夏休みが終わって、僕たちは学校にいた。 「勝也、お前、宿題全部終わったのか。俺は、全部おわったぞ」裕太は、勝也の持ってきた昆虫採集の箱を見ていた。 「おい、これ、まだ生きてるぞ。このとんぼ、まだピクピクしてる」 僕も箱の中を見た。 「本当だ、まだ、生きてる」 「それ、今日の朝取ってきたんだ。ようやく、全部宿題終わったよ」 三郎先生が教室に入ってきた。三郎先生は、いつも冗談をいったりしていたが、全然面白くなかった。いつも一人で言って、一人で笑っていた。でも、三郎先生は、なんか一生懸命で、僕たちも、そして、四年生のみんなも全員大好きだった。 「じゃ、みんな、宿題はここに出して」 僕たちは、めいめい宿題を三郎先生の机の上に置いた。先生は勝也の描いた絵を見た。 「勝也、これはなんだ。ただ、色を塗っただけじゃないか」 「先生、それは一番上が空で、真ん中が山で、一番下が畑です」勝也に悪びれた様子はない。 「お前なー、こんな絵、赤ちゃんだって描けるぞ。まあ、いい、今日は新しい友達も来てるから、かんべんしてやる」 僕たちはいっせいに声を上げた。 「えー、新しい友達。先生、何年生ですか」 「三年生だ。今、職員室にいる。それから、勝也、お前バツとして、浩介の隣に、机と椅子を出しとけ」そう言うと、三郎先生は教室を出て行った。 「おい、浩介、お前、男だと思うか、女だと思うか」裕太はわくわくしているようだ。 「どっちでもいいな。友達が増えるなんて、うれしいよなあ、勝也」 「そうだ、そうだ、友達が増えるのは、うれしいな」 そんな僕たちの様子を見ていた、幸恵ちゃんと久美子ちゃんは 「男の子だったよ、カッコよかったよ」と言った。 「そうか、男の子か、これで、また、ドイツ兵が増えるな」裕太は嬉しそうだ。 しばらく、がやがやしていたが、三郎先生が、転校生を連れて教室に入ってきた。 「みんな静かに」 僕たちは、椅子に座って、転校生を見た。確かにここいらにはいない感じの男の子だ。いわゆる、洗練されているという感じだ。 「今度、東京の学校から転校してきた、鈴木修治君だ。修治君はお父さんのお仕事の関係で、こっちに引っ越してきたばかりで、この辺のことは分からないと思うので、みんな、よく面倒を見てやるように。特に、四年生。君たちは、お兄さん、お姉さんなんだから、ちゃんと、面倒を見るように」 「はーい」 「じゃ、修治君はそこの席に座って」修治くんの席は僕の隣に決まった。体は、僕くらいだったが、なんとういうかテレビに出てくる子役みたいな感じで「やっぱり、東京の子は違うな」と思った。 「浩介っていうんだ、よろしくな」 「俺、勝也」「俺、裕太」「私、幸恵」「私、久美子」みんな自己紹介した。 「僕、修治。いろいろ教えてね」修治君はちょっと緊張しているようだ。
その日は、始業式で学校は早く終わった。 「修治君、一緒に帰ろ」僕たちは修治君を誘った。 「うん」 修治君と僕たちは一緒に学校を出た。修治君は田舎にくるのは初めてらしく、田んぼや畑を見て、珍しそうにしていた。 「わー、すごい。とんぼがこんなに飛んでる」 「稲刈りの頃になると、赤とんぼがいっぱい飛ぶんだぞ」裕太は自慢げに言った。 「そうそう、とんぼだけじゃなくて、かぶと虫や、クワガタもいっぱいいるんだ」勝也も自慢げに言った。 「修治君は、どんなところに住んでたの?」僕は聞いてみた。 「団地だよ。同じような形をした家がいっぱいあるんだ」 「じゃ、蜂の巣がいっぱいあるようなもんだな」勝也もたまには分かりやすいことを言う。 僕たちは、修治君を野球に誘った。 「ごめん、まだ、引越したばかりで、部屋片付いていないんだ。今日は、部屋を片付けるようにママに言われてるんだ」 修二君の家は、僕たちの中で、学校から一番近かった。その次が勝也、その次が裕太、そして僕が一番遠かった。修治君の家に行くと、ママが庭の掃除をしていた。髪はパーマをかけて、服装もこの辺の母親とは違っていた。やっぱりママという感じだった。 