夜勤を終えた朝を迎えた。 夜勤は何度も経験したけれど、何度迎えても辛いものは辛い。夢にまで見た仕事についたはずなのに、実際は地味な仕事ばかりだし、辛いことばかりが多い気がする。 さっきまでボクはパトロールに行っていた。学生っぽい男女が数人、コンビニの前にいたので一応無駄だとわかりつつも注意した。舌打ち混じりにはいはい言われ、動く気配は見受けられなかった。というか夜に眠れる内は大人しく寝ておいた方がいいぞ。大人になったら夜に眠れることが幸せだって分かるからさ。 ボクはため息混じりに帰ることを促し、コンビニでアイスを買って交番に戻った。この寒い中でも無性に食べたくなり、パトロールのついでにコンビニに寄ったわけだが、どうやら無駄にはならなかったと思う。さっさと帰って眠りなよ。 この辺は凶悪事件など起こらない、至って平穏な場所である。しかし困ったことに小さいいざこざは割と絶えない。都心から少し離れていることもあり、人はそれなりに集まっている場所ではあった。人が集まる場所には、それなりにいろんなことが起こるものなんだなぁと、入って1ヶ月目くらいに思ったことだった。 一番多かったのは自動車事故だった。人が死に至るような大きな事故こそないのだが、車に小さな傷がついたくらいでわざわざ呼ばれて現場検証させられるというような小さい事件はたくさんあった。その都度、顔にうんざりした表情を出さないようにするのが大変だった。警察の仕事をして、ボクが一番最初に身に付けたものはポーカーフェイスかもしれない。 そんな中、今までで一番大きい事件は酔っ払い運転してガードレールに突っ込んだ、ボクより若いバカ者を検挙したことくらいだった。それに目を閉じると、ほどよく細かい事件がある程度の平和な街でもあるんじゃないかと、先輩巡査は言っていた。新人のボクは、そんな先輩の言葉をぼんやりと聴きながら、日誌にせっせと本日の出来事を綴っていた。これが書き終わったらアイスでも食べて一休みしよう。 無事に一日が終わったことを幸いと思いつつ、早く帰って眠りたいと切に願っていた。何も起きないのが一番良い。楽だから。 そんなことを先輩に話したことがある。先輩は笑っていた。俺も同じだと言いながら。
昼になる頃、ボクは夜勤の疲れを癒すべく、布団の中で眠っていた。その日は選挙カーが頻繁に家の近くを通り、何度か起こされるはめになった。市民のために何かするという同じ信条をもつ人たちをとやかく言うつもりはないが、こうして夜勤を終え、さあ寝ようという時に言われても、まさに寝耳に水のようだった。今すぐメガホンで騒ぎ立てるのをやめさせて欲しい! といった苦情をもらったこともある。合法だから無理なんだけど、気持ちはわからなくもない。特に今は身にしみてわかる。 そんなことも含め、仕事のことが頭の中でトルネードのように渦巻いていた。眠れやしない。ぼんやりした頭と、ちょっとだるい体を起こし、台所へ向かう。冷蔵庫から作っておいた麦茶をごくごく飲み、再び布団の中に入る。このままじゃノイローゼになりそうだ。選挙カーもそうだが、今、ボクがやっている仕事をこのまま続けるかどうかについて考えると思考が止まらなくなる。 誰かを守るために力を尽くすということは、とても素晴らしいことだと思う。けど実際は疎まれることの方が多いような気がする。警察になってやっていることは交通整理だとか、ケンカの仲裁だとかが多い。悪いことだとは言わないが、正直言って個人個人でなんとかしてほしいと思うようなことばかりだと思った。便利屋じゃあるまいし。 制服で街を歩けば、どことなく嫌な感じの視線ばかり浴びせさせられてる気がしてならない。被害妄想かもしれないけど、疲れを見せまいとして、悪事を見過ごすまいとして、どこか刺々しくなりつつある今日この頃はどうも物事を悪い方向へ考えてしまいがちである。母親に目つきが悪くなったと言われた時のは少しショックだった。 「警察になって何がやりたかったんだろう……」 そうつぶやき、遠くから聞こえてくる演説を子守唄にしながら、ゆっくりと睡魔に身を委ねていった。
「おう、来たな」 翌日、先輩巡査がボクに声をかけてきた。 「おふぁようございま……ふぁ〜……」 「来た早々だらしないな。まあ理由はわからなくもないがな」 この先輩とは昨日一緒に夜勤を共にしたので、きっと同じ経験をしたのだろう。 「まあ悪いことばかりじゃないさ、見てみろ」 そう言いつつ、地面にダンボールが置いてあった。中を見てみると野菜がたくさん入っていた。 「近所の農家の方がくれたんだ。ほら、お前がこの間ケンカの仲裁に入ってたじゃないか。そのお袋さんが持ってきてくれたんだよ」 言われて思い出した。この間、近所で男二人と女一人が言い争いをしていた。痴話げんかのもつれだったか、殺すだの殺さないだのと大きな声を張り上げ、ボク達が現場に着いた頃には二人とも取っ組み合いのケンカになっており、女がそれを悠々と眺めているという、いささか関心しない状況だった。 結局先輩が力ずくで二人を引き離し、ボクと先輩で二人をなだめた。ボクもそれなりに腕っぷしに自信はあったけど、度胸がなかったため間に入ることは出来なかった。忘れようと思っていたのに、思い出したらちょっと情けなくなった。 「止めたのは先輩じゃないですか」 「何を言ってるんだよ、お前もちゃんともう一人をなだめていたじゃないか。半分はお前の手柄さ」 先輩は穏やかな声でそう言った。 「少なくとも、こうして感謝の意を込めて野菜を送ってきてくれたんだ。どうやら一人は農家の出らしくてな。息子を止めてくれてありがとうございます、だってさ。この野菜はお詫びのしるしにって言って置いていったのだが、受け取るわけにはいかんとちゃんと言ったのだけれど、どうしてもと言って断りきれなかったんだ。せっかくだからお前もなんか持って帰れ」 そういってダンボールの中身をよく見えるようにするため、先輩は立ち上がった。そんな先輩を見ながら、ボクはもう少しがんばってみようと思えた。 人から感謝されるために仕事をしているわけではない。だけど、やっぱりこうして感謝されたりするのはうれしかったし、何より先輩がちゃんとボクのことを見てくれているというのが、なぜか無償にうれしかった。 今日も長い一日になりそうだった。出来れば何も起こらないのが一番いい。だけど、もし何かあったら、出来る限りの力を尽くすことにしよう。きっと誰かのためになってるはずだから。 ボクは眠い目をこすりながらデスクに向かう。前日の日誌を確認し、今日も穏やかに済みますようにと祈りながら、今晩は野菜中心のおかずでも作ろうかなと思った。
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