ミムは部屋に戻ってきた。クースが脳内モニターで古代の資料を見ていた。眠るようにして脳内に映される各種のデータを楽しんでいるのだ。自分もスイッチを入れた。クースと同じデータが流れ込む。やや大きな直方体の建造物が林立する古代の都市でクースを見つけた。 「あいかわらず、神秘的なものが好きだね。」ミムは街角でクースに声をかけた。 「ほんとにこんな所に私達の祖先が暮らしていたなんて不思議なんだもの。」クースは建物を見上げて歩きながら答えた。 「古代のデータには学者が考えた作り話も加えて再現してあるからどこまでほんとかわからないよ。」 「いいのよ。御伽噺みたいで。」 「固定された固体の住居群なんて、あまり神秘的な感じがしないんだけど。」 「だから、そこに住む不自然さがいいのよ。っていうか、ほんとはそっちの方が自然な感じがしてる。」 「わかんないな。俺は今の球形浮遊体タイプの方が神秘的だな。縦にも横にも増殖できるし。」ミム達ブロック内住人の通常住居は、ブロック内の全方向から出力されている磁力により、宙に浮いている。各方向の出力の調整によって住居の浮遊位置が定まる仕組みになっている。拡張伸縮自在の磁力式エレベータがそのまま住居になっている感じである。 「ミムが変わってるのよ。今に神秘を感じるなんて。」 ミムには、うっすらと遠い過去の記憶がある。彼は、音とリンクして思い出されるイメージが、生まれる以前のものなのだろうと感じ始めていた。それが、今を目新しく感じさせているのかも知れない。 「君も変わってるよ。わざわざ土の上に古代の小規模建造物を再現して、しかも、そこに住んじゃってる。あやしい博物館に住んでるようなもんだ。」クースの後を歩きながら、ミムは少し大きな声で言った。ブロックの人口は管理されていたから希望に応じて住居を確保できるのだが、たいていの者は都市での居住を希望する。好んで、大昔みたいな生活をする者はいなかった。以前、クースは、遠い祖先の記憶が残っているからよと言っていた。本当かどうかはわからないが、俺の音の記憶も似たようなものなのかもしれない。 「だから、神秘的なのよ。」クースは当たり前のように言った。彼女は、都市近郊の丘の上に古代の伝説の地ロシアの中流階級の屋敷とやらを再現して住んでいる。そんなものが本当に存在したかは定かでないが、直方体の住居群よりは有機的な感じで、まだましな感じはした。ただ、彼女は直方体の群れもロシアの屋敷なるものも、どちらも神秘的だといっている点で矛盾があるとミムは思っていた。 「俺は博物館の中じゃ落ち着かないな。」 「違うのよ。地面に建っているからいいの。そこから動かないことが。土に接しているっていうことが。」ミムは、なるほどと思った。地面と一体化した建物。惑星に定住していた頃の記憶がクースの中に強く受け継がれてきているのだろう。そういう意味では彼女も自分と同じく遠い過去の記憶をもっている特異な存在なのかも知れない。 当然のことだが、彼女の世界に入る度に、温かな感情が彼女に向かって流れ出していく。 だが、そろそろ言い出さなくてはならない。面と向かって言うよりは、この都市の中で言った方がよいと彼は思った。 「ちょっと待って、クース。」建物の中の広いフロアーの中を小走りに駆けていくクースをミムは呼び止めた。 「クース。俺はマルケスを探しにいくよ。局側も承知なんだ。とりあえず、新農場の目途もついたし、局も一人の人間にかかわってられる余裕は無いみたいなんだ。」 「局では、探してくれないの。」 「しているようだけど、実際は後回しになってるようなんだ。」 「そんなに大変なときに、なぜあなたが任務休止の許可を受けられたの。」 「マルケスの住居の隣人たちが少し不安になってきている。考えていることはマルケスとほぼ同じようなんだ。つまり、その人たちがこれ以上、不安を感じないように特命ってわけさ。特命と言っても公になっていて随時、調査状況を局に連絡。内容はすぐさま、差しさわりの無い形で住民に伝えられる。期限は一応、1年。」 「1年も・・・。」 「彼らは相当量の食糧を携帯していなくなったらしいよ。」 「だからって、1年も探し続けてどうするの。」 「それまでに中央局が低温期のブロック体制を整えて不安を消し去る・・・というか抑え込むんだな。情報等、操作して。」 「つまり、あなたは局代表として探しているふりをするわけ。」 「とんでもない。俺は本当に探すつもりさ。特命が無くても探すつもりだった。俺がマルケスの所在を調べていたんで、局としても丁度よかったということさ。見つかり次第、任務復帰だ。でも・・・。」クースはミムの次の言葉を待った。ミムはもう戻れないような気がしていた。寒さが過去の記憶を呼び覚ましていたからである。 「一年じゃ、戻れないかもしれない・・・・。」ミムが力なく言った。 