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作品名:17 years old 作者:ゆーた

第1回   1
少年は、星空の下を歩いていた。見上げれば吸い込まれそうな漆黒の空と、宝石のように輝く星々。時折、狭い下町の通りを澄んだ風が駆け抜けて、少年の髪を巻き上げる。少年の髪は、頭上の漆黒の空と同じ色だった。少年は、目を閉じて、風が運んでくる煉瓦と草木の香りを感じた。今日は、新月らしい。真っ暗な空を照らすのは、町の街灯と空に散らかる星の頼りない光だけだった。少年は、胸がざわつくのを感じた。このところ、夜空を見上げると毎回と言っていいほどそうなる。はっきりとは分らなかったが、少年は何となく察していた。

「ああ、明日は、誕生日か・・・・・・」

その声は、少年自身が驚くほど、重く、絶望に満ちていた。まるで、明日がこの世の終わりかのようだった。いや、彼にとっては、明日を迎えるという事は、この世が終わったも同然だった。少なくとも、喜べるものではない。喜んでいたのは、まだ彼が小さくて、まだ親が若々しくて、まだ純粋な頃までだった。街灯が少年の影をゆらゆらと煉瓦道に映す。影は少年の心境そのものだった。ゆらゆらと揺れ動き、深い深い漆黒色・・・・・・。ああ、時間が止まってくれたなら。ああ、老いというものが無くなってくれたなら。少年は、そんな非現実的な願望を抱きながら、静まり返った町のはずれを歩んでいる。十数回目のため息をついたところで、歩みは止まった。少年の目の前には、至って平凡な一戸建て。一階の窓から光が見える。少年は、夕食の献立の想像をしながら、玄関の扉を開けた。

「ん〜。カレーか」

カレーの香りは、少年の心の中の黒い物を、すっかりと覆い隠してしまった。そして、そのスパイスの効いた香りは、少年の口の中を洪水にした。少年の帰宅に気づいた母親が、リビングから顔を覗かせる。

「おかえり。今日はカレーよ」

言わなくても分かるよと、少年は喉に何かが詰まるような気分でリビングに行った。上着を壁に掛けて、テーブルを囲む三つの椅子の内の指定席に、どかりと腰を下ろした。リビングは暖かく、部屋の隅には、母親の趣味で、綺麗な観葉樹が飾られている。窓際に並ぶ写真立てには、かつての輝かしい家族の記録が収められていた。キッチンで母親が、穏やかな表情で鍋のカレーを優しくかき混ぜていた。愛情を込めて作るとは、ああいう表情で作るということなのだろうか・・・・・・。テーブルにナメクジの様に体を突っ伏して、少年はぼーっと、母親の料理の様を眺めていた。母親は品の良い皿にカレーを手早く盛り付けると、うだっている少年の前にスプーンを添えて置いた。

「お待ちどう様」

母親は愛情に満ちた眼差しで少年を見た。溢れ出る唾液を呑み込み、少年は空白の胃の中にカレーをかき入れた。熱さと舌をつつく辛さで、汗がにじむ。これほど旨い料理をよくぞ発明したものだ。少年は、顔知らぬ遥か彼方大昔の偉人をぼんやりと頭に浮かべながら、カレーに舌鼓を打った。皿は、数分で空になった。本来、あまり、食べる方ではなく、むしろ少食であったので、一気に胃を満杯にした少年は、妙な吐き気に襲われる。よろよろと席を立つと、重たい腹を支えるようにして、リビングを出た。背後で声がする。

「シャワー浴びないの?」

シャワーなんかよりも、早くベッドに飛び込んで、重力に身を任せたかった。少年は、嗚咽混じりに、生返事をする。

「いい・・・・・・。もう寝る」

そう答えると、母はそれ以上何も言わなかった。少年は、のそのそと階段をのぼって行く。明かりも付けないで、真っ暗闇の廊下を、日々の行動で手に入れた頭の中の見取り図を頼りに、慎重に進んでいく。まるで冒険家が未開の洞窟を探検しているかのような様で、少年はようやく自分の部屋に辿りついた。扉を開けるや否や、視界に入った小汚いベッドに飛び込む。ベッドのスプリングが悲鳴を上げるように軋んだ。弾んだ拍子に「うっ」という声が出てしまったが、しばらくじっとしている内に、腹の苦しさは軽くなった。仰向けになると、窓から夜空が覗いて見えた。何の考えなしに、ぼーっと眺めていると、またあの黒いものが胸の中で渦巻いてくる。少年は、それを体から出そうとするように、深いため息をつく。それでも胸の中の黒いものは消えてくれなくて、更に大きくなっていった。耐えきれなくなって、体を起こす。

ああ、時間が止まってくれたなら。ああ、老いというものが無くなってくれたなら・・・・・・。

窓を開けると、冷たい風が暗い部屋の中に吹き込んできた。外よりも、少年の部屋の方が闇に近かった。星の輝きがベッドを淡く照らす。少年は夜空の宝石たちの輝きに目を奪われた。その時、あるものが視界の端で光って消えた。あまりにも突然で、最初、それが何なのか理解できなかった。しかし、すぐに、今度は視界のちょうど真ん中でそれは走った。流れ星だ!

少年は、自分の胸が高鳴るのを感じた。なにしろ流れ星を見るのは、初めての経験なのだ。星は、合図をうったかのように零れてくる。バケツを置いていると、そのまま星が入ってしまうのではないかと錯覚してしまうほどに、それはとめどなく流れていた。一瞬、母親を呼んでやろうかと思ったが、流れ星がそれをかき消した。今は一分一秒が惜しかった。

「流星群・・・・・・」

どこかで誰かから聞いた言葉を呟いた。おそらく、その誰かはこの光景を思い浮かべて、自分にこの言葉を教えていたのだろう。流星群は、まだまだ勢いよかった。きらびやかな星のシャワーは、いつの間にか少年の中の黒いものを洗い流していた。それと同時に、無意識に口が動いていた。それは、長年ため込んでいたかのように、恐る恐るといった風に静かな声だった。

「ああ、時間が止まってくれたなら。ああ、老いというものが無くなってくれたなら・・・・・・。」

星は一段と輝きを放った。


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