今朝は寒くて吐く息も白かった。外はどんよりとした雲にところどころに晴れ間が見えて、ついに来たかと思った。山を見ると、やっぱり山の上は白かった。空気は凛と澄んで、触れるもの全ての背筋をピンと伸ばしてくれるような気がした。山はてっぺんが白く、そこから下はまだ紅葉が残っていた。まるで、はっきりと、季節の変わり目を見せてくれているようだった。澄んだ空気がさらにそのコントラストを引き立たせ、しばらく僕はその光景に心を奪われていた。 修治君は雪を見て、珍しくはしゃいでいた。 「裕太君、雪ってこの辺も降るの?」 「いっぱい降るよ。雪だるまもできるし、雪合戦だっていくらでもできるよ」 「じゃ、カマクラもできるよね。ねえ雪降ったら、カマクラつくって僕たちの秘密基地にしようよ」 「そうだそれがいい、そうしよう」勝也は乗り気だった。もちろん僕も裕太も賛成だった。 給食の時間三郎先生が 「また、雪降るのか、やだな」と言った。 三郎先生は、雪が降らないところで育ったので、雪にはうんざりするらしい。 「修治、お前もはしゃいでいられるのも今のうちだぞ。雪が降ったら、楽しいことより、大変なことの方が多いんだから」 「先生、僕、スキーやってみたい」 「大丈夫だぞ修治、冬の体育はスキーだけだから」 「やったー」修治君は本当に雪が降るのが楽しみらしい。
しばらくすると、雪は僕たちの生活をすっぽりと覆いつくした。 三郎先生は学校のすぐ近くに家を借りていたが、いつも、家の前の雪を片付けてくるので、大汗をかいて学校に来ていた。 「もう、いやだ。雪はいやだ。雪のないところに行きたい」 「でも、先生がいなくなったら、寂しくなります」幸恵ちゃんと、久美子ちゃんが言った。 「そうか、そうか、お前たちはいい子だな。先生もお前たちと別れるのは寂しいぞ」 三郎先生は目がウルウルしていた。そして、僕たちの方を見た。 「それに比べてお前たちは、いつも俺のジャンパーに落書きをしてるだろう」 三郎先生は雪で濡れたジャンパーをいつも、ストーブの脇で乾かしていた。僕たちはそれによく落書きをしていた。 「俺も、先生がいなくなると、落書きができなくなるので寂しいです」 「やっぱり勝也だったか。今度落書きしたら給食抜きだぞ」
まもなく、冬休みというある日 「久美子ちゃん、クリスマスプレゼント、サンタさんになにお願いするの」幸恵ちゃんは犬のぬいぐるみをお願いしていたようだ。 「私は、くまさんのぬいぐるみが欲しいな」 それを聞いていた勝也が 「犬だったら、浩介のところに行けば見れるじゃないか。熊も浩介のじいちゃんにお願いすれば取ってきてくれるぞ」 「もう、ばかじゃないの」勝也は相手にされなかった。 「勝也、お前なにお願いするんだ、俺は、カウンタックのプラモデルがいいな」裕太が聞いた。 「俺は、スカイラインのプラモデル」 「でも、お前プラモデル完成したことないだろう。いつも、交通事故に遭った車みたいになっちゃうじゃないか」 「今度は、ちゃんと作るよ。もうすぐ四年生だし。浩介は?」 「戦艦大和のプラモデルをお願いしたんだ」 「大和か。かっこいいな。修治君はなにお願いしたの」 「僕は、なにもお願いしてないよ」 「へー、どうして」 「欲しいものがあったら、お小遣い貯めて買おうと思うんだ。それに、サンタさんって年寄りだから、いっぱい頼んだら可哀相だし」みんな、さすが修治君と感心した。 「そうか、サンタさん年寄りだしな。それにみんなにプレゼント買ってやって、案外貧乏なのかも知れないぞ」勝也は頷いていた。
