二月の雪が道路を覆い、どんよりとした雲が、流れることもなく空に留まっているのを見ながら、勇樹と正人は倉庫を目指していた。 今日は、正人がパソコンを駆使して作ったオリジナル曲の練習をすることになっていた。なんでも、ドラムやベースもパソコンで入れられるらしく、これなら二人でも大丈夫だと、正人は勇樹に自慢していた。 本当は別なメンバーを探すことにしていたのだが、もう、メンバーも固まっている連中が多く、それに、三年も間近になれば、新しく音楽をやろうなんて奴もいる訳がないので、こうなったら、お前と心中だと言って、二人だけでやることにしたのだ。 倉庫に着いて、石油ストーブをつけた。二人はしばらく石油ストーブの近くに座り、体を温めていた。 「なあ、勇樹、俺ずっと聞きたかったんだけどさ。お前、最近、奈々枝さんの話しないよな。分かれたのか?」正人が石油ストーブの炎を見ながら勇樹に聞いた。 「いや、分かれちゃいないよ。でも、最近全然会っていないのは確かだけど」勇樹は炎を黙って見ていた。 「何で会わないんだ。連絡はしてるのか」 「前は、メールも全然来なかったんだけど、最近はたまに、おやすみ、ってメールが来るよ」 「何だかわからないな、お前らの関係。でもさ、こないだ、文リンが言ってたんだけど、最近、奈々枝さん学校にも行ってないみたいなんだ」 「それは、知らなかったな」勇樹は正人の顔をちらっと見た。 「もっとも、今の時期は、みんな、受験、受験で学校に行っても、ほとんど、自習みたいだけどね」 「じゃあ、行っても仕方ないんじゃないのか」 「でも、それをお前が知らないのは、やっぱりおかしいよ。本当に分かれてないのか」正人が勇樹に顔を近づけた。 「分かれちゃいないさ。でも、俺は、奈々さんの気持ちが分かるし、奈々さんも俺の気持ちが分かってる。それでいいじゃないか」勇樹はにこっと笑った。 「まあ、お前のその顔は、分かれた顔じゃないことだけは確かだな。じゃあ、俺はもうお前のことを心配するのは辞めた」 正人は、また、石油ストーブの炎に目を落とした。 「正人、文江さんが大学行ったら、お前も寂しくなるな」 「仕方ないさ。それは分かっていることだから」 「正人、練習しようぜ。俺達まで、なんか天気みたいに暗くなっちまいそうだ」勇樹がギターをジャーンと鳴らした。 「そうだ、勇樹、俺、二人の名前を考えて来たんだ。正人&勇樹ってのはどうだ?」 「ダメだ、勇樹&正人だ」 「お前も、その辺は大人になっちゃいないな」正人は大声で笑った。
二月の音楽村のライブが終わった後、勇樹と正人はいつものように、後片付けをしていた。 「正人ちゃん。終わったら一緒に帰ろうよ」文江が正人に話し掛けた。「もう少しだからね、文リン」正人はスピーカーを運びながらウインクをした。文江は受験も終わり、後は結果を待つだけだったので、今日はライブを見に来ていたのだ。なんでも、滑り止めで受験した大学は合格したらしく、今日はいつもより上機嫌だった。 「おい、勇樹。あいつらなんとかしろ。見ているだけで鳥肌が立ちそうだ」吉田が渋い顔をした。 「まあまあ、あの二人、後一ヶ月もすれば離れ離れになるんですから、大目に見てやって下さいよ」勇樹は、はい、と言って吉田にアンプのコードを渡した。 「そうか、もう、そういう時期なのか。俺も、お前らの頃は熱い恋愛をしてたもんだ・・・」 勇樹は昔話を始めた吉田を無視して、テーブルを運んだ。二つ目のテーブルを並べていた時、勇樹は、声を掛けられた。 「向井さん。終わったら、ちょっといいでしょうか」それは矢沢だった。 「ああ、いいけど」 「じゃあ、外で待ってます」 一体なんだろう。こないだ、メールを送ったはずなんだけど。届いていなかったのかな。勇樹は不思議に思った。 勇樹は、後片付けを終え、正人と文江を見送ると外へ出た。そこには、寒そうに立っている矢沢がいた。 「すみません。突然呼び出して」矢沢は頭を下げた。 「どうしたの?」 「あの、向井さんにどうしても話しておきたいことがあって」矢沢は、勇樹を見つめた。 「そう、じゃあ、ここじゃ寒いから、ボイスに戻ろうか」 「はい」 二人はボイスに戻った。店はすっかり片付き、店の奥では天田と弘道と大森が次のライブの打ち合わせをしていた。