「あら、お友達?これからよろしくね。片付けが終わったら、遊びに来てね」 僕たちは、ペコリと頭を下げた。 「じゃ、修治君また明日」 修治君と別れて、三人で歩いていた。 「おい浩介、修治君はなかなかいいやつじゃないか」 「そうだな、東京の子だって聞いて、冷たいやつかと思ったのに、そんなことはなかったな。そう思うだろ勝也」 勝也は後ろでブルブル震えていた。 「どうしたんだ勝也」裕太は心配そうだった。 「お前ら、修治君のママの時計見たか」 「いや、全然」 「お前らバカだな。あの時計、宇宙人が落としてったものと同じだったぞ」 「うそだろ、じゃ、修治君のママはあのUFOに乗ってた宇宙人なのか。それじゃ、修治君も宇宙人じゃないか。じゃ、あの時UFOは修理してどこかへ行ったんじゃなくて、その辺にいるってことか」僕は驚いた。 「そうだ、あそこに置いた時計を確かめに行ってみよう。もし、あの時計がなくなっていれば、それは、修治君のママが宇宙人だってことだ」裕太が言った。 「そうだ、行ってみよう」僕も賛成した。 「俺はいやだよ。俺は帰る」そう言うと勝也は、そそくさと走って帰っていった。 「どうする」 「勇気を出して行ってみよう」裕太はもうあの場所に足が向いていた。僕も後をついていった。 僕たちは、辺りをキョロキョロ見回しながらその場所に向かった。宇宙人に見られているんじゃないか心配だった。心臓がドキドキいって、顔が引きつっているのが自分でも分かった。 「たぶん、ここだ」岩の穴を見た。 「ないぞ、本当にないぞ」 僕たちはお互いの顔を見た。裕太は見たこともないような顔をしていた。裕太が学芸会の劇で、セリフを間違っときもこんな顔はしていなかった。おそらく裕太も、僕の今の顔を見たことはないだろう。 「じゃ、修治君のママは宇宙人なんだ。どうして、時計を見つけてすぐ帰らなかったんだろう。浩介、どう思う」 「たぶん、俺たちに盗まれたと思ったんだ。だから、俺たちに復讐するつもりで帰らなかったんじゃないか。やばいよ、どうしよう」 二人はしばらく、その場で考えた。 「修治君のママのところに行って謝ってこようよ」裕太が言った。 「そうだ、謝るしかないな」 僕たちは、修治君の家へ向かった。 「浩介、もし、許してくれなかったらどうする」 「大事なもの上げるから、許してくれっていうしかないよ」 「なにあげれば許してくれるかな」 「田淵選手のホームランカードをあげるっていうよ」 「じゃ俺は、王選手のをあげよう」 それをバカにしちゃいけない。それは二人にとって、とっても大切なものだったのだから。 「でも、修治君って、悪い宇宙人には見えなかったぞ。もしかしたら、いい宇宙人かもしれないよ」 「そうか、ウルトラマンも、宇宙人だもんな。そうだ、もしかしたら、俺たちにお礼を言いにきたのかもしれないぞ」裕太はそう言って自分を安心させた。 緊張して、修治君の家に行ったが誰もいなかった。僕たちはなんとなくホッとして、その日はそれぞれ家に帰った。 夕ご飯の時、父ちゃんに聞いてみた。 「父ちゃん、今日転校生が来たよ。そんな話聞いてた」 「ああ、そういえば、誰だったかそんな話してたな。たしかお父さんは電力会社で働いているはずだ」 僕の住んでいるところは、大きなダムがあって、水力発電所も多かった。 「そうか、やっぱり修治君は、宇宙人じゃなかったんだ。良かった」 その日は、安心してぐっすり眠れた。
