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作品名:宇宙人 作者:黒川

第6回   6
その日は、学校が終わって、僕たちは冒険に出かけた。いつもの沢に行こうということになって、沢に向かっている途中、きのこ爺さんがいつものように、籠にきのこをどっさり入れて山から下りてくるのに出会った。
「お前たちもきのこ取りか。残念ながら俺が全部取って来たからあきらめろよ。浩介、そういえば今日な、お前が言っていた、タヌキの親子が罠にかかったぞ」
「えっ、じゃ、タヌキ死んじゃったの」
「いや、親のほうは生きてるぞ。子供のほうは、罠にかかった親のそばにいたんだが、俺が近づいたら、山に逃げてった」
 僕は、生きてると聞いてほっとした。
「親のほうはもっと太らせて、タヌキ汁にして食べてやるんだ。浩介お前も食うか」
「別に、食べなくてもいいけど、タヌキ見せてくれる?」
「ああ、いいよ、家においで」
「おい、浩介、タヌキなんか別にいいじゃないか」勝也は不満顔だ。
「でも、僕もタヌキ見てみたい」修治君が僕の意見に賛成したので、四人できのこ爺さんの家に行った。
 タヌキはカゴの中でウロウロしていた。たまに遠くの方を見ていたが、僕たちが近づくと、ジーっとこっちを見ていた。
「本物のタヌキって可愛いじゃないか」修治君は動物園でタヌキをみたことがあるらしいが、野生のタヌキは初めてだと言っていた。タヌキは不安そうな顔をしていた。
「タヌキ汁ってうまいの?」勝也はそういえば一回食べてみたいと言っていた。
「野生のタヌキは、そのままでは肉が固くて食べれないよ。だから、ちょっと太らせてから食べようと思うんだがな、ははは」きのこ爺さんは、本当に食べる気でいるらしい。
その時、カゴの中のタヌキが遠くを見て、動きが止まった。僕がタヌキの見ている方を見ると、木と木の間の繁みに小さな影があった。それは子ダヌキだった。心配そうにこっちを見ていた。
僕が子ダヌキを見つけたのが分かったのか、カゴの中のタヌキは騒ぎ始めた、注意を自分のほうに引き付けるように、そして、子ダヌキに「逃げろ」と言っているようだった。僕はそれを見て「あっちに子ダヌキがいる」と言う言葉を飲み込んだ。その親ダヌキの姿を見て、この親子のタヌキをなんとかして助けてやりたいと思った。
 帰り道、みんなに言った。
「さっき、あのタヌキの子供が心配そうに木陰から見ていたんだ。可哀相だよ、なんとかして助けてやれないかな」
「また、浩介の悪い癖が始まったな。この前も、子供の捨て猫を助けようとか言っていたもんな。まあ、結局最後は父ちゃんたちに川に流されちゃったけど」裕太は反対らしい。
「俺は、タヌキ汁が食べてみたいな」勝也の反対理由は予想がついた。
「でも、タヌキは畑のものを食べたりするんでしょう」修治君も反対のようだ。
「だけど、捕まったタヌキが、もし、みんなの母ちゃんでさ、子ダヌキが僕たちだったら、どう思う。それに、畑を荒らすといっても、山が工事で荒らされて、食べ物がなくなって、仕方なく畑のものを食ってたかも知れないじゃないか。あの沢の魚だって、本当はずっとあそこにいたいのに、ダムを作って、水が汚れたからいなくなったんだよ。人間だけ、いい思いをするなんて不公平じゃないか」
 三人ともしばらく黙っていた。
「でもな、相手はきのこ爺さんだからな。慎重にやらないとな」裕太が言った。
「しょうがない、タヌキ汁はあきらめるか。いつのきのこ爺さんに怒られてるからな。今回は仕返ししてやるか」
「でも、どうやってあのタヌキを助けるの。浩介君なにか考えある?」
