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作品名:返信 作者:黒川

第13回   13
 さゆりと勇樹は駅の改札口で、文江を見送った。正人はプラットホームまで見送りに行った。
「行っちまったね」さゆりが寂しそうに言った。
「行ってしまいましたね」勇樹も頷いた。
「あたしも来週には、この町ともおさらばだよ」
「寂しくなりますよ」
「本当に、そう思ってるの?」さゆりは横目で勇樹を見た。
「本当ですよ。なんだかんだ言っても、俺、さゆりさんのこと頼りにしてましたもん」
「そうかい、じゃあ、あたしがいなくなったら、奈々枝のこと頼むよ」
「ええ、分かってますよ」勇樹は力強く頷いた。
「実はさ、昨日、奈々枝に会ったんだ」
「えっ」
「昨日、家に合格祝いだってプレゼントを持ってきたのさ」
「元気そうでしたか?」
「元気そうでしたかって、まるで、人ごとのようだね。まあ、いいけど。奈々枝ね、やっぱり精神的にまいってたみたいだったよ」
「やっぱりそうですか。奈々さんのお母さんも、しばらくは精神的に不安定になるって言ってましたから」
「聞いたら、けっこう大手術だったらしいね。そのストレスと、学校を卒業できないこと、それから、自分は勇樹に迷惑掛けっぱなしだったこと、まあ、他にもいろんなことが重なったみたいだね」
「俺は、迷惑掛けられたなんて思っていないですよ」
「勇樹が病院に見舞いに来る度、うれしい気持ちと、申し訳ない気持ち、両方あったって言ってたよ。その上、髪の毛を切られて外も歩きたくなくなったって。勇樹が後輩と会っているのを見たとき、それは仕方ない、こんな私と付き合ってる勇樹が可愛そうだって、自分は嫌われてもしょうがないって思ったらしいよ。それで・・・」さゆりはじっと勇樹をみつめた。勇樹もさゆりを見ていた。
「ちょっと、歩こうか」さゆりはくるりと回ると駅の出口の方へ向かった。勇樹もその後を追いかけた。
 勇樹が追いつくと、さゆりは話し始めた。
「これは、勇樹には内緒にしてくれって言われたんだけど。勇樹なら話しても大丈夫だと思うから話すよ。奈々枝ね、うつ病になったんだ」
「うつ病?」
「そう、聞いたことあるでしょう。あたしもよくは知らないけど。なんでも、いつも落ち込んだような気分になる病気らしいよ。奈々枝は、医者に肉体疲労の精神版だって言われたみたいだけど。とにかく、何も考えたくなくなって、やる気が起きなくなったようだね。だから、勇樹が電話とかメールをよこしても、返事をする気も起きなかったって言ってた」
「それで、何の連絡もよこさなかったのか」
「きっとそうだろうね。それから、どんどん悪いほうへ悪いほうへ考えてしまうっても言ってた。きっと、勇樹が後輩と会ってたのを見て、勇樹が浮気してるとでも思っちゃったんだろうね」
「うつ病ならうつ病と言ってくれればいいのに」
「いや、それは違う。好きな相手に、私はうつ病ですなんて言える?ただでさえ、自分は勇樹に嫌われるかも知れないって思ってるのに」
「でも、連絡くらいはよこしてくれても・・・」
「それが出来なくなるのが、うつ病なんだろうね。でも、奈々枝言ってたよ、今思うと、勇樹が待っててくれるから、ここまで治ったって」
「そうですか。じゃあもうすぐ会えますね」
「奈々枝次第だね。おそらく、奈々枝はちゃんと治った自分を勇樹に見て貰いたいんだろうね。まあ、女の気持ちからすれば、好きな男にはきれいな自分を見てもらいたいからね。確かに去年の暮れ頃は、表情がなくて、これじゃ男も逃げ出すだろうと思っちゃったもん。昨日は帽子も被ってなかったし、表情もだいぶ明るかった。まあ、これから二人で頑張るんだよ」
「さゆりさん、さゆりさんには本当にお世話になりました」勇樹は深々と頭を下げた。
「本当よ。だいたい、あんたたちは人の気持ちを気にしすぎなの。もっと自分の気持ちを伝えればいいのに。あたしみたいに、ばちっと行かなくちゃ。もう、最初は、あんたたちくっつけるのに、こっちはいらいらしてたんだから」
「は?」
「いや、なんでもない、独り言。おや、正人戻ってきたみたいだね。戻ろうか」勇樹とさゆりは、右腕のすそで涙を拭いている正人の所へ向かった。
「文リン行っちゃった」正人は人目もはばからず泣いた。勇樹とさゆりは、ずっと正人を慰めていた。