次の日の朝、裕太と一緒に勝也を迎えに行った。 「学校いくぞ」 「あれ、お前たち食べられていなかったのか」 「修治君のお父さんは、電力会社で働いているんだ。だから、修治君も宇宙人じゃないぞ」 「そうか。じゃ、あそこに時計もあったんだな」 僕と裕太は顔を見合わせた。 「いや、時計はなかったよ」 「じゃ、宇宙人かもしれないじゃないか。お父さんは怪獣に変身するのに電気を充電しているのかも知れないぞ」勝也はまた、ブルブル震えだした。 「勝也、ウルトラマンも宇宙人なんだぞ。修治君はいい宇宙人なんだ。大丈夫だよ。それにあそこにUFOが落ちたとき、俺たちを食べる気になれば、食べれたのに、ほら、みんな生きてるじゃないか」裕太が言った。 「ああそうか、いい宇宙人もいるんだな。じゃ、修治君も変身できるんだな。うらやましいな」勝也はうらやましそうだった。僕も単純な勝也がうらやましかった。 「おはよう」 「おはよう」修治君も元気に出てきた。 「あら、おはよう」修治君のママが、道の前まで送りにきた。 僕たち三人はジーっと修治君のママの時計を見ていた。やっぱり同じ時計だ。それに気付いた修治君のママは 「この時計珍しい?これは、こないだパパに買って貰ったの」と言った。 「どこの星で売ってるんですか?」勝也が聞いた。 修治君のママは「は?」と言う顔をしていた。僕たちもどこの星で売っているか知りたかったが、修治君のママは何も言わなかった。 「いってらっしゃい」四人は修治君のママに見送られながら、学校へ向かった。
算数の時間になって、三郎先生が 「今日は掛け算の復習をします。じゃ、みんな、この問題をやっておくように」そういって教室から出て行った。四年生の音楽の授業に行くためだ。複式学級では、こういうことがよくある。三年生が体育で、4年生が国語なんていう時もある。そのときは、三郎先生は、両方面倒をみなくちゃいけないので大変そうだった。当然ながら、先生がいない時は、僕らは首輪の外れた犬のように遊んでいた。 三郎先生が置いていった用紙には、掛け算が一の段から九の段まで九九の問題が全部書いてあった。僕たちは、最初は下を向いて考えていたが、そのうち飽きてきて、国語のノートに仮面ライダーやウルトラマンの絵を描いて遊びだした。そして、俺のほうが似ているとか、俺のほうがうまいとか騒ぎ出した。それを見ていた久美子ちゃんは 「ちょっとうるさいよ」と言った。 「終わった」修治君はもう終わったらしい。 「修治君もう終わったの。早いな」裕太は驚いていた。 「じゃ、修治君答え合わせしよ」幸恵ちゃんと久美子ちゃんは仲良く、修治君と答え合わせを始めた。 裕太は、僕らの中で一番頭が良かったので、ちょっとショックを受けたようだった。 「俺もやる。お前らの相手はしてられない」そう言って、問題を解き始めた。 「修治君すごいな」僕も驚いた。 「塾に行ってたんだ。だから、この辺はもう終わってたんだ」 「塾って楽しいの」勝也が聞いた。 「僕は本当は行きたくなかったんだけど、ママが行けって言うから。仕方なく行ってたんだ。それに、みんな行ってるし。でも、ここには塾がないから、行きたくてもいけないけどね」 「俺も終わった」裕太も終わったらしい。 「裕太、見せてくれよ」勝也はそう言うと裕太の答えを写し始めた。 「仕方ないやるか」僕も問題を解き始めた。 そうこうするうちに、三郎先生が帰ってきた。 「どうだ、できたか。どれ見せてみろ」 三郎先生は、みんなの答えを見始めた。 「すごいな、全員満点だ。今日は、みんなすごいな。全員にハナマルをつけてやるぞ」 そう言って、全員の回答用紙にハナマルをつけて返してくれた。
給食は、学校で体育の次に楽しい時間だ。その頃は、まだ、米飯給食がなくて、いつもパンだった。パンはマーガリンやジャムをつけて食べた。いつもは牛乳だったが、たまにコーヒー牛乳が出ると、みんな大騒ぎした。 当時は、鯨肉もたまに出ていた。鯨肉といっても油ばかりで、僕は好きになれなかった。でも、給食を残すことはダメだったので、いつも牛乳で丸呑みしていた。 「いただきます」みんなで言って食べ始めた。 「修治君はなにが好きなの?」久美子ちゃんが聞いた。 「僕は、ハンバーグが好きだよ」 「ハンバーグ!」それは、夢のような食べ物だった。僕はたぶん食べたことはなかった。 「ハンバーグってうまいの」勝也が聞いたが、裕太がそれに割って入った。 「勝也、お前ハンバーグ食ったことないのか。俺はあるぞ、それはそれはうまかったぞ」 「でも、修治君て頭いいよね、今日の算数も、国語も全部分かってたもんね」幸恵ちゃんは感心したように言った。みんなも「うんうん」と頷いた。