「そうなんだ、きのこじいさんの家には、ばあさんがいつもいるんだ。なんとか、チャンスを見つけて逃がすしかない。どうだろう、学校が終わったら、毎日、きのこ爺さんの家に行ってみないか。もしかしたら、二人ともいないときがあるかも知れないよ」
「でも浩介、見つかったら、また、怒られるよ」勝也は心配そうだ。
「勝也、この前怒られたのとは訳が違うじゃないか。今度は俺たちは正義の味方なんだ。いさぎよくゲンコツをもらおうじゃないか」
「話はまとまったな。明日から毎日きのこ爺さんのところに行くぞ」
 その日、僕はじいちゃんとばあちゃんと父ちゃんと母ちゃんの肩たたきをした。なんとなく、家族みんなでいることが嬉しかったからだ。三太夫も散歩に連れて行ってやった。三太夫はいつもの通り、僕の言うことは聞かなかったが、地面に腰を下ろして休んでいたら、ペロペロと顔を舐めてきた。
「やめろ三太夫」そう言っても、ずっと顔を舐めていた。三太夫はたぶん嬉しかったんだと思う。
父ちゃんの肩たたきをしていたとき
「なんだ、浩介、なにか欲しいものがあるのか」と聞いてきた。
「別にないよ。父ちゃんいつも大変だと思ってさ」
「なんだ、気味悪いな」と言っていたが、顔は笑っていた。

 次の日、学校が終わって、僕たちは真っ直ぐきのこ爺さんの所へいった。タヌキは相変わらず、カゴの中でじっとしていた。きのこ爺さんはいなかった。僕たちがきょろきょろしていると、ばあさんがやってきた。
「タヌキ見にきたのか」なんだ、ばあさんがいたのか。僕たちはがっかりした。
「じいさん、タヌキを太らせるとか言って、エサくれてるんだけど、ちっとも食べないんだ。タヌキ汁なんてそんなに美味くないのに、まったくウチのじいさんはしょうがないねー」
「じゃ、逃がしてやったらどうですか」修治君が言った。
「そんなことしたら、じいさんに怒られるからな。まったくじいさんには困ったもんだねー」
よく見ると、カゴの下が掘られていた。おそらく昨日の夜、子ダヌキが、親を助けようと穴を掘ったんだろう。なんとかして逃がしてやりたいが、今日は、ばあさんがいるので無理なようだ。
そこへ、きのこ爺さんがやってきた。
「おお、お前ら、またタヌキ見に来たのか。そんない珍しいもんでもあるまいに。さては、俺のタヌキをネコババして、タヌキ汁を食うつもりだな。ははは」
 タヌキは僕をジーっと見ていた。僕の気持が分かるのか、なにか訴えかけているような目だった。
「大丈夫、なんとかして助けてやるからな。必ず、子ダヌキのところに返してやるからな」僕はそう呟いた。そしてタヌキはゴロンと横になって動かなくなった。
 僕たちは、その日はタヌキを逃がしてやるのはあきらめて家に帰った。家に帰ると三太夫が僕にむかって吠えた。たぶんタヌキの匂いがしたのだろう。
「じいちゃん、タヌキ汁ってうまいの」
「うまくねえぞ。あんなの食う奴の気が知れないな。タヌキなんかより豚肉のほうがうまいのに。そうだ、新太郎のやつタヌキを捕まえたって言ってたな。あいつなら本当に食っちまうかも知れないぞ」
「じいちゃん、タヌキ汁なんてうまくないよって教えてやってよ」
「まあ、あいつは悪い奴じゃないんだがな、じいちゃんの言うことなんか聞かないさ。昔からそうだった。」やっぱりだめか。なんとかして逃がしてやれないかな。
 次の日も、学校が終わってきのこ爺さんのところへ行った。しかし、きょうもばあさんがいて、タヌキを見て帰ってきただけだった。今日は、タヌキはじっとカゴの中で動かなかった。
「神様にお願いするしかないよ」裕太が言った。
