それに混ざって、なぜか液体の流れるような音も聞こえていた。ドロドロとした物がデータ信号を追うように流れていっている。
「私達のブロックはだいじょうぶなの。」ミムはクースの声に呼び戻された。
「パネルが正常なら多分。」
「でも、正常じゃないんでしょ。」
「多分・・・。」
「進むの・・・。」
「ここにいても何も変わらない。」
ミム達は下層ブロックに向かった。上方でまた轟音がした。データは表層の特定ブロックに注ぎ込まれているようだった。それは、多分、ミム達のいたブロックである。切り離しは表層部のみで起きているようであった。船の形状からすれば放出措置が障害物の無い表層から行われるのは当然であろう。放射線シールドの解除後に放出するのは内部の生命に対する情けからなのか・・・・、それにしても目的がわからない。ミムは混乱するばかりであった。表層部は危険だ。とにかく、中心部を目指すしかない。


ミムはクースを連れて、前回の探索では凍結の恐怖から侵入を諦めていたブロックに到達した。パネルは二人の体に複数接している超ローテク小型発熱装置の認識に手間取っているらしく体温は下がらなかった。ここでもセンサーの反応は無かった。二人はさらに深部に向かった。ゲートの前で二人は発光イニシャルを見つけた。

「ゴー・アヘッド」

アレス達のものだった。表層部の探索を進めているという予想が外れた。彼らは二人だけで冷却の進む深部へ向かったのだ。二人を深部初期コンピュータとの遭遇へと駆り立てたのは、父を救えなかったソゴルの思いとコンピュータ技師のアレスの意地だろう。

ミム達は急いで深部へ向かった。すでに、30階層は過ぎていた。通路の分岐点からさらに下方のゲートに向かう。そのとき、ゲートの手前に座り込んでいる人影が見えた。近づいて二人は息を飲んだ。上半身が裸のその遺体は表皮がうっすらと赤く、部分的に溶解していて近づくと体温の温かさが感じられた。しかし、微動だにせず、生体反応は無かった。クースが機器を使って色々と調べてくれた。
「俺は度胸だけだな。いざというときはいつもクースに助けられてる。」ミムはクースが調べるのを見ながらつぶやいた。
「でも、ミムがいなかったら一歩も先へ進めてないよ。私はずっとあそこにいて終わりを待つだけだったもの。」
検査結果が出た。
「この人はウィルス感染が濃厚ね。変異体の可能性が高いわ。症状が進んで自壊したのかも・・・。でも・・・。」
「どうしたんだい。」
「遺伝子がちょっと違うの。履歴を探ってみたけど、先々代の情報がはっきりしないの。」
「自分より前の世代が明確でない・・・クローンか。」
「感染も意図的に行われたのかも。実験として・・・。」
「低温化で生き残る方策の開発のためか、それともウィルスの危険度を試すためか・・・。」
「私達・・・先に進んでいいのかしら・・・」クースが少し脅えるように言った。
「進むしかないんだ。変異した人類を目の当たりにしようと・・・・。マルケスは実験クローンなんかじゃない、変異体でもない。偶然、ウィルスを浴びただけだ。実験体のように短命だったり、周囲に感染させたりということは無いはずだ。」不安を抱きながらもミムは言い切った。
「・・・そうね。戻ったところで何も変わらないよね。」クースがミムを見つめて言った。

4日が過ぎた。船は巨大でそう簡単には中心部に行き着かせてくれない。移動続きの日々に疲れが目立ってきたクースが通路に座り込んだ。睡眠が充分に摂れていない。眠りはするのだが幾度か眼を覚ましてしまうようだ。
「ここで休んでいてくれ。俺がゲート内をセンサーしてくる。何も無ければ、今日はここで眠ろう。」
クースは疲れた様子でこくりとうなづいた。
ミムはクースを抱いて球形テントに寝かせた。クースはケースからチューブパイプを引き出し栄養補給を始めた。
「1時間ぐらいで戻ってくるよ。静かに休んでてくれ。」そう言って素早い跳躍を繰り返しながら、ミムは下方へと降りていった。

このまま、中心部を目指せば、初期コンピュータに出逢えば、状況は変えられるのだろうか。ミムにも確信は無かった。
初めは、船外への脱出も考えた。しかし、それは、死も同然だ。小型船の中で死を待つだけだ。万に一つ、亜空間に飛びこめたとしても惑星のある空間にワープアウトできるとは限らない。いや、果てが有るかも無いかもわからないこのあやふやな宇宙空間の中の、極小の空間に閉じ込められて生きてきた、存在してきた・・・・と思っている俺たちにとって、どちらの空間で死を迎えようがそれは大したことではないのかも知れない。結局、安住の地なんて見つからない。・・・死は怖くは無い・・・。過去に経験している、多分・・・。
怖かったのは、1年前のあの日限りでクースと別れてしまうことだった。今はクースが傍にいてくれる・・・。
コンピュータへの介入が不可能なら二人での脱出も選択肢かもしれない・・・。
ただ、広大な宇宙の中でも、人としての生命が誕生できる場所は限られている。これまでの旅の歴史がそれを物語っている。これだけ果てしない時間を費やしても、人が住める場所は限られているんだ。だから、間違ったステムをこのままにしてはおけない。ここに生まれ来る命は間違ったシステムの中であっけなく終わる。あるいは、船自体が死の惑星と化し、宇宙のオアシスが一つ消えてしまうんだ。
また生まれ変わるとして、よくわからないけれど、死で全てが終わりなのかも知れないけれど、仮に生まれ変われるとして、ここにまた生まれ変わるのだとしたら、こんな状態の中に生まれてくるのだとしたら、絶対にごめんだ。こんなことの繰り返しはごめんだ。
だから、この状態を今生きている自分が、今この時に生きている自分たちが修復しておくしかないんだ。船の環境システムが生命維持を出来るように修復するんだ。少なくとも人類という種が自然な時の流れのうちに滅びるまでは正常に機能するように。

ミムは自らの迷いを打ち消しながら下方のゲートに入って行った。
そのとき、上方からクースの眠る球体テントに向かって、何者かが力なく降りてきた。

ミムは1時間とかからずに調査を終えてゲートから出てきた。
「クース!アレス達が見つかったぞ!!」ミムはクースに呼びかけながら下方から昇ってきた。
「マルケスの足取りも掴めた!マルケスは上だ!!」湾曲した通路の向こうに球形テントが見えてきた。
その瞬間、ミムは凍りついた。
テントの傍らに倒れている人影が見えたのだ。


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