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作品名:やわらかい壁 作者:根津香

第1回   1
どこに行っても逃げられない。場所を変えれば気分も変わると思ったのは、まちがいだった。

この3連休に入る2日前、部長に呼び出された。「実は八木さんに転職勧告が出ているんだよ」 会社の業績不振は知っていた。「うちの会社いつまでもつの?」何度となく冗談で言ってきた。でも、ほんとは会社がつぶれる前にまず社員が切られるのだった。それが八木さん。つまり私。
 
12月までの3か月、売上げを達成しなければ、「つらい勧告をしなければいけなくなる」と部長は言った。以降2日間、着慣れないスーツを着て、髪を後ろでひとつに結んで私は営業に出た。外回りするように言われたのもあるが、会社に居たくない。狭い会社を噂は巡る。周囲からの同情、あるいは冷淡な視線を感じた。

そして連休。私は泣いた。人に会っても、ちょっとした言葉で気分が落ちる。帰りの電車で泣いた。一人暮らしのマンションがある駅に着いて、ふらふら入ったトンカツ屋でも泣いた。思い出したのだ、昔両親とよくトンカツを食べたことを。そのころは気楽だったのに、いつも不満ばかりだったな。年配の女性店員は、店を出る私の背中に、小さく「がんばってください」と声をかけてくれた。優しいのか、営業精神旺盛なのか分からない。


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