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作品名:宇宙人 作者:黒川

第9回   9
 僕は、汽車に乗り込んだ。ディーゼルエンジンが唸りを上げると、汽車はゆっくり動きだした。見渡す限りの田んぼは青々と茂り、まるでじゅうたんのようだった。秋になると黄金色に変わり、実りの秋を実感させてくれる。そして、空はどこまでも青く、そこに流れる川は澄んでいた。
汽車はしばらく、盆地を走っていたが、やがて、山をぬって、山に張り付くように汽車は走った。ふと見ると、線路の下を通っている道路は車がほとんど走っていなかった。そりゃそうだ、この辺は過疎化が進んで、住んでる人も減ってきている。一見無駄な道路のようだが、なにかあったときには大切な道路だ。この汽車も同様に年寄りが医者に行くときや買い物に行くときには大切な足となる。
向かいの山を見ると、林道のようなものが見えた。あれは僕の親父が勤めていた建設会社が作ったものだ。あれは確かに無駄といえば無駄かもしれない。でも親父があそこで働いていたから、僕は大学にも行けたし、そこそこの職にも就けた。あまり文句も言えない。
 汽車は最後のトンネルを抜けた。もうすぐ駅に到着する。ギギーと鈍い金属音を出して汽車は止まった。降りたのは僕も含めて二人だった。よく見るともう一人は近所のおばちゃんだった。
「浩介帰ってきたのか。一人か?」
「ええ、みんな忙しくて、一人で帰ってきました」
「そうか。まあ、父ちゃんも引越しの準備で大変だからな。手伝っていくんだろう」
「そうです。まあ、あまり長くは居れませんけど」
 僕は、タクシーを呼んだ。この村で一台だけのタクシーだ。今日は忙しいらしく、三十分ほど待ってくれと言われた。歩いて帰れないことはないが、歩けば一時間はかかる、しかも山あり谷ありの道だ。運動不足の体にはちょっとこたえるので、僕はタクシーが来るまで、駅の椅子に腰掛けて待つことにした。
 ここから見る景色は、昔と変わっちゃいない。青い空に、緑の山、川のせせらぎ。空気も変わっちゃいない。まったく昔のまま澄んでいる。
急にトラックが何台も、ディーゼルエンジン特有のにおいを振りまいて、駅前の道路を走っていった。それを見てフーっとため息がでた。今のトラックも、大きな町の生活用水確保のために造られるダム工事現場で働いているんだ。そして、そのダムのお陰で、僕の実家は水の下になってしまうのだ。
 人間の豊かな生活を守るため、ここには、水力発電所のダムもある。ここで発電された電気や、貯められた水を使っている人達は、当たり前のようにその恩恵を受けているのだろう。
 それがいけないこととは思わないが、それによって、故郷を奪われる人間もいるんだってことは分かって欲しい。大多数の人間の豊かな生活は、自然や少数の人間の犠牲の上に成り立つこともあるんだってことを。一生のうち一回くらいはここにきて、みなさんが辛い思いをしたお陰で、私達の生活は成り立っています。そう言ってもらいたい。
 タクシーがやってきた。
「浩介じゃないか。今年はお前のところも大変だな。そういえば、父ちゃん達の住むところ決まったみたいだな」
「ええ、いいところがあったって聞いてます」
「どうだ、子供達は元気か」
「もう、親と一緒に来るなんて言わないんで、ちょっと寂しいですよ」
「ははは、大丈夫、そのうち戻ってくるさ」
 そんな話をしながら、十分で家に着いた。親父とお袋は、せっせと引越しの準備をしていた。
「ただいま」
「おかえり。ちょうど良かった。仏壇運ぶの手伝ってくれ。俺と母ちゃんだけじゃ重くて運べないんだ」
 昔の親父だったら、一人で運んでいただろう。でも、寄る年波にはかなわない。僕は仏壇運びを手伝った。そこにはじいちゃんとばあちゃんの写真もあった。もちろん、戦死したおにいちゃんの写真もあった。戦死したおにいちゃんの写真をみると、自分より大分若いことに改めて驚かされた。
 一息ついて、みんなでお茶を飲んだ。お茶は水道水を沸かしたお湯でいれたものだ。でも、やっぱり美味かった。
僕の自宅では、ご飯を炊いたり、飲み水に使う水は、浄水器で浄水したものを使っている。でもここは、そのまま水道水を使っても美味い。これは浄水器もかなわない。
「あ、そうだ、着いたら連絡くれって言われていたんだ」僕はポケットに入っていた携帯を取り出して自宅に電話をかけようとした。しかし、携帯の画面には「圏外」の文字が出ていた。家の電話を使って電話を入れた。確かにこういうところは都会に比べて不便なところではある。
「今、着いたよ。ああ、明後日帰るよ。うん、それじゃ」電話を切って、また、美味しいお茶を飲んだ。
「浩介、ここが、今度住むところの住所だ。電話番号が決まったら、連絡するから」
「分かった。でもここを離れるなんて思っていなかったでしょう」
「想像もしなかったし、できれば出て行きたくないのが本音だ。でも、ダムができるのはもう決まったことだし、今更、しょうがないさ」親父は寂しそうだ。お袋も同じ気持ちだと思う。
それは、僕も同じだ。年に何回も帰ってくる訳じゃないが、自分が生まれ育った故郷がなくなるのは、なんともいえないくらい寂しいものだ。旧ソ連のとき、亡命者が命をかけて故郷に帰る話を聞いたことがあるが、その気持ちは、今は分からないことはない。
 一息入れて、また、引越しの準備を始めた。昔の思い出の品がいっぱい出てきた。それをまとめて、いらないものは捨てた。捨てるといっても、物を見るといろんなことを思い出して、その度「ああだ、こうだ」とみんなで話始めるものだから、なかなか、引越し準備ははかどらなかった。
「あれ、これは」それはピンク色した小さな石だった。昔、僕が使っていた筆箱の中に入っていた。「こんなところにあったのか」僕はそれをポケットにしまいこんだ。
「ああ疲れた。今日は終わりだ」親父はそういうと畳に座って、肩をたたいた。
「夕ご飯作るから、浩介も休んだら」
「じゃ、ちょっと出かけてくる」僕は子供の頃いつも遊んだ沢に向かった。ピンクの石を見て、あの沢を思い出した僕は、靴を履いて外へ出た。途中おやしろにも行ってみた。ダムができればここも水没してしまうが、お地蔵さんは、別の場所に移されるらしい。
いまもおやしろはきれいにしてあった。もう、ここで遊ぶ子供もいないせいか、お地蔵さんは整然と前を向いていた。でも、お地蔵さんはなんだか寂しそうだった。本当は子供達がここで遊んでいるのを見るのが楽しかったのだろう。
 道を歩いていると、見えるはずの学校が見えなかった。そうだ、何年か前に取り壊されたんだった。いろんな思い出の詰まった学校は、跡形も無くなっていた。でも、校庭は残されていた。近所の年寄りがここでゲートボールをしているらしく、四角く線が引いてあった。でも、まもなくここも水の下になってしまう。
 きのこ爺さんの家もなかった。きのこ爺さんは、ばあさんに先立たれ、十年程一人で生活していたようだが、ある朝ポックリと死んでしまったらしい。
 後で聞いた話によると、子供たちが気持ちよく遊べるようにおやしろを掃除したり、通学のとき危ないからと道路にはみだした木の枝を切ったりしていたらしい。きのこ爺さんには叱られた思い出しかないが、今考えれば、あの頃は叱られて当然のことをしていただけで、本当は優しい人だったんだと思う。
ふと僕はあの親子連れのタヌキを思い出した。あのタヌキももう死んでいるだろう。しかし、僕の頭の中には、今もはっきりと、親ダヌキがきのこ爺さんから逃げ出して、子ダヌキと山に帰っていくところが思い出された。

