20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:いにしえララバイ 作者:藤巻辰也

第17回   第2部 漢委奴国王印 第6章 阿蘇山
 「若、娜国をもう一度見て、高千穂の宮に帰りたいと思います。」
 「ミチノオミ、大宰府の集落から南に下り、阿蘇山を通って、国見岳に出よう。」
 イハレビコは娜国の勢力を抑えるには、肥の国阿蘇地方を支配下に置かなければならない事を考えていた。そして、イハレビコ達が阿蘇山の麓に流れる白川の上流の黒川の集落に来た時、鉄鉱石を発見する事になる。
 弥生時代の阿蘇山黒川流域や熊本平野の白川流域および菊池川流域の遺跡から、鏃や槍鉋、農具である鋤鍬先や鎌・鉄斧、端切れの三角形や棒状等の鉄片が見つかっている。熊本県では、阿蘇市赤水付近の硫化鉄を含み、現在も発掘されている鉱山、現在は閉山しているが、阿蘇郡小国町付近の黄鉄鉱を含んだ鉱山、八代市泉町付近の鉄鉱・褐鉄鉱を含んだ鉱山、球磨郡五木村付近の鉄鉱・褐鉄鉱を含んだ鉱山があります。
 イハレビコ達は、大宰府の集落から朝倉の集落を経て、豊の国の小迫辻原の集落(大分県日田市大字小迫付近)に入った。この集落の住居は山の麓に疎らにあり、盆地には水田があったが、この盆地は肥後川の上流が流れ、以前は湖があったのか、干潟にしたような景色であった。そして、鷹を腕に乗せた若い猟師に出会った。
 「その鳥は、鷹ですよね。」
 「そうだよ。山で鷹狩りをしていたのだ。今日は収穫がなかったがね。あなた達はこれから、どちらに行かれるのかね。」
 「阿蘇山に行こうと。」
 「そうかね。阿蘇の方にかね。日も暮れてきたし、私の居間で泊まっていかないかね。これからの山道は厳しいからね。」
 「それはありがたい。」
 大分県日田市から熊本県阿蘇市に掛けて、後期石器時代から縄文時代には、古代日本人が移住をしながら、狩猟生活をしていた。弥生時代初期になって、稲作をはじめ定住するようになって、集落ができ、弥生時代後期になって、環濠を備えた集落が現れる。イハレビコの時代には、日向の国と筑紫の国を結ぶ重要な地域になっていた。
 「あなた達は、何処の国の人ですか。最近、娜国の人もこの辺りに来るようになった。」
 「私達は、日向の国の者です。イハレビコと言います。」
 「セナルミと言います。日向の人が、何故こんなところに。」
 「娜国の知り合いに会った帰りです。そして、この集落を通りました。」
 「先ほど、阿蘇山に行くと言われましたが、何か目的があるのですか。」
 「阿蘇山から国見岳付近に、鉄鉱石が取れると聞いたものですから。」
 「鉄鉱石。確かに取れますよ。小国の集落の知り合いから、頂戴した石の事ですね。」
 「その石を見せて頂けませんか。」
 イハレビコは鉄鉱石を目の前で眺め、手で触ってみた。その鉄鉱石は薄く、濃茶色をし、重みがあった。
 「これが鉄鉱石か。」
 イハレビコは石見銀山で、銀鉱石を手にした事があるが、それとは少し違っていた。
 「小国の集落の知り合いを紹介してくれませんか。」
 「分かりました。カジタメと言いまして、狩猟仲間です。」
 イハレビコ達は、晩秋で山々が色付き、薄らと霞が掛かった早朝、小迫辻原の集落を出発した。
 「若、やはりこの辺りに鉄鉱石があるのですね。」
 「鉄鉱石を鉄に変えて、日向の国を娜国に負けない国にしなければならない。」
 「オホクメ、これからが我らの働き処だぞ。剣を鋼に変えて、軍事力を強化しないと。」
 「それだけではないぞ。日向の民を裕福にしないと他国には勝てないからな。」
 「この阿蘇山付近を日向の国が支配しないとだめですね。」
 「鉄鉱石が取れるのは、この辺りしかないからね。」
 イハレビコ達は、山々の谷間に流れる大山川沿いに馬を走らせ、温泉が噴き出た杖立川沿いを行き、現在の日田街道である。そして、小国の集落に着いた。この集落には今までの集落と違って、住居が疎らで、集団生活をしているような様子ではなく、稲作を中心にした集落ではなかった。
 「若、住居が点々とある集落ですね。」
 「オホクメ、この集落を馬で廻って、カジタメ様を探してまいれ。」
 オホクメは、イハレビコの命令であったが、小国の集落は山間にあり、狩猟を中心にした集落のため、男達は山に狩りに出掛けていた。オホクメは途方にくれて、杖立川の畔に立ち竦んでいた。すると、若い女性が川で洗濯をするために川辺に現れた。
 「そこの娘、この辺りでカジタメ様をご存知ではないですか。」
 「カジタメは私の父です。何か、父に用事があるのですか。」
 「日向の国の若君が、カジタメ様に会いたがっているのです。」
 「父は、猟に出ていますよ。」
 「日が暮れたら、帰ってこられますか。」
 「夕食の支度が出来た頃には、帰ってきます。」
 「その頃に若を連れてきますから、父上にお伝えください。」
 オホクメがイハレビコの所に帰ってきた。
 「若、カジタメ様が見つかりました。今、猟に出ておられます。夕方帰ってこられるそうです。」
 「そうか。ミチノオミ、この辺りには良質の材木が取れそうだな。」
 「そうですね。そして、阿蘇山から国見岳に掛けて、鉄鉱石が取れ、筑紫の国や肥の国と日向の国の中間地点になっています。軍事力を使って、この地域を支配しなければならないですね。」