「そうだ、あそこのお地蔵様にお願いしに行こう」裕太はそう言うと、僕たちが「おやしろ」と言っていたところへ向かった。おやしろは、田んぼに囲まれた所にある、小さな木造の建物で、中にお地蔵さんが三体奉られていた。
僕たちはその建物の中でよく遊んだ。トランプをしたりするのは可愛いほうで、天井まで登ったり、お地蔵さんの上の格子状の板にぶら下がったりして遊んだ。たまに足を踏み外して、お地蔵さんの頭に足が当たり、お地蔵さんがあさっての方を向いたりしていたが、バチが当たらなかったところをみると、お地蔵さんは大目にみてくれていたのだろう。
「あれ、だれかいる」勝也が指差した。
 おやしろの中から、きのこ爺さんが出てきた。どうやら掃除をしていたらしい。
「お前ら、また、ここに遊びにきたのか。まったく、こんなに汚くしやがって、そのうちバチが当たるぞ」そう言うと、きのこ爺さんは帰っていった。
「まったく、なんでもかんでも俺たちのせいにしやがって」勝也は怒っていた。
「とにかく、お地蔵さんにお願いしよう」
みんなで、タヌキを助けられますように、そうお願いした。

 僕たちは、学校が終わると毎日、きのこ爺さんの所へ行った。かれこれ、もう五日も行っている。タヌキは全然エサを食べないらしく、日に日に元気がなくなっていくようだった。
今日は土曜日なので、みんな家で昼ごはんを食べて集まった。
「おい、今日は誰もいないぞ」裕太はぐるりときのこ爺さんの家を一回りして、嬉しそうな声を上げた。
僕たちは、みんなでもう一回ぐるりときのこ爺さんの家の周りを回って、タヌキのところやってきた。
 僕は、家へ行って「こんにちは」と声をかけた。声はしなかった。もう一度言ってみた。「こんにちは」誰の声も返ってこなかった。
「よし、今日こそお前を助けてやるぞ」僕はつばをごくりと飲むと、ゆっくりタヌキが閉じ込められているカゴに向かった。他の三人は見張り役だ。
 タヌキは知らないふりをして寝ているようだった。タヌキ寝入りというやつか。もしかしたら死んでいるのか。僕は、腰を下ろしてカゴを開けようとした。
「ほら、今出してやるぞ・・・あれ、なんだこれ、だめだ鍵が掛かってる」
「なんだって」みんな集まってきた。
「本当だ、これ頑丈な鍵だぞ、これじゃ開かないや。じいさんめ、なんて用心深いんだ」裕太は鍵を蹴飛ばした。そのはずみで、カゴが揺れて、タヌキはガバッと起きた。タヌキは死んでなかった。僕たちの顔を見ると、また、観念したようにゴロンと横になった。
「だめだ浩介、これじゃ助けようがない、あきらめよう」裕太はダメだというような表情で僕を見た。
 僕は愕然としてなにも言葉を発することができなかった。
「もうだめだな、浩介、裕太の言うとおりだ、あきらめよう」勝也も裕太に同調した。修治君はなにも言わなかったが、その目はもうタヌキを助けるのはあきらめたようだった。
仕方なく僕も立ち上がった。
「ごめんよ、助けられなくて」そう言って、僕たちはタヌキ爺さんの家を後にした。ふと、山の方に目をやると、あの子ダヌキが、じっと僕たちの様子をうかがっていた。そんな子ダヌキを見ていると、なんともやるせない気持ちだった。
 タヌキは、ずっと僕たちに背を向けて寝ていた。タヌキもすっかりあきらめたように思えた。
 裕太が「浩介、コンバットごっこやろうぜ。俺と勝也がドイツ兵やるからさ。なんなら修治君もドイツ兵でもいいぞ」と気遣ってくれたが、僕は、タヌキを助けられなかった悔しさと、あの子ダヌキの気持ちを思うと、とても、遊ぶ気持ちにはなれなかった。たぶん、阪神が田淵選手のホームランで勝つ、と分かっている試合に連れてってやると言われても、僕は断っただろう。