 沢に行くと、先客がいた。
「あれ、裕太、勝也じゃないか」
「おお、浩介も帰ってきたのか」裕太が手を振った。勝也も手を振っていた。
 裕太は今、小学校の先生をしている。裕太のイメージからして、先生は似合わないと思っていたが、今見るとメガネも似合ってるし、確かに先生らしく見えないこともない。
勝也は自動車整備工場を経営している。あのプラモデルを思い出すと、心配でしょうがないが、修理するのは上手らしい。お金のことはしっかりものの奥さんが管理しているそうだ。でも、昔に比べて大分太ったし、髪の毛も薄くなってきていた。
 僕たちは、前のように岩に腰を下ろした。そして全員言った。
「よっこらせーのどっこいしょっと」みんなで笑った。
「ここも、水の下になっちまうんだって」勝也が言った。
「寂しいな」みんな同じ気持ちだった。
「しかし、久しぶりだな、三人一緒に揃うなんて」裕太は勝也を見た。
「本当だ。いや実は、今日、実家の片付けしてたら、たまたま昔使ってた筆箱の中にピンクの石を見つけたんだ。そしたらここを思い出したんだよ」勝也はポケットから石を出した。
「同じだよ、僕も筆箱の中でこの石見つけたんだ」
「おい、俺もだよ。今日実家で、昔使ってたランドセルの中を見たら、お守り袋があったんで、中を見たらこいつがあったんだ。で、なんとなくここに来たくなってさ」
「もしかしたら、修治君が来るかもしれないぞ」
「誰だっけ?そのシュウジ君って」裕太と勝也は僕の顔を覗き込んだ。
「僕たちの、友達さ」
「そんな奴いたっけ?」
「お前ら、冷たい奴だな。まあいい、昔のように空を見ようぜ」僕はにやにやして言った。
みんな岩の上にゴロンと横になった。空と山と水の音と、新鮮な空気を惜しむように僕たちは遠くを見ていた。
「よく、ここで遊んだよな。服も靴もビシャビシャにしてさ。帰るたびに怒られたっけ。こんなきれいなところで遊んでたなんて、今思うと贅沢だね」僕は懐かしく昔を思い出した。
「確かにそうだな。でも、ここがなくなるって聞かなきゃ、もうここにはこなかったかも知れないね。俺たち、この景色が当たり前だと思ってたし、この景色はずっとここにあるもんだと思ってたもん」裕太は手元の石を子供の頃のように沢に投げていた。
勝也は近くにあった草を取ってゆらゆら揺らしながら「みんなでもう一度ここで遊びたいよ」そう言った。
勝也がそう言うと、ポケットにあったピンクの石が光った。裕太と勝也の石も光った。それは、ゆっくりと動き出して、スーッと僕たちの上で合わさったかと思うと、空中にここの景色を映し出した。それは、よく見ると、子供の頃の僕と裕太と勝也、そして修治君が、わいわい騒ぎながらコンバットごっこをしている映像だった。
 僕たちは驚きで声が出なかった。ただ、黙ってその映像を見ていた。でも、なんとなく懐かしさを覚えたのは、僕だけではあるまい。おそらく裕太と勝也も同じ思いだっただろう。しばらくピンクの石はその映像を写していた。一分程経つとフッと映像は消えた。そして、ピンクの石は三人それぞれの前で、徐々に大きくなり三枚の絵になった。僕たちはその絵を手に取り眺めた。その絵は子供が描いたような絵で決して上手なものではないが、何故か僕たちの心を捉えて離さなかった。僕たちは、誰もなにも話さずただその絵をじっと眺めていた。

