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作品名:明日に栄光あれ 作者:yuu?

第5回   射撃
 ぷあ〜ん。ひらがなにするとこんな感じだろうな。
 汽笛という素敵な電車専用クラクションを鳴らし、ボクの鼓膜が最高にロックする。そして同時に心臓が止まりそうになった。警官だけどガラスのハートなんだから驚かせないで欲しい。
 電車を降り、かじかむ手に息を吹きかけ、わずかばかりの温かみを感じさせる。まだ残雪がある目的地に着いた。かなり寒い。
 二月になり、いい感じに正月ボケも取れてきたところなのだが、ボクは本日、仕事でちょっと遠出し、とある訓練場にきていた。
 正直言って、かなりテンションが上がっている。小躍りしてしまいたいくらいだ。おっと、本当にちょっとダンスを踊ってしまった。女子高生の視線が痛いぜ。しかしそんなこと程度でこの気分を壊すことはなかった。
 仕事ではあるのだが、滅多に出来ることでもないので、今日はちょっと楽しみにしていた。
 今日は射撃の練習なのだ。不謹慎かもしれないけど血も騒ぐ。
 警察になったのだからピストルが珍しいわけでもない。しかし、だからといって滅多に発砲できるわけでもないのだ。
 仕事の合間に大量の書類にサインし、申告書を提出する必要するのは結構骨が折れた。そんなこともあり、射撃の練習なんて、警官になったとしても月に2度くらいしか出来ないのだ。
 ほとんど練習する機会もないのに、当てる時は正確性を要求される。しかし外した時でさえ、大量の始末書やらなにやらを書かなければいけない。本当に切羽詰った時にしか使えないのだが、そんな危機が迫った時にこの練習量では、正直言って心もとないと思う。さらに卒業旅行の時に海外旅行に出かけた時に、その心配に拍車がかかった。
 衝撃を受けた。流石銃社会と言われるだけのことはあるアメリカだ。射撃練習に行った時、隣にいたかっぷくのいい金髪のおっちゃんが的に百発百中で当てていたのだ。何がすごいかって、そのおっちゃんと話をしてみると、普通の商社で働いているサラリーマンだということにだ。
 基本、海外に出かければ誰でも射撃の練習が出来る。このシステムがある限り、日本の警官より射撃がうまい一般市民もいるんじゃないかということを知った時は、ちょっとした恐怖も覚えた。
 ピストル一発撃つ度に市民の血税が失われるとは言ったものの、いざって時に下手くそなままじゃあますます危ういところだ。
 長々と回想を挟んでしまったが、ただの言い訳であり、これからやることは仕事であり、危機感を持って接するんだという自分に対する戒めでもある。本音を言えば少し楽しんでるところもあると思う。滅多に出来ないことでもあるからね。
 緩んだ気持ちを立て直すべく、ボクは逸る気持ちを抑えることができず、軽くスキップしながら射撃場へ向かった。



 一回の射撃練習で撃てる弾の数は決まっている。
 30発。休み時間をちょこちょこ削りながら、大量の書類に書き込みし、遠出までさせられて撃てる数である。
 正直言ってちょっと少ない気がする。しかしその分、集中力が増すと言うものだ。
 射撃場へ行き、鬼のような顔をした教官(比喩じゃない)が、すでに制服に着替えてボク達を出迎えてくれた。言い忘れたが、本日射撃訓練を受けるのはボクだけではない。顔も知らない別の部署の人がいたりする。当然、警官なりたてのボクより階位が上の方もいた。更衣室で着替えている時、隣にいたおっさんがどうやら巡査部長らしかったので、着替えてる最中に敬礼をしておいた。敬礼って、警察官の格好でやるとかっこいいけど、ズボンを穿いてない状態でやるとすごく間抜けな姿だと思った。
 いざ、射撃場に着くと体に電気が走ようなピリピリする感覚に襲われた。ここに来る時までに気を抜いていたわけではない。ただやはり、拳銃を扱うということもあって教官も気合が入ってる。私も改めて気合を入れなおし、訓練に入ることにした。



 今日はすごく寒いのだが、天気だけは快晴で視界はよかった。
 ボクは昔から視力はいい方なので、これだけ視界が開けていると的がよく見える。
 視線を的から外し、遠くの山を見る。どこか寂しげな感じのする冬の山の枝に、割と大きな鳥が止まっているのまで見える。鳶かな? 確かめる術はないが、実際今はどうでもいいこと。
 教官の説明が入る。訓練だからと言って気を抜くなとかうんたらかんたら。まるで耳に入らない。集中しているのが自分でもわかる。ボクは的をじっと見据える。30発しか撃てないのだ。一度だって外すわけにはいかない。
 外国でレジャー気分で撃った時とは違う。遊び気分でやるわけにはいかない。外すわけにはいかない。
 そして教官が撃て! と声を張り上げた。
 外国の時はファイアとか言ってたな。そんなことを脳裏に掠めさせながら、ボクはトリガーを引いた。



 結果から言うと、的にかすりもしなかった。30発も撃って、ボクだけ一発も当たらなかったのだ。普通ありえるか?
 長々と詳しいことを説明しておいて、かっこわりぃ。
 あぁ言うのって、最初の1発が当たらないとそこで集中が切れてしまう。
 ボクの場合、それが顕著に現れてしまった。気持ちの切り替えが大事だと思い、一発撃つたびに集中だ! とか、まだ大丈夫、落ち着いてとか考えてた。10発目からはもうあたらねーよって思いながら投げやりにやってた。それくらいの軽い気持ちでやったほうが当たると思ったからだ。20発目からはもう的が霞んで見えなかった。隣の人がバンバン的に当ててるのにボクは当たらない。涙目にもなる。
 最後の一発を撃ち終えた後、ボクはゆっくりピストルを机の上に置いた。ボクは顔を上げることが出来なかった。視線が痛い
 この感覚は、ボーリングで連続ガーターを出した時と同じだった。周りが充実した空気を出している中、自分だけガーターばかりで微妙な空気をかもし出しているあれだ。
 教官がボクに向かって真面目にやらんかと説教を食らった。至って真面目にやってたので、余計くやしかった。
 海外でやった時も一発も命中しなかったのだが、その時に金髪のおっちゃんが言った「Hey poor boy.HAHA」と鼻で笑われたのを思い出した。ちくしょう。
 教官の説教を一時間ほど食らったあと、ボクは肩を落として地元へ向かう電車に乗った。いつかうまくなってやると胸に誓ったが、そのいつかが明日くるかもしれない。そう滅多にあることではないだろうけど、もしその時が来たら、隣にいる人に自分のピストルを渡した方がよっぽどいいのじゃないだろうかと、自虐的な笑いが出た。
 窓の外は夕日も傾いている。ガタンゴトンという規則的な音を聞きながら電車は次の駅まで走っている。ボクは帰りにスーパーにでも寄っておいしいものでも食べて寝ようと、自分を慰めるための方策に走ることにした。


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