クースは大きな窓の外の林立する直方体の風景を見ていた。 「・・・マルケスはブロックの外へ出たようなんだ。」 ミムは続けた。 「多分、ミュータントを探しに。」 「でも、あれはただの噂で・・・。」ゆっくりと振り返りながらクースは言った。そして、再生装置をはずしかけた。ミムも装置をはずした。 二人はミムの部屋に戻っていた。 ミムはクースに向き直って言った。 「自分の体の変化を感じてたんだよ、マルケスは。それで、同様な人間を一人で探してたんだ。」 「前にも言ったけど、中央局にもいたらしいわ。同じ症状の人が。ゲート検査官の一人みたいよ。私達と同じぐらいの歳の。」 「今はどうしてるんだ。」 「自宅療養中だって聞いたけれど。」 「やはり、調べた通りか。・・・いつから。」 「7日ぐらい前かららしいわ。」 「マルケスと同じだ。居住確認装置を貸してもらってもいいかい。」 「ええ。」 ミムはクースから中央局員の居住状況を確認する端末を借りた。自分の携帯端末は明日の探索出発に当たり、終始連絡が取れるようにと、局で再改良中なのだ。改良後の端末からはミムの行動、失踪者の消息についての脳内情報がその都度、収集される。もちろん、プライベートな感情や調査事項以外の思考には介入されない。その情報を随時、周辺住民に伝えることで、その不安を抑制・解消しようというわけだ。 ミムはクースの貸してくれた端末を見続けた。 「やはり、信号は消えたままだ。」 「じゃ、中央局は二人の行動を知ってたっていうことなの。」 「身体の変化を感じていた二人で失踪したんだな。多分、どこかで接点があったんだ。ゲートだな。中央局員はゲートの技官だって言ってたよね。」 「・・・」クースは、ミムがブロックの外へ向かおうとしているのを感じていた。それは不可能であるはず。でも、失踪した二人のことを考えると、あるいは・・・、そう思うと言葉が出ない・・・。 ブロックの外はデータで知っているだけの未知の世界。古代の世界よりも、ずっと未知な世界・・・ミムはそこに向かおうとしている。そして、ミムはもう戻って来れない・・・クースには、そんな感じがした。 「早くしないとどんどん遠くに行ってしまうかもな。」黙っているクースの方を向いてミムはつぶやいた。今夜は二人で過ごす予定だった。
「・・・・ミム、出発は明日の夜まで待って。」クースはわずかに動揺を見せながらも毅然さを保ちながら言った。それから、遣り残した作業があるからと彼の部屋を出た。
若い技官とマルケスの二人は体調変化を冷静に受け入れられなかったのだろう。彼らは何らかの方法で他のブロックへ行ったんだ。真実を知るために。このブロックでは二人にしか起きていないことの原因を突き止めるために。 ミムは眠りについた。
次の日、クースは知りうる限りの船の情報データを薄膜シートにインプットして渡してくれた。 船内ではパネルが全てを守ってくれているから、ミムたちも含め、ここ数世代の者達は船の本当の外観を知らない。船外には超新星の発する宇宙線や恒星の放つ放射線、不規則な磁場などがあり、非常に危険なのだ。クースのくれた情報から、はるか昔の惑星到着時の船体の記録画像が見つかった。それは凸凹の球体であったり、ある時期には非常に長い楕円形のようになったりしていた。ゲートを抜け出た場合、これが地図代わりにもなる。だが、今の形状がこのいずれかであるという可能性は低い。ゲートでの作業内容、排出ハッチが開いたときの避難方法など、どうやって手に入れたかわからない情報もあった。 古代好きな彼女の検索ルートからすると、多分、相当に旧い、ブロック生成初期段階のものではないか。だとすると、これも今はどうかはわからない。それでも、これほどたくさんの情報を数時間で集めてくれたクースに、言い表せないほどの感謝の気持ちが込み上げてくる。それは同時に絶対に帰ってきてほしいというクースの気持ちの現れであることも彼は感じていた。
彼は、移動装置でゲートに近づくと枯死した灌木群の陰に身を潜めた。そして、資料にあるとおり、ゲートの検査官達がロボットに作業を任せる時間帯を待っていた。複数の検査官がゲートの同じ場所を複数のセンサーで調べている。この後、検査官達はいったん、下位コンピュータのある室内に戻り、それぞれのセンサーの誤差を調べるのだ。その瞬間のみ、作業はロボットだけになる。そのときに、氷河期以外にはとらない行動をロボット達が遂行するらしいのである。その内容は彼女の資料からは分からない。彼女のコメントでは、氷河期当時の噂話程度の情報であると言うことであった。実際、噂話であって、何も無ければ、自分はこの先に進む必要は無い、進む方法も無いのだ。噂話であってほしいと彼は願っていた。
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