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作品名:ボイジャー 作者:ふ〜・あー・ゆう

第17回   17
 マルケスの探索開始から1年が過ぎていた。凍りついた都市にミムは戻ってきた。
 ブロック内はうっすらと明るく、明け方に向かっていた。
ミムは住居セクションに向かって歩き続けた。
 移動装置は連続使用のため、オーバーヒート状態で到達ポイントとの誤差がひどくなってきていた。稼動エネルギーはパネルから供給されているのでパネルが完全に停止しない限り、使用不能になることは無い。ミムは通り過ぎることにならないよう、目的地のかなり手前にポイントをセットして移動した。
 やがて、懐かしい風景が見えてきた。しかし、球体住居は、数ヶ月前に見たブロックと同じように地面に転がり、凍てついていて、出入り出来るような状態ではなかった。都市の建物全てが凍てついていた。古臭いコールドスリープカプセルまがいの装置がいくつか建物の隅にほったらかしになっていた。氷河期が過ぎるまで眠っていようと考えたのだろうが気が変わったのであろう。放置されるままになっていた。
体の内部が冷える速度はあのブロックほどではない。人々は建物の中に閉じ込められているのだろう。備蓄食糧も、それなりに配給されたはずだ。
・・・とは言え、生体の分子振動が制御されるようになってきているのは間違いない。畑は完全に凍ってしまっていた。
食糧プロジェクトはどうなったのだろう。
俺はこのまま、住居に入れず凍えるしかないのだろうか。

休息や睡眠をほとんど摂らずに船体中心部周辺から一気に帰還してきた彼はひどく疲弊していた。

・・・クースを探すんだ。

クースは多分、このあたりにはいない。中央局の避難勧告が出たとしても、彼女はあそこから動かないだろう。
クースは都市があまり好きでは無かった。
彼女は神秘的なものに惹かれるところがあった。
それで、都市郊外の原野に有史以前、私達の祖先が旅立ったという幻の星「地球」の古代建造物を再現した小規模住居に住んでいたのだ。
彼女は、あそこで俺を待っていてくれる・・・。

ミムは、どこかのブロックで見たような凍結した地面をひたすら歩いた。いつもは移動装置で通過していた区域だった。広大な滑走路のような人工的な地面は、いつ終わるとも知れなかった。

やがて、地面は土の表面が凍った、このブロック独特の凍土に変わり、300メートルほど先に氷のオブジェのようなクースの住居が見えてきた。屋根と壁が区別されている不思議な建造物は、すっかり凍りついている。

とたんに、彼は自分の歩みが急に遅くなってくるのを感じた。凍える。なぜだ。力がもう無いのか。疲れた・・・。眼を閉じた。システムの音が微弱だ。でも、ここはまだ大丈夫だ。手を耳に当てる。血流の音を聞くのではない。自身の体の分子振動を聞くためだ。ほんの僅かだが静かになってきている。
でも、まだ大丈夫だ。やはり、これはシステムの異常だ・・・。人体に影響が出るなんて・・・。

大変なんだ、クース。クース・・・。彼は意識を失いかけていた。

 過去の記憶が鮮明になる。光に包まれて体は無くなる・・・。凍った街では誰も骸を葬ってやれない。だから、パネルが優しい光で包んでくれる・・・。

記憶がさらに遡る。見たことも無い青い星を見つめながら、見覚えの無い船内にいる・・・なぜ、この星を旅立つのだろう・・・白い部屋・・・膨大なデータを確認している・・・種の保存についての様々な方法のデータ・・・なんのために・・・。

・・・これは、俺の命の履歴を見せられているのか・・・。

俺は闇に還るのか・・・今の自分はもう船内にはいないのか・・・・いつの間に光に包まれてしまったのか・・・気づかなかった・・・体があるのか無いのか、わからない。このまま、思いの中に沈んでいけばいいのだろうか・・・。
もう抗う気力も、もがく力も無い、とても眠い・・・。

 誰かが走り寄ってきた。辺りは真っ暗になった。


 眼が覚めると、そこにクースの顔があった。
「間に合ってよかった。」本当に安堵したと言う感じでクースは言った。眼に涙が滲んでいる。表情は自分と同じぐらい、疲れ切っている様にも見えた。
「クース・・・、ありがとう・・・。」再び戻ってこられたうれしさにミムも歓喜の涙が滲んでしまった。死は怖くは無かった。時の流れの中では自然なことだから・・・。でも、あのまま別れになるのが怖かった。ミムは、今、そう感じていた。
クースの部屋は暖かかだった。
「お疲れ様・・・。窓に貼ってあるマクロスコープシートで毎日、外を見ていたの。でも、すぐに外に出られなくてごめんね。」クースは1年前と変わらず、何気ない会話をするようにミムに言った。
「急いでそのまま、出てきたりしたら、たちどころに凍ってしまうかもしれないよ・・・。俺は、大丈夫・・・。」
元の日常が戻ってきた感じだった。何よりもこうして普通でいられる日が戻ってきたことが、とても幸せに感じた。
この1年、クースにも、いろいろなことがあったはずだ。でも、今、こうして会話をしていると一年前の続きが当たり前のように始まっていて、この1年間のことがまるで無かったような夢の中のことであったような気持ちになる。
だが、ふと窓外に眼をやると、外の凍てつき様は、やはり尋常ではない。当たり前なのだが、クースも以前よりは塞いでいるような感じだ。
ミムはベッドから起き上がった。思ったより体が軽く、意識もはっきりしてきた。この部屋で、しばらく眠っていたのだろう。立ち上がって窓際に近づく。凍てついた世界が一面に広がっている。
「本当に大丈夫なの。」クースは心配そうにミムを見た。
「大丈夫!」とたんにミムは崩れ落ちた。
「ミム!!」クースが駆け寄った。
ミムは、片目を開いてベロを出した。
「大丈夫だって言ったろ。」言うなり、ミムは立ち上がった。
クースは大きな眼に涙を浮かべながら怒りと哀しさの綯い交ぜになった瞳でミムを見た。
「ひどい・・・!」
クースの声は小さく、か細く震えていた。
ミムはクースを抱きしめた。
「ごめん・・・、なんだか1年間のことが無かったように思えて・・・。船の問題も忘れたくなって・・・。」
「・・・・」
「洒落じゃすまないよな。いつも勝手でごめん。マルケスを探しに行ったときも・・・。」クースはミムにもたれたままになっていた。
「君がいなかったら俺は・・・還ってこれなかった。」
外は薄明のままだった。日照システムがほとんど作動していないのだろう。

二人はゆっくりとベッドにたおれこんだ。
薄明は、いつしか薄暮へと変わり、やがて星々が瞬き始めた。


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