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作品名:青空 作者:黒川

第7回   7
 俺は、毎月この町に出張する度に、純と会っていた。もう、かれこれ、一年くらいは純と会っていることになる。会うたびに純がしっかりしてくることが分かっていた。それに伴い、自分が前の自分に戻ったと実感していた。
 純と俺が城で撮ってもらった写真は、会社の引き出しの中に入っている。表立って置いておく訳にもいかないからだ。ある日、スタッフの一人が、たまたま、机の引き出しを開けたときに、脇を通ったことがあった。目ざとくその写真を見つけたスタッフは「あれ、それ誰の写真ですか」と聞いてきた。
「ああ、これは親戚の子だよ」と言ったが、「見せて下さいよ」とうるさいので、見せてやった。
「へー、可愛い子ですね。こんな子が親戚にいたんですか。でも、怪しいな、どうみてもこれは恋人同士って感じですよ。あれ、この城・・・社長がいつも出張で行く町じゃないですか、ますます怪しいな」スタッフが集まって来た。
「そういえば、社長はこの町に出張に行くときは、やけにうれしそうにしてますよね」
「こないだ、社長が買ってきたブランド物のバッグ。あれ、そういえばこの町に出張する前でしたよね」
 残念ながら、それは、加奈に買ってきてやったものだ。純は、俺がなにか買ってやろうとする度、遠慮がちに首を振るから、特に物を買ってやったことはない。クリスマスプレゼントは特別だと言って、時計を買ってやったことはある。それも、決して高いものでなく、純の年頃の女の子なら普通にしている時計だ。それも、純がこれがいいと決めて買ってやったものだ。
「この子は、両親がいないから、俺が父親代わりなんだ。ほら、早く机に戻って仕事しろ」と言って、スタッフを追い返した。みんな、にやにやしながら机に座った。
 あの城から見た風景画は、残念ながらまだ見ていない。もうできているらしいが、俺が絵を好きだと分かって、なんだか見せずらいらしい。

 夏特有の蒸し暑くジメジメした空気を感じながら、いつもの待ち合わせ場所で待っていた。しかし、純はなかなか現れなかった。
おそらく電車にでも乗り遅れたのだろう。そう思って、ベンチに座ろうとしたが、雨のせいでベンチが濡れていたので、立ったままぼんやり駅の方を見ていた。
そういえば、この町で、純と会うときはいつも晴れていたのに、今日は珍しく雨だなと思いながら空を見ていると、一人の女性が急ぎ足で、時計の下にやってきた。よく見ると、それは純だった。
「ここだよ」俺は手を振った。
「すみません、電車に一本乗り遅れちゃって」純はすまなそうに言った。
「いや、そんなことだろうとは思ったよ。どうしたの今日は、なんか、大人びた感じだね」
服装も、髪型もいつもの純とは違っていた。それに、うっすらと化粧をしているようだった。
「ちょっと、おしゃれしてきちゃった。似合います?」
「いや、驚いた。とっても似合うじゃないか。最初は誰だか分からなかったよ」それは正直な感想だった。
「褒めすぎですよ」といいながらも、純もまんざらではないようだ。
俺たちは、博物館に向かった。今日は、地元の画家の展示会をやっていて、純がそれを見たいと言ったからだ。
雨が降っていたので、二人で傘をさしながら歩いた。純は真っ赤な傘をさしていた。その色は今日の純によく合っていた。博物館に向かう途中、すれ違う若い男性は、ほとんど全員ちらっと純の方を見た。それほどまで今日の純は綺麗だった。
博物館は、城の近くにあった。茶色のレンガ造で決して大きくはなかったが、この町にピッタリの外観だ。
 純は、絵をまじまじと見ていた。特に風景画のところでは、この遠近感がどうのとか、遠い景色はぼやかしがどうのとか、真剣に見ていた。俺も、そうそうと言いながら、同じように真剣に見ていた。そして、一枚の絵の前で純は立ち止まった。
「あれ、これ、私が描いた絵と、同じ景色だ」
それは、純が城で写真を撮っていた場所と、同じ場所から描いたものだった。
「私、こんなに上手に描けないな」
「それはしょうがないよ、この人は結構有名な人だよ。でも、よく見てごらん、なにか参考になるかも知れないよ」
純はしばらく、その絵を見ていた。俺は絵と純を交互に見ていた。今日の純は、本当に一人の女性と言っていい雰囲気を漂わせていた。
 博物館を出て、俺と純は城に行った。純が描いた景色をもう一度確かめるために。
その景色を見て純は頷いた。
「分かったような気がします」
「なにか、発見があった?」
「私、写真撮るのに一生懸命で、この景色を良く見ていなかったかもしれません。そうか、こんな景色だったんだ」
「じゃ、今度は、満足した絵が描けそうだね」
「そんな気がします。たぶん、次に会うときには、ユウさんに絵を見せられそうな気がします」
「楽しみにしているよ」