「一体、これは何なんだろう」裕太がようやく口を開いた。
「友達からの送り物だと思う」僕はこれは修治君からのプレゼントに違いないと思った。僕は修治君とのことを忘れることはなかったし、修治君との思い出はいつも頭の中で鮮明に映像となって描くことができた。そして、この絵を見て、今まで分からなかったことが全て解決した気がした。
「友達?」勝也が僕の顔をじっと見つめた。
「そうさ、友達さ。ほら、絵をみてごらん。僕らの他にもう一人いるだろう。これが僕たちの友達さ」
「俺は、覚えていないな」裕太は首を振った。勝也もしかめっ面をして首をかしげた。
「この子は、宇宙人さ。きっとここが気に入ったんだ。だから、こうやって、ここの絵を僕たちにプレゼントしたんだと思う」
「宇宙人!お前、本当にそんなこと信じているのか」勝也はにやけた顔をした。
「そうさ。よく考えてみろよ。今の科学で、こんな手品みたいなことが出来るか。出来るのは宇宙人しかいないだろう」
「確かに、現代の科学で今のことを説明するのは難しいと思う。でも、俺は宇宙人と遊んだ覚えはないし、当然知り合いもいる訳がない」裕太はそう言うと絵をじっと見つめた。
「なんで浩介は覚えてるんだ」勝也が言った。
「当然だろう、友達なんだから」
「俺はバカだから忘れるかも知れないけど、裕太が覚えていないのはおかしいよ」
 僕は、今まで「俺は、宇宙人を見たんだ」と誰にも言ったことはない。それは修治君に対する裏切りだと思っていたからだ。しかし、裕太と勝也は別だ。僕は修治君のことを全て話した。一緒に遊んだこと、UFOに乗っていたこと、そして、最後に僕たちのために絵を描いたことを。二人は黙って聞いていた。
「そうか。そういうことだったのか。どうりでこの絵には、なにか特別な思いが込められている気がしたのか」裕太は、また黙って絵に視線を落とした。勝也も何も離さずに絵をじっと見ていた。

