学校で、給食が終わって遊んでいると、三郎先生が慌てて教室に入ってきた。 「みんな、今日は学校はこれで終わり。先生たちとお父さんたちが送っていくから、今日は、真っ直ぐ帰るように」と言った。 「やったー。よし、今日は野球をやろうぜ」裕太は大喜びだ。 「今日はダメだ。みんな家にいるように」三郎先生の目は真剣だった。 「なんでですか」 「今日な、久美子ちゃんの家の近くの柿の木で、熊が柿を食べていたそうだ。今はいないらしいが、まだ、その辺にいるかも知れないから、今日は学校から帰ったら、外に出ちゃだめだぞ」 「熊!それはやばいぞ」裕太は目を大きく開いて言った。 「熊って怖いんですか」修治君は三郎先生に質問した。 「熊は、人を襲ったりするんだ。あの爪でひっかかれたら、死んじゃうかもしれないぞ」 「じゃ、今日は家を出ないほうがいいな」修治君は納得した。 そして、僕たちは先生と父ちゃんたちの車に分乗して家に帰った。家の前では、三太夫が俺の出番だといわんばかりにじいちゃんの脇にいた。じいちゃんは鉄砲を持っていた。 「浩介、今日は家から出るんじゃないぞ。じいちゃんは、みんなと熊を鉄砲で退治して来るからな」そう言って、じいちゃんと三太夫は出かけていった。 父ちゃんも、また、学校に行くと言って、出かけていった。僕はさびしくなって、ばあちゃんの部屋に行った。ばあちゃんは、寝たきりのせいもあって、いつもテレビを見ていた。 ばあちゃんは時代劇の再放送を見ていた。「こちらにおわすおかたをどなたとこころえる、おそれおおくもサキノフクショウグン」小学三年生が書けばこんな風になるだろうか、つまり「水戸黄門」のことだ。 こんな時はやることもないので、僕も水戸黄門をばあちゃんと一緒に見た。 「浩介、チャンネル回してもいいぞ」とばあちゃんは言ってくれたが、こんな時間に面白いテレビがやってるわけもなく「これでいい」と言った。 時代劇は時代劇で結構面白い。なんと言ってもストーリーが単純だ。勧善懲悪で小学生の頭にもすんなりと入ってくる。悪者をやっつけるストーリーは、ウルトラマンも仮面ライダーも水戸黄門も同じで、そういったところは分かり易い。ただ、相手が人間か怪獣かの違いだけだ。 夕方、じいちゃんと三太夫が帰ってきた。どうやら熊を仕留めたようだ。じいちゃんは「三太夫、大手柄だったな」と言って、三太夫を誉めていた。三太夫は僕を見て「どうだ」と言わんばかりに鼻をならした。僕は頭をひっぱたいてやろうと思ったが、じいちゃんの手前それはやめた。 夜、じいちゃんと父ちゃんが話していた。 「昔は、山奥に行かないと、熊なんかいなかったのに、最近は里まで降りてくるようだな」 「今、山を越える林道を作ってるんだけど、あの変は昔、熊がいたって所なんだ。熊も居所がなくなるは、食うものはなくなるはで、里まで来るんだろう」父ちゃんは、今、林道を作っているらしい。 「あんな林道作って誰が使うんだ」 「あれば便利だけど、あまり使う奴はいないだろう」 「まったく、金の無駄遣いだな、あれは」 「でも、そのおかげで、出稼ぎに出なくても良くなったから、あまり、文句もいえないさ」 「まったく熊もいい迷惑だ」 僕は、その話を聞いて、熊が可哀相に思えた。もしかしたら、その熊は、可愛い子供たちのエサを取りにきていたのかも知れない。熊が住んでいるところまで、父ちゃんが道路を作ったから、食べるものがなくなって、人間の住んでいるところまでエサを探しに出てきた。そして、じいちゃんに鉄砲で撃たれた。そうしたら小熊は今頃お腹を空かしているだろうし、親が帰ってこなくて心配しているはずだ。死んだなんて分かったら、とても悲しむだろう。僕も父ちゃんがいなかったら、ご飯が食べれないし、父ちゃんが死ぬなんて考えたくもない。熊と自分の家族をだぶらせて、なんとなく悲しく感じた。 ふと、あのタヌキの親子を思い出した。あのタヌキも、もしかしたら、食べるものがなくて、うちの畑に来たのかも知れなかった。今頃お腹を空かしているのかな。どうせ、余ったら捨てちゃうんだから、ちょっとだけならよかったかな。追い払うんじゃなかったな。ちょっと心が痛んだ。