食事をして、いつもは、そのまま駅に向かうところだったが、ちょっと時間があったので、遠回りをして、ぐるっと駅の周りを歩いた。もう日は落ちて、街灯が夜の街を照らしていた。俺たちは駅の近くの公園を通った。その時、純がいきなり俺に抱きついてきた。
「どうしたの・・・」と聞いたが、純は何も言わなかった。そして、純は泣いていた。最初は俺もなにがなんだか分からなかった。
そうか、純は、なれない化粧をしていて、今日は電車に乗り遅れたんだ。何故化粧をしたのだろう。いったい誰のために。それは、俺に会うからだ。
純が、自分に好意を持っているのは分かっていた。ただ、それは、男と女の感情ではないと思っていた。だが、今、分かった。純は俺にそういった感情を抱いている。唯一自分を理解してくれている俺に。でも、二人の間には、跳び越せない壁があった。それは、純も分かっている。だから泣いているんだ。純は、今、苦しんでいるんだ。そして、それは、純にも俺にも解決できるものではなかった。純の気持ちは分かる。しかし、今の俺には純の肩を抱いていやる以外にしてやれることはなかった。
 しばらく、純は俺に抱きついていたが、やがて手を離すと
「ごめんななさい」と言った。
「いや、大丈夫だよ」と言ったきり、純にかけてやる言葉がすぐには出てこなかった。純はずっと下を向いていた。
 俺は、もう純と会わない方がいいのかも知れないと思った。それは、俺が望む結果ではなかったし、純もそれを望んではいない。けれど、俺と会うことが、純を苦しめるのなら、このまま、会わない方が純のためなのだろうかと感じた。しかし、それは、純を見捨てることになる。そして、俺はこれからも純と会いたい。自分の気持ちと、純の苦しみのはざまで迷った。
どのくらいの時間が立っただろう。二人は何も話さず、ただ、向かい合って立っていた。
「そろそろ行かないと、電車に乗り遅れるよ」純は、黙って頷いた。
 純は、ずっと下を向いて歩いていた。俺に抱きついたことは、純にとって素直な感情だったかもしれないが、後悔しているのだろう。発作的だったのかも知れない。なぜあんなことをしたんだろう、これで嫌われて、もう二度と会えなくなるかも知れない。そんな風に思っているようだった。
 そして、そんな純を見ているうちに、心の迷いがとれた。やっぱり、純を見捨てることはできない。何を迷っているんだ。俺は、純の味方だ。俺が純を守ってやるんだ。
 そうは言っても、自分が純になにをしてやればいいか、はっきり分かったわけではない。ただ、守ってやりたい、その気持ちだけが、自分の心の中でさらに大きくなっただけだ。
 駅まで、二人はなにも話さずに歩いた。今は、純になにも言えなかった。自分の気持ちだけが先走りして、実はこれからの二人について、なんの確証を持っていないことに気がついた。そんな時に話をしても、純を元気付けることはできないだろう。
 これから、どうしていけばいいのだろう。俺は純を元気付けて、純の夢をかなえさせてあげたい、そう思っていた。でも、これからはどうすれば・・・。
 電車が到着する前に、プラットホームに着いた。そして、純になにか話かけなければと思っていた。そうでなければこのまま、二度と会えない気がしていた。でも言葉が出てこなかった。
こんなときは素直に自分の気持ちを伝えた方がいい、そう思って純に言った。
「純、俺は純にまた会いたい。本当だ」
 純はその言葉を待っていたようだった。顔を上げて俺を見つめて言った。
「私も・・・ユウさんに会いたい」
しばらくそのままでいたかったが、すぐプラットホームに電車が入ってきた。
「今度は、純の絵が見たいな」俺は言った。
「たぶん、今度は見せれると思います」
純は、バッグの中からなにか取り出した。
「これ、いつもお世話になっているから、私からのプレゼントです」
それは、可愛いリボンのついた小さな箱だった。
「ありがとう。なにかな」
「開けてみて下さい」純は催促した。開けてみると、それは黒い皮製の名刺入れだった。
「これ、手作りじゃないか。純が作ったの?」
「実は、おばあちゃんに教えてもらいながら作ったんです。ほとんど、おばあちゃんが作ったようなものです」
「でも、嬉しいよ。とっても使い勝手がよさそうだ。大切にするよ」
よく見ると、名刺入れには、花の形がかたどられていた。
「これは?」
「それは、すずらんです」
「すずらんか・・・純は本当に花が好きなんだな。ところで、なんですずらんなの?」
「それは秘密です」純は笑顔で言った。その笑顔を見てちょっと安心した。
電車のドアが開いた。電車に乗って座席に座り、純は窓を開けてこっちを見た、その時俺は言った。
「俺が、純を守ってやるよ」それを聞いて純はゆっくりと頷いた。
今日も、純の電車が見えなくなるまで、純を見送った。純も、ずっと手を振っていた。しかし、電車から手を振る純は、いつもより元気がないような感じがした。
そう言えば、今日の純は、初めて会った時のように、なにか助けを求めているような目をしていた。それは、俺に抱いている感情が原因なのだろうか。純の心の中の苦しみに触れた俺は、いつもより思い足取りでホテルへ帰った。


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