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作品名:ボイジャー 作者:ふ〜・あー・ゆう

第10回   10
「今日もマルケスはいないのかぁ。」
「もう5日だぜ。ソゴルが止めないなんて言うからだよ。」アレスが力無く言った。
マルケスはここ数日、顔を出さない。体調不良ということだが、入院先も伝えられていない。局では精神的な加療が必要だったのかもしれないということで、この件について、少し距離を置こうとしているようだ。つまり、厄介なことには首をつっこまない、手を出さない、出してる暇も無い・・・ということだ。
「まさか、真に受けるなんてなぁ。人手が足りないってのに、どこでふさぎこんでるんだ、あいつは。」マルケスと同じ食料局研究室員のソゴルはいらだたしく言った。ソゴルは父が中央局におり、船体の構造については父の知りうる限りにおいて把握していた。それでも、外のブロックを見てみたいと思ったことは無い。
「俺達ががんばんないと半世紀後の食料備蓄は保障できないらしいからなぁ。」土を起し、コケの株を植えこみながらアレスが間延びした感じで言った。アレスは食料局の新品種の保管および栽培のリーダー格である。品種データ管理ともかかわって、パネルコンピューターの端末となるスーパーバイオコンピュータにも長じている。
今、彼ら食糧局員の最大の責務は、少しでも柔らかな表土の面積を広げていくことであった。しかも、かなり原始的な方法で・・・。
「備蓄は食糧局にたっぷりあるよ。半世紀以上はもつさ。でも、100年後はわからないな。今がんばってんのは、そのためだ。」食料局氷河期プロジェクトの補佐役で実際に備蓄倉庫の管理も任されているミムが言った。
「だから、マルケスが数日、休んだところで影響はないよ。少し休ませてやればいいさ。」
「わかったよ。しかし、隣のブロックは無茶しないだろうな。」ソゴルが心配そうに言った。
「食料が尽きてゲートを越えて取りに来るってのかい。」アレスが言った。
「こっちも分けてはやりたいが、現実には無理だからな。備蓄量は高齢者人口の減少や人口増加率の低下を基に計算してあるらしいから、実際はこのブロック住民の90年分の保障がいいところだ。そうだろ、ミム。」ソゴルは父から得ている情報の真偽も含め、ミムにやんわりと詰問した。
「知ってて、聞いてんだろ・・・・。」ミムは続けた。
「確かに備蓄は100年分は無いよ。だが、氷河期を乗り切るには、まず100年分の備蓄が必須だ。その間に人口に見合う新しい食糧供給源を見つけ出すか創り出すかしかない・・・。それに、たとえ供給源を開発できたとしても、環境がさらに悪化すれば、その先、間に合うだけの増産ができるかどうかはわからないよ。」
「ま、100年先は分からないにしても、中央局の先達は優秀だったってことだよな。こうなると予想して人手による情報システムの管理と過剰な文明流入を阻止する閉鎖政策を敢えて執ってくれていたんだからな。とりあえず、俺達が生きてる間は食糧の心配がない。」アレスが暢気に言った。
「無責任な奴だな。先達を賞賛しながら自分はがんばる気が無いのかよ。」密かに中央局の父を尊敬しているソゴルが言った。
「当時、周辺ブロックは愚策だと笑っていたそうだ。何を血迷ったのかってね。」ミムが言った。
「だから、別段、閉鎖を妨害しようともしなかったんだな。どこのブロックも豊かだったようだしな。」
「でも、これからは違うぞ。切羽詰って食料のことで戦争なんてことにはならないか。」再び、ソゴルが不安を口にした。
「ブロック間の敵対関係に関してなんだけど、パネルコンピュータは、非常に緊急性が高いと判断した対立居住区のうち、データ的に弱者と判断した側の放射線シールドをはずしてしまうらしいよ。住民はたいてい中性子線とかにやられてしまう。このとき、他の居住区へのゲートも封鎖される。過剰な人口の調節と戦争の危険を回避する為、居住区住民の排除が実行されるんだ。」情報通のアレスが滔々と話した。
「恐ろしい仕組みだな。なんでそんなこと知ってるんだ。」
「中央局と科学局の奴に聞いたことがあるんだ。パネルシステムの管理機能がどこまで俺達の面倒をみてくれてるのかってことをね。」
「へぇ、親父にも聞いたこと無い仕組みだよ。」
「お前、いい歳なんだから自分でも調べろよ。」アレスがソゴルをたしなめた。
「にしても、生まれてから死ぬまでっていうか、国づくりから政治から戦争から人口調節から、パネルコンピュータは人類にかかわる何もかもをこなしてるみたいだな。」ソゴルはアレスの言葉をはぐらかしながら言った。アレスもソゴルの態度は気にせずに続けた。
「強力な武器なんか開発してて、しかも使用の可能性が高くて対応に急を要するって判断されたブロックなんかも同様だよ。システムの警告後10時間以内に兵器の解体を始めないと予告どおりに船から切り離されると聞いたよ。」
「切り離されてねらう相手がいなくなっちゃ開発の意味無いよな。宇宙にぽつんと漂う巨大カプセルになっちまうのか。」二人は話に夢中になった。ソゴルはさらに尋ねた。
「で、そこの住民は巻き添えになっちまうのか。」
「仕方ないさ。兵器開発を認めてたことになるんだからな。」
「厳しすぎるな。ここの中央局はそんなこと考えてないよなぁ。」
「多分ね。っつーか、それこそお前の親父に聞いてみろよ。」
「教えてくれるわけねーだろ。」
「親子の絆もそんなもんかよ。」既に両親を亡くしているアレスが、からかうように言った。
「そんなもんだよ!」ソゴルは、わざと大声できっぱりと言った。二人とも笑った。
ミムは二人のやり取りを聞きながら、土を手でつまみ、すりつぶしたりしていた。
パネルコンピュータの判断は時として非情であった。自然災害、たとえば計算外で、微小な隕石が衝突し、稀に壁が破壊された場合、その規模によっては切り離しが行われていたのである。切り離しは、プログラムの高速移動完了後である。その刹那に自分たちの身に及ぶ危険を察知しゲートを越えて脱出するということも考えられた。しかし、そのようなことは未だ無かった。人類にはシステムの判断を先回りすることはできなかったのである。船内には、切り離しやシールド解除の生き証人はいなかった。パネルは、船体やブロック修復に要する時間と人的被害、システムそのものへの影響を一瞬にして判断するのである。したがって、都市全体からすれば、1ブロックの数千万と言う人間は天災・人災による最小限の犠牲であると判断されるのである。全ての判断は数字によってなされ、それに異を唱えるものもなかった。宇宙で生き延びるためには、人の心のもつ曖昧さは瞬時にして命取りとなる。それは、はるか未来に向けた航海を続けていく上で重要なことである。
「聞いてると、守られてるって言うか、がんじがらめっていうか、ちょっと複雑だな。」ソゴルがつぶやいた。
「でも、正しいだろ。」アレスは淡々と言った。
「ああ、俺たちには、一遍にそれだけの判断するなんて到底できないからな。」
「優秀なコンピュータだよ。人類のことを考えてくれてるんだ。」
ミムは黙って聞いていた。

確かに、船の管理システムの判断は合理的で、その作用は非常に広汎に及ぶものであった。


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