今日は終業式だ。三郎先生は僕たちを一人一人呼んで、通信簿を渡した。 「裕太、お前は頑張ったな。誉めてやるぞ。いたずらさえしなければ、もっといいんだがな」裕太はニコニコして席に着いた。 「幸恵ちゃんも頑張ったな」幸恵ちゃんもニコニコして席に着いた。 「久美子ちゃんは、今回は算数と国語が良かったぞ、よく勉強していたな」久美子ちゃんは、Vサインをだして席に着いた。 「修治、お前はたいしたもんだ。みんなと仲良くやってたしな」修治君はなにも言わずに、なんか寂しそうに席に着いた。 「浩介、お前は体育が良かったな。あとはまあまあだ。でも、運動会一等賞、頑張ったな」 僕はニコニコして席に着いた。 「勝也、お前も今回は頑張ったな。特に掛け算は満点だったもんな。この調子で頑張れよ」 勝也もニコニコして席に着いた。 三郎先生は、冬休みの生活の心得を話し始めたが、当然僕たちは聞いていなかった。早く遊びたくてしょうがなかったからだ。そして、三郎先生は、僕たちに宿題を渡して言った。 「みんなに寂しいお知らせがあります。二学期みんなと一緒に勉強した修治君が、また、転校することになりました」 「えー!」僕たちは大声を上げた。 「修治君、本当なの」裕太は修治君を見た。 「・・・うん」 「そうか、残念だな」勝也も寂しそうだった。 「修治君いつまでこっちにいるの?」 「二十七日に引っ越すんだ」 「二十七日?随分忙しいな」勝也は驚いていた。 「じゃ、もうすぐだね」幸恵ちゃんも久美子ちゃんも残念そうだ。
「先生さようなら」そういい終わると飛び出るように校舎を出た。 「修治君、最後に雪合戦やろうぜ」 「やろうやろう」 僕たちは、二手に分かれて雪合戦を始めた。しばらくすると、下級生と上級生も仲間に入ってみんなで雪合戦だ。修治君はみんなとの別れを惜しむように、でも本当に楽しそうに雪合戦をしていた。 雪合戦が終わって修治君の家に行くと、修治君のパパもママも顔を出してくれた。 「みんな本当にありがとう。修治も転校するって言ったら、とっても残念そうにしていたのよ」ママが言った。 「本当は、もうしばらくいる予定だったんだが、あまり長くは・・・いや、転勤が急に決まってね。みんなと冬の星空を見るのを楽しみにしてたのに」修治君のパパも寂しそうな顔をした。 「浩介君、おじいちゃんに新米ごちそう様でしたって言っておいてね。とってもおいしかったって」 「うん、分かった。修治君、僕たち二十七日にみんなで見送りに来るよ。友達だもんな」 裕太と勝也と僕は、トボトボと雪に覆い尽くされた道を、長靴を履いて歩いていた。 「なんだよ、せっかく仲良くなれたのに、転校するなんて。そうだ、みんなで、修治君にプレゼントをしよう」裕太が提案した。 「そうだ、それがいい、勝也も賛成だろう」 「賛成。でもなにあげるの」 「大事なものだよ。俺は、サンタさんにお願いした、カウンタックをあげる」 「俺は戦艦大和だ」 「でも、サンタさんにもらったもの、あげちゃっていいの」 「いいんだよ。大事なものをあげるんだ。だって修治君は友達じゃないか」 「そうだよな、じゃ俺はスカイラインをあげるぞ」
家に帰って、じいちゃんに通信簿を見せた。「うんうん」と頷いた意外は特に何も言わなかった。オール3では、特になにも言うこともないとは思うけど。 父ちゃんも母ちゃんも通信簿を見て、何も言わなかった。ただ、母ちゃんは通信簿を仏壇に置いて鐘を鳴らした。ご先祖様に僕の頭が良くなるように祈っていたのかも知れない。でも、その頃は、みんなあまり成績がどうのこうのとは言わなかった。 「父ちゃん、こないだ転校してきた修治君、また引っ越すんだって。寂しいな」 「ああ、そうみたいだな。お父さんは優秀な技術者みたいだから、どこかで声が掛かったんだろう」 「修治君のパパ優秀なんだ。だから、修治君も頭がいいんだな」 「そういうことだ。お前は俺の子供だからこんなもんなんだ。だから、怒ってもしょうがない。ははは」 「そういううことか、ははは」 「まったく親子は似て欲しくないところが似るんだから」母ちゃんは脇でお茶を飲んでいた「浩介、明日早いんだから、今日はもう寝なさい」
