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作品名:17 years old 作者:ゆーた

第3回   3
午後の空は、アルの心と同じく、分厚い雲が太陽を隠し、世界を闇が這いまわり始めていた。やがて、ぽつりぽつりと降り始めた雨は、瞬く間に豪雨となり、風は怒り狂ったように唸り上げて吹き荒れた。嵐だ。

アルは調理場のボロ椅子の上で膝を抱え、外出用の分厚いコートで隙間風から身を守っていた。冷たい石床はバケツで埋め尽くされている。屋根をすり抜けた雨粒と錆びついたバケツがぶつかる。外の轟音に負けじと、奇妙な雨漏りの演奏が静まり返った調理場に響いていた。もう尻の感覚がない。アルはもう何時間もこの体勢でいた。何もかもあの性悪女のせいだ。午前中は教会中の隅という隅を掃除させられた。もう体中が煤にまみれた。やっと外出できると思ったらこの天気。ああ、絶対神様なんているもんか。誕生日の僕にこんな仕打ちをしなくてもいいじゃないか。天が与えるのは、鬱陶しい雨漏りと凍えるような隙間風だった。それともう一つ・・・・・・。

そのもう一つは突然やって来た。

雨の勢いが頂点に達したかという頃、教会の礼拝堂への大きな扉を何者かが叩いた。豪雨の中で微かに聞こえるほど儚いノックだった。ちょうど礼拝堂で蝋燭の確認をしていた尼が訝しげに扉に近づき、そっと扉を開けた。雨粒を巻き込んだ風が尼のやつれた髪を巻き上げ、びしょびしょに濡れた男が押し入って来る。男はそのまま床に座り込んだ。ガラスというガラスを粉々にしてしまいそうな尼の悲鳴が響き渡る。アルは、何事かと、慌ててやって来た。開けっ放しになっていた扉を、雨風と競り合いながら、なんとか閉めて。やかましい尼を黙らせた。そうして、ようやく床に座り込んでいた男に目を向ける。男はぜいぜいと荒い呼吸をしていて、震えていた。衣服はびしょびしょで、古臭い漆黒のコートは男の体に重くのしかかっていた。

「あの・・・・・・」

怯えていて、口を閉ざしている尼の代わりに、アルは恐る恐るそのみすぼらしい男に話しかけた。男は、ぐったりと顔を上げた。その顔は酷くやつれていて、見るに堪えない様子だった。

「えっと・・・・・・」

話しかけてはみたものの、何と尋ねればいいか分らなかった。そうしてしどろもどろになっていると、男の方から切り出した。

「私は、旅の者です。・・・・・・宿に泊まるお金もなくて・・・・・・。一晩でいいので泊まらさせてください」

男はアルに懇願した。男の声は思ったよりも若々しく、少し意外に思われた。教会に保護されている身であるアルには、当然決定権を持っているはずもなく、後ろの尼に視線を送った。尼の折れ曲がった口はぴくぴくと痙攣していた。それが彼女の本心を表していたのだが、男はただひたすら祈るような表情でいた。とうとう尼は折れた。こくりと人形のように頷いて、逃げるようにすたすたと消えて行った。

「あ、ありがとうございます」

男の声が礼拝堂に響いた。アルは、あの性悪女にまだ良心の欠片が残っていた事に驚愕していた。アルは、仕方なく男を、自分の寝どこでもある調理場へ案内した。そこにしか、あの尼は、この男の侵入を許さないだろう。とばっちりは受けたくない。廊下を歩いている間も男は震えていた。アルは自分が来ているコートを上げようかと思ったが、そんな余裕があるわけではなかったので、見て見ぬふりをしていた。それに、男はアルよりも背が高く、アルの頭がやっと男の腹ぐらいに位置していたから、自分のコートが合うとは思えない。調理場の扉を開けて、中に入れる。男は一瞬驚いたような表情をした。

「床のバケツに気をつけて」

アルはバケツの障害物をすり抜けていき誘導した。

「コート脱いで」

「あ、ああ」

男のコートと衣服と交換に、ごわごわの毛布を手渡す。びしょびしょのコートと衣服は重く、アルは、よろめきながら、部屋に張っておいたロープに丁寧に並べて掛けた。そして、その下に空のバケツを追加した。男は蓑虫の様に毛布にくるまっていのだが、アルの毛布は、彼にとっては小さくて、薄汚れた足が覗いている。その姿が妙に滑稽で、思わず吹き出してしまった。男も苦笑を浮かべている。

「座ってて?スープ温めてあげる」

まるで、親の気分だった。素直に腰をおろすその背の高い男がアルには幼く感じられた。実際、彼は思ったよりも若かった。多分、アルともそんなにかけ離れた年齢ではないようだ。男というより青年、少年といった言葉の方が合っている。アルは、そんな青年を背に、今朝作ったスープを火にかけ始めた。スープが温まるまで、二人の間には雨漏りの音とそとの豪雨しか聞こえなかった。

温まったスープを、洗っておいた皿に注ぎ、スプーンを添えて青年に手渡す。青年は「ありがとう」とだけ言って、スープを口にする。一瞬彼が複雑な表情したのアルは見逃さなかった。

「どう?」

青年は少し間を開けて口ごもる。

「どうって・・・・・・。何というか」

「薄い?」

青年は、申し訳なさそうに頷く。アルは悪い気はしなかった。自嘲気味の笑みを浮かべて、青年の前の床に腰をおろした。青年は、アルに目を向けずに、不格好な野菜を頬張っている。青年は、必要以上に会話をしようとしないらしい。再び沈黙が歩み寄ってくるのをアルはヒヤリと感じる。食器の音が、冷たく響く。こんな事耐えきれない!それでなくても今日は最悪な誕生日なのだ。それをさらに酷くさせるわけにはいかない。

「旅してるの?」

「うん・・・・・・」

終わり。それで終わり。青年との楽しい会話は、青年の生返事で終わってしまった。


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