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作品名:星の語り手 作者:時野裕樹

第5回   第一話 静謐の檻 その1
 それは俺が15歳の誕生日を迎えたときのことだった。
 俺の住んでいた村には、今思えば非常に奇妙な風習があった。それは、毎年冬になると行われる儀式だった。村で15歳を迎えた者の中で、村長からある才能を認められた者の一人が、村の近くの森にある玄室へと連れて行かれるのであった。そして、窓も家具も無い小部屋に入れられたその者は2〜3週間の間、その中で生活するのである。その間、部屋の下にある小さな小窓から送られる朝と晩の食事以外は外との交流は何も無く、ひたすら孤独に耐えねばならないのだ。

 そこへと行った者の中には、耐え切れずに発狂するもの、見たことも無い異形の者へと姿を変えるもの、忽然と姿を消すものもいた。
 無事帰った者たちもそこで起こったことの詳細を語らず、不慮の死を遂げたり、ある朝家族に何も告げずに旅立ったりと奇怪なことが起こるため、村の者たちの間には様々な憶測が広がっていた。
 しかしこの頃、村を去ろうとするものはほとんどいなかった。周りの町や村にはそれ以上に奇怪なことが起こっていたし、何よりその村は麦が好く育ち、少なくとも家族が飢えることはなかったからだ。

 俺は村長に導かれるままに玄室に入ったが、入った瞬間から妙な違和感を覚えた。俺は村長に尋ねた。
「村長、ここには何かいますか?」
 これを聞くと村長は喜びに顔を綻ばせ、
「それこそ君の資質だよ、ルーファス。他の者には分からんだろうが、ここには何も無 いように見えて全てがある。今ここでは全てを語るまい。その身で感じるといい」
と答えた。そして俺を玄室に残して外に出ると、扉を閉め、錠を掛けた。
 俺は暗闇の中、一人取り残された。

 暗闇の中は農作業も無く、家畜の世話も無ければ狩猟も釣りも無い。初めは休みを貰ったぐらいに思って床で寝そべっていたが、思った以上に冷たく固い床は俺に楽に眠ることをさせなかった。そして何より時間の感覚が薄れること、用便をする場所、話し相手がいないことが俺を困らせ、神経をすり減らしていった。
 
 最初に異変を感じたのは3度目か4度目の飯が来た時だった。食事を終えて尿意をもよおした俺はいつもの便所に決めていた部屋の隅へと向かった。小便をしながらその床に当たって立てる音がいつもより少し遅れてするのに気づいた。足で探ると明らかな窪みを探り当てた。部屋の隅にいつの間にか穴が開いていたのだ。
 俺は次の食事を待ってその中にあったスープを穴があると思われる場所に垂らしてみた。スープの床に当たる音は返って来なかった。俺はこのまま穴が広がって部屋全体を飲み込んでしまうのではないかとも思ったが、しばらくは足で穴のある場所を探り、そこで用便を済ますことにした。

 それから時を待たず、俺が部屋の壁にもたれかかり、うとうとしていると小さな声が聞こえる気がした。いや、明らかに人の声だった。どこから聞こえるとも分からないその声は少女の歌声のようであった。俺はその歌を耳をそばだてて、一生懸命に聞き取ろうとしたが、いつしか眠りについていた。