次の日は、父ちゃんと母ちゃんと町に買い物に行った。町と言っても車で一時間半くらいかかるところで、正月の買出しに行ったのだ。 車の中で父ちゃんが僕に聞いた。 「浩介、サンタさんにヤマトのプラモデルお願いしたのか」 「うん、お願いしたよ。でも、勝也がサンタさんは貧乏だって言っていたから心配なんだ」 それを聞いて父ちゃんも母ちゃんも大笑いしていた。僕はなんで笑っているのか分からなかった。 デパートに行って、僕と母ちゃんがいろいろ見ていたら、父ちゃんが紙袋を持ってやってきた。 「父ちゃんなに買ってきたの?」 父ちゃんはニコニコしながら「たいしたものじゃないよ」と言った。 「ふーん」僕はあまり気にしなかった。 「おい、浩介のスキー買わなくちゃ」みんなでスポーツ用品売り場に行った。そして、エッジ付きのスキーを買ってもらった。今でこそエッジ付きのスキーは当たり前かも知れないが、僕が去年まで使っていたスキーはエッジがなかったのだ。まあ、よくそんなんで滑っていたなと感心する。 お昼ご飯は、デパートのレストランで食べた。 「浩介はお子様ランチでいい?」 僕は、首を横に振った。僕はもうすぐ四年生になるのに、お子様ランチなんて食べていられるか。 「スパゲッティーがいい」 スパゲッティーは食べ方が難しかった。なんでハシがでてこないんだろう。僕はフォークを両手で回しながら、時には反則技の手も使いながら、何とかスパゲッティーを平らげた。でも、家族で食べるデパートのお昼ご飯はとっても美味しかった。 帰りは、吹雪になった。父ちゃんは慎重に車を運転していた。僕は、後ろの席で寝ていたが、大人になって、雪道を運転するのは、本当に骨が折れることだと実感した。今では、お前は雪国育ちだから、雪道に慣れているだろうと言われるが「雪道を歩くのは慣れていますが、運転はシロートです」と答えることにしている。でも、それは本当のことだ。
僕は寝る前にサンタさんにお願いした。 「通信簿は良くなかったですけど、運動会で一等賞とりました。来年は勉強も頑張りますので、戦艦大和のプラモデルお願いします」 そして、サンタさんて、どこから入ってくるのだろう、とか、あんな小さな袋で、みんなのプレゼント入るのかなとかいろいろ考えた。でも、しばらくするといつものように眠ってしまった。
次の日の朝、目を覚ますと、枕元に青い包み紙で包装されたプレゼントが置いてあった。僕は、それをとると、居間に下りて行った。 「母ちゃん、サンタさんプレゼント持ってきてくれたよ。なにかな」 「開けてごらん」 「うん」 僕は、包み紙をそーっと開けた。びりびり破いたら、サンタさんに悪いと思ったからだ。包み紙の中から、船の絵が見えてきた。僕は、はやる気持ちを抑えて、丁寧に包み紙を開けた。 「やった、戦艦大和のプラモデルだ」 父ちゃんも母ちゃんもニコニコしてそれを見ていた。 「あれ・・・でもこれ、宇宙戦艦ヤマトだ」 その時、僕は気付かなかったが、母ちゃんの冷たい目が父ちゃんの体を貫いた。 「ああ、でも、今年は、宇宙のことでいろいろあったから、やっぱりサンタさん、見ていてくれたんだな。うれしいな」僕は、つまりどっちでも良かったのだ。サンタさんにプラモデルを貰ったことが嬉しかったのだ。父ちゃんはたぶんほっとしていただろう。 僕は、その日はずっと宇宙戦艦ヤマトのプラモデル作りに没頭した。丁寧に部品を外し、ヤスリで切り取った部分を平らにし、セメダインを部品からはみ出ないように、少しずつ塗って貼り付けた。 