3月にしては寒い日が続いていた。 出しっぱなしのコタツをしまうことなく、私はコタツの中でゴロゴロしていた。食べるものもなくなり、さてどうしようかと思い悩む日が続けていた。 鏡を見るとえらいことになっていた。ここ最近、部屋から出ておらず、手入れを全くしていない自分の顔はなかなかのものだった。ヒゲソリはどこにいったかな? 家から出ない理由は、動くと腹が減るのでなるべく動かないようにしていたのだ。しかし、それでも腹は減るのでなんとかしないといけないと焦燥にかられていた。 何とかしないといけない。それはわかっているのだが、いざ物事を進めようとするとしり込みしてしまう。何か理由をつけて動かないようにしている。 そんな満たされない日々を続けていたのだが、実は、ちょっとした進展もあった。後輩だ。ただ飯を食べる価値しかなかったはずなのに、交友範囲は割りと広く、僕のバカげた発想にまじめに取り組んでいた。 後輩はいい奴で、明らかに僕より出来る奴なのだ。あいつがちょっと本気を出したら驚くほど話が先に進んでしまう。 彼は、逃走用の車を用意していた。どこにでもあるような型の車種で、紺色に近い色をしていた。車に詳しくないので車種など知らないが、これなら目立つことなく動くことが出来るだろう。特に夜になると判別なんか出来なくなりそうだ。 そして覆面、服装も自分が容易したタオルではなく、ニットのような素材を使った黒く、目のところが開いているもので、これならどんなに動いてもずり落ちたり、視界が奪われることもないだろう。黒のセーターとジーンズも、この時期でなら目立つこともないし動きやすい。 「これらは全部俺の女に用意させました。なんの気兼ねもせずに使ってください」 気兼ねするって。しまくるって。見ず知らずの女の子になんでこんな罪悪感を抱かねばならないのだろう。後輩は何の罪悪感もない、満面の笑みでのたまった。僕もそれくらい図太くなりたい。 酒飲み話をここまで鵜呑みにして、しかも短期間でここまでしっかり用意している仕事の出来る奴を、なぜ会社はリストラしたのか不思議でしょうがない。 「強盗が成功したら、俺たち一生働かないで遊んで暮らせるんすよね! 今から楽しみっすよ。あ、女のことは心配しないでください。あいつら俺にぞっこんですから、一言で何でも用意してくれるんすよ」 お前さ、別に強盗しなくていいんじゃね? それとリストラされた理由もわかったよ。その女の子『達』の中に社長(元だけど)の奥さんがいる……んだろうな。一時期会社でうわさになってたんだぞ。 後輩の話を聞き、僕はテンションがどんどん落ちていくのを自覚していた。正直言ってちょっとめんどうくさくなっていたし、冷静になるといろいろと情けなくも思うようになっていた。 いくらリストラされたからといって、他人に迷惑をかけるわけにおいかない。そんな当たり前のことに気づいてからというもの、まじめに次の就職先でも見つけるかなと思うようになっていたのだ。 あんなバカげたことを考えるのは頭の中だけで十分であり、ふと思い出した時に、あぁあんなことも考えたものだと、自分の中だけの笑い話として終わるものであるべきだったのだ。 気持ちが冷めていく一方で、計画が順調に進んでいる。そんな現状を「なんだかなぁ」あ、声に出た。ただまあ、それがすべてだ。
そういえば、こんなこともあった。 コタツでゴロゴロしながらペンライトで遊んでいたときのことだ。私は部屋を暗くし、ボタンを押した先に出てくるのは単なる白い光ではなく、水着のお姉ちゃん(二次元)が写し出される優れもので、僕はどの位置が一番きれいに見えるかを確かめていた時のことだ。改めて回想してみるとひどい話だと思ったのは、ここだけの話だ。 そんなことをしている最中に、携帯に一本の電話が鳴った。名前が表記されていないので、どこかの宣伝だと思った。そんなもののためにペンライトの位置を確かめる大事な仕事を中断するわけにはいかない。突発的なくだらない情熱をペンライトに傾けていたので、最初のうちは電話を無視していた。しかし、一分くらいたっても鳴り続けている。いい加減に着メロ(ピエロの衣装を着たハンバーガー屋のCM音)がうるさくなったので、ポテトを食べたいなこんちくしょーと唸りながら通話ボタンを押した。 「さっさと出ろよ馬鹿やろう!」いきなり罵られた。なんだと言うんだ。 「俺だよ覚えてるか?」僕には振り込め詐欺師の知り合いはいない。 「小学校からいっしょだった俺だ!」あぁあいつか、あいつだねうんうん、誰? 「お前さリストラされたんだって?」情報古いな。もう二ヶ月前の話だ。っていうか誰? 「今はどうせ暇してるんだろ? だったら遊ばねーか? 俺もこないだ仕事やめて暇になったんだって」こんな奴と同じ状況になった自分がちょっと恥ずかしかった。ただ、このノリで話してくる奴に一人だけ心当たりがあった。なのでとりあえず通話を切った。 ツーツーツーと心地よい音が流れてくる。今日も平和だ。と、思った矢先にまた着メロがけたたましく鳴り始めた。さて、ペンライトペンライトと……
「おい、シカトとかお前ずいぶん偉くなったなおい」 目の前にいるのは学生時代に大嫌いだったガキ大将がいた。 「というかなんで僕の家の場所を知ってるんだよ。誰にも言ってないはずだったのに……」 「お前のツレの田中から聞いたんだよ。あいつとは仲がいいからな。すぐに教えてくれたぜ」 田中というのは僕の友達だ。昔はよくいっしょにパシリにされながら友情を育んだものだ。今もそこそこ仲も良く、たまに連絡を取り合っていたのだが、まさか田中は今もパシリになってるとは思わなかった。苦労してるんだなあいつも。そして大体の予想もつき、田中に迷惑かけたことにちょっとした罪悪感を覚えた。けど僕を売られたんだからどっこいどっこいかな。 「まあよ、この俺が遊びに来てやったんだから、酒くらい出せよ」 また酒か。金をせびられるかと思って警戒していたが、どっちも現在持ち合わせていない。 「どっちもないわ。もう貧乏でお金も底をついてたから実家に帰ろうかと思ってたとこだし……」 そう言いかけたところで、玄関のドアが威勢良く開いた。 「先輩! 拳銃の準備も整いましたよ! いつでも強盗に行けます!」 「でかい声で言うな! それと今手に持っているものをゆっくりと地面に置け。間違っても僕のほうへ向けるんじゃないぞ。そしてそれは拳銃とは言わない。サブマシンガンという代物だ!」一気にまくし立てた。 「あ、すみません! オレ結構そういうところに疎くって」 手に持った物騒なものを地面に置いた。おい、もっとゆっくりと置けって。 「おい、なんなんだよこれは、俺にわかるように説明しろよ」 こうして、この乱暴者が強盗の話にノリノリで仲間になったのは想像が容易いことと思います。 僕はますますこの計画から抜け出せなくなり、なんであんなことを言っちゃったんだろうと、さめざめと泣きながら枕を濡らす夜を過ごしたのであった。
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