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作品名:アイノクスリ 作者:myst

第1回   1
 今日もやっとバイト地獄から開放された。書店のバイトというのは割と楽で楽しいほうだと思うが、フルタイムで働いている上、休日も出勤する日が多いのでやはり疲れる。とは言え精神的疾患を抱えている俺は、あまりストレスのかかる職場では働けないだろうし、これでもなんとか一人で生計を立てていけるのでそれなりには満足した生活だ。

 帰りに診療所に寄っていつもの処方箋を出してもらう。医師はいつもより少し鬱傾向がありますねなどと言っていた。
 その後近くの薬局で薬をもらうときはいつも少しだけ緊張してしまう。薬局のドアを開けて入り、処方箋を出しながらカウンターの奥にいる人たちを確認する。あっ。とその人の姿を見つけると嬉しくなり、思わず声に出しそうになってしまった。
 処方箋を出し終えると、心持ち軽くなった足取りでカウンターの方まで歩いてゆき、近くにある待合席に座った。

「工藤さん。」
 自分の名前が呼ばれ、カウンターの方を見やると、先ほど見つけた彼女が微笑みながらこちらを眺めている。

「先週はいなかったですよね。シフトでも変わったんですか。」
 カウンターで彼女が薬の確認をしているときに、ずっと気になっていた事を聞いた。時々シフトの関係なのか、彼女がいないときがあるが、そうでないときはいつも相手をしてもらっているのだ。
「いえ、先週は風邪を拗らせちゃって、少しお休みさせてもらっていたんです。」
 少し寂しそうに俯いてそう言う彼女は、何だかいつもと違う雰囲気な気がした。
「あら。お薬がひとつ増えてますね。調子悪くされちゃいましたか。」
 俺が何かを言う前に、彼女が心底心配そうな顔をして聞いてきた。処方箋はいつもと同じだと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。適当に相槌を打ってから彼女と話を済ませた後、薬局を出た。

 帰り道でふと薬の事が気になり、医者との話を思い出してみる。新しい薬については何も言ってなかったような気がするが、まあ彼も老齢だし、言い忘れてしまうこともあるだろうとそう結論付けた。

 家に着き夕食を終え、今日の分の薬を飲んでいく。
 そして最後に残った例の新しい薬をプラスチックの容器から取り出し、まじまじと眺めてみる。形は丸く、色は青色で少し透明度がある。まるで小さいキャンディーのようだ。薬の説明書によると、名前は「イアクサリノ」と書いてある。なんだか変な名前だ。効用には「気持ちを落ち着かせたり、意欲を向上させる作用があります。」と書いてある。
 何だ、ただの抗うつ薬じゃないか。いつも服用している薬と何か違うのだろうか。とりあえずただの抗うつ薬であれば、副作用もいつものような感じですぐに慣れるだろうと、躊躇わずにその薬を飲んだ。

 そうして寝る時間となり、床に就いているときだった。


ヒタ・・・   ヒタ・・・


 ああ・・またか。と独り呟く。
 夜になるとソイツは時々やってくる。それに気づいたのはいつの頃からだっただろう。たぶん中2か中3のときだ。

 電気を消した部屋の筈が、いつの間にか一面が暗闇に覆われた空間になっていて、そこで独り立たされている。本当に真っ暗で前が何も見えない。ぼーっと突っ立っていると、後ろに誰かが俯いて立っていることに気づく。真っ暗なはずなのに、何故か自分の左手に、猫背に見えるソイツの影が静かに佇んでいるのだ。
 そこでいつも俺は振り返ろうとして正体を確かめようとするが、結局止めてしまう。本当は振り返る必要もないと分かっているけれど。

 全く、今日も眠れないと思ったら奴のせいか。これにはいつもウンザリさせられる。
 突然後ろからスッと気配が動き、ソイツはいつもするように両手で俺の首を絞めてくる。でも力は入っていないので苦しくはない。それと同時に、過去にあった嫌なことのイメージを無造作に脳に送り込んでくる。
 イヤだ。ヤメてくれ。そしてそんなことをされて苦しんでいる俺に対して、ソイツは「死ね」と何回も呟く。

 ソイツは最初は一体だけなのだが、逢瀬を重ねるたびに仲間の数が増え、影も大きくなっていく。そのうち「死の合唱」の様相を呈してくるが、普通の精神だったらこんなの耐えられないだろう。

 しかし、俺の場合は「死にたい」という感覚に慣れ過ぎてしまっているせいか、「死」自体に対する恐怖は無に等しい状態だ。むしろ、影に飲み込まれ、彼らとひとつになることが俺にとっての幸せの近道とさえ本気で思う。
 でも、自分を育ててくれた両親、特に母親には感謝しているし、生きているうちはできるだけ親孝行をしてやりたいと思っている。
 なので、今日は勇気を振り絞ってソイツに言ってやった。
「両親が死ぬまでは勝負はおあずけだ。もう来ないでくれ。」
 するとソイツは意外にも、それに対して反応した。

「それまでに私以外の恋人なんて作らないで下さいね。」

「えっ。」

 明らかに彼女の声だった。しかし振り返ると、そこにソレの姿はもうなかった。そして、その先にはただ真っ白な空間だけが広がっていた。


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