次の日はみんな普通に歩いて学校へ行った。 「なあ、もしかして、修治君のパパが、変身してやっつけてくれたのかな。裕太違うかな」勝也が言った。 「いや、修治君のパパは変身しても弱そうだから、修治君のママかも知れないぞ」 「もしかしたら、サキノフクショウグンのおじいちゃんが、やっつけてくれたのかもしれないよ」勝也も同じテレビを見ていたようだ。 「違うよ、じいちゃんが鉄砲で撃ったんだよ」 「そうなのか、すげーな」僕はちょっと誇らしかった。 修治君は僕たちを家の前で待っていてくれた。そして、ジーと山のほうを見ていた。 「修治君、なに見てるの、迎えのUFOが来るの?」 裕太は勝也の頭をひっぱたいた。それは、俺たち三人の秘密だろ、そう目で言っていた。 「UFO?」修治君は不思議そうだった。 「UFOじゃないよ。紅葉がすごくきれいだなと思ってさ」 僕たちも山を見た。確かにきれいだった。しばらく四人で山を見ていた。 山は、いろんな色をした洋服を着ているようだ。こんな派手な洋服を僕が着たら、趣味が悪い人間だと思われるだろう。だが、自然はスケールが違う、趣味うんぬんのレベルじゃない。色合いはバラバラなようで、決してバラバラじゃない。それ全てが自然なのだ。 「修治、どうしたの」修治君のママが外に出てきた。 「ママ、紅葉すごくきれいだよ」 しばらく、修治君のママも一緒になって紅葉に見とれていた。でも僕と裕太と勝也の三人は知っていた。まもなく、この、赤や黄色やオレンジ色が、やがて真っ白になることを。
その日の帰り道、修治君と分かれて三人で歩いていると、勝也の家の前に一台の車が止まった。車の中から、東京に行っている勝也のおじさんが出てきた。勝也はそれを見るとおじさんのところに走って行った。 「おじさーん!帰ってきたの」 「ああ、正月は仕事で帰って来れなくなったんで、代わりに今休みを貰ったんだ。それで帰ってきたんだよ」 僕と裕太も勝也の家の前まで行って挨拶した。 「こんにちは」 「おお、みんな大きくなったな。そういえば勝也もだいぶ大きくなった気がするな」と言っておじさんは勝也の頭をなでた。そのとき僕は、勝也のおじさんの手首を見て驚いた。 「その時計・・・」 僕が時計をじっと見ていることに気付いた、勝也のおじさんは、「ああ、これかい。これはデジタル時計だよ。この辺じゃ珍しいかも知れないけどね」 それは、色と形は違ったが、修治君のママがしているのと同じように、数字が浮き出ているような時計だった。 それを聞いて僕と裕太と勝也は、互いに口を開けたまま目を合わせた。そして、笑い転げた。今まで宇宙人のものと思っていた時計は(デジタル時計)というやつだったのか。 おじさんは「どうしたの、大丈夫?」と言っていたが、荷物を置きに勝也の家の中に入っていった。 僕たちはしばらく笑っていた。やがて、三人とも笑い疲れて落ち着いたとき僕は言った。 「今度、修治君に謝ろう。今まで黙っててごめんね。みんな修治君を宇宙人だと思っていたって」 「そうだな、そうしよう」裕太も勝也も頷いた。
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