「おまえバカだよなあ」 健介の元同僚である山下は、グラスの中の氷を見つめながらしみじみとした口調で言った。
「なんで、由香利先輩と離婚なんかしたんだよ。」
「仕方なかったんだよ。あいつから言ってきたんだ。決めたら曲げないやつだろ?」
「おまえさ、俺が悪かったと土下座でも何でもして赦しを乞えばよかったんだよ。」
「そんなことしても無駄だったさ。もう完全に俺との別れを決断していた。やり直そうという一分の隙もなかったよ。」
「おまえの一目惚れで、押しまくって結婚までこぎつけたくせにな。俺たちの憧れの由香利先輩を奪って許せなかったんだぞ。でもまあ、先輩を幸せにしてくれるんならと涙を呑んで祝福してやったんだ。それなのに、浮気して、おまけに妊娠させて・・・まったく呆れてしまうよ!」
吐き捨てるように言って、山下はグラスの中のウイスキーを一気に飲んだ。
「俺、自分でもわからないんだよ。なんでこんなことになったんだろって・・・」
「で、その女とはうまくやってんのか?こうやって俺を誘うということはまあ察しつくけどな。」
「まあなんとかな。」
「おまえ最近営業成績下がってるらしいじゃないか。以前のような覇気もないしさ。 もう少し服装とかも気をつけろよ。なんかだらしない感じだぞ。」
「ああ、妻も慣れない育児で精一杯でな。まあしかたないさ。」
大きく息をしてから、健介もグラスの酒を飲み干した。
「逢いたいなあと思ってな、亮は中学生になっただろ?生活も大丈夫かなと・・・」
「ああ、そうか」
それなら心配いらないと言いかけて山下は止めた。
余計なことは言わない方がいい、今は落ち着いた生活をしているんだから、静かにしておいてあげた方がお互いのためだと思ったのだ。
「さあてと」健介はゆっくり立ち上がり勘定を済ませに行った。
「じゃあな」と帰る後姿を見ながら、山下はもう一度呟いた。
「本当にバカだよ、おまえってやつはさ・・・」
男は、無意識に浮気相手には妻より格下を選ぶもんなんだよ。それは、男に帰巣本能があるからさ。帰るところはいつもひとつしかないんだよ、本気で惚れたただ一人の女のところしかないんだよ。
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