 夢の中で不思議な歌を聴いた。その歌はだいたいこんな感じの意味だった。

 言葉を探しましょう
 二人だけの言葉を
 他の誰も知らない
 そんな言葉を

 世界を飾りましょう
 二人だけの言葉で
 全てを美しく
 彩れるように
 
 二人の会話が途切れると
 あなたに語りかける鳥 風 木々
 その声に応えて
 あなたが振り向くたび
 私はせつなくなるから

 言葉を隠しましょう
 二人だけの言葉を
 知らない誰かの手で
 汚さぬように

 誰かに揺すぶられるのを感じて、俺はゆっくりと目を覚ました。思っていたよりも早いお迎えだな。そんなことを思いながら目を開けるとそこにあるのは漆黒の闇だけだった。気のせいかと思い、寝直そうとすると、
「とんだ寝坊助ね」
 夢の少女の声が聞こえ、俺は飛び起きた。
「な、なんだお前は!? いつの間にここに入って来た?」
「ふん、何を言ってるんだか。私は最初からここにいたわよ」
 ――最初から? そんなはずは無かった。初めにこの部屋を見たとき、ここには冷たい床と壁、そして天井以外何一つ無かったはずだ。
「そうか、わかったぞ。お前はこの部屋に住む悪魔だな。最初に部屋に入ったときの違 和感もお前だったってわけだ!」
「悪魔ですって!! 失礼しちゃうわ、このリーネ様を捕まえて悪魔だなんて…、恥知 らずにも程がある!」
「じゃあお前は何者だよ?」
「そういうあんたは?」
「ん、人間族の男でこの近くの村に住んでるルーファスだ。ほらそっちもどこのリーネ 様なのか言えよ」
「そんなのとうの昔に忘れたわよ」
「はあ? 忘れたぁ?」
 ともあれ、このリーネと名乗る姿の見えない(暗いから当たり前だが)少女と思われる声は、怪しいことこの上ないが、どうやら敵意は無いようだった。

 聞けばこのリーネと名乗る少女は自分の名前と自分が高貴な身分? であること以外はほとんど何も知らないようだった。
「じゃあ、お前が俺がここに来るよりも先に居たってのはどうやって証明すんだよ?」
「あんたそれ解ってて言ってる? 私の存在領域に干渉してきたのはあんたのほうでし ょう? 」
「…何言ってんだお前」
「まさかあんた迷子?」
「そんな訳あるか。あんな狭い小部屋で誰が迷子になるもんか」
 これを聞いてリーネはふうとため息をつく。
「いい? 稀に、ほんとにごく稀にだけど自分の力を解ってない奴がこういうことを起 こすのよ。自分や時には自分がいる空間ごと曖昧なものにしちゃって、その後別の空 間に繋いで同一化しちゃう。何か心当りない?」
 リーネに言われて俺は最近の部屋の異変に行き当たる。
「そういやあるはずの無いものができたり、聞こえるはずの無いものが聞こえたり」
「ほらね、それよそれ。今の内に自分の手とか顔とか変わってないか確かめた方いい  よ。やりすぎて自分の存在定義にまで踏み込んじゃう奴もたまにいるんだから」
「確かめるたって解らないよ。周り中真っ暗だもん」
「えっ、あんた今こっちが見えてるんじゃないの?」
「いや全然」
「……待って、混乱しそう。とりあえず今までに至る経緯を話してもらえる?」

 俺はこのリーネと名乗る少女を決して信用した訳ではないが、ことの進展を考えてとりあえずここに至るまでの顛末を話した。

「わかったわ!」
 俺が話し終わるとリーネは大声でこう叫んだ。あまりの声の大きさに俺は不本意にもびくりと肩を震わせた。
「分かったって何が?」
 これを聞いてリーネは得意げにふんと鼻を鳴らす。
「いいこと、あんたの村長はあんたらに魔道の力を与えるべくこんな非人道的なことを やってたのよ。これは言ってすぐ分かるか知んないけど、暗闇の中ってその人の感覚 をすごく鋭敏にするけどその反面、その空間の物体をひどく曖昧なものにするの。そ してその中でも力のある奴はあるはずの無いものを生み出したり、逆に消したり、今 みたいに空間ごと他のとこに同一化したりしちゃうわけ。今のあんたはその同一化  を中途半端にやってるのよ。つまり半分同一化してるけど、半分できてないって感  じ。お分かり?」
「…まあ、何となく。それでもしその同一化が完成したらどうなるんだ?」
「分かんないわ。もしかしたらあんたがこっちに来ちゃって二度とそっちにもどれない かも。逆に私がそっちに引っ張られるて可能性もあるわね」
「それは困るだろ」
「もしもの話よ。まあたぶん今のあんたじゃあできないから安心して。何せこっちの風 景も見えないような出来なんだから。たぶんそこが開け放たれて空間が明確化すれ  ば、いやでも元に戻るわよ」
「はあ、そんなもんか」
「そう、そんなもん」

