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作品名:ボイジャー 作者:ふ〜・あー・ゆう

第1回   1
遥かな過去も過ぎ行く今も物質の営みは変わらない。時には生命を生み出しつつも、いつしか儚く時とともに崩壊し、元の物質へと戻り空間の一部となる。意思も記憶も雲散霧消する。意思は物質の集合により生み出されていたに過ぎない。意思は、自然を空間を物質の根本を変えることはできない。

ただし、物質の集合体のひとつである“人”の中に、悠久の時の記憶・意思が偶然に、あるいは必然に再生されることはあるらしい。
彼の場合がそうであった。もちろん、そのことで自然や空間を根本的に変えることは出来ない。だが、それらに、ほんの一時、干渉することはできたのである。

地球を離れて、数光年。彼の乗る船は・・・船というより、増殖・拡張した超大型居住ブロックの集合体は、幾つかの惑星への寄航・滞在を重ねながらオアシスを探し続けていた。なぜ、地球を離れたのか。それを本当に知るものは、はるか昔からすでにいなかった。彼らにとっての有史そのものが、船による旅で始まっていたからだ。人類として永住する星を求めてひたすら旅を続けることが彼らの何百世代に及ぶ繰り返しであった。人々は、旅を続けていることが当たり前の一生を繰り返していたのだ。光速をもたぬ船の歩みからすれば、それは当然のことである。

やがて、船は限りなく光速に近い旅を始める。だが、人々の生活に影響は無かった。あったとしても、非常に緩やかなそれを一生のうちに意識しえた者は多くは無かった。ゆっくりと徐々に加速していく船の中では、常に状況の変化に適応するシステムが造り上げられていったのである。

幼い頃の彼は、どこからとも無く降り注ぐ日差しの中、山々の上空に近づいては過ぎていく星々の姿に感動した。教科書に書いてある通りに星の海に導かれ星々に足跡を残していくことが自分達の世界の拡大・拡充であり、その不断の行為こそ歴史そのものであり、生きる意味であると信じていた。

彼には“音”が聞こえていた。
その“音”が聞こえるときは決まって、闇に包まれる感覚があった。
その“音”には、幾度も繰り返してきたような記憶、寒さの記憶がリンクしていた。
だが、幼い頃の彼は時折、聞こえてくるその“音”を気にとめることはなかった。
その感覚、その記憶、それら全てを包み込むような母の体内の闇のような心地よさを、その音にわずかながら感じていたからだ。

船は、極たまに、しかも一瞬であるが、亜空間を通過することがあった。周囲は、真の暗闇となる。自身の手足も全く見えなくなる。船内も船外も全く光が無くなる。自身の体もあるのか無いのかわからない。意識だけが残っている。見開いているつもりの眼も実際は閉じているのかもしれない。閉じても開いても周囲は変わらない、わからない。自身と闇との境界線は無くなり、全てが闇に融け込み一体化する。
そんなとき、“音”は、よりはっきり響いてくる。
彼は、全てが見えないことに恐怖ではなく安堵を感じていた。
闇に・・・、無に・・・融合していたときのことを一瞬想い出していたのかも知れない。生と生の間の闇・・・、無・・・。それは、無限の間隔の内にあるものなのかも知れないし、一瞬間のものなのかも知れない。


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