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作品名:いにしえララバイ 作者:藤巻辰也

第11回   第10章 天照大御神
 イハレビコ達のアマテラス大御神に草薙の剣を奉納する旅もいよいよ終わりに近づいてきました。日向の国を出る時はイハレビコにも、これと言う理由のない旅であったが、いにしえの時代に生まれてきて、見知らぬ世界を見てみたいと言う願望が今回の旅になった。しかし、豊の国のワタツミお爺様に会った頃から、アマテラス様に拝顔したいという気持ちが強くなり、お爺様の勧めもあって、剣をアマテラス様に奉納する事がイハレビコの旅の目的となった。
 「タシト、日向を出て、もう九ヶ月にもなるかの。」
 「若、アマテラス様にお目通りする時は、新しい年が明けますね。」
 「倭の国に行って分かった事は、稲作の新しい技術、金工鍛冶技術、衣料技術、土器や土木技術の中心であることかな。」
 「そうですね。これらの技術の利権を勝ち取るために、いろんな部族が倭の国に集まっているのですね。」
 「これらの部族に共通しているのは、海運力を持っていることだな。」
 「韓の国や漢の国との関係を持ちながら、新しい技術を導入しているのですね。」
 「我が国、日向の国は遅れているな。」
 「確かに我が国は遅れているかもしれません。しかし、若の曾祖父様は、豊葦原の瑞穂の国を治めるために、アマテラス様の孫として、高天の原から日向の国高千穂に降り立ったのではないのですか。」
 「今回の旅は、アマテラス様に草薙の剣を奉納する事が目的であるが、豊葦原の瑞穂の国を治めて欲しいという、アマテラス様の願いを感じることだったのかもしれない。」
 縄文・弥生時代に農業が生活の基盤産業であった日本では、アマテラス大御神が農業の神々を代表する神であった事は間違いない事実である。そして、弥生時代には、農業を中心にした農耕器具や水田を作るための水路の土木等の技術の発展に伴って、その他の産業が発展してきた。その農業に対する付帯産業技術は、中国大陸や朝鮮半島から渡ってきた航海技術を持った部族がもたらした。これらの部族には、それぞれの天つ神系の神(海の神、船の神、火の神、木の神等)を持ち、その神々の最上位にあったのがアマテラス大御神である。
 原始時代から縄文時代、弥生時代に移ってくる過程は、農業(耕作)技術の発展によるものと考えると、日本民族とは、日本の原住民や中国大陸、朝鮮半島、東シナから渡ってきた農耕技術を持った部族が、日本国内を移動や交わり、混合によって成立したものと考えられる。
 アメニキシクニニキシアマツヒコヒコホノニニギが高天の原から葦原の中つ国に降り立とうとした時、最初に国つ神系のサルタビコが現れ、アマテラス大御神に従う。この神話を民族移動に当てはめると、弥生時代に天つ神系の部族が日本にやって来たとすると、縄文時代に中国大陸や朝鮮半島から渡ってきたサルタビコ等の国つ神系の部族が、アマテラス大御神を代表とする天つ神系の部族に従うということになる。
 この様に考えると、天つ神が住む高天の原は中国大陸や朝鮮半島にあり、葦原の中つ国は日本だとなるのですが、本書では高天の原は神話通り天上にあり、イハレビコはアマテラス大御神の子孫とし、葦原の中つ国は日本あるいは倭の国と仮定する。
 イハレビコ達とコヨノカヤスミコは葛城の集落を出発して、三輪山を通り、榛原(はいばら)の集落から宇陀川に沿って歩き、夕暮には那婆理(なばり・名張)の集落に着いた。
 「イハレビコ様、この那婆理の集落で一泊しましょう。私のお婆上様アメノウズメの知り合いでサルタビコの部族のマルタラビコ様が居ます。」
 「あのサルタビコの部族ですか。」
 「アマテラス様を祀るのに伊勢の国の五十鈴川の畔を提供してくれた。」