「さゆりさん。元気でね。俺達のこと忘れないでね」勇樹は改札口でさゆりに手を振った。正人も勇樹の脇で手を振っていた。
「あんたたちのことは忘れたくても忘れられないよ。あっちに行っても心配で眠れないかも知れないからさ」さゆりは大きなバックを持ち、いつもどおりの口調で言った。
「さゆりー、元気でねー」勇樹はその声を聞いてはっと振り向いた。そこにはさゆりに向かって手を振っている奈々枝がいた。
 勇樹は手を振っている奈々枝を見つめた。髪をショートカットにして、少し痩せた感じはしたが、それは紛れも無く奈々枝だった。
「勇樹―、奈々枝のこと頼んだよー」その声に、勇樹はもう一度さゆりを見た。さゆりは最後に大きく手を振ると電車に乗り込んだ。そして、電車はゆっくりと動き出した。
「あー良かった間に合って」電車を目で追い掛けながら奈々枝が言った。
「俺達さゆりさんに、なんだかんだ言われながらも面倒見てもらったよな」正人も電車を目で追っていた。
「ああ、そうだな」勇樹は、もう一度大きく手を振った。そうして、さゆりの乗った電車はどんどん小さくなって、やがて見えなくなった。
「奈々枝さん、久し振りです」正人が奈々枝に声を掛けた。
「本当、久し振りだね。正人君も元気そうで良かった」
「そう見えます?でもこないだ文リンが行っちゃって、ちょっと寂しいんですけどね。でも、俺が大学合格して、東京で再会しようって言ったら、絶対だよ、約束だよって言ってくれたんです。俺それを信じて、今年はやりますよ」正人は力強く頷いた。
「大丈夫だよ。正人君ならきっと出来るよ」
「ええ、頑張りますよ。じゃあ、俺、ちょっと用事があるんで、これで帰ります」正人は、勇樹と奈々枝に気を使ってそう言うと、手を振って帰って行った。
 勇樹は突然奈々枝に会って驚いたこともあり、奈々枝に何て言っていいのか言葉が見つからなかった。奈々枝も同じように、何も言わなかった。
「じゃあ、あっちに行きますか」勇樹は、あっちとはどこか考えていなかったが、とりあえず歩き出した。奈々枝も勇樹の脇を一緒に歩いた。
 あんなに会いたいと思っていたのに、いざ、会って見ると、なんだか気恥ずかしい気持ちを勇樹は感じた。それは奈々枝に告白したときのものとは違うものだ。
「奈々さん、久し振りです。髪、だいぶ伸びましたね」勇樹は言葉が見つからなかったが、何か言わなくちゃと思い、さしさわりのないことを言った。
「うん、ようやくね」奈々枝は髪を右手で触った。
 それから二人は、しばらく何も話さず駅から繁華街の方を目指して歩いた。
 勇樹は何も話せなかった。奈々枝の病気のことを聞いていたので、変なことを言って、また、関係がこじれるのを恐れていたのだ。
 交差点で、勇樹はちょっとうつむき加減の奈々枝の顔をみつめた。奈々枝はすこし痩せて、確かにまだ昔の元気な顔ではない。良くみると、それを隠すように薄く化粧をしている。それを見て、勇樹には分かった。そして、奈々枝の右手を左手で握りしめて、「お帰り」と言った。
 奈々枝はなにも言わずに、うん、と首を立てに振った。そして、奈々枝は勇樹とつないだ手をしっかりと握った。

 それから、奈々枝は徐々に回復した。学校にもちゃんと行けるようになった。前のように奈々枝の家で勉強をしたり、映画を見たり、楽しく話しをしたり、ライブも見に来るようになった。
 勇樹と正人はその年の十月まで音楽村のライブを行った。練習は、正人の家でした。最後のライブの時、音楽村で送別会をしてくれた。正人はいつものことだったが、勇樹まで酔いつぶれてしまい、気が付くと、奈々枝が隣で介抱してくれたこともあった。

 そして、たくさんの思い出を詰めた高校時代は終わりを告げた。奈々枝は東京の大学に行った。正人も東京の大学に行った。もっとも文江には別の彼氏が出来て、正人は振られてしまったので、東京で新しい彼女を見つけると言っていた。
 勇樹は、東京には行かず地元の大学に行った。勇樹が一年生の時、「私、スカウトされた」と奈々枝がメールをよこした。それからは、メールのやりとりもなく、スカウトされて一年程たった頃だろうか「私、女優を目指します」、「頑張れ、応援してます」、それが最後のやりとりになった。
 勇樹は大学でバイクにのめり込み、バイクのサークルで知り合った別の彼女を見つけていた。そして、次第に奈々枝のことや、正人のこと、音楽村のことも、次から次へと重なる思い出に、いつしかそれは、色がぼんやりとしてくるのを勇樹は感じていた。


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