勇樹と矢沢が入ってくるのを見ると天田が「どうした勇樹、忘れ物か?」と聞いた。 「いえ、そうじゃないんですけど、ちょっと、ここ借りていいですか」勇樹は店の端っこのテーブルを指差した。 天田は頷くと、これサービスだからと言ってココアを持ってきてくれた。 しばらく二人はココアを飲みながら黙っていた。話しかけたのは矢沢の方からだった。 「向井さん。この前は、すみませんでした。突然、手紙なんか渡して」矢沢は緊張しているのか肩が上がり、手をももに置いて顔は下を向いていた。 「いや、別に」勇樹はその後、なんて言っていいのか分からなかったので、ココアを一口飲んだ 「メールは読みました。でも、どうしても、これだけは言っておきたくて」 矢沢はココアを飲むとまた話し始めた。 「あの、私、中学時代から向井さんが好きでした。実は、私、中学一年のとき、テニス部の二年生にいじめられていたんです。でもテニスが好きだったから、ずっと我慢してました。でも、二年生に、ラケットを隠されて泣いていたとき、向井さん一緒になって探してくれましたよね。そして向井さん、その上級生のこと(お前にテニスをやる資格はない。今度こんなことしたら、女だからって容赦しないぞ)って言ってくれたのを覚えてますか」 「いや、覚えてないけど、たぶん、その上級生、浜田じゃないか」 「そうです、浜田さんです」 浜田は勇樹と同じクラスで、確かに人の悪口や陰口をよく言っていた。勇樹もあまりよくは思ってはいなかった。さゆりさんがいた時は、首根っこを抑えられていたので、おとなしくしていたのだろうが、いなくなった途端に、下級生をいじめ始めたのだろう。 「向井さんが、そう言ってくれた後も、いじめはなくならなかったんですけど、ただ、私には味方がいるって思えたら、急に自分に力が沸いてきて、いじめも気にならなくなったんです。そのうち、いじめもなくなりました」 「そうか、そんなことがあったんだ」 「ええ、それで、その時から私、向井さんが好きになって・・・でもいいんです。私、向井さんに付き合っている人がいるの知ってましたし。ただ、自分の気持ちを伝えたかっただけなんです。それに、あの時のお礼も言ってなかったので、それも伝えたかったんです」 矢沢は立ち上がると「ありがとうございました」と言ってボイスを出て行った。 味方か。いつも側にいる訳じゃないのに、気持ちだけでもつながっていれば、それは、心強いものなのかも知れないな。奈々さんとは、もう三ヵ月も会ってないし、メールも「おやすみ」って送るだけだけど、奈々さんにとっては、それが、心強い援軍なのかも知れない。何故、奈々さんが俺と会わないのかは分からない。でも、奈々さんは俺を必要としている。それは間違いない。そして、俺は奈々さんを待っている。いつまでも待つつもりだ。 勇樹が、残ったココアを飲み干すと天田と弘道がやってきた。 「勇樹、お前、なかなかやるな。奈々枝ちゃんと別れたと思ったら、もう別な子と出来たのか」天田はカップを下げた。 「えっ」勇樹は天田を見た。 「いや、さゆりちゃんの送別会の時、勇樹君、奈々枝ちゃんと別れてさみしそうだったから、女の子でも紹介してやろうかって話してたんだよ。でもそいつは、いらぬおせっかいだったな」弘道がタバコの煙を吐き出しながら言った。 「俺、別れたって言いましたっけ」 「別れてないの?だって、あれ以来、奈々枝ちゃん全然顔見せないし、勇樹君も奈々枝ちゃんのこと話さないからさ、俺、てっきり別れたと思ってたよ」弘道はきょとんとした顔をした。 「別れてないですよ。前より仲がいいと思ってるくらいなのに」 「弘道、お前の目も狂ってきたんじゃないのか」天田はカップを持って、厨房に向かった。 「そうか、でも、それは良かったな勇樹君。まあ、あの時の様子だとなにかあったんだろうけどさ。雨降って地固まったってやつか」弘道は勇樹の前に座った。そこに大森がやってきた。 「勇樹、今度、いつライブに出れる?」 「四月にはなんとか間に合わせようと思います」 「そうか、四月か。ヨーシ分かった。新生・正人&勇樹を見せてくれよ」 「違いますよ。勇樹&正人ですよ」
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