「今日は家に帰る。また、明日ね」僕は家に一人で帰っていった。
 晩秋の夕暮れは早い。日が傾くにしたがって肌寒い空気があたりを包む。落ち葉は風に揺られてヒラヒラと舞い、つむじを描くようにぐるぐる回っていた。
高い山はすっかり葉っぱが落ちて、もう、冬の準備を整えたようだった。僕は、吹いてくる風のなかに、冬の匂いを感じた。まもなく雪が降るぞ、そう伝えているようだ。  
雪が降れば、あの子ダヌキが一匹で生きていくことはできないだろう。そう思って、また、重い気持ちになった。
 これからの季節は、家の明かりが暖かく感じられるようになる。その明かりが見えただけで、なんとなく体まで暖まったような気になるのだ。ぷーんと夕ご飯の匂いがした。でも、今日はなんとなく食欲がなかった。
 玄関に行くと三太夫がいたが、僕を見ても吠えなかった。タヌキのところに行った後は匂いがして、いつもワンワン吠えていたが、僕が落ち込んでいたのが分かったのか
「おい、元気だせよ」と言っているように見ていた。
「浩介、今日はテレビ見ないのか。もうすぐ全員集合だぞ」じいちゃんは元気のない僕を見て心配しているようだった。
「うん、見る」そう言ってチャンネルを回した。
 テレビでは相変わらず、志村けんや加藤茶が面白おかしくヒゲダンスをしていた。でも今日は素直に笑えなかった。
「浩介、風邪でもひいたか。元気がないな」じいちゃんが僕の額に手を当てた。
「大丈夫だな、熱はないみたいだ。今日は早く寝ろ」
「うん、おやずみ」僕はそう言うとさっさと布団に入った。
 布団の中でも、あのタヌキの親子のことが頭から離れなかった。なんとかならないかなと考えていた。でも、そのときの僕ではどうしようもなかった。

 次の日、裕太と勝也と修治君が家に来た。
「浩介、遊ぼう」
「・・・うん」僕はなんとなく乗り気じゃなかった。
「浩介、タヌキのことはしょうがないよ、俺たちにはどうにもできない。タヌキも俺たちの気持ちが分かって、人間にもいい奴がいるんだなって思っているさ」裕太は元気付けてくれた。
「そうだよ、浩介君。僕たち一生懸命助けようとしたじゃないか。それはあのタヌキも分かってくれると思うよ」
「その通りだ浩介。タヌキ汁を食えば、やがて血となり肉となり、俺たちの体の中で生き続けるんだぞ」裕太は勝也の頭をひっぱたいた。
「・・・そうか、しょうがないな。・・・でも、もう一回だけ、あのタヌキの所へ行ってみないか。助けることはできないかも知れないけど・・・そうしたらあきらめるよ」
 三人とも、黙って僕についてきた。タヌキを助けることはあきらめようとしていたが、あの子ダヌキが気になって気になってしょうがなかったからだ。
 きのこ爺さんのところへ行くと、ちょうどエサをタヌキに与えようとしているところだった。
「なんだ、お前たちまた来たのか。そんなにタヌキ汁が食いたいか。でもな、こいつは全然エサを食べないんだ。まったくなに考えてんだか」
それは、こっちが言いたいセリフだ。
きのこ爺さんは、タヌキにエサをやろうと、カゴの中にエサを入れたが、タヌキはピクリともしなかった。
「あれ、まさか、こいつ死んだんじゃないだろうな」きのこ爺さんはカゴを揺すってみた。タヌキは全然動かなかった。それだけじゃなくて、カゴの揺れに合わせて、前足も後ろ足も尻尾も頭も同じように揺れた。それは、タヌキが死んでいることを意味した。僕はそれを見てがっくりと肩を落とした。でも、自分がタヌキ汁になることを分からずに死んだことは、このタヌキにとって幸いかも知れない。ただ、あの子ダヌキにとっては、この事実は受け入れ難いことだろう。