 大分県日田市から熊本県阿蘇郡小国町辺りに掛けて、大伴金持が欽明天皇の時代に百済へ任那を割譲した事の責任を問われ失脚する頃まで、大伴氏の直轄地でした。この地方はイハレビコの時代から杉を中心に林業が盛んで、その財源を大伴氏が握っていたのでしょう。阿蘇山は意富氏の一族の阿蘇氏が支配する事になるのですが。
 イハレビコ達は夕暮も迫ってきたので、カジタメの所に行く事にした。
 「日向の国のイハレビコです。カジタメ様はご在宅ですか。」
 「カジタメです。」
 「小迫辻原の集落のセナルミ様に紹介されて来ました。」
 「私に何か、ご用ですか。」
 「セナルミ様から聞いたのですが。カジタメ様は、鉄鉱石を見つけられたそうですね。そして、セナルミ様に渡された。」
 「あの薄っぺらな濃茶色の石かね。」
 「何処で、見つけられました。」
 「あれは、ここから南の大観峰からオケラ山に掛けての山麓で。この近くでもうすっぺらな石は見つかるのだが。あれは少し違っていた。」
 「そこへ、私達を連れて行ってくれなせんか。」
 「分かりました。今日はもう日も暮れようとしていますし、私どもでお泊りください。明日、その場所にお連れします。」
 イハレビコ達とカジタメは早朝、阿蘇山に向かって出発し、山の谷間を通り、かなり厳しい道のりでした。大観峰の麓に着いた頃、南に盆地が見え、その向こうに阿蘇山が聳え立っていた。
 「イハレビコ様、この辺りです。」
 「ミチノオミ、オホクメ、この辺りを探してみよう。」
 オホクメが嬉しそうな顔をして、手には平べったい石を持って来た。
 「若、ありました。」
 「どれ、見せてみろ。」
 それから、ミチノオミも帰って来た。
 「若、わりと沢山ありました。」
 「そうか。この辺りに狗邪韓国のオホノミカデオミを連れてきて、鉄を製造しよう。」
 「ここから見える盆地を開墾して、稲作をすれば、生活できますね。」
 「水路もあの川があるし。」
 イハレビコは、この阿蘇山の麓に一の宮と言う集落を作る事にした。イハレビコが大和朝廷を樹立するため、東征するまで、この一の宮の集落で鉄製造をし、武器を調達した。
 「オホクメ、その鉄鉱石を高千穂の宮に持ち帰り、大君に見せるのだ。」
 「若、これから、国見岳の方まで行きますか。」
 「鉄製造場所が決まったし。どうしようか。確か、国見岳の先は、五木の集落から人吉の集落だな。」
 「その辺りは、私達の宿敵、熊曾の国になります。」
 「そうだな。熊曾の国に入る必要もないな。ここから東に出て、アギシの集落まで行こうか。」
 イハレビコ達は、阿蘇山を横切り、東の祖母山を眺めながら、アギシの集落に向かった。
 「若、大君に聞きました。娜国まで行っておられたのですね。」
 「今夜は、アギシの所で泊めていただく事になった。」
 「どうぞ、ゆっくりしていってください。娜国はどうでした。」
 「漢の皇帝から、娜国の国王の印として、漢委奴国王印を頂戴しているし、那珂川沿いに水田が広がり、中央に道路も整備されていた。日向の国よりも進んでいるな。」
 「そんなに娜国は進んでいるのですか。」
 「アギシ、私に力を貸してくれないか。」
 「と言いますと。」
 「娜国の帰りに、阿蘇山に寄ってきたのだが、大君にお願いして、阿蘇山の麓の黒川が流れている盆地に新しい集落を作ろうと思う。そして、稲作をしながら、鉄を製造し、武器や農具を生産しようと思う。」
 「それでは、私は稲作の方で、若に協力すればよいのですね。」
 「その新しい集落を一の宮の集落と名づけようと思う。そして、アギシの集落をこの一の宮の集落の建設のための前線基地にしたいのだ。」
 「分かりました。力を貸しましょう。」
 イハレビコはアギシの協力を取り付け、ミチノオミ達と早朝、大君がいる高千穂の宮まで、馬を走らせた。
 「大君、ただいま、帰りました。」
 「イハレビコ、ご苦労であった。それで、娜国は如何であった。」
 「やはり、漢の皇帝から国王印を頂戴していました。」
 「そうか。他に気づいた事があるか。」
 「水田による稲作も頻繁に行われ、青銅器や土器の製造も行われ、漢や韓の国とも物資の交易が行われていました。」
 「我が国より、進んでおるな。」
 「大君、これを見てください。」
 「これは、鉄鉱石ではないか。」
 「そうです。阿蘇山の麓で見つけました。かなり、大量にあります。そこで、大君にお願いがあるのですが。その地域に新しい集落を建て、鉄を生産したいのですが。」
 「鉄を生産する金工鍛冶師はどうする心算だね。」
 「韓の国に渡って、金工鍛冶師を連れてこようと思います。行かせてください。」
 「当てはあるのか。」
 「狗邪韓国にオホノミカデオミがいまして、金工鍛冶師を束ねています。」
 「狗邪韓国のオホノミカデオミを連れてくるのだな。分かった。韓の国に渡りなさい。それと、阿蘇山に新しい集落を作るのは、皆を集めて、了解をとろう。」
 「ありがとうございます。」
 イハレビコは、韓の国に渡る準備を始めた。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 99