「ほら、見ろよ」僕は夕日に向かって顔を上げた。
「きれいだな。だけど、これでここも見納めだ」裕太は大きなため息をついた。
「でも、この絵があれば、いつもここに帰ってこれるじゃないか」勝也が僕と裕太の肩をポンと叩いた。僕たちは頷いた。

「さあ、帰ろう」裕太が言った。僕たちはそれぞれの手に修治君からのプレゼントを持って、昔のように三人横並びに歩きながら家路についた。
「しかし、そのなんだ、修治君はいいプレゼントを贈ってくれたよな。これは最高のプレゼントさ。俺がUFO作るから、お前ら一緒にお礼に行こうぜ」勝也が言った。
「勝也の作るUFOには乗りたくないな。でもさ、本当にいいプレゼントだと思うよ。俺たち三人が、最後にあそこに集まった時にあのタイミングで出されたんだからな」
「!」
 僕は裕太のその言葉で全てが分かった。僕は大きな勘違いをしていた。
「そうか!分かった!」僕は大声で叫んだ。裕太と勝也が驚いて僕の顔を覗き込んだ。
「そうか。僕は大きな勘違いをしていた。修治君は、修治君は、未来の人間だったんだ」
「未来の人間?」裕太が聞き返した。
「そうさ。だってそうだろう。ここがダムでなくなることはあの頃の僕たちは分かるはずがない。もちろん、大人だって知らないはずだ。なのに、なんで、ここがなくなるって知ってたかのように、あそこの絵を僕たちにプレゼントしたんだ。それに、なんで、今日なんだ。それは、僕たち三人が最後にあの場所に集まるって知ってたからじゃないか」
「それを知っているのは、未来を知っている人間しかいない、ってことだな」裕太の言葉に僕は頷いた。
「ってことは、今の俺たちを修治君は見ていたのか」勝也はそう言うと後ろを振り返った。僕と裕太も同じように後ろを振り返った。

もう、辺りではヒグラシが鳴いていた。昔だったら「帰る時間だよ」と言っているように聞こえた。でも、今日の僕たちはこの景色をずっと見ていた。もう二度と見れないこの景色を。心の中のネガにはっきりと焼き付けるように。
しかし、景色は奪い取られても、僕たちの思い出は、僕たちの心がある限り誰にも奪えない。僕たちだけじゃない、ここに住んでいる人間、植物、生き物、全てがここで生活していた事実は誰にも奪えないのだ。そして、それは僕たちの心の中でずっと生き続けていくはずだ。そう、未来までそれは僕たちの心の中に・・・。

どの位、そのままでいただろうか。
「そうか、修治君は俺たちの子孫だったのか」裕太は遠くを見るように言った。
「と言うことは、修治君が乗っていたのはタイムマシンだったのか。おい勝也、お前タイムマシン作れるか?」僕は勝也の肩を叩いた。
「いや無理だ。UFOなら作れると思ったけど、タイムマシンは作れない。これじゃお礼に行けないや」勝也は笑った。僕も裕太も笑った。おそらく修治君も遠い未来で笑っているだろう。


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