 「それはよい。アマテラス様やサルタビコの事をお聞きすることができますね。」
 那婆理の集落には、名張川から水路を引いた水田が広がり、春が待ち遠しいように見えた。サルタビコの部族は、日本の各地に分散され、縄文時代から稲作を進めてきた。そして、那婆理という土地柄、倭の国にも近く、最新の弥生時代の稲作技術も取得していたようである。また、那婆理の集落から北に行った所に、下川原(滋賀県甲賀市水口町付近)の集落があり、縄文時代の竪穴式住居跡や土器、弥生時代の土器や銅鐸等も発見されている。
 「コヨノカヤスミコ様、娘君に会いに行かれるのですか。カグヤサチヒメ様から、伊勢の国の新鮮な魚介類を送って頂いたりしています。」
 「葛城の大君の仰せで、アマテラス様に八咫鏡を奉納するので、娘にも会うつもりです。」
 「さて、お隣のお方は。」
 「日向の国のイハレビコです。」
 「日向の国の若君で、アマテラス様に草薙の剣を奉納するため、私といっしょに伊勢の国まで。」
 「日向の国の若君でおられましたか。私はマルタラビコでございます。どうぞ、お入りください。」
 マルタラビコは、イハレビコ達に食事の用意をし、サルタビコについて話だした。
 サルタビコの部族は、伊勢の国の阿耶訶(あざか・三重県松坂市大阿坂・小阿坂町付近)で魚介類を取って生活をしていた。或る日、船に乗ったワクムスヒ(穀物の神)が現れ、稲穂を差し出し、サルタビコの土地に植えるように指示した。そして、サルタビコは魚介類の肥料が混じった土地にその稲穂を植え、五十鈴川の水を注いだ。すると、稲穂から芽が出て、すくすくと成長し、収穫をする頃になった。その頃、また、ワクムスヒが現れ、倭の国(豊葦原の瑞穂の国)にその稲穂を持って行き、この稲穂で稲作を奨励せよと指示した。その指示に従って、サルタビコの部族で軍事を担当していたニワの一族が倭の国に行き、この稲穂を植えるように力ずくで、ミワの部族や葛城系の部族を従わせる事になった。サルタビコは倭の国を平定したが、筑紫の国からニギハヤヒの部族がやって来て、ニワの一族と戦い、倭の国からサルタビコの部族を追い出した。サルタビコの部族は各地に分かれ、サルタビコは伊勢の国に戻った。
 サルタビコが伊勢の国に帰って、イハレビコの曾祖父アメニキシクニニキシアマツヒコヒコホノニニギやアメノウズメに出会う話もマルタラビコは、話してくれた。
 「タシト、やはりマルタラビコ様は、ウシシマヂの部族には反発しているようだな。」
 「しかし、ミワの部族や葛城系の部族には親交があるらしいですね。」
 イハレビコは、タシトと昨日のマルタラビコの話を聞いて、倭の国の事情を理解したようであった。そして、コヨノカヤスミコを伴って、早朝、霧が立ち込める那婆理の集落を出発した。
 「コヨノカヤスミコ様、娘君がアマテラス様にお使えしておられるそうですが、あなたも母上様もアマテラス様に使えておられたのですか。」
 「お婆上様アメノウズメは、若君の曾祖父の大君にお使えしていたのですが、豊葦原の瑞穂の国にアマテラス様を祀る祠を建てることになって、お婆上様に相談されたのです。そして、サルタビコ様の勧めで、祠が建ち、斎宮(いつきのみや)が建って、そこで、歴代の巫女がお勤めするようになった。」
 伊勢神宮には、内宮に太陽の神としてアマテラス大御神を祀り、外宮には衣食住の神としてトヨウケビメの大神を祀っている。しかし、いにしえの時代には、アマテラス大御神を祀り、大御神のお世話をする巫女が控える祠として斎宮があった。この斎宮にアメノウズメをはじめ、その子孫が勤めていた。そして、第十代崇神天皇の時代に天皇家から皇女を斎宮に勤めさせるようになり、第十一代垂仁天皇の娘ヤマトヒメを使わす事になり、第十二代景行天皇の皇子ヤマトタケルが叔母であるヤマトヒメに伊勢神宮に奉納されている草薙の剣を授かるのです。
 「コヨノカヤスミコ様、アマテラス様にお会いするにはどうすればよいですか。」