じいちゃんは「今年は上手に出来そうだな」と黙って見ていた。僕も勝也のことは笑っていられなかった。去年作ったランボルギーニチータは、事故車まではいかなかったが、新品なのに、もうラリーを3回も走ったような出来栄えだったからだ。今年は、あせってヘマをしないように初日は途中で止めた。 次の日は、シールを水に塗らして、本体に貼る作業だ、これがずれると、デスラー総統に一発おみまいされたようになってしまう。慎重にシールを貼り付けた。そして「後は、これを台に乗せて完成だ。やったー」生涯初めての自信作だった。 塗料を塗ればもっと出来栄えは良かったと思うが、塗料なんてある訳ないので、これはこれで満足だった。よし、これを裕太と勝也に見せに行こう。 長靴を履いて、箱に入れた宇宙戦艦ヤマトを大事に抱えて、まず、裕太の家に行った。 裕太も僕が来るのを待っていたようだ。 「どうだ、浩介、俺のカウンタック。この赤のラインがカッコイイだろう」裕太も自信作だったようだ。 「あれ、浩介、お前宇宙戦艦ヤマトお願いしたんだっけ」 「いや、戦艦大和だったんだけど、今年はいろいろあったからさ、やっぱりサンタさんは、俺たちのことを見ていたんだよ」 「そう思うよ」裕太と僕は、互いの作品を見ながら、お互いに満足していた。 次に、僕たちは勝也の家に行った。勝也も僕たちを待っていたようだ。 「どうだ、俺のスカイライン。もう、事故車だなんて言わせないぞ」確かに、勝也にしては素晴らしい出来栄えだった。 「勝也、お前すごいな。ちょっと見せてみろよ」裕太は勝也のスカイラインを手にとって見た。勝也もカウンタックと宇宙戦艦ヤマトを見た。 「裕太も浩介もすごいぞ。去年とは全然違う。俺たちも来年は四年生だからな、いつまでも、事故車作っててもしょうがないよな」 「よし、じゃこれを明日修治君にプレゼントしよう」 「じゃ、明日ね」そう言って僕たちは家に帰った。
今日は、修治君とお別れの日だ。僕たち三人は、それぞれ自信作を持って修治君の家に集まった。修治君のパパとママが一生懸命車に荷物を詰め込んでいた。 僕たちを見つけると修治君が家から飛び出してきた。 「おはよう。今日でお別れだね」 「うん。こればっかりはしょうがないよ。これ俺からのプレゼント」裕太はそう言って、カウンタックを修治君に渡した。 「俺も、これ。結構自信作なんだ。一生懸命作ったんだぞ」勝也もスカイラインを渡した。 「これ、宇宙戦艦ヤマト。本当は戦艦大和の予定だったんだけど」 「みんな、これ本当にもらっていいの?今年サンタさんにお願いしたものじゃないか」 「いいんだよ。俺たち友達だろう。だから、大事なものをあげるんだ」勝也はそう言うと、ポケットから棒を三本取り出して修治君に渡した。それは、ホームランバーの「あたり」の棒だった。 「これ、今年当たったやつとっておいたんだ。修治君にあげるよ」 「お前、それもあげるのかよ、すげーな」裕太は感心したようだ。 「みんな、ありがとう」修治君は嬉しそうな、寂しそうな顔をした。 そして、修治君は泣きながら「みんなも僕のこと忘れないでね」と言って、それぞれにピンクの小さな石をくれた。 「これは、すごく大事なものなんだ。だから、お守りだと思ってずっと持っていてね」 「うん、分かった」僕たちもみんな半ベソをかいていた。 「修治、それそろ行くぞ」修治君のパパが呼んだ。 「みんな元気でね」 「修治君もね」 僕たちは修治君の車が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。
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