 僕は、辺りを見回したが、子ダヌキの姿は見えなかった。もうあきらめたんだろうか。子ダヌキも自分の親がこんな風になっているのを見なくて、よかったかも知れないな。僕はそう言って自分を慰めた。
 きのこ爺さんは「こいつ、死んでやがる。まったく、しょうがない奴だ」そう言うと、胸ポケットから鍵を出して、カゴの鍵を外した。そして、タヌキの後ろ足をつかむと、そのままズルズルと外へ引きずり出した。
「ま、大分痩せちまったが、食えないことはないだろう。これだけ痩せちまったら、お前たちに食わせる分はないよ。諦めるんだな」そう言うと僕たちを見てフフンと鼻をならした。
「じいさん、俺たちはタヌキ汁が食いたいから来ていた訳じゃないんだぞ。タヌキが可哀相だから、助けてやりたくて来てたんだ」勝也は頭にきているのが分かった。
「ああ、それは残念だったな。ごらんのとおりこいつは死んじまった。あとは俺の胃袋に入って終わりだ。お前たちには絶対食わせてやらないからな。そんなことより、お前ら帰って宿題でもやれ、ろくに勉強もできないくせに、言うことだけはいっちょ前な口を聞きやがって」そう言うときのこ爺さんは、もう片方の胸ポケットからタバコとライターを取り出した。そして、タバコに火をつけようとした、その時だった。
 ガバッとタヌキが起き上がると、一目散に山の方へ逃げ出した。すると、木陰から子ダヌキが出てきた。そして、チラッとこっちを見て、二匹で山に逃げて行った。タヌキはこの時を待っていたのだ。一瞬のスキを見逃さなかった。野生の動物のたくましさ、老獪さをここにいる全員が思い知った瞬間だった。僕たちが思っている以上に、タヌキは利口だった。
 僕たちときのこ爺さんは唖然としてそれを見ていた。きのこ爺さんはくわえたタバコを落としていた。でもライターは火がついたままだった。
「タヌキが人をだますって本当だったんだな」修治君がようやく口を開いた。それを聞いて僕たちは「やった、やった」と騒いだ。
 きのこ爺さんは、しばらく空いた口が塞がらなかったようだったが、やがて「うるさい!黙れ」と怒鳴った。
でも、僕たちが勝ち誇ったような顔をしているのを見て「まあいい、ところでお前たちチョコレート食いたくないか?」急に笑顔になって、家からチョコレートを持ってきた。
「まあ、俺も本当は元気になったら逃がしてやるつもりだったんだ。なにも、礼も言わずに逃げ出さなくてもいいのに、あのタヌキめ」 
そう言って、今まで見たこともない笑顔で僕たちを見た。それは、国会答弁で答えに詰まって、笑っていることしかできない政治家のような変な笑顔だった。
「お前たち分かるな、俺はタヌキに騙された訳じゃないんだ。そう、本当はタヌキが生きてることは知っていたんだよ。だから、逃がしてやったんだ。そうだよな、違うか?」
僕たちは、チョコレートを食べながらニヤニヤしていた。
「ああ、そうだ、喉が渇いたのか。今、ジュースを持ってきてやるからな」そう言うと、サイダーを持ってきてくれた。
「じいさん、これってワイロ?」勝也が聞いた。
「違うよ。いつもお前たちを怒ってばかりいたから、たまには優しくしなきゃと思ってな」
相変わらずきのこ爺さんは、変な笑顔をしていた。このことを誰かに話せば「新太郎はタヌキにバカにされたんだぞ」と村中の噂になるのは目に見えていた。きのこ爺さんは、僕たちにそのことを黙って貰いたくて、チョコレートやサイダーをくれたんだろう。でも、僕は、タヌキが逃げたことが嬉しくてきのこ爺さんのことはどうでも良かった。