 「まずは、五十鈴川で身を清め、衣食住の神トヨウケビメの大神に拝礼して、拝殿に進みます。そして、娘カグヤサチヒメが呪文を唱えると、アマテラス大御神が娘に乗り移られます。」
 「なるほど、それでは、カグヤサチヒメにアマテラス様に対しての拝顔の挨拶を申し上げればよいのですね。」
 「そうです。それから、アマテラス大御神からお告げがあります。」
 イハレビコは那婆理の集落を出てから、アマテラス大御神の事を考えていた。その時、コヨノカヤスミコが、イハレビコに話しかけてきた。
 「イハレビコ様、アマテラス様が何故、天の岩戸を閉められたかご存知ですか。」
 「スサノヲが高天の原で暴れたからでしょう。」
 「スサノヲがイザナキ大御神の仰せを聞かず、アマテラス様の田の畔を壊し、溝を埋めたり、収穫感謝のための神殿に糞をしたりして、高天の原で暴れ捲くったが、アマテラス様は言葉で諌めておられた。しかし、アマテラス様が妹ニフツヒメに機織りの小屋で、神のお召し物を織らせていた時、小屋の屋根に穴をあけ、斑ら馬の皮をその穴から落とした。すると、ニフツヒメは驚いて、機織機から転げ落ちて、死んでしまった。それで、アマテラス様は怒って、天の岩戸を閉められたのです。」
 「アマテラス様に、妹君が居られたのですか。」
 「ニフツヒメは、機織りの神、水神、水銀の神になられたのです。」
 「水銀の神ですか。」
 「このまま、名張川沿いに歩くと、櫛田川(くしだがわ)が流れる丹生(にふ)の集落(三重県多気郡勢和村丹生付近)に着きます。この集落では、辰砂(しんしゃ)が取れるのです。」
 「辰砂。水銀鉱石ですか。出雲の国に行く途中で、石見の銀山により、銀鉱石を見ましたが。」
 「水銀鉱石が取れるのですから、この集落には金工鍛冶技術を持った部族がいます。」
 「出雲の国から流れてきた韓の国の帰化人、ワニの部族ですか。」
 「木の国の高野山から流れて来た漢の国の帰化人、ニフの部族(丹生氏の祖)です。」
 「コヨノカヤスミコ様、二フツヒメや辰砂の話、もう少し、詳しく聞かせてくれませんか。」
 「ちょうどよいことに、丹生の集落にクレヨウサカビメがいます。そこで、一泊して、彼女を交えて、話しましょう。」
 イハレビコ達は名張川沿いの山間から、山越えをした頃、山頂から櫛田川が見え、川沿いには、飯高の集落等があった。そして、夕暮が近づいた頃、丹生の集落に着いた。
 「コヨノカヤスミコ様、お久しぶりです。さあ、お入りください。」
 「日向の国の若君、イハレビコ様をお連れしました。」
 「オオヒルメ(大日女)様の子孫の若君ですね。」
 「ワカルヒメ(稚目女)の子孫のクレヨウサカビメです。」
 イハレビコはオオヒルメの子孫と言われて、頭をかしげた。
 弥生時代の初期の頃、中国大陸では周の国が倒れ、春秋時代があり、揚子江の南、今の杭州に呉の国があった頃、呉は越に滅ぼされる。その頃の呉の王女に姉の大日女と妹の稚目女がいて、その二人の王女は、越が楚に滅ぼされた時、絹の機織り技術と水銀の金工鍛冶技術を持った越の部族と一緒に、日本に渡ってきた。姉の大日女は、南九州の部族に嫁いだ。妹の稚目女は、機織り技術や水銀を貴金属にする金工鍛冶技術を持って、日本の辰砂産地を渡り歩いた。この大日女がイハレビコの祖先神アマテラス大御神だとクレヨウサカビメは言い、コヨノカヤスミコは稚目女がニフツヒメだと言うのである。
 「オオヒルメが、アマテラス様ですか。そのような話、大君から聞いていないな。コヨノカヤスミコ様は、アメノウズメ様から聞かれたことがありますか。」
 「木の国のヒノクマの大神もアマテラス大御神だと言われ、日前神社に祀られていますし、イハレビコ様の曾祖父ヒコホノニニギ様の兄上アメノホアカリ様も、ウシシマヂの部族やサヲネツヒコの部族ではアマテラス大御神だと言っていますよ。」