学校が終わると、僕たち四人はいつもの沢に遊びに行った。修治 君に魚を見せるためだ。その場所は、修治君が乗っていたと思われ るUFOが着陸した場所だった。 その辺にUFOが隠れているかもしれないと思っていたが、どう 見ても、修治君と修治君のママは悪い宇宙人には見えず、どちらかと言うと、ウルトラマンのようないい宇宙人だと思い始めていた僕たちは、逆に悪い宇宙人が出てきたら、やっつけてくれることを期待していた。 そんな僕たちの気持ちを知ってか知らずか、修治君はとても楽しみにしているらしく、「どんな魚がいるの」と何度も勝也に聞いていた。沢には、岩魚、山女、かじかがいるはずだ。 沢につくと、僕らはそーっと、茂みから顔を出した。 「あれ、今日は全然いないや」裕太はがっかりしたようだ。 「それに、水が汚いぞ。なんでだろう」僕は不思議に思った。 「本当だ、水が汚い」修治君もがっかりしているようだ。 「なあ、裕太、なんで、今日は魚がいないんだ」勝也も不思議そうだ。 「たぶん、川が汚くなったからじゃないか。そうだろ、浩介」 「たぶんそうだよ。修治君、残念だったね」 「でも、水がきれいになったら、また、魚見れるよね」 「そうさ、また、見れるさ」 「でも、ここいいところだよね、なんか、僕がいままで見たことのない景色だよ。すごく気持ちがいいや」修治君はそういうと岩の上に腰を下ろした。僕たちも同じように腰を下ろした。 風はもう秋の匂いがしていた。僕は、季節ごとに吹く風の匂いが分かった。たぶん、この辺の人達は全員そうだったと思う。春は、土のにおいが、冷たい風と暖かい風が混じった中に感じられた。夏は葉っぱと花の匂いがした。秋はなんとなく焦げ臭い匂いや、稲の匂いがした。そして冬は、まるで遠い国から吹いてきたような透き通った感じの匂いだった。風の匂いで、僕は季節が変わったことを実感した。 「修治君、ここいいだろう。俺、大人になっても、ずっとここには来ていたいな」勝也が言った。僕たち全員同じ気持ちだった。
家で、父ちゃんに聞いてみた。 「いつものところ、全然魚いなかったんだけど、どうしてかな」 「ああ、あそこの上で、父ちゃんたち、砂防ダムをつくってるんだ。それで、水が汚くなったからじゃないかな」父ちゃんは、地元の建設会社で働いていた。 「じゃ、工事が終わったら、また、魚見れるよね」 「たぶん、だめだな。工事やった後は、水が汚くなって、岩魚とかはいなくなるんじゃないかな」 「えー、じゃ、なんで工事なんかするの」 「しょうがないさ、仕事だからな。父ちゃんが仕事しているから、浩介もご飯が食べられるんだぞ」 「それは、そうだけど・・・」ちょっとショックだった。
その夜、便所に行きたくなって起きたとき、三太夫が「ウー・・ワンワン」と吠えていた。なんだ、また、タヌキが来たかと思って、そーっと外を見てみると、家の前の畑で、タヌキがとうもろこしを食べているところだった。親子らしく、大きなタヌキと小さなタヌキ、二つの影が見えた。 僕は、窓を開けて「こら」と大声を出した。タヌキは慌てて山の方に逃げ出した。三太夫は「なんで、お前が俺の仕事の邪魔をするんだよ」と言っているような顔で僕を見た。すると、じいちゃんが起きてきた。 「なんだ、どうした」 「タヌキがいたんだ」 「最近やたらと畑が荒らされてると思ったら、やっぱりタヌキだったか。でも浩介はえらいな、ちゃんと、タヌキを追っ払ってくれたな。三太夫、お前も、もっとしっかりしろよ」 僕は、三太夫の方を見て、「どうだ」といった顔をした。三太夫はちょっと上目使いでこっちを見ていた。 でもタヌキの親子に悪いことをしちゃったかな。タヌキの親子が逃げていった方を見て、ちょっと可哀相な気がした。
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