今日は、僕の家の稲刈りの日だ。みんなで早起きして田んぼに向かった。機械なんてないから、みんな手作業だ。親戚の人も手伝いに来ている。その親戚が稲刈りの時は、僕の家も手伝いに行く。お互い様だ。 僕は、一応鎌は持たされたが、まあ、人数には入っていないようなものだ。すぐ、飽きて、三太夫とその辺をうろうろしていた。そのときだけは、三太夫は僕の言うことを聞いて、尻尾を振ってついてきた。三太夫も暇だったのだろう。 三太夫と遊んでいると、修治君がやってきた。 「今日、稲刈りなの?」 「そうだよ。でも飽きちゃって、こいつと遊んでるんだ」 「浩介君、僕、稲刈りしてみたい」 「面白くないよ」 「それでもいいよ。僕、やってみたい」 田んぼに行くとちょうどみんな一服しているところだった。 「じいちゃん、僕の友達の修治君が稲刈りしたいって」 「おお、君が修治君か、いつも浩介から聞いてるよ。東京から来たんだってな。そうか稲刈りしてみたいか。都会じゃこの収穫の喜びは分からないからな。じゃ、手伝ってもらうか。でもな、鎌は慣れないと危ないから、刈った稲を運んでくれると助かるんだがな」 「うん。分かった」 修治君が一生懸命手伝うのを見て、僕も、負けじと手伝った。三太夫は、暇そうにこちらを見ていたが、三太夫と遊んでいる暇はなかった。 そうこうしているうちに、稲刈りも終わった。僕と修治君はジュースを飲みながら、空を見ていた。きれいな秋空だった。赤トンボがたくさん飛んでいた。 「本当だ。赤トンボがたくさんいる」修治君は驚きの声を上げた。刈ったばかりの稲と、ちょっと夕焼け空にたくさんの赤トンボ、秋風に揺られて、ススキがさらさらと音を出していた。郷愁を誘う風景とはこのことなのだろう。ただ、その頃は、僕にとっては、それが当たり前の風景だった。 ジュースを飲んでいると、修治君のママがやってきた。 「修治、ここにいたのね。ごめんなさい。うちの修治が邪魔をして」 「いや、とっても助かったよ。よく、手伝ってくれたから、思った より早く終わったよ」じいちゃんが修治君のママにお礼を言った。 「ママ。とっても楽しかったよ。ほら見て、あの稲の半分は僕が運んだ」 「すごいね修治。疲れたでしょう、じゃあ、今日はママがハンバーグ作ってあげる」 「やった。ハンバーグだ」修治君は喜んでいた。 「修治君、せっかく手伝ってくれたから、新米ができたら、ちょっとおすそ分けしてあげるからな」じいちゃんが言った。 「いえいえどうぞお構いなく。本当に邪魔してただけですから」修治君のママが遠慮がちに首を振った。 「ここは水もうまいし、新米もうまいぞ、ご飯だけで三杯は食べれるぞ」 「そうなんです。ここの水で入れたお茶はとっても美味しいんです。ご飯も、美味しく炊けますし」 「そうでしょう。修治君も新米食べてみたいよな」 「うん」 「じゃ、あとでじいちゃんが届けてやるからな」 修治君とママは、一緒に帰っていった。僕は母ちゃんの顔を見た。「ハンバーグ食べてみたい」と心の中で思った。
稲刈りが終わると運動会だ。この頃の運動会は家族総出で応援をした。父ちゃん達は、ビールやお酒を飲みながら、楽しそうに見ていた。僕が出る種目になると、カメラを持って、写真を撮っていたが、酔っ払っているので全部ピンボケだった。 僕が出るのは、八十メートル競走と障害物競走、綱引きと玉いれ、そしてリレーだ。リレーといっても人数が少ないので、全校生全員リレーの選手だった。 今回の八十メートル競走は、僕たち四人は目の色が違っていた。なんといっても、修治君がきたことで全員賞がもらえなくなるからだ。修治君は修治君で初めて賞をもらえると思って気合が入っていた。一番右が僕、そのとなりが修治君、裕太、勝也の順にスタートラインに整列した。 「位置について、ヨーイ・・・パーン」僕はあのピストルような音がいやだった。いつも、その音で、一瞬スタートが遅れてしまう。今日もそうだった。でも、ぐんぐんスピードを上げて、一番でゴールした。次は勝也、その次は修治君だった。裕太はビリだ。僕たちは、互いの健闘を称えあった。 「やっぱり浩介が一番だったか」勝也は残念そうだった。 「修治君は三等賞だね」僕は言った。 「初めて、三等賞を取ったよ。うれしいな」木陰を見ると、修治君のパパが、でっかい望遠レンズをつけたカメラで修治君を撮っていた。その脇では、ママが大喜びで手を振っていた。 「ああ、今年は賞品もらえないや」裕太はがっくりしていた。しかし、三郎先生は僕たち四人を呼んだ。 僕たちは賞品を貰った。裕太は参加賞を貰っていた。中を見ると鉛筆だった。一等賞が三本、二等が二本、三等が一本、参加賞も一本だった。勝也は三郎先生のところに言って聞いた。 「先生、三等賞と参加賞の賞品、なんで同じなの」 「同じように見えるんだけど、値段が違うんだよ、三等賞の方が高いんだよ」 「ああ、そうか」勝也は納得していたが、どうみても同じ鉛筆だった。三郎先生の手抜きとしか思えない。まあ、そんなことでグダグダ言う子供と親はこの辺にはいない。 午前中の競技が終わり、待ちにまったお弁当の時間だ。今日はいなり寿司だ。あちこち見ると、やっぱりいなり寿司が多いようだ。 