 「そんなに、アマテラス様が居られるのですか。」
 「イハレビコ様、伊勢の国のアマテラス大御神は、間違いなく若君の祖先神です。」
 「クレヨウサカビメ様、ワカルヒメが辰砂を求めて、各地を移動したそうですが、どの辺りですか。」
 「ニフの部族は、日向の国に到着して、辰砂を求めて、肥の国、筑紫の国、伊予の国、安芸の国、石見の国、出雲の国、針間の国、旦波の国、若狭の国、木の国、伊勢の国を移動しました。」
 「辰砂を採取して、どのような物にするのですか。」
 「辰砂を加熱してできた硫化水銀を釜で炊き、赤色の上澄みを冷やしてできた塊を粉砕して、赤色の粉ができる。この赤色の粉を土器や木材の顔料に。また、辰砂を水に入れ、加熱すると水銀が浮いてくる。この水銀が含まれている液を水薬に。水銀の上澄みを冷やしてできた金色の塊を粉砕して、金色の粉を鍍金(金メッキ)や粉薬にします。」
 「顔料と言えば、吉備の国や出雲の国で取れる鉄鉱石の酸化鉄からできるベンガラ(弁柄)がありますね。」
 「ベンガラよりもきれいな赤ですよ。」
 「コヨノカヤスミコ様が言われる二フツヒメとは、ワカルヒメのことですね。」
 「そうです。ワカルヒメが生まれ変わられて、ニフツヒメの神になられたのです。」
 日本書紀には、アマテラスの大神が天の岩戸を閉められた時に、機織りをしていた神として、二フツヒメ(丹生都比賣)が出てくるが、古事記には機織りをしていた神とだけになっている。播磨国風土記には、神功皇后が新羅の国に出兵した時に、戦勝を祈願して、船に紀の国の丹生から取れた朱色を塗ったと記載され、二フツヒメの神が出てくるだけである。本書では、アマテラスとニフツヒメが姉妹であったことは、丹生氏の言い伝えや和歌山県伊都郡の丹生都比賣神社の言い伝えであるとし、肯定もしないし、否定もしない事にする。
 イハレビコは、早朝、櫛田川の畔を散歩しているとクレヨウサカビメが現れた。
 「イハレビコ様、アマテラス様にお目通りされてから、如何されます。」
 「木の国にタケトリキノカシキワカ様が居られて、日向の国に帰る前に立ち寄るようにと。」
 「木の国に行かれるのですか。私達の木の国の部族に、採掘した辰砂を船で送る事にしているのですが、イハレビコ様もその船に乗りませんか。」
 「それはありがたいことです。」
 「アマテラス様に草薙の剣を奉納されたら、北の方に行かれると阿耶訶の集落があります。そこに船とタジデルサという船頭を用意しときます。」
 イハレビコ達は、丹生の集落のクレヨウサカビメに別れを告げ、コヨノカヤスミコの娘カグヤサチヒメがいる斎宮に出発した。
 「コヨノカヤスミコ様、今回の旅を通して、スサノヲやオホクニヌシの神をはじめ、いろんな神の話を聞かされました。でも、やはり我々にとって重要で、崇拝しなければならないのは、自然界の神ですよね。」
 「稲作を主としている部族では、太陽の神アマテラス様であり、そして、自然界の神々でしょうね。」
 日本神話では、稲作を支える太陽信仰の神として、アマテラス大御神が最高の地位ですが、自然界を支えるための食べ物、火、鉱山、土、水、穀物、養蚕等の神も高天の原にいる八十の神として登場させている。天つ神の仰せで、イザナキ・イザナミ大御神がお生みになった神に食べ物の神と火の神が居られた。食べ物の神は、スサノヲが高天の原を追い出され、出雲の国の肥の河に降り立つ前に食べ物を用意したオゲツヒメで、わざと作られた汚らわしい食べ物と勘違いして、オゲツヒメを斬り殺した時に、オゲツヒメの頭が蚕に、目が稲の種に、耳が粟に、鼻が小豆に、陰が麦に、尻が大豆に生まれ変わった神である。火の神はヒノヤギハヤヲ(別名ヒノカガビコ、ヒノカグツチ)と言い、その神をお生みになられたイザナミ大御神は火傷(やけど)をされて、たぐり(吐瀉物)と糞とゆまり(尿)を出して死んだ。そのたぐりから生まれたのが、鉱山の神カナヤマヒコとカナヤマヒメ、糞から生まれたのが、土の神ハニヤスビコとハニヤスビメ、ゆまりから生まれたのが、水の神ミツハノメと穀物・養蚕の神ワクムスヒである。このワクムスヒの子が食べ物をアマテラス大御神に捧げる神トヨウケヒメで、イハレビコがアマテラス大御神に拝顔する前に、五十鈴川の畔で身を清め、トヨウケヒメの神に礼拝する時の神である。