「じいさん、優しいんだね、タヌキをわざと逃がしてくれたんだもんね。タヌキに騙されたなんて、誰も思ってないよ」僕がそう言うと、じいさんは「そうだろう、そうだろう」と言って。僕たち四人のポケットにチョコレートを一杯詰め込んでくれた。

 僕たちは、きのこ爺さんの家を後にして、いつもの沢に向かった。岩に腰を下ろして、戦利品のチョコレートを食べながら大笑いした。
「きのこ爺さんのあの顔見たか、あの顔は志村けんよりおかしかったぞ」裕太は吹き出して笑っていた。
「しかも俺たちにワイロをくれたんだぞ。・・・でも、ワイロをもらったら俺たちも同罪か」
一瞬勝也は真面目な顔になったが、また、口の中のチョコレートも一緒に吹き出して笑った。「もったいねー」と言いながらも笑いは止まらなかった。
 修治君はそんな僕たちをニコニコしながら見ていた。そして、遠くの山に目をやった。僕はそんな修治君を見て思い出した。そういえば修治君に謝っておくことがあったんだ。
「裕太、勝也、ちょっといいかな。修治君に謝らなくちゃいけないことがあっただろ」
 そう言うと、裕太も勝也も真面目な顔をして修治君を見た。修治君は「どうしたの?」という顔をした。
「実は、今まで修治君を宇宙人だと思っていたんだ。前にこの沢でUFOを見てさ。その時、宇宙人が落としていった時計と、修治君のママが持っていた時計が同じだったから、そう思ってたんだ。でも、あれはデジタル時計って言うんでしょ。僕たちデジタル時計見たことがなかったから、そう思っちゃたんだ。ゴメンね、今まで誤解してて」
「ぷっ、あははは。そんな風に思ってたのか。僕はこの星の住人だよ。みんなと同じだよ・・・ぷっ・・ははははは」修治君は大笑いした。大笑いしたついでに修治君もチョコレートを吹き出した。勝也のマネをして「もったいねー」と言いながら笑った。それを見て僕たちも大笑いした。お陰で僕もチョコレートを吹き出してしまった。
 そのうち、裕太と勝也は沢で遊び始めた。修治君はまた「きれいだね」と言いながら遠くの景色を見ていた。
「浩介君、もうすぐ雪が降るんでしょう。雪が降ったら、あの子ダヌキだけだったら、冬は越せないよね。よかったね、親ダヌキと一緒になれて」
「うん、よかった」
「みんな優しいね。それに、ここはこんなに景色もいいし。こんなところにずっと住みたいな」
 その言葉を聞いて、急に修治君がどこかに行ってしまうんじゃないかと思った。そして、修治君は、なんとなく異次元の住人のような、そんな感じがした。やっぱり修治君は宇宙人なのかな、そう思って聞いてみた。
「修治君って、宇宙人信じる?」
「浩介君も僕も宇宙人だよ。こないだパパが言ってた。人間も、正確に言うと、宇宙に住んでいるんだから宇宙人だって。だから、僕も浩介君も宇宙人なんだよ。だから、僕は宇宙人は信じる」
「そうか、そうだよね。・・・なんか、今、修治君見てたら、遠いところに行っちゃうんじゃないかと思ってさ。まだ、転校はしないんでしょう」
「たぶん、まだだと思うけど、僕の宿題・・・いやパパの仕事が終われば、また、転校しなくちゃいけないかもしれないんだ」修治君はちょっと寂しい顔をした。
「でも、こっちにいる間も、転校しても修治君とは友達だよ」
「そうだ、修治君とはずっと友達だぞ」裕太も勝也も僕たちの話を聞いていたようだ。
 そして、僕たちみんなでこの景色を見た。それはいつもの見慣れたいい景色だった。


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