隣の修治君のところもいなり寿司だった。 「修治、三等賞か、頑張ったな、偉いぞ」パパは嬉しそうだった。 修治君は、嬉しそうに、胸の三等賞のリボンをママに見せていた。 「よかったね修治」ママも嬉しそうだった。 最後のリレー。白組と赤組に分かれて、全員で走った。僕と修治君は白組だった。修治君は二番でバトンを受け取った。そして、裕太をもう少しで追い抜こうかというところで、僕にバトンを渡した。バトンを受け取ると、勝也を追った。勝也も一生懸命走っていた。なかなか、勝也を抜けなかった僕は、ほとんど同時で、上級生にバトンを渡した。四年生、五年生とバトンが渡り、最後は六年生のアンカー勝負だ。応援は最高潮に達した。結局赤組が白組を振り切って勝った。 「残念だったね」修治君が悔しそうに言った。 「しょうがないよ、でも、僕たち頑張ったじゃないか」 「そうだね」 表彰式で、僕は、先生の話を聞きながら、山の方を見ていた。山の上はもう、赤く紅葉していた。しばらくすると、山全体が赤や黄色の色に包まれて、空も澄んでとってもきれいになる。そして、山の上の葉っぱが落ちると、代わりに白いものが山を覆うのだ。
僕とじいちゃんは一緒に耕運機に乗っていた。修治君の家に新米を届けるためだ。荷台には、いつものように三太夫も乗っていた。その頃はコンバインなんてなかったから、刈った稲は天日干しにして乾燥させた。そして、脱穀をして精米した。修治君の家は精米機がないだろうからと、今日は精米を持ってきた。 「ごめんください」 修治君とママが出てきた。中を見ると先客がいた。きのこ爺さんだった。 「おう、清二どうしたんだ」と言って出てきた。清二というのはじいちゃんの名前だ。ちなみにきのこ爺さんは新太郎が本当の名前だ。きのこ爺さんは、修治君のパパにきのこ取りを教えて、今日は、そのおすそわけを持ってきているようだった。じいちゃんときのこ爺さんは知り合いだった。というか、この辺の人はみんな知り合いだ。 「こないだ、修治君に稲刈り手伝ってもらったからな、お礼を持ってきたんだ」 「ああ、そうだったのか。修治君は偉いな。浩介もちっとは、修治君を見習って手伝いしろよ」 余計なお世話だ。 「これ、この前のお礼だよ。今日精米したばっかりだから食べてくれ」 「わざわざすみません。本当によろしいんですか」 「ああ、こないだ一生懸命手伝ってくれたからな、そのお礼だよ。お陰で浩介もいつもより手伝ってくれたし」 「ありがとうございます。お返しといってはなんなんですけど、これ、ハンバーグ作ったんで、もし、よろしければ、召し上がってください」 「ハンバーグ!」僕は夢に見たハンバーグが食べれると思って嬉しかった。 外で、三太夫が「ワンワン」と吠え始めた。「三太夫うるさい」じいちゃんがどなっても、三太夫はかまわず吠えていた。 「この辺は、タヌキが出るんで、おそらく、匂いがするんだな」じいちゃんが言った。 「タヌキか、ああそうだ。さっき、俺の仕掛けた罠にタヌキがかかったんだよ。死んでしばらくたってたから、タヌキ汁は無理だったがな。そいつを触ってきたから、三太夫は匂うんだ」きのこ爺さんはよく畑に罠を仕掛けていた。 僕は、あのタヌキの親子じゃないかと思ったので聞いてみた。 「それ。親子じゃなかった?」 「いや、そいつは俺の畑を荒らしていたやつだが、来るのはいつも一匹だったよ」 「よかった」僕は呟いた。 「タヌキが出るの」修治君は驚いていた。 「そうだよ、昔は、そんなでもなかったが、最近やたらと畑が荒らされてな」じいちゃんは首を振った。 「こないだ見たよ。親子だったよ」 「そうか、僕も見てみたいな。タヌキ」 「タヌキ見つけたら、こんどこそ生け捕りにして、タヌキ汁にでもしてやるか」 きのこ爺さんに捕まったら、あの、親子も本当にタヌキ汁にされそうだな。それはちょっと可哀相だ。
僕とじいちゃんは、耕運機に乗って家に向かった。三太夫は、貰ったハンバーグの匂いが気になるのか、僕の方に擦り寄ってきて、くんくん匂いを嗅いでいた。 「やめろ三太夫。これは、絶対やらない」それでも三太夫は、くんくんしていた。 途中、裕太と勝也が遊んでいたが、僕はハンバーグが三太夫に食べられるんじゃないかと気になって「今日は、遊べないんだ」と言ってまっすぐ家に帰った。 今日の夕食はハンバーグだ。ハンバーグは三個もらったので、僕と父ちゃんと母ちゃんが食べた。僕は一人っ子だったので、そういう点では良かったかもしれないが、弟のいる裕太や勝也が羨ましかった。いつも、けんかをしていたようだが、なんとなく、兄弟は欲しかった。 人生最初のハンバーグはうまかった。それを母ちゃんに言ったら 「浩介は食べたことがあるよ」と言った。でも記憶がなかった。よくよく聞くと、移動スーパーがフライパンで焼くだけのを売っていて、それを食べさしてくれたらしい。でも、僕は、修治君のママが作ったようなソースがかかったのがハンバーグだと思っていたので 「絶対、食べたことない」と言い張った。 「やっぱり、これがハンバーグだよな」僕は、その日ハンバーグを思う存分堪能した。
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