 「イハレビコ様、この川が五十鈴川です。ここからは、娘に案内させましょう。」
 「皆様、日向の国から、ようこそお越しになりました。私がカグヤサチヒメでございます。」
 五十鈴川の流れは静かで、せせらぎの音がする川でした。そこで、イハレビコは今まで生きてきて身に浸みた穢れや邪悪な心を洗い流し、清純で端麗な心に身を清められました。そして、トヨウケヒメの神には食卓に上がるすべての食べ物に感謝の意を表され、アマテラス大御神が居られる祠に入られました。
 「トヨミケヌ・カムヤマトイハレビコでございます。この度は、アマテラス様に奉納するため、草薙の剣をお持ち致しました。」
 「我が弟、スサノヲがコシノヤマタノヲロチと戦った時の剣ですね。」
 「そのようにも言われていますが、スサノヲの神が、出雲の国の肥の河の氾濫を沈めたお礼に出雲の国の金工鍛冶師が作った剣です。国つ神を祀る出雲の国が、天つ神を認めた記念すべき剣です。」
 「イハレビコ、葦原の中つ国を治めるため、そなたの曾祖父ヒコホノニニギに与えたのだが、倭の国をはじめ、出雲や吉備等の国々が乱れている。」
 「今回、旅して分かったのですが、倭の国を平定しなければなりませんね。そして、出雲の国や吉備の国等を。」
 「そなたが、葦原の中つ国を治めるため、倭の国まで、東征してくるのなら、天つ神の統治者として、見守ってあげましょう。」
 十五歳になったイハレビコはアマテラス大御神にお目通りして、これから進む道がはっきりと見えてきた。それから、二十年後に大和朝廷を樹立するため、倭の国に東征することになるのだが、現在のイハレビコには知る余地もなかった。
 「コヨノカヤスミコ様、カグヤサチヒメ様、私達はこれで、日向の国に帰ります。いろいろとお世話になりました。」
 イハレビコ達は斎宮から阿耶訶の集落に出て、クレヨウサカビメが用意してくれたタジデルサの船に乗り、木の国に向かった。
 「タジデルサ、この辰砂を木の国のどこに運ぶのだ。」
 「伊都の集落でございます。」
 「伊都の集落には、金工鍛冶技術を持ったニフの部族がいるのか。」
 「辰砂を金銀の装飾品に加工します。イハレビコ様に金工鍛冶技術をお見せするようにと、クレヨウサカビメ様に言われました。」
 「伊都の集落か。」
 「紀ノ川の上流にあります。」
 「紀ノ川は、オホキノカナエヒコ大君が支配しているのではないか。」
 「そうです。大君の配下で、ニフの部族が動いています。」
 「イハレビコ様、タケトリキノカシキワカ君にお会いされるのですね。伊都の集落に着いたら、若君をお呼びします。」
 イハレビコ達が伊都の集落に着く頃には、白馬に乗ったタケトリキノカシキワカ君が紀ノ川の畔で、イハレビコを待っていた。
 「イハレビコ君、木の国にようこそ。」
 「木の国は我が日向の国に比べて、統制がとれたよき国ですね。」
 「高野山に庵があります。そこで、ゆっくりと私と一緒に過ごされよ。」
 イハレビコはこの庵で、タケトリキノカシキワカと今回の旅の話や国のあり方等について、心地よく話しあった。そして、金工鍛冶の様子や木材の伐採等を見て、タケトリキノカシキワカが用意してくれた船で、筑紫の国の娜の津に向かい、山田の宮のガリサミに預けていたイグラの孫のマラヒトを引き取って、日向の国に帰郷した。


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