 ここまで話して、お互いに申し合わせたかのようにしばらく沈黙する。相手も現状を冷静に見つめて落ち着く時間が必要なのだろう。

 その沈黙を破ったのはリーネの方だった。
「ねえ、あんた。これまでの話で分かったと思うけど、勝手に入って来たのはあんたの 方なんだからね。そりゃああんたの現状に同情しないでもないけど、でもこのレディ の話し相手になってくれても罰は当たらないと思わない?」
「話し相手って別に相手が欲しいなら、俺にかまってないで外に探しに行きゃあいいじ ゃないか」
「それができればこっちだってやってるわよ。言っとくけどあんたがこっちに空間を繋げたのは別に偶然ってわけじゃないのよ。つながる空間同士ってのは大体似通ってることが多いの。つまり私のいるところはあんたのところと同じくらいで」
「外から閉められてる」
「ご名答」
「でもそれならここと同じで真っ暗なんじゃないの」
「そんなことないわよ。ここには光草があるもの」
「ヒカリグサ?」
「えっ? あんた知らないの? 嘘でしょ、だって常識よ」

 このような形でリーネとの会話は始まった。会話を重ねる中で彼女がジルという青年の手によってその空間に封印された存在であること、彼の必ず迎えに来るという約束を信じ、今も彼を待ち続けていることを知った。

 俺には話の中で、一つ気になることがあった。
「そういえばあんたその中でずっとジルって奴を待ち続けてるんだろ?飯とか用便とか はどうしてんだ?」
「それ何?」
「何って生きてる奴ならみんなするだろ。腹減ったら何か口に入れて、入った分出す。 こっちの方がよっぽど常識だぞ」
「別にそんなことしなくても私は何も不便はないわよ。そういうあんただって今そんな ことしてないじゃない」
「えっ?」
 言われて見ると確かにそうだった。それより何より、前の食事が運ばれてからもうだいぶ時間が経っているはずなのに、次が運ばれてくる気配がない。
「そんなことよりさ」
「うん?」
彼女にふいに声をかけられて、俺は素っ頓狂な声を出してしまった。そんなことを気にせぬかのようにリーネは、
「あんたせっかくそんないい力持ってんだからさ。ちょっと気分転換してみない?」
「気分転換?」
「そっ、気分転換」
 俺はリーネが小悪魔的ににやりと笑うの感じた。そんな気がした。

「いいかしら? あんたは私の空間と自分の空間を繋げることしかしてないけど、その 力を応用すれば自分の姿かたちすら変えられるのよ。どうすごいでしょ?」
「え、それだけ?」
「……『え、それだけ?』じゃないわよ!! 簡単に見えてすごく難しいのよ。自分に とって必要な存在定義だけを残して他をいじるってのは」
「いや別にそういう意味じゃなくて。俺、姿かたちを変えても見えないんですけど」
「そんなの別に関係ないわよ。だって私が見て楽しむんだから」
 その言葉に、俺の頭の血管が一本プチッと切れる。
「ふざけんな! なんで俺がお前の好奇心を満たす為にそんな曲芸じみたことしなきゃ いけないんだ!」
 俺が大声で叫ぶとその声にたじろいだのか、相手からはしばらく反応が無かった。しかし、その後半泣きになりながら出していると思われる声が聞こえてくる。
「そんな、そんな別に怒らなくたっていいじゃない。ずっと迎えが来なくて心細く思っ てるところにこうやってあなたがきてくれて、ちょっとうれしくてはしゃいでただけ じゃない。それなのに、それなのに……」
――これはまずい。今までまともに女の子の相手をしたことなんか無かったからな。
 俺は相手の反応に驚いてとっさに謝った。
「ごめん。そんなつもりは無かったんだよ。君のことも考えないでほんとにひどいこと を言ったと思う。だから許してくれないか?」
「…じゃあ、やってくれる?」
「へっ?」
「私を泣かせて申し訳ないってそう思ってるんでしょ? じゃあお詫びにやってくれる んでしょ、ルーファスの大変身。そしたら許したげる」
 なんてとんでもない女だ。思ったときはすでに遅かった。

 俺は彼女の言うとおり、自分のことについて思い当たることを全て頭の中に浮かべるよう努力する。彼女曰くこのとき自分の今のありのままを思い描くことが重要なのだという。
「いいかしら。今思い浮かべるのは自分の基礎となるところ、絶対に変えてはいけない と思うことよ。この時、自分がああなりたいとか変なことを考えたりすると中身まで 全くの別人になったり、元の姿に戻れなくなるから気をつけて」
「はいはい、頑張りますよ、リーネ先生」
「あれ、許して欲しくないのかしら?」
「わかったよ。素直に聞くって」
「だったら最初からそうしなさいよ」
 全くこんなことなら泣かしたままほっとくんだった。そんなことを考えながら俺は作業を進める。

「いいぞ。もう思い浮かべられることは全部思い浮かべた」
「よしよし、じゃあ次に自分の成りたいと思う姿を思い浮かべるの。そうね、今回は赤 毛で碧眼の好青年てな感じでどう?」
「なんで?」
「なんでっていかにも世界を救う大英雄って感じじゃない? ほらわかったらさっさと やる」
 俺は自分の中にそのイメージを強く思い描く。
「あんた自身は自分の姿が見えてないから、イメージし易いはずよ。ここでは逆に自分 の本来の姿に関する情報を極力排除して。だけど自分の精神にまでは踏み込んじゃ駄 目よ」
「わかったから静かにしてくれないか?」
 リーネは怒ったのか押し黙る。その間に俺は彼女の言うイメージを完成させる。
「できたぞ」
「もう、遅いわよ。じゃあ始めるわよ。私の言葉の後に続いて」
俺は彼女に続いて呪文を唱える。

 言葉と運命を司りし神アゼよ
 今一刻汝の言葉を貸したまえ
 その言葉は真実の言葉
 この偽りなき想いとともに新たな真実を紡がん
 その揺ぎ無き力とともに我に奇跡を与えよ

 次の瞬間眩いばかりの光が溢れて俺を包む。光が退いていくと元の闇と静寂が俺を包んだ。
――俺はどうなったんだ。
 そう思った次の瞬間リーネの歓声が爆発した。
「やった……やった!やったじゃない!!大成功よ!!あんたすごいじゃない。一発で 成功させる奴なんて始めて見たわ」
「え、そうなのか?」
「そうよ、やっぱりこのリーネ様の指導の賜物かしら。あんた、私にいくら感動しても し足りないわよ」
「おい、それより一発で成功することが無いって、お前そんな危ないことを俺にやらせ たのか」
「ま、結果よければ全て良し。じゃない?」
「……もう怒った。二度と声をかけるな!!」
 俺はこう怒鳴るとリーネの声のする方とは逆にヅカヅカと歩いていき(勢いが良すぎて顔面から壁に激突したが)、壁に向かってどっしりと腰を下ろした。

「あれ、怒ったの? ごめん、そんな怒らせるつもりはなかったのよ。ただあんたも一 人で寂しいかと思ってさ。ねえ、こっち向きなさいよ。ねえってば!」

 俺は何も答えなかった。二人の間を再び静寂が包む。

 胸のむしゃくしゃを抑えきれず、そのまま眠ろうとしたとき、上から何かが覆いかぶさって来るのを感じた。背中越しに温もりが伝わってくる。

「ルーファス、本当にごめんね。結構嘘もついたし、騙したりしたたけど、あなたが来 てくれてうれしかったのは本当だよ。……しばらくこうしててもいいかな?」
 
 俺は何も答えなかった。
 彼女の温もりを感じてうとうとしながら、俺はリーネが待っているジルという男のことを考えた。きっと赤髪で碧眼の、俺より何倍も良い男なんだろうな。
 そんなことを考えながら俺は深い眠りに堕ちていった。


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