今日は卒業式。そこいら中にホロっとした涙を流している者どももいれば、告白し意中の先輩の第二ボタンを手に入れようとする不埒なものどもが跋扈する不届き者がたくさんいる。 ちょっとあいつらふざけてんじゃないのか? そんなものもらったってどうしようもないだろうに。使い道なんかないだろう? うわ、あそこにもなんかいるし。何泣いてるんだあいつ? ばっかじゃねぇの? どうせすぐ会えるだろうがクソが。 男の方も、何をもらい泣きしそうな目してんだ、恥っずバカジャネーノ? どういつもこいつもふざけてやがる。ここからバカップルが生まれるのだろうな。世の中滅んでしまえばいい。 「あの……先輩」 「なんだい?」 今の自分にできる限りの紳士的な声を出しながら振り返った。 「あの、ちょっとだけいいですか先輩」 「あぁかまわないよ。何でも言ってごらん」 なんかすごくかわいい子が現れた! この子のことは見たこともなかったが、おそらく影でずっと俺のことを見ていた子だろうな。全く、恥ずかしがって今まで声をかけられなかったんだな。かわいい奴め。 出来うる限りの優しい目でその子を見つめながら俺は言った。 「別に恥ずかしがることはないよ。何でも言ってごらん」 「あの……先輩! お願いがあります」 きたきたきたー。高鳴る胸を押さえつけ、ニヤニヤするのを必死でこらえながら真面目な顔で答えた。 「何ダイ?」声が裏返った。不覚。まあいい、さあ答えを聞こう。 「あの……せ、先輩と同じクラスの中林先輩はどこですか?」 「んあか林ぃ? さっきあっちの方で見かけたけど……」 「そうですか! ありがとうございます!」 そう言って女の子は俺が指差した方へ足早にかけていった。
……………………………………あれ?
さっきまでなんか告白されそうになったような……あぁ、気のせいか。 「……世も末だなぁ」 なんで? なんで俺のとこにはこないんだ? ちょっと涙目になりつつ、とぼとぼと校舎の横を歩いた。 ちなみに、今日は記念すべき卒業式なのに親すら来ていない。小学生の弟の卒業式とかぶったため、あっちを優先されてしまった。 「あんたの卒業式は二度も見たからもういいわ」 こんな薄情なことを今朝言われたのを思い出す。なんで今思い出すんだよちきしょう……別にいいけどさ、別にいいけどさ…… ブツブツ呪詛を吐きながら歩き(女子がこっち見てなんかヒソヒソやってたが気にしない)、校舎の裏に着いた。 ここにはいわゆる桜の木があり、ここで告白すると失敗はないと言われるベタな隠れスポットである。 誰が言い出したか知らないがよく聞くくだらない話だ。噂を流したのは俺だけど。 「なんでこうなった……」 校舎の裏で人が少ないにも関わらず、なんか待ち合わせしてそうな奴がうじゃうじゃしている。 噂流したの俺だぞ? なんの信憑性もないんだぞ? バカだなこいつら。こういうところは告白に自信がないブサイクな奴こそが使うべきとこなのだ。 この桜の木の情報を広めるためにいろいろ努力していたのは紛れもなく自分で、かわいい女子にそれとな〜くこの桜の木の情報を促しつつ、水面下でいろいろと動かしていたのだ。 その努力の結果はどうやら実ったようだ。後はここに自分が来るだけで誰かが告白してくる手はずである。 パッと見ただけで10人以上はいそうなのだから、一人くらいはもしかしたらいるはずだ。 逸る気持ちを抑えつつ、木の周りを俺はうろうろしはじめた……
変な目で見られること数十分、今は一人で桜の木をカッターで削っていた。 俺は何かを期待した。その期待が自分一人になろうとも俺をつないでいた。 だって卒業式だぜ? 最後くらい期待するじゃん。 腹いせに持っていたカッターで桜の木に掘られた名前をひたすら削っていた。まさかこんな用途になるとは思わなかった。 この木に結ばれた者同士で名前を彫れば、その仲は永遠のものとなるという噂も流しておいたので、もしかしたらと思い、事前に準備していたものである。まさか奴らの名前を削るために使うとは…… クソ、みんな消えてしまえ。 ガッガッと、桜の木に破滅しろという呪いを込めながら削っていたら、もうすっかり夕方になり始めていた。 大体の名前を削り終わると、昼に何も食べてないことを思い出した。 それと同時に、ものすごくむなしくなってきた。俺は今日一日、何をしていたのだろう。 これが学校生活最後の日だと思うとなんだか泣けてきた。 こんな涙で最後を締めくくるのか…… 「ふ、自分にはお似合いだな」と、カッコいいセリフをつぶやくと思うと余計にむなしくなり、だらんと両腕を下げて空を見上げた。 「今日で学校卒業か……」 そう思うといろいろ懐かしい思い出がこみ上げてきた。 授業が終わった放課後には友達とゲーセン行ったりしてたな。 夏休みにはブサイクな友達連れて海にナンパに行って、結局ナンパせずに海でおおはしゃぎで泳いで帰ったりしたよな。 今年の冬にはみんなで初詣に行ったっけっか。おみくじの凶の引きが良すぎてみんなでへこんで帰ったんだったよな。 他にもいろいろ思い出すことがあった。 そうして一人で思い出し笑いしていると、涙がほろりとこぼれた。 それらも今日で全部終わりなんだな。 溜息を一つつき、俺は校門へ向けて歩きだした。 「まあ、またおもしろいことを探せばいいさ。こんなとこでうじうじしてても仕方ないな」 そう明るい方向に考えながら、とりあえず弟のいる小学校へ向かうことにした。 きっとあいつは泣いているはず。それをからかっていじめることにしよう。 待ってろよ我が愛する弟よ。
弟の学校は歩いて二十分くらいのところにある。 こんなに近いのだから、うちの親もこっちに来てくれても良さそうなものだと思うのは自分だけだろうか。 まあとりあえずは弟の姿を探すことにした。ブサイクな顔だからすぐに見つかるはずである。 案の定、見つけることに成功した。どうやら一人でうろうろしていたらしい。親父とお袋はどうしたのだろう? 「よう」 何はともあれ、声を掛けた。 「あ、兄ちゃん。そっちも終わったんだ」 「あぁ、親父とお袋は?」 「うん、先に帰ってもらったんだ。ちょっと用事があったから」 「ほう、何してたんだ?」 「いやさ、卒業式に桜の木の下で告白するとうまくいくっていう伝統が内の学校にあってさ」あぁ、それ多分俺が流したやつだ。「だからとりあえず、僕も告白されないかな〜って思いながら、一人でそこで居座ってたの」 なんだか嫌な予感がした。 「で、どうだった?」 「ダメだったよ。あんなクソみたいな噂流した奴は死ねばいいと思う」 うるせーよ。俺だって今は同じ気持ちだ。 「でさ、木の下には名前がいっぱい彫られていてさ、なんかすっげーむかついたから全部そこいらにあった石で削りとってたの。そしたら時間かかっちゃってさ。誰からも告白されなかったのはショックだったよ」 俺は自分の弟と全く同じ行動をとっていたことがショックだった。 「……そうか。とりあえず帰ろうぜ。お前も腹減ったろ?」 「うん! 今日はどこかにおいしいものを食べさせてもらおうな兄ちゃん!」 「……あぁ、そうだな」 「兄ちゃんなんか元気ないな。卒業式がそんなに悲しかったか?」 「いや……うん、そうだな。なんか今日はすっげぇ悲しいわ」ポケットの中のカッターが特に。 「そうだね! じゃあ今日は早く帰ってたくさんおいしいもの食べて寝て忘れようぜ!」 食べ物のことを想像し、よだれをたらす能天気な自分の弟を見て笑った。 そうだな、またいいことあるさ。 こうして俺らの卒業式は終わりを告げた。 大学入ったらまた新しい伝統